一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

34 / 221
34

朝早くに起きて身支度を済ませ、早起きなチルットが淹れてくれたコーヒーを飲みつつミミロップが持ち帰って来た書類を片付ける。

出来た書類は後でジョーイの所に持って行く為、カバンの中に入れておく。

チルットが用意してくれた簡単な朝食をすませ、リビングでポケモンの姿のままごろりと寝転がって寝ているミロカロスを見下ろした。

トゲキッスとミミロップとサマヨールはボールに入って寝るんだけどな、他の連中はリビングだったりソファだったり廊下だったりとそこら辺で寝ている事が多い。

 

「ミロカロス」

「……ミロォ、」

 

ポケモンセンターに寄ってから買い物に行きたい私はミロカロスに声を掛ける。昨日一緒に行くと約束したので寝ていたから置いて行ったと言えばミロカロスの機嫌を損ねるだろう。

起きないミロカロスの胴体をぺしぺしと叩くが少し身動ぎしただけで起きる気配がない、面倒なのでもうボールに入れて連れて行こうとミロカロスにボールを押しあてた。

 

「よし、出掛けてくる」

「いってらっしゃいませ」

 

恭しく頭を下げたチルットが送り出してくれた。ポケモンフードを食べていたエーフィが「フィー…」と鳴いた。

強引過ぎる、とかなんとか言われたが知らん。

反転世界からポケモンセンターへと出る。

おはようございます、と挨拶をしたジョーイに挨拶を返す。カバンから書類を出してジョーイに渡せばこれからの予定を聞かれた。

 

「暇ですか?」

 

いや、むしろこれからの予定を入れられそうな問いだった……。

 

「いや、これから買い物に行く」

「そうですか」

 

笑顔のジョーイから舌打ちが聞こえた。笑顔で舌打ちとは相変わらず器用な女だ。

世間一般のジョーイのイメージは一体どういうものなのだろうか、私の中では物凄くイメージが悪いのだがこれは私だけなのだろうか……。

ジョーイの接し方が人によって違うしな、ヤマトと私では本当に対応が違う。いや、むしろ私にだけ悪いのか……、それとも私だけに素を見せてくれているのか……。後者なら男として喜ばしい事かもしれないが見たくない一面だと思う。

まあ、私に対して乱雑な対応をするのはズイのジョーイだけだけどな。ズイのジョーイとは性格的に合わない。まあジョーイ自体あんまり好きじゃないけどな……。

ポケモンセンターを出てミロカロスのボールを投げる。

ボールから出て来たミロカロスは眠たげな目で辺りを見渡して私に視線をやった。

 

「アイスでも買ってやろうか?」

「ミロ!?」

 

一瞬で人の姿になったミロカロスが飛びついて来た。腕にくっ付くミロカロスを無視してさっさと買い物をしてしまおうと思う。

買う物をメモした紙を片手にカゴの乗ったカートを押すミロカロスがキョロキョロと忙しなく商品に目を走らせていた。

 

「あら、ミロちゃんじゃないの」

「おはよー」

「今日は一人じゃないのね!良いわねー、男前連れちゃってー」

「良いだろー」

 

ミロカロスはよく買い物に来ているし知り合いの人間が居ても可笑しくは無いのか……。結構、社交的な奴なんだよなミロカロスは……。その分、ミミロップは社交性壊滅的だ。私も人の事は言えないが。

何処ぞの奥さまと別れたミロカロスは鼻歌を歌いながらカートを押す。

 

「知り合いが多いのか?」

「んー、名前は知らねぇけど顔は知ってる人はいっぱいいる」

 

あんまり仲良くはないよ、と付け足して言ったが顔見知りなら十分親しいのではないだろうか…、歩いていて声を掛けられるくらいなんだから。

 

「なんで名前を聞かないんだ?」

「どうせ会わなくなるかも知れないだろ?聞いても意味無いよ」

「……そうか」

 

なるほど、と私は頷いた。

育て屋に長く居たミロカロスの付き合いは大体、浅く広く……。親しくなってもいずれ居なくなるという考えがあるのだろう。

 

