一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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ユクシー

知識の神と呼ばれ、人々に知恵を与えたとされるポケモン。

己の目と目を合わせた者の記憶を消してしまう力を持っている……。

 

それ故、彼は常に目を閉じモノを直視する事はない。

 

 

*

 

ユクシーと反転世界に戻り家に帰るとミミロップが私の抱えた書類を見て眉間に皺を寄せた。

 

「しまった……。ワタシの休んでた分もある……」

「まあ、仕方ないだろ」

 

ちゃんとやっておけば良かったー!!と叫ぶミミロップを見てヤマトが真面目だねぇと呟いた。

……お前は仕事、無いのか?

ドサリとテーブルに書類を置けばブラッキーが手を挙げた。何事かと視線をやればブラッキーはニコリと笑う。

 

「オレも手伝う!」

「え!?」

 

横に居たエーフィが驚きの声をあげた。

どうせブラッキーがやるなら私もやらなければいけなくなる、とかそんな事を思ったのだろう。

 

「俺様も手伝うぅ……」

「俺もお手伝いします」

 

ミロカロスとトゲキッスが近寄って来た。

どういう風の吹きまわしだろう……、特にブラッキーとミロカロス……。頭を使う事は大嫌いのくせに……。

 

「では、チルはお茶のご用意を」

「俺様はジュースだからな!」

「かしこまりました」

 

いつの間にかチルットとミロカロスが仲良くなっていた……。

 

「よーし、じゃあ僕も手伝っちゃおうかな!」

「研究所に戻らなくて良いのか?」

「良い」

「……なら、自分は研究所に戻って仕事をしてくる」

「いってらっしゃーい」

 

やれやれと言った様子でサマヨールが部屋から出て行った。

サマヨールがやると言ってる仕事はおそらくヤマトの仕事でもあるんだろう……。

書類の確認をし始めたミミロップに声を掛ける。

 

「ミミロップ」

「何?」

「私は先に風呂に入って来ても良いか?」

「うん……って、風呂ぉお!?!?」

 

ミミロップが書類を床にばら撒きながら私の方を振り返った。

ヤマト達が状況を把握出来ないのか首を傾げる。私も状況が把握出来ない。何でそんなに驚かれるのか……。

 

「シンヤが風呂?え、入るの?今から?」

「今から入りたいんだが、ダメなのか?」

「全然ダメじゃないけど……」

 

チルットが戻って来てテーブルにカップを並べた。

 

「ワタシ、シンヤが風呂入ってる所見た事ないんだけど……」

「……私が夜中に入るからだろ?」

「見られたくないからワタシたちが寝た後、夜中に入ってたんじゃ……?」

「いや別に?」

 

えぇー……、と声を漏らしたミミロップに何を言い出すんだと言いたげにミロカロスが眉を寄せた。

 

「見られたくない傷があるとか、すげぇ理由があるんじゃないかと思ってたのに……」

「あるわけないだろ」

「ミミロップはシンヤがお風呂入ってる所見たことなかったんだー……、まあ僕も無いけど」

「いっつも夜中に入るからガードが固……じゃなくて、理由があると思ってたんだよ」

 

床に散らばった書類をチルットが寄せ集める。

 

「くだらない事を考えますね」

「エーフィはシンヤが風呂入ったの見た事あるわけ?」

「ここに住むようになってからはありませんが、前は一緒に入ってましたから」

「オレも入った」

「俺様もー」

「俺も入りました」

「シンヤ、服脱いでた?」

 

エーフィが頷けばミミロップが嘘ぉ!!と声を荒げた。

だから何ですかとエーフィが呆れたようにミミロップに言葉を返す。

 

「ワタシが人型になる前、風呂の時は絶対にシンヤ服着てたじゃん!?」

「お前ら全員洗うのに一緒に入ってたら茹で上がるだろうが……」

「ワタシも入る!!一緒に入る!!」

「え……」

「ワタシだけ裸の付き合い無しとか!!」

 

人の姿になれてから全員、各々で風呂入ってただろうが……。なんでわざわざ風呂を狭くするんだ……。

 

「冗談はやめて下さい」

「マジだよ!!本気だよ!!ワタシは大真面目に言ってるからな!!」

「アナタまで居なかったら誰が仕事の指示を出すんですか!!」

「1時間くらいなんとかしろよ!!」

 

風呂に1時間もかからん、私は20分だ。

エーフィと言い争いを始めたミミロップ。ここで待っている時間も勿体ないので風呂に入ってこよう。

隅の方でうつ伏せに寝ているギラティナの背に座っていたユクシー、アグノム、エムリット……。

 

「一緒に入るか?」

< 入る入る入る入る!! >

< おふろ~ >

< ミミロップは放っておいて良いんですか? >

「良いだろ」

 

どうせ、風呂から上がっても言い争いは終わってない。

 

*

 

「あぁぁああ!!お前ホント、ムカつく!!ツンケンしやがって!!嫌みしか言えねぇのかよ!!」

「苛立つとやたらに叫ぶのやめてくれませんか?それに私は正しい事をハッキリと言っているんですよ」

 

風呂上がり、さっぱりした気分でリビングに戻ればやはり言い争いは終わっていなかった。

二人の声に起きたのかギラティナがあぐらをかいて苛立ったように二人を睨んでいる。そのギラティナの膝にエムリットとユクシーを返して、頭にアグノムを乗せてやる。

ギラティナが、えぇー……と嫌そうに顔を歪めた。

ギラティナの隣に座って頭をタオルで拭きながらエーフィとミミロップを眺めてみる。

さて、いつ終わるのか。

エーフィの腕を掴んで止めようとするブラッキーに、テーブルの上に座ってミミロップを応援するラルトス。

二人の間に入って壁になろうとするトゲキッスがミミロップに押されソファに倒れ込んだ。

ミロカロスとヤマトは全く気にした様子も見せずひたすら書類と向き合っている。

 

