一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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ミロカロスが帰って来てシンヤ達の周りでは何処かギクシャクしたような気まずい雰囲気が流れた。

反省したいから、と僕の家に泊まったミロカロスは自分からシンヤと少し距離をとった。ギラティナはシンヤに対してミロカロスに甘過ぎると怒っていたけど、僕はそれが子供染みたヤキモチなんだと分かった。

うるさいのが静かになって良いと笑っていたミミロップは何処か寂しげで、気まずい雰囲気にトゲキッスは酷く落ち込んでいた。

 

チルットはそのままシンヤのポケモンとして家に居る事になったがシンヤは何故か元気が無かった。

疲れた様子……というより、とても後悔しているようで……。チルットをゲットした事を後悔しているのかどうかは僕には分からなかったけど、僕はシンヤがチルットをゲットした事は決して悪いことじゃないと思う。

むしろ最初の頃と比べると喜ばしい事だと思う。シンヤは少しずつ良い意味で変わっていってる……。

あくまで僕の考えだけど、シンヤの世界はとても狭かった。立ち止まったままで手の届く範囲だけがシンヤの世界……。そこから歩きだそうとはしていなかったんだと思う。

シンヤがどういった人間なのか僕は知らない。どんな過去を持っていてどうしてイツキさん達の家族となったのかも知らないけど。

でも、出会った人達やポケモン達がシンヤの手をゆっくりと引いて一緒に歩いてくれたから、シンヤは歩きだせたのだと思う。勿論、僕も一緒に歩いて行けたらと思ってる。

 

ただ……、ミロカロスはそんなシンヤの変化が辛いんだろう……。

シンヤの手の届く範囲に居たミロカロスもまた世界がとても狭かった。シンヤに差し伸べられた手を取ったミロカロスにとってはシンヤと自分の世界がとても広くてミロカロスにはそれで十分だったんだと思う。

でも、シンヤはどんどん歩いていこうとする。いつの間にかシンヤの世界にはミロカロスだけじゃなくなって世界はどんどん広がっていった。

 

ミロカロスにはシンヤだけ、だけど……。

シンヤにはミロカロスだけじゃない。

 

ミロカロスがシンヤに依存してしまっている。でも、それはミロカロスの過去を聞けば仕方のない事というより当然といえば当然の流れだったかもしれない。

僕には理解出来ないほど、ミロカロスの気持ちは強い……。

シンヤもシンヤなりにミロカロスの気持ちを分かっていると思うし大事に思っていないわけじゃないと思う。

それでも、受け止めきれない。

僕はシンヤじゃないから全てを分かってるわけじゃないけど、これだけは分かる。シンヤは頭も良いし僕なんかと違って何でも器用にやり遂げる力がある、でも、普通の……、いや、もしかすると普通の人よりも……。

 

弱い、人間なのかもしれない。

 

きっと今回の事でミロカロスは傷ついてる。ギラティナもミミロップもトゲキッスも……、何も言わないけどサマヨールにエーフィ、ブラッキーも……。

チルットとラルトスだって不安だろうし、僕も凄く不安な気持ちでいっぱいだ。

でも、もしかすると……、誰よりも傷ついて不安なのはシンヤなんじゃないかと……、思うんだよ、ね……。

 

「ミロカロスはワガママじゃないと思うよ」

「……」

「不器用なだけ、それをシンヤも分かってくれてる」

「……」

 

ミロカロスの頭を撫でればミロカロスは小さく頷いて「ありがとう」と小さな声で言った。

ギラティナともすぐに仲直り出来るよ、と僕が続ければ突然部屋の扉が大きな音を立てて開いた。

びっくりした僕とミロカロスが扉へと視線をやれば人の姿のミミロップが息を切らせながら部屋の中を見渡す。

 

「……はぁ、はあ……、シンヤ、ここに、居る?」

「来てないけど……、家に居るんじゃないの?」

「居ないんだよ!ワタシは昨日ポケモンセンターに泊まったんだけど、朝、チルットが駆け込んできてシンヤが居ないって!!」

「え、どういう……」

 

とりあえず、二人とも来いとミミロップに急かされて僕とミロカロスは走るミミロップの背を追いかけた。

まだ朝早い、午前7時の事だった。

 

*

 

昨日はチルとご主人様以外は家にはいらっしゃいませんでした。

ご主人様は食欲が無いと言って自室に籠ったきりで、チルは寝る前に一度だけおやすみなさいませと声を掛けました。

その時はちゃんとお返事をして下さったんです!