「やろうと思えば深く広くも出来そうだな……」

「ん?何が?」

「いや、……何か欲しい物はあったか?」

「果物買って良い?」

「良いぞ」

 

リンゴリンゴリンゴ~♪とリズミカルに言葉を発するミロカロスはリンゴを両手に持ってどのリンゴを買うか選別していた。

 

「どのリンゴが美味しいかな~、シンヤはどれが良い?」

「んー……」

 

本音を言ってしまうとどれでも良い。私が食べるわけじゃないし、あまりリンゴは好きではない。

私がリンゴを一個手にとれば後方でドサドサと盛大に何かを落とした音がした。振り返ればエプロンを付けた店員がこちらを凝視して固まっている。

足元にダンボールに入っていたであろうリンゴが散乱しているがそれは良いのか……?

 

「ミ、ミロちゃん……、その人、誰……」

 

落ちたリンゴを拾っていたミロカロスが顔を上げた。指を差された私がミロカロスに視線をやるとミロカロスと視線が合った。

 

「シンヤ」

「いや、誰だし!!」

 

シンヤはシンヤだし、と返事をしつつミロカロスはダンボールにリンゴを直していく。どうやらこの店員とも知り合いらしい。

リンゴの入ったダンボールを持っていた所から果物担当とかそんな店員かもしれない。

 

「シンヤー、リンゴさー、この袋に三個入ってるので良いかな」

「袋に入ってるのより、個売りしている方が良いぞ」

 

そうなの?と首を傾げながらミロカロスが袋に入ったリンゴを戻した。

すると私とミロカロスの間に店員が入って来た。近すぎる距離に思わず私は一歩横にずれる。

 

「袋に入ってるのは香りもしないし選別しにくいんだよ。ミロちゃん!」

「へー、じゃあ良い香りのが良いのか。でも全部リンゴの匂いだけどな……」

 

そうだよねー、と笑う店員の言葉に頷きながらミロカロスはリンゴの匂いを嗅いでいた。

 

「香りもそうだが他にも選別方法はあるぞ」

「どんなの?」

「色がよくついている方が甘みがあって味も濃い。大きさは並べられたリンゴを見て中位の大きさが良い。大きすぎると大味だったり小さいのは甘みが足りない場合がある。ちなみに同じ大きさのリンゴを手にとって比重が大きい方が熟していて蜜入りも多いそうだ。リンゴを指ではじいてみて弾んだ音がするのが新鮮で鈍い音は鮮度が悪いとも記憶している」

 

ほーほー、と頷きながらミロカロスが何故か目を輝かせていた。

 

「シンヤ、物知りー!!すげー!!」

「そうか?あ、あと日持ちはしないがリンゴのお尻を見て緑が少なく黄色がかってるリンゴが食べ頃でもあるから今日食べるならそれを選べばいいぞ」

「シンヤやっぱ頭良いよなー、カッコイイー」

 

アハハと笑いながらミロカロスがリンゴを両手にとった。

全部本で読んだ知識だ、と付け足して言ったが覚えてるのが凄い!と褒められた。そこまで純粋に凄い凄いと褒められると少し気恥ずかしい……。

しかし、私の場合は選別方法が分かっていても選別するのが面倒で大体適当だけどな。

 

「早く選んでしまえ」

「よし」

「ミロちゃん!リンゴ以外も買わない!?オレが選別方法教えてあげるよ!!」

「リンゴだけでいいよ」

「そ、そう……」

 

項垂れた店員はともかくミロカロスがリンゴを選ぶのに少し時間が掛かりそうなので、ついでに白菜を取って来よう。果物コーナーの近くにある野菜コーナーへと行き白菜を手にとる。白菜はやはりある程度選別しないとな……。

葉がしっかり巻かれていてずっしり重たいもの、みずみずしさがあって黒い斑点が無いものが良い……が、面倒なのでとりあえず目についた二つの比重を計って重たい方を選んでおいた。

 

「ちょっと良いですか」

「良くない」

「えぇ!?」

 