「賑やかだな」

「うるせぇっての……」

 

大きく溜息を吐いたギラティナ。

アグノムとエムリットがやれやれ!もっとやれ!と野次を飛ばしだす。

エーフィに蹴りをくらわそうとしたミミロップ。ひらりとミミロップの蹴りを避けたエーフィ。

避けられた蹴りはエーフィの後ろの方に座っていたミロカロスの背中に当たった。

 

「痛いッ!!!」

「あ、悪い」

 

キッとミロカロスがミミロップを睨みつける。蹴られた反動でテーブルの書類が散乱してヤマトが泣きながら書類をかき集めていた。

 

「何すんだよ!!!」

「だから謝っただろーが!!」

「喧嘩してないで手伝え!」

「ちょっと待て!!ワタシはエーフィが謝ってくるまで許さねぇから!!」

「何で私が謝らなきゃいけないんですか、むしろ八つ当たりして申し訳ありませんでしたと土下座でもして欲しい所です」

 

いつの間にか日頃の不満云々の言い争いに発展していたようだ。

エーフィとミミロップが睨み合うのを見てミロカロスが二人に怒鳴る。

 

「いい加減にしろよ!!」

「「……」」

 

怒鳴ったミロカロスをエーフィとミミロップが睨みつける。

二人に睨まれたミロカロスがビクリと体を揺らした。

 

「お前にそう言われるのはなーんか腹立つ」

「お、俺様は別に何もしてねぇだろ!!」

「普段の自分の行動を棚に上げて発言するのは控えて頂きたいですね」

「う……」

 

エーフィとミミロップの怒りの矛先がミロカロスに向いた。

二人に責められるミロカロス。項垂れて肩を落とすミロカロスを見てトゲキッスが再び間に入ろうとしたが邪魔だと怒られてしまった。

我慢の限界を迎えたらしいヤマトが立ち上がって怒鳴る。

 

「うるさぁあああい!!!」

「「「……」」」

「エーフィ、ミミロップ!!二人が喧嘩するのは勝手だけどミロカロスを虐めるのはやめなさい!!」

「「……」」

「言い争いでもバトルでもしたいなら外に出て好きにやれば良いでしょ!!」

 

ヤマトに怒られて口を尖らせるエーフィとミミロップ。半泣きのミロカロスがトゲキッスに慰められていた。

 

「シンヤが見てないから怒られないと思ってるんなら大間違いなんだからね!!僕だって怒るし、シンヤがお風呂から出て来たらちゃんともう一回怒ってもらうからね!!」

「「……」」

 

ヤマトがバンとテーブルを叩くと二人はしゅんと肩を落とした。

隣に座っていたギラティナに「ヤマトはお母さんみたいだな」と言えば、「じゃあ、シンヤがオトウサンだろ?」と言われてしまった。複雑だ。

 

「ご主人様、お風呂上がりにお飲み物はいかがですか?」

「水くれ」

 

チルットの言葉に返事するとヤマトが「えぇえええ!!!」と声を荒げた。

 

「ちょ、いつからそこに居たの!?」

「ミロカロスが蹴られる前から」

「結構居たぁあああ!!!」

 

怒るヤマトに引き摺られエーフィとミミロップの前に立たされる。

怯えたようにうつむきがちに私を見る二人がなんだか面白かった。ヤマトは怒ると怖いのか、そーかそーか。

 

「びしっと、びしっと怒ってやって!!」

「エーフィ、ミミロップ……」

「「……ッ」」

 

「めっ」

 

ちょ、待て。とヤマトに腕を掴まれたが。

別にもうヤマトが怒ったから良いと思うぞ私は。

 

「シンヤ~……」

「泣くな」

 

えぐえぐと泣きながら近寄って来たミロカロスの頭を撫でると顔を真っ青にしたエーフィとミミロップが私の名前を呼んだ。

 

「な、何で怒らないんですか……」

「ワタシたちには怒る価値もないと!?」

「?」

「ごめんなさい!!ワタシが悪かったです!!許して下さいぃいい!!!」

「すみませんでした!!言い過ぎました反省してます!!」

「……」

 

何なんだ、と二人に視線をやれば二人は目に涙を溜めてひたすら謝って来た。

 

「うわぁああ、シンヤが怒らないぃい!!」

「何で何も言ってくれないんですかー!!」

「さすがシンヤ、一番効果的な反省のさせ方を知ってたんだ!!僕も見習うよ!!」

 

怒られると思っている時に怒られなかったりすると余計に恐怖心が掻き立てられるものなのか……?

 

「別に怒ってない」

「……」

「……」

 

エーフィとミミロップは無言で肩を落としたまま椅子に座って書類を片付け出した。

もう大人しく真面目に仕事しますから、というオーラがひしひしと伝わってくるが……、本当に怒ってないんだぞ?

まあ、勘違いして大人しくしていてくれるならこれ以上の否定はしないでおくとする。

 

「シンヤ……、エーフィさんとミミロップさんも凄く反省してるみたいなので、許してあげて欲しいです……」

 

震えながらトゲキッスにそんな事を言われたものだから思わず笑ってしまった。

 

*


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