一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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眠い眠いと呻るシンヤを引き摺ってソファに座らせる。

さあ、何があったか喋ってもらおうかとズラリとみんながシンヤを囲んだ。ちゃっかり僕はシンヤの向かいの席をキープ。

僕の両隣にギラティナとミミロップが座った。

 

「何も言わずに居なくなった理由をちゃーんと説明してもらわないとワタシは納得しないからな!!」

「説明しねぇとこれからは夜中に出入り出来ないように戸締りして寝るぞオレは」

 

あ、この場所ミスった。両側からピリピリした雰囲気が流れてきて気まずい。

向かいに座るシンヤは相変わらず無表情だ。

 

「私だって好きで居なくなったわけじゃない……」

 

アンノーンに拉致られたとか言ってたもんね……。

小さく溜息を吐いたシンヤが一昨日の夜に起こった事を思い出すようにポツリポツリと話し始める。

突然真っ白な空間に飛ばされて気が付けば周りにアンノーンが飛び交っていたこと、そこでディアルガとパルキアに会ったこと、キッサキシティに放り出されてゲンさんに会って帰ってこれたこと。

 

「ディアルガとパルキア!良いなぁ~!!」

「全然良くない」

 

可笑しな空間に居たせいで丸一日も経っているなんて知らなかったとシンヤは不貞腐れたように言った。

 

「ディアルガとパルキア……、アイツらオレがシンヤと一緒に居るのを知って拉致ったんじゃ……」

「不本意なんだな!?シンヤから出て行ったわけじゃないんだな!?」

 

ミミロップの言葉にシンヤは頷いた。

そこでやっとミミロップの顔に安堵の笑みが浮かぶ、ギラティナは眉間に皺を寄せて不機嫌そうだけど……。

 

「荷物まで無くなってるから出て行っちゃったんじゃないかって心配したんだからね」

「ああ、荷物も一緒に……」

 

ピタリとシンヤの動きが止まる。

シンヤの隣に座っていたミロカロスがシンヤの顔を覗き込んだ。

 

「荷物、忘れて来た……」

 

そういえば手ぶらだったねー……。

財布も入ってるのに……、と呟いてシンヤが頭を抱える。相当、シンヤ自身も予想だにしない状況だったんだろう。シンヤがドジっ子になってる……。

 

「忘れ物だって言ってディアルガとパルキアが届けてくれるかもしれないし、大丈夫でしょ」

「……」

 

シンヤが苦々しげに顔を歪めた。

 

「シンヤー、ディアルガとパルキアに会って何話したんだ?」

 

首を傾げながら聞いたブラッキーにシンヤは無言。

少し間があって「色々」と小さく言葉を返した。口にもしたくないほどの気に入らない話だったのだろうか……。

シンヤの返事があまりにも不機嫌だったのでブラッキーはそれ以上聞かなかった。さすがにみんなシンヤの対応には慣れてるね。僕もだけど。

 

「もう休んでも良いか……?」

「あ、うん」

 

良いよね。と隣に居たミミロップに聞けばミミロップはコクリと頷いた。

相当疲れてるのかシンヤはすぐに立ち上がってそのまま自室へと行ってしまう。

シンヤが帰って来て安心したのかミロカロスもソファにもたれかかり眠たげに目を擦った。なんだかんだでみんな一睡もしてないもんね。

 

「みんな休んでて良いよ、ジョーイさん達には僕が知らせに行くから」

 

僕がそう言えばみんなその場に座ったり横になったり……、床で眠る気なのだろうか……。

ゆっくりと部屋の扉を閉めて研究所へと戻った。

 

 

「もしもし?ツバキちゃん?」

<「はぁい、シンヤさん見つかりました?」>

 

あたしの方は全然……、と項垂れたツバキちゃんにゲンさんが見つけて連れて帰って来てくれたと言えばツバキちゃんは画面の向こうで悲鳴をあげた。

喜んでもらえるかと思ったけど何故かショックを受けられた。何故だろう……。

画面の向こうで見知らぬ男の人が良かったと喜んでいた。誰なのか分からないけど目を瞑ったままで前が見えるのだろうか……。

 

<「ヤマトー、良かったなー!!」>

「……」

 

僕に笑顔を向けてくれた男性。誰なのか分からずとりあえず笑顔を返す。

 

<「ツバキ、うるさい!」>

<「なんだとぉお!?いつもエムリットの方がうるさいじゃんかぁあ!!」>

 

エムリット……?