トマトをカゴに入れた所で店員に声を掛けられたので返事をする。素っ頓狂な声をあげた店員は慌てて私の前に立った。

私より随分と背が低くて上目がちに睨みつけられたが店員がビクリと肩を揺らして一歩後ろに下がったのでどうやら私は見下ろして睨むかたちになってしまったらしい。

 

「あ、貴方はミロさんとどういう関係なんですか!」

「アイツの立場はおそらくお前と同じだ」

「……は?」

 

間抜け面だ、と店員を見ているとミロカロスがリンゴを持って走って来た。

いそいそとカゴにリンゴを入れたミロカロスは満足気だ。どうせリンゴを剥くのはチルットなんだろうけどな……。

カートを押してレジに並び会計を終わらせて店から出れば、ミロカロスは上機嫌に買い物袋を揺らしながら鼻歌を歌っていた。今日は随分とご機嫌みたいだ。

 

「ミロちゃん!」

「んぁ?」

 

さっきの店員が走って来てミロカロスに可愛らしい小さな花束を差し出した。キョトンとしたミロカロスが店員と花束を交互に見やる。

 

「なに?」

「これ、良かったら貰って!」

 

ミロカロスが花束に視線を落としてから店員を見た。店員は頬を赤くしてミロカロスを見つめ返す。

 

「花とか要らないんだけど……」

「!?」

 

おそらく食べられないから、という理由だと思う。ミロカロスに花を愛でる思考は無いし、花を差し出された理由も分かっていないんだろう。

店員が俯いてしまってどうしたら良いのか分からないらしいミロカロスが私の方を振り返る。

 

「貰っておけば良いじゃないか」

「でも花持ってたらアイス食えないし」

 

そうだな、帰りにアイス買ってやるって言ったもんな。

何も言わないまま頭を下げて店員が走って店へと戻って行った。可哀想だとか同情の気持ちは全く湧いてこない辺りは自分らしいと思いつつ「相手が悪いな……」と小さな声で呟いた。

走り去った店員を見送ったミロカロスが私を見て首を傾げた。

 

「なに今の?」

「健気な奴じゃないか」

 

まあ、私がミロカロスの立場なら花束は勿論、受け取らないけどな。

しかしこれでミロカロスがポケモンから見ても人間から見ても美人なんだと言う事がよく分かった。性格には非常に難があると思うが。

 

「まあ、今後も仲良くしてやれ……、名前は知ってるんだろ?」

「……名前聞いたけど、忘れた」

 

あは、と笑ったミロカロス。

名乗ったのなら名前はあるのであろう店員に名札を付けておけば良いと教えてやるべきだろうか……。

わけも分からず泣きつかれているかもしれないトレーナーに少し同情した。

 

「あ、シンヤはアイツがなにか分かった?」

「メタモンだろ」

「さすがシンヤー!!アイツな、あの店で働いてるトレーナーの手伝いしてるんだって」

 

健気な奴だ……。

 

ズイに帰って来てポケモンセンターの前を通るとヤマトとミミロップの姿があった。足元にはラルトスとユキワラシとヨーギラスがいる。

アイスを片手にご機嫌だったミロカロスの表情が一気に曇った。

 

「シンヤ、おかえり!」

 

手を振るヤマトの横でミミロップの目付きも一気に悪くなる。昨日の一件で反省しているのかしていないのか……。まあ、喧嘩にはならないだろうが雰囲気は悪いな。

 

「何をしてるんだ?」

 

ポケモンセンターの前で、と続ければヤマトが苦笑いを浮かべた。それを見てミミロップがヤマトを睨みつける。一体何なんだ……。

 

「ちょっとねー……、うん……」

「喋ったら殺す……」

「……」

 

ミミロップの事で何かあったらしい……。

まあ、別になんでも私に報告する必要はないし言いたくないならこれ以上は聞かないが、ヤマトを殺すのはやめてやってくれ……。

 

「とりあえず、シンヤも帰って来たしミミロップは家に帰ってゆっくりすると良いよ。手伝いは僕がしてくるからさ」

 

ラルトスと、と言って足元に居たラルトスを抱えたヤマトが笑う。ラルトスも返事をしながら頷いている。

渋々と頷いたミミロップは何処か落ち込んだようなイラついているような……。とにかく雰囲気は良くない、むしろ気まずい。私が気まずいと思うのだからミロカロスは更に居心地が悪いだろう……。

 

「それじゃシンヤ、ミミロップ連れて帰ってね」

「……ああ」

 

訝しげにミミロップに視線をやっているミロカロスを小突いて行くぞと声を掛ける。

私の少し後ろをついて来るミミロップはまるで暗雲を背負ってるかのようだ。やっぱり落ち込んでいるのか……?