でも、朝……、朝食の用意をしてご主人様のお部屋に行ってもお返事が返ってきませんでした。失礼と思いながらお部屋を覗いたらベッドはもぬけの殻で……、出掛ける際にお持ちになるというカバンも見当たらなかったんです……。

 

「それで、大慌てでポケモンセンターに……」

 

喋り終えたチルットが肩を落とした。

どうして気付かなかったのだろうと落ち込んだチルットの肩をギラティナが叩く。

 

「悪い、オレも眠っててシンヤがいつ出て行ったのか分かんねぇんだ……」

 

悪い……ともう一度謝ったギラティナにトゲキッスは首を大きく横に振った。

シンヤの家に集まった面々、誰一人欠けていない。それはつまりシンヤが誰も連れて行かず家を出た事を現していた。

 

「どういうつもりなんでしょうね、シンヤがこうも自分勝手な人間だとは知りませんでした」

「エーフィ……」

「もっと賢い人間だと思っていたのに、裏切られた気分です。失望の念すら覚えますよ」

「エーフィ!!いい加減にしろよ!!」

 

意外にもエーフィに対して怒鳴ったのはブラッキーだった。

顔を歪ませてエーフィが押し黙る、エーフィもシンヤを罵りたいわけじゃない。ただどうしてこうなったのか理由が分からずに苛立っているだけだ。それはブラッキーも同じ。

 

「申し訳ありません……。チルが、チルが気付いてさえいれば……」

「チルットは悪くない……、俺様が原因だ」

 

目元に涙を溜めたミロカロスがそう言って唇を噛み締めた。

誰も悪いわけじゃない、そう思ったけれど、皆が悪いのかもしれないという気持ちも過る。

シンヤを一人にしてしまった僕達が悪いのか……。

不気味なほど静かになった室内でサマヨールが言葉を発した。

 

「ここでこうしていても仕方ない。出来る事をしよう」

「出来る事?この状況でワタシ達に出来る事ってなんだよ……」

「主の性格上、家族に話をしている可能性は低いが……。ツバキには連絡を取っているかもしれない」

「!」

「他にもシンヤの知り合いをあたってみる。連絡先を交換している人間が数人居るはずだ」

「そうか……、そうだよな!!シンヤの場合、行く宛てなんて限られてくる……」

 

コクコクと頷いたミミロップが僕の方を振り返った。

 

「ワタシはジョーイさんに言って何処かのポケモンセンターにシンヤが寄ってないか聞いてみる」

「う、うん」

「ヤマトはすぐにツバキに連絡してくれ。あとシンヤの部屋に電話番号を書いた手帳があるはずだ」

「手帳?シンヤが持って行ってるんじゃないですか?」

「いや、シンヤはマメだからな失くした場合に備えて絶対に持ち歩かない用として残してる!」

 

そう言ってミミロップがラルトスを引っ掴み部屋を飛び出して行った。トゲキッスとチルットがシンヤの部屋へと走って行く。

小さく溜息を吐いたエーフィが僕の名前を呼んだ。

 

「シンヤが徒歩で出掛けたならシンヤの姿を見掛けた野生ポケモンが居るかもしれません。私たちは聞き込みに行ってきますよ」

 

チラリとエーフィがブラッキーに視線をやればブラッキーは顔に笑みを浮かべ頷いた。

 

「夜中に出掛けたならゴーストポケモンの情報を得られるかもしれないな……、自分はそちらをあたってみる」

 