見知らぬ男性三人、そう言われてみれば……。エムリット、アグノム、ユクシーに見えなくもない……?いや、分かんないけどツバキちゃんと一緒にいるんなら多分そうなんだろう。

ポケモンが人の姿になっちゃうと見分けなんてつかないよ……。

 

「ツバキちゃーん……」

<「はーい?なんですか?」>

「オーバさんとデンジさんの方にも連絡しといてもらえるかな?僕、ジョーイさん達にも報告しに行かないといけないからさ」

<「おっけーです!了解です!任せといて下さい!連絡し終わったらそっちに行きますので!!」>

 

シンヤ、寝てるよー。と言う前に電話を切られてしまった。まあ、ツバキちゃんが来る頃には起きてるかな。

さてと、ジョーイさんに報告して育て屋にも行かないとね。

 

*

 

ベッドに倒れ込んで目を瞑った。何も考える暇もなく眠りについた私はどれくらい寝ていたのか。

最初に倒れ込んだままの状態で眠っていた私は体を起して溜息を吐く。疲れがとれた気がしない……。寝返りも打たなかったらしい私の体は固まっていた。首を捻ればボキと大きな音が鳴る。

ベッドに座り直して特に意味もなく天井を見上げた……。

 

私は、

ミロカロス達を置いて行くわけにはいかない。

 

この世界に存在したシンヤという人間を認めてくれた。

そんな連中を裏切って何処かに行ってしまうなんて許してもらえるはずもない……。

許さなくて良い、怒っても良い。

ただ、私を……。

 

「シンヤ!」

「……」

 

部屋の扉がノックされた。私が返事をしないでいると「入るよー」と声を掛けてからヤマトが部屋に入って来る。

入って来るなり悲鳴をあげた。

 

「うわぁあ!?ちょ、起きてるなら返事してよ!」

 

暗い部屋の中でベッドに腰掛ける私の姿に驚いたらしい。

悪い、と謝ってから立ち上がればヤマトが部屋の電気を付けた。

 

「休めた?」

「……まあ」

 

少しは、という言葉は飲み込んで頷く。

ヤマトが嬉しそうに顔を綻ばせながら「ツバキちゃんたちが来てるよ、ポケモンセンターに行こう!」と言って私の手を引いた。

みんなに一言謝っておかないとね、と付け足され私は頷く。

謝っておかなければ。

 

*

 

ヤマトとポケモンセンターに行けばジョーイに笑顔で迎えられた。

 

「おかえりなさい、シンヤさんの分のお仕事ちゃんと置いてありますからね」

「……」

 

隣でヤマトが苦笑いを浮かべていた。

ジョーイと睨み合っていると背後からツバキに飛びつかれる。

 

「シンヤさぁああん!!!」

 

ゲンさんと何があった!!何かあったのか!!それともこれから二人の間に何かあるのですかぁあ!!!とわけの分からない事を叫んでいたので無視した。

ツバキを私から引き剥がしたオーバが白い歯を見せて笑った。

 

「心配させんなよなー」

 

腕を組んだデンジがオーバの言葉に頷きながら笑う。

 

「全く人騒がせだ」

 

ジムリーダーに四天王という立場でありながらツバキから連絡をもらって駆け付けてくれたらしい。

 

「無断外泊はダメだろ!」

「ちゃんと知らせてから出掛けないとな」

 

二人の言葉に私は子供じゃないぞ、と返してやれば確かにと言ってオーバとデンジが笑う。

 

「良い大人が心配させないでくださーい」

「一日留守にしただけだろうが」

「まあそりゃそうなんだけど……、シンヤさんだと何か不安になるんだよねー」

 

ツバキがへらりと笑う。

ほら、あたしって母性の塊だし!!と続けたツバキの言葉にオーバが腹を抱えて笑いだす。

ツバキは笑顔のままエンペラーをボールから出した。

 

「ちょちょちょちょ!!!!」

「何が可笑しい」

「デンジッ、助けて!!」

 

ぷいっとそっぽを向いたデンジを見てオーバが顔を青ざめさせた。

バトルは外に出てして下さいねとジョーイに言われツバキがオーバの腕を掴んで外へと出て行く。オーバの顔色は悪かった。

ツバキとオーバのバトルは一方的にツバキがオーバをボコボコにする戦いで、何故かデンジが嬉しそうに二人のバトルを見ていた。

 

「勝敗もついたし、オレはそろそろジムに戻る」

 

デンジの言葉にオーバもそうだなと少し落ち込みながら返事した。

 

「それじゃ、シンヤさん!あたしも失礼します!」

「ああ、迷惑をかけてすまなかった」

「全然迷惑なんかじゃないですよー!!」

「……ごめんな」

「謝らなくて良いですって!!」

 

ニコリと笑ったツバキ。

デンジとオーバも笑って頷いた。

 

「それじゃ」

「まったなー!!」

「また来ますね!!」

 

三人に手を振り返すヤマトを見てから私も片手をあげた。

 

「ごめんな、ヤマト」

「え?そんな気にしなくても良いよ?」

「……」

「僕もミロカロスとの事があった次の日だったからちょっと大袈裟に考えちゃって……」

 