 

「シンヤ……、ミミロップ、なんか怖い……」

 

傍に寄って来たミロカロスが眉を下げた。小声で話しても耳の良いミミロップには聞こえているだろう。

チラリと視線をやればミミロップは口を一の字にして私から視線を逸らした。

家に帰って来てもミミロップはソファに座って黙り込んだまま。

チルットとお茶をしていたらしいギラティナが「不気味だ……」と言いながらお茶を啜り、ミロカロスはミミロップに近寄るのも怖いのかチルットの隣にべったりくっ付いていた。

心配そうなチルットに視線を向けられ、私は眉を寄せる。こういう場合はやっぱり私がなんとかしないといけないのだろうか……。でも聞かれたくないみたいだったし放っておいた方が良いのかもしれない。でもこのままではこの場の空気が非常に悪い……。

溜息は無意識に出た。

ソファに座るミミロップの隣に腰掛ければミミロップは私から顔を背けた。

 

「どうしたんだ、と聞きたくはないんだが……。聞いても良いか?」

「……」

 

話したくない事は聞かれたくない。誰だってそうだ、私なら断固として話そうとしないだろう。

私はどうにも社交性が低い。世辞も言えなければ勿論相談にものれるわけがない。他人の悩みなんて本音を言えば勿論聞きたくないし聞いたとしてもその悩みを解決してやれるような人間でもない。

こんな私がポケモン専門とは言え医者なんて世も末だ。人の気持ちなんて本には書いてないのだから知識として得られるわけもないし他人の気持ちを全て分かってやれる存在など居ないだろう……。

居たとしてもそれが良い事なのかは私には分からないが……、まあ私は遠慮したい、自分の事で基本精一杯だ。

だから何だと聞かれると、そうだな……。ミミロップをこのまま放置しても良いだろうか……。

チラリとチルット達の方に視線をやれば「もっとちゃんと聞け!」と目で訴えられているような……。

何があったかは知らないが必要ならミミロップの方から話すだろうし話さないのならそれは聞かれたくない事なのだからそっとしといてやれば良いじゃないか。

面倒だという気持ちがないわけじゃないが私はミミロップの事を考えて放っておくという選択肢も用意したわけで、本当に面倒だとかは思って、るけど……。

 

「ダメだな、シンヤはダメだ」

「ご主人様……」

 

やれやれと言った様子で首を横に振ったギラティナ。私の心を見透かされたような気持ちになった。まあ私がダメなのは否定しないが。

溜息を吐いたギラティナがミミロップに近寄ってミミロップの肩を叩いた。

 

「何かあったのかは知らねぇけど、マジで鬱陶しい」

 

一刀両断だな。

ギラティナの言葉に普段なら言い返すはずのミミロップは「ごめん……」と一言謝罪を返した、一番びっくりしてるのがギラティナで不謹慎ながら私は面白いと思ってしまった。

 

「誰アイツ!!ちょっとミロカロス、お前けしかけて来い!!ここでシンヤと一発ちゅーでもしろよ!!」

「何で俺様が!ミミロップ怖いからヤだよ!!それにちゅ、ちゅーしたらシンヤも怒るだろ!!」

 

随分と可愛らしい言い方をするんだな……。

でもそのちゅーと表現される行動は今のこの状況にどう関係があるのか甚だ疑問だ。

 

「この状況でちゅーする事は関係あるのですか!?」

「ある!!」

「えぇ!?あるの!?じゃあ、俺様はシンヤに怒られてでもちゅーしなきゃダメなのか!?」

 