サマヨールがそう行ってエーフィとブラッキーと共に部屋から出て行った。

オレも外界を見てシンヤが居ないか探してみる、と言ってギラティナが僕に背を向けた。

 

「……オレが言い過ぎた、悪い」

 

そう言ってミロカロスの肩を叩いたギラティナが部屋から出て行った。

ミロカロスの目からボロッと涙が零れ落ちる。

 

「ミロカロス、行こうか」

「……、」

 

コクンと頷いたミロカロスと一緒に僕は部屋を出た。

 

*

 

研究所に戻ってツバキちゃんに電話をかければ画面の向こうでツバキちゃんが朝ご飯らしいパンをポロリと手から落としながら叫び声をあげた。

 

<「なんですとぉおおお!?」>

 

耳がキーンとなったよ……、ツバキちゃん……。

 

<「昨日、あたし電話したのに!?ミロカロス返したのに!?」>

「今朝、居なくなってる事に気付いたんだよ」

<「えぇー……、何処行ったんだろ……。でも、シンヤさんってそんなに行動力無いし……、親しい人だってそんな多くないと思うんだけど……」>

 

腕を組んで考え込んでいるツバキちゃん。

どうやらツバキちゃんにもシンヤは連絡していなかったようだ……、誰にも言わず出て行ったのか……それだと移動出来る距離も限られてくる……。

それとも他にポケモンを貸してくれるような知り合いが……?

電話の向こうでツバキちゃんがパンを齧りながらブツブツと何か言っている。横から「それ落ちたパンだよね」とか何とか声が聞こえるけど……。大丈夫なのかこの子は、と少し不安に思っているとトゲキッスとチルットが研究所にやって来た。

 

「シンヤの手帳見つけました!連絡先も書いてあります!」

「ホントだ、でも、僕の知らない人だな……。いや、聞いた事はある名前もある……かな?」

 

曖昧な記憶を辿ってみる、いまいちピンとこない。

画面の向こうで「あ」とツバキちゃんが声を発した。何か思い当たる事があるのかと視線をやればツバキちゃんは眉間に皺を寄せた。

 

「え……ど、どうしたの?」

<「え、いや……、ゲンさんとシンヤさんが親しかったのを思い出しまして……」>

「ゲンさん?……あ、連絡先ある!!」

<「くそ……、あたしを差し置いてゲンさんに連絡してるのか?ゲンさんとシンヤさんがイチャイチャしてるなんて許せない!やっぱりシンヤさんはライバルだ……」>

「よく分からないけど電話してみるよ、それとこの連絡先を見て欲しいんだけど思い当たる人居ない?」

 

シンヤの手帳を開いてツバキちゃんに見せれば「あー」と言いながらツバキちゃんは頷いた。

 

<「名前書いてあるけどお店の人の連絡先が多いですね。あたしも知ってるショップの店員さんの名前だし。そのデンジはナギサのジムリーダーですよ、オーバは四天王」>

 

聞いた事ある名前それだ!!やっとピンと来た。

とりあえずツバキちゃんに分かるだけ連絡先を抜き出してもらった。あたしもそっちすぐ行きますからー!と言って手を振ったツバキちゃんとの電話を切った。

 

よし、とりあえずゲンさんに電話をしてみよう。

知らない人に電話を掛けるのって緊張する。

ドキドキしながら番号を押して相手が電話に出るのを待った。

 

<「はい」>

「あ、朝早くにすみません。シンヤの友人でヤマトと申しますがゲンさんでいらっしゃいますか?」

<「ああ、私がゲンだけど……、シンヤの友人が何か?」>

「実は今朝からシンヤの行方が分からなくなってしまって……」

<「なっ!?シンヤが行方不明!?」>

 

ゲンさんの反応からしてこの人にも連絡していないみたいだ……。

何か心当たりが無いかと聞いてみたが暫く会えて居ないと首を横に振られてしまった。

画面の向こうで顔を青くして慌てているゲンさん。本当に親しかったのかゲンさんも凄く心配しているみたいだ。

僕が小さく溜息を吐けば研究所に「お邪魔します!」と大きな声が響いた。

 

「ヤマトさぁあん!」

「え、ツバキちゃん!?早いね!?」

「ヨルノズクにありとあらゆる無茶をさせました!」

 

それ、良いの?