僕の方こそ何かごめんね、と笑ったヤマトに私は何も言葉を返せなかった。

そして三人が帰るのを待っていたのか、まあデンジとオーバが帰るのをと言った方が正しいんだろうが……、ユクシー達が私の肩と頭に乗った。

 

< シンヤさん、おかえりなさい >

< ヤマトに心配かけんじゃねー >

< 家出すんなバカ!! >

 

*

 

アグノムとエムリットを両手に抱え上機嫌なヤマトを見ながら肩に乗ったユクシーに声を掛けた。

大事な話がある、そう私が言えばユクシーは小さな声で分かりましたと返してくれた。

 

「シンヤー、家帰る?」

「仕事を貰って帰るから先に戻ってろ」

「分かった!」

 

アグノムとエムリットを連れてヤマトがポケモンセンターから出て行くのを見送った。

そして私はジョーイから書類を受け取ってポケモンセンターから出る。外で待っていたらしいユクシーが私の前でふわりと止まった。

 

< 大事な話って何ですか? >

 

ポケモンセンターから少し離れた所、建物の壁に背を預けた私の言葉をユクシーが首を傾げながら待っている。

私は抱えた書類を持ち直して小さく深呼吸をする。

そして私はユクシーに話した。自分が別世界から来て、そこに帰らなければならないという事を。

ユクシーは話を聞いて「そうですか」と寂しげに声を漏らした。

 

< 異質な人間である事は分かっていましたが……、身体の無い精神だけの状態だったとは…… >

「パルキアが迎えに来るんだ。でも、私はこの事を他の連中には話さない」

< え!? >

「お前にしか頼めないんだ」

< それ、は…… >

 

ユクシーが口を閉ざした。

賢いユクシーのことだ。私がこの後に何を言おうとしているのか、私が何を望んでいるのか、もう分かっているんだろう。

 

「私に関わった者たちから……。私、シンヤという人間が存在した記憶を消してくれ」

 

シンヤという存在を忘れてくれれば、私は全てを置いて行かずにすむ、最初から何も無かった事に……。

 

「許してくれとは言わない、許さなくても良いし、怒っても良い……。ただ、私を……忘れて欲しいんだ……」

< シンヤさん、…… >

 

私の名前を呼んだユクシーが何度か口を開閉させたが次の言葉は出てこなかった。

項垂れて傍へと近寄って来たユクシーの頭を撫でる。

 

「お前だけは覚えておいてくれ……」

< …… >

 

理由がどうであれ、私はここに存在出来て良かった。

自分の忘れてしまった過去。

私は元の世界に戻った時、自ら命を経った過去を思い出す事になる。どんな過去なのか……、不安じゃないわけがなかった。

でも、この世界で"生きた過去"も持っていけるのなら私は大丈夫な気がする。

本音を言うと帰りたくない、でも私は自分を受け入れなければならない。

だから、これは分岐点だったと思う事にする。

命を絶った愚かな私に与えられたチャンスだった。もう一度生きようと、生きたいと思える気持ちを持てるかのチャンスだったと。

ここで出会った存在は私には大きい。

命を絶ち全てを拒絶していた私に、他人に対して優しく接する事と自分以外を認める事を教えて居場所をくれたのはこの世界で出来た家族……。

真っ直ぐに優しく育ったトゲキッスは私が触れた初めての自分以外の命だった。

お互いを信じ支えて生きるブラッキーとエーフィはその姿から私に信頼や絆、相手を信じるという気持ちを教えてくれた。

そして私自身を映したかのようだったミロカロスは自分以外を求める心……、他の存在に対して笑ったり怒ったり悲しんだり……。そういった感情を教えてくれたのはミロカロスだ。

私がこの世界でポケモンドクターという存在になって仕事を続けられたのはミミロップにサマヨールが、他の存在の為に尽くし努力する姿を私に見せてくれたから。

どんなに苦しい仕事があっても自分の帰る場所、帰れば誰かが居て休める、安心出来る場所を与えてくれたのはギラティナで……。

ポケモンについて何も知らない私に色々な知識を与えてくれた人達、力になって支えてくれた人達、傍に居て笑顔を向けてくれる人達。

 

この世界で出会った人達と私が得たこの記憶と感情はかけがえのない、私自身を大きく成長させた事。

 

「私は幸せだった」

 

いや…、

 

「幸せだ」

 

不思議と頬が緩むんだ。

今まで笑うのが苦手だった自分が嘘みたいに自然に笑える。

悲しい……、苦しい……。

そう思うと、思えば思うほど自分が幸せであったのだと実感する。

 

< シンヤさんッ…… >

 

そして、

別れるのはこんなにも辛いのだと、私はまたこの世界で知った。

 

*


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