もう何の話をしているのやら……。でも本当に楽しそうだなお前たち……。

ミミロップの事なんてすっかり忘れてしまっているのか盛り上がる三人、ちゅーちゅーちゅーちゅーと何処の電気ねずみだ。

 

「うるせぇええええ!!!!」

「!?」

「「「!!!」」」

 

大人しかったミミロップがソファから立ち上がってギラティナを睨みつけた。

 

「ちゅーちゅーちゅーちゅーと……、うるせぇんだよ!!何処の電気ねずみだゴラァ!!!」

 

まあ、私も思ったけど……。

 

「ワタシの前で金輪際ちゅーという単語を口にするな!!ぶっ殺すぞ!!!」

「なんだ。誰かにキスでもされたのか」

 

私がポロリと零した言葉にミミロップはその場で固まった。そのまま私を凝視したミミロップの表情は物凄く強張っている。

 

「……ッ、……!!」

 

図星だったのだろうか……。

目からボロボロと涙を零したミミロップが栓でも抜けたかのようにわんわんと悲鳴のような声をあげながら泣きだした。

ミロカロスもびっくりな泣きっぷりに大慌てでチルットが背中を擦りに駆け寄った。

油断した、男に、ムカツク。そんな単語が出て来たので予想で考えてみる。

ジョーイに変わってトレーナーの対応をしていたミミロップはやって来た男のトレーナーに不意にキスをされてしまったのではないか、というギラティナとミロカロスと私で考えた結論である。

それでジョーイの手伝いどころではなくなり私が留守だった為に代わりに駆け付けたのがヤマト、だと考えると辻褄は合う……。

 

「しかし、キスされたぐらいであんなに泣くだろうか?」

「ミミロップは意外とプライド高ぇし、悔しさもあるんじゃね?」

「俺様、育て屋で店番やってる時に尻とか触られたけど」

「マジで?泣いた?」

「ブチ切れたらばば様に怒られた」

「それは怒って当然だろう。叱られるのは少し理不尽だ……」

「俺様、なんも悪い事してねぇのにさぁ!!ちょっとハイドロポンプかましてやっただけなのに!!」

「「お前のハイドロポンプはダメだ」」

 

人間相手じゃ殺しかねないじゃないか、ばば様に叱られて当然だ。

今はハイドロポンプやらないもーん、と頬を膨れされて言ったミロカロスにギラティナは首を傾げながら聞いた。

 

「じゃあ、今やられたら黙ってるわけ?」

「笑顔でビンタ」

「お、おぉ……。お前結構頑張ってんだな……」

 

ギラティナに褒められてミロカロスは少し嬉しそうだったが、ばば様とじじ様に少し私は文句を言いに行くべきだろうか……。ミロカロスにどういう仕事をさせているのか……、セクハラ禁止という張り紙でも貼ってやって欲しい……。

 

「お前、何でそれで笑ってられんだよ……」

 

ポツリと呟かれたミミロップの言葉に私たちは視線を向けた。

袖で涙を拭ったミミロップがミロカロスを睨みつけている。

ビクリと肩を揺らしたミロカロスが怯えたように私とギラティナを交互に見やった。

 

「お前、頭湧いてんじゃねぇの……」

「で、でも、仕事だし……」

 

笑顔で愛想よく対応しろって言われたし技はダメだって言われたし、言われた通りにやってるだけだし……、とだんだんと声を小さくさせながらミロカロスが呟いた。

 

「客商売は笑顔が大事だってばば様が言ってたんだ。それに嫌がったら余計に面白がってやられるんだぞ!!軽くあしらえるようにならないと駄目だって言われたんだからな、俺様は!!」

 

まるで酔っ払いを相手にするかのような対応じゃないか、ばば様……。ミロカロスに何を仕込んでいるんだ……。

 

「ミミロップがこんなに情けない奴だとは思わなかった!!!俺様にはいつも言い返すくせに何にも言い返せなかったのか!?ちゅーされたぐらいで泣いて帰って来るなんてバッカじゃねぇの!!!」

「なっ……!!」

 

良いぞもっとやれ、と隣でぼそりと呟いたギラティナは笑っていた。

けしかける、ってこういう事か……。

 