 

「あ、ゲンさん!おはようございます!」

<「やあ、ツバキ……。おはよう。キミもシンヤの事を聞いたのかい?」>

「はい、ゲンさんの方にも連絡なかったんですね……」

<「ああ、何も……」>

「よっしゃ!」

<「何か言ったかい?」>

「いえ、別に」

 

ゲンさんには聞こえなかったのかもしれないけど、僕は隣に居たからバッチリ聞こえたよ、ツバキちゃん……。

何でガッツポーズ……?

 

「あ、じゃあ、次の知り合いに電話するんでお電話切りますね」

<「え、ちょ、待ってツバキ!」>

「ではまた~」

 

ブツンとツバキちゃんが勝手に電話を切った。

ゲンさんに連絡さえいってなきゃ良いのよ、と呟いたツバキちゃんが笑って言う。

 

「次、誰に掛けるんですか?デンジとオーバならあたし知り合いなんで任せて下さい!」

「助かるよ」

 

有難いので深く考えないでおこう。

慣れた手付きで電話を掛けたツバキちゃんが画面に映ったテレビでしか見たことのない四天王に「おはよー」と軽く挨拶した。

この子すごい!いや、確か……、かなりの腕のあるトレーナーってシンヤが言ってたな……。

 

<「はよー、つか、朝からどうしたよ?」>

「オーバの所にさ、シンヤさんから連絡来てない?それかシンヤさんそっちに居ない?」

<「シンヤ?電話もねぇし、こっちにも来てねぇーよ?」>

「じゃあ、良いや」

<「は?なに……」>

 

ブツンと電話を切ったツバキちゃん。

なんて思いきった事を!!!トゲキッスとチルットが口をパクパクさせていたが、僕もきっと同じような表情をしてたに違いない。

 

「おはよー」

<「なんだ、ツバキか……。何か用か?」>

「デンジの所にさシンヤさんから連絡来てない?それかシンヤさんそっちに居ない?」

<「……来てたら何なんだ?」>

「!?」

 

ナギサシティにシンヤが居る!?

 

「シンヤさんから連絡あったの!?」

<「いや?」>

「はぁ?」

<「だから、連絡来てたら何なんだ?何か大事な事なのか?」>

「紛らわしい聞き方すんなバカ!!お前の頭に雷落ちろ!!」

<「はぁ!?なんなんだ急に!!……え、オーバが来た?知らん、今忙しいんだ」>

 

画面の向こうで話しかけられたのかデンジさんが鬱陶しそうに手を振った。

けど、オーバさんがデンジさんを突き飛ばしてツバキちゃんに怒鳴る。

 

<「ツバキィイイ!!どういうつもりだテメェエ!!酷いじゃねぇか!すっごく傷ついたぞ!!」>

「うるさい!シンヤさんが行方不明で忙しいの!!」

<「は?」>

<「なんだと!?」>

「知らないなら良いの!じゃあね!」

 

ブツンと電話を切ったツバキちゃんが手詰まりだと呟いた。

僕的にはもっと詳しく心当たりないかとか聞きたいんだけど……。

でも、手詰まりなのは否定出来ない。

 

「うーん……、エムリットとかに聞きました?」

「あ!」

「ギラティナに言って三匹を呼んでもらった方が早いですよね」

「そうだね!」

 

あの三匹ならと喜んだのも束の間、僕の期待を裏切ってエムリットもアグノムも、ユクシーでさえ首を横に振った……。

 

< シンヤさんが…… >

< ヤマトー、元気出せー! >

< あれか家出ってやつかー? >

「役立たずー!!!」

 

*


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