「一回嫌な事されたからって帰って来てんじゃねぇ!!泣くぐらい悔しいんならその男、小馬鹿にしてソイツに悔しい思いさせてお前は笑顔でソイツをポケモンセンターから送り出してやれば良いだろ!!もうソイツは二度と手出して来ねぇよ!!」

「……」

「お前、男だろ!!泣くんじゃねぇ!!」

「お前にだけは言われたくねぇよそんなセリフ……ッ、この低能が調子に乗ってんじゃねぇぇええ!!」

「んだとぉおお!?表出ろテメェ!!!」

「上等だゴラァア!!」

 

チルットの制止を無視して二人は外へと走って行ってしまった。なんだかんだとミミロップは元通りに戻っていたし。

ギラティナを見れば「作戦通り」と言って不敵に笑っている。さてはお前、ミミロップの様子を見てて、初めから知ってたな……?ちゅーがどうとか言い出したしな。

 

「しかし、アイツらの会話はまるでホステスのようだったな……。ナンバー1を目指す女たちの会話みたいな……」

「ほすてす……?」

「女々しいのか雄々しいのか分からん」

「は……?」

 

首を傾げるギラティナを見て人知れず笑みが零れた。

 

暫くしてポケモンセンターの手伝いが終わったのかヤマトが家にやって来た。

外でミミロップとミロカロスが喧嘩してる!!と叫びながら入って来たが、いつも通りで良いじゃないかと返事をしてやればヤマトは笑っていた。

 

「ミミロップから理由聞いた?」

「いや、ハッキリとした内容は聞いてはないが……」

「男からちゅーされたくらいでへこむなよな」

 

ケラケラと笑ったギラティナを見てヤマトが眉間に皺を寄せる。

まあ、へこむへこまない以前の問題だと思うが……。

 

「あのねぇ、キスって言うのは大事なんだよ!愛し合ってる二人がしてこそのものなんだから!」

「そーゆーこと言うんだー、お堅いねー」

「普通で当然の事でしょうが!!シンヤもなんか言ってやって!!」

「キスぐらいでギャーギャーとうるさい」

「ぐらいって言うなぁあ!!!」

 

ミミロップはきっと凄く傷付いたよ!だって見知らぬ男の人にからかわれてキスされるなんて男の子なのに……、可哀想に……、と何やら嘆きながら両手で顔を覆ったヤマト。

いつもながら対応が素っ気無いから嫌がらせ込みだろ、とギラティナが呟いたので私は心の中で頷いた。

 

「じゃあなんだ!!シンヤとギラティナは同性相手にキスされて何とも思わないって言うの!?」

「むしろ何を思えば良いのかオレにはさっぱり」

 

まあ人間とか他の奴らあんまり好きじゃねぇけど、と続けたギラティナはケラケラと笑う。

キス云々は別に私も何も思わない、キスしたからと言って何が減るというわけでもないし、こちらにはメリットも無いがデメリットも無いしな……。そこまで騒ぐようなものだとは思えない。

しかし、ミミロップの事もそうだが世間一般にセクハラと称される行為をみすみす見逃すのはなぁ……。特にミロカロスに至ってはばば様の教育まで……。

これは何か対策を取ってやるべきか……、むしろエーフィに指導を受けて相手をとことん言葉で追いつめるという荒業もあっても良いか……。

 

「ならしてやろうか?」

「僕は絶対に嫌だよ!!!」

「じゃあ、シンヤ」

「ん?」

 

私が考え込んでいる間もギラティナとヤマトの会話は続いていたらしい。まだキス云々言っているのか……。

 

「キスしていい?」

「なんでだ」

「だってヤマトが男同士となんて絶対にキス出来ないって言いやがるから!」

「無理無理、絶対に無理!!」

 

ヤマト、お前……。いつも可愛いとか言ってポケモンのオスにキスしてたりするじゃないか……。

人の姿をしててもお前の前に居るのはポケモンだぞ。

私が小さく溜息を吐けばギラティナがぐっと私の前に顔を近づけて来た。どうやら本当にするらしい……、チラリとヤマトに視線をやれば大きく口を開けて固まっている。

 

「(……間抜け面)」

 

目と鼻の先まで顔を近づけたギラティナが目の前で止まり私に視線をやった。なんでそこで止まるんだ、と言えばギラティナは苦笑いを浮かべる。

 

「いや、だって怒るかなー……って思っちゃったりなんかしちゃって……」

「別にこれぐらいじゃ怒らないぞ」

「んむっ……!」

 

ギラティナの後頭部を掴んで引き寄せてキスをすれば驚いたらしいギラティナが目を見開いていた。向かいの席に座るヤマトが悲鳴をあげる。

 

「うわぁあああ!?!?本当にしたぁあああああ!!!」

「うるさい」

 

別に舌を入れたわけじゃあるまいし。

ちゅ、とワザと音を立ててみるとヤマトがムンクのように両頬を押さえて悲鳴をあげた。

 

「ハレンチィイイ!!!」

「破廉恥って……、お前はいつの時代の人間だ……」

「シンヤとのちゅーは自慢出来るな」

 

ニヤニヤと笑うギラティナとギャーギャーと喚くヤマト。

挙句の果てにはボロボロと涙まで流し始めたヤマトをどうすれば良いのか。放って置いて良いのか……。

 

「シンヤのバカッ、不潔だ!!このふしだらっ!!」

「……」

「ぶっ、くっくっ……!ふはははっ、やべ、面白……っ……!!」

「スケベ!!変態!!シンヤのドスケベ!!!」

 

わぁああん……、とそんな泣き喚かれても……。

百歩譲ってギラティナに罵られるならまだしも、なんでお前にそこまで言われなければいけないのか。

ギラティナはギラティナで泣くほど笑ってるし。

 

「うるさい!!」

「シンヤが悪い!!キスなんてするから!!このスケベ!!」

「男なんてみんなスケベだ!!」

「開き直ったぁああ!?」

「ぅわはははははっ!!!シンヤサイコー!!!」

 

床を転げまわるギラティナにぐっと親指を立てて笑顔を向けられた。

ガチャと扉の開く音がしたので扉へと視線をやれば目を見開いたミミロップが私を凝視している……、なんだその顔は……。

 

「シンヤが……、キス?」

「……」

「ヤ、ヤ、ヤマトと!?」

「えぇぇえええ!?」

 

嘘だぁああ!!と走り去ってしまったミミロップ。走って行ったミミロップを見てミロカロスが首を傾げた。

 

「ちょちょちょ、ちょっとぉおお!!ミミロップゥウウ!!待って!!誤解だよ!!僕じゃないよ!!シンヤとキスしたのはギラティナだよぉおお!!!」

「えぇぇー!!?」

 

ミミロップを追いかけて行ったヤマトの言葉にミロカロスが大きく口を開けた。

ソファに座ったギラティナがミロカロスを見てニヤリと笑った。

 

「良いだろ、凄いだろ、羨ましいだろう」

「くあぁぁああ!!良いな凄いな!!超羨ましい!!!」

 

キスぐらいでここまで賑わえるなんて幸せな奴らだな……。

 

「で、男ってみんなスケベなの?」

「多分」

「え?え?何が?」

「シンヤはどっちかと言うと勿論?」

「スケベだな、しかもむっつりスケベだと思うぞ」

「ふはははははっ!!!言っちゃったらむっつりじゃなくてオープンじゃねぇか!!」

「何、むっつりスケベって?」

 

首を傾げるミロカロスに私とギラティナは何も言わない。

ニヤニヤと笑うギラティナだけが随分とご機嫌だった。しかしヤマトとミミロップはいつ帰って来るのだろうか……?

 

「オレ、ますますシンヤの事スキになった」

「あまり嬉しくないがありがとう」

「俺様の方がギラティナよりシンヤの事スキだ!!!」

「あー、はいはい」

「むっつりって何か教えてっ!!」

「……」

 

結局、夕方頃にヤマトがミミロップを引き摺って帰って来た。

シンヤのせいで必死に説明するはめになって疲れた、なんて愚痴られても私は知らん。

 

*





【挿絵表示】

ギラティナとチルット、ラルトス

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告