一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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人生で一番の衝撃だったと僕は思う。

いつも通り、何一つ変わらない一日が始まった朝。シンヤが来た。珍しくボールを六個フル装備、大きなカバンを持っていてその上にはラルトスがちょこんと乗っていた、そしてシンヤの頭の上にチルット……。

それは突然の事だった。

 

「ピクニックに行くぞ、ヤマト」

「……はぁ!?」

 

シンヤの後ろからイツキさんが顔を覗かせて笑った。いつもの服装とは違ってとてもラフで動きやすそうな格好……。

さあ行くぞ!!と声を張り上げられて、朝から僕は混乱した。僕、いつも通り白衣着て来ちゃってるんですけど!と声をあげても気にするなとスッパリ切られた。

 

「ど、どういう事なのシンヤ……」

「最初に言った通り、ピクニックに行くんだ」

「えーっと……、イツキさんの所のご家族と……?」

「カズキとノリコが前々から言っていたからな、今日行く事にしたんだ」

 

そういうのって前もって教えておいてくれるもんじゃないの?思い立ったら即行動やめない?

っていうか、イツキさん達はノリノリで了承したんだろうな……。

 

「おはよう。ヤマトくん」

「お、おはようございます。カナコさん」

「今日は天気も良いしピクニック日和よねぇー、急だったけど全部シンヤが用意してくれたから母さん楽チンだわ」

「シンヤ、こういうの面倒っていつも言ってるくせに!!」

「今日はそういう気分なんだ」

 

シンヤが急に言いだしたってことだよね……。早起きしてお弁当作ったり用意したのか……。ああ、でもチルットも居るしなぁ……。

今日はそういう気分って、どういう気分……っていうか……。

 

「家族団欒なら僕行かなくても良いんじゃ……」

「お前も家族みたいなもんだろ」

「……ッ、シンヤ……!!!」

「ねえ、シンヤ。本当にフィーちゃんとツキくんも後から来るの?今、一緒に行けないの?一緒に住んでるんでしょ?」

「後から来る」

「もう!そればっかり!!」

 

いつもの無表情で適当にカナコさんをあしらうシンヤ。まあ、手持ちのボールの中に居る。なんて言えないもんね。

イツキさんと手を繋ぐカズキくんとノリコちゃんは朝早くの眠たさなんて吹き飛ばして凄く元気にハシャでいた。

 

「ヤマト兄ちゃん、早くー!!」

「ヤマトお兄ちゃーん!!」

「あ、僕待ちか……。ごめんね!!すぐカバン取って来るから!!」

 

っていうか、シンヤは休日なのかもしれないけど僕は普通にいつも通りの仕事があるんだけど……。まあイツキさんが一緒だし、良いか。

 

「で、ピクニックって何処行くの?」

「リッシ湖」

 

近場で済ますわけね。

まあ、アグノムが居るから僕的には良いけど。

 

*

 

どうして誰も深く追求しないのでしょうか……。

深く溜息を吐けば隣に居たお母様にどうしたの?と心配されて慌てて首を横に振った。

何でもないです、と愛想笑いを返せばお母様は首を傾げながらも笑みを返してくれた、良い人だとは思います。でも今はそんな事はどうでも良い。

ミロカロスの上に乗って遊ぶ双子の兄妹……。湖をゆっくりと泳ぐミロカロスをシンヤさんはらしくもない穏やかな表情で眺めている……。

ヤマトはヤマトでお父様と一緒になってアグノムを囲んで盛り上がっているし……。

ブラッキーは当然ながら気にした様子もなくご機嫌でお母様と楽しそうにお喋り中……、ブラッキーが楽しいのは私個人としても喜ばしい事なんですけど……。

お母様に気付かれぬようにそっとその場を離れ、草原に寝転がっている連中の所にポケモンの姿に戻った私は近寄った。

 

「どう思います?」

「どう思うって何がです?」

 

よく分かっていないらしいトゲキッスが首を傾げたが私の言葉にミミロップは私の理想通りの答えを返してくれた。

 

「おかしい」

「ですよね……、シンヤさんの口から急にピクニックなんて言葉が出るとは思いませんでしたよ」

「何か考えがあるのかもしんないけど、怪しすぎ……」

 

まあ最近はずっと変な感じだけど、と付け足したミミロップは自分の体に付いていた草を掃いながら小さく溜息を吐いた。

 

「確かに主らしくはないが、別に悪い事でもないだろう……」

「そうですよ!みんなでこうして出掛けるのは良い事です!!」

 

悪い事ではない、そう言われると確かにその通りではある。

でも、やはり疑わしい……。何かあるんじゃないかと考えてしまうのは私の考え過ぎなのか、最近になって人が変わったように優しくなったシンヤさん……。

 

「頭を打ったのかと最初は思っていましたが、最近は実は死期が近いんだ……。なんて急に告げられないか不安になってきましたよ」

「そ、それは嫌です……!」

「不吉だ……」

「なんかお前が言うと当たりそうだからマジやめろよ……」

 

各々で顔を歪めた三人を見て私は溜息を吐く。

視線を落とせば眠るチルットの羽毛を枕にしているラルトスが視界に入って、幸せな子だと心の中で思った。

私がこんなに悩んで考えているというのに悩みの根源は双子と一緒に遊んでいるし……、シンヤさんの姿を眺めていると湖から顔を出したミロカロスがシンヤさんに擦り寄る。あれもまた幸せな奴だ……。

心の中でミロカロスを嘲笑う。

懲りない学習しない、なんとも愚か……。

シンヤさんに擦り寄ったミロカロスは当然さっきまで湖を泳いでいたのだからびしょ濡れでその顔をシンヤさんの背中に押し付けたものだからシンヤさんの背がびっしょりと濡れた。

シンヤさんの背中が濡れた事の何処が楽しいのか双子はハシャいでいるし、シンヤさんの背中がびっしょりと濡れてしまった事に気付いたミロカロスは慌てている……。

 

「あーあー……、あの低能馬鹿め」

 

私と同じ事を考えていたのかミミロップが鼻で笑って言葉を吐き捨てた。

また拳骨でも食らうのか、はたまた怒らせてシンヤさんの機嫌を損ねるのか……。シンヤさんを観察していると無言で立ち尽くしていたシンヤさんが両手をミロカロスの方にやった。

大きく体を揺らしたミロカロスの顔を横から両手で挟んだシンヤさんは笑った。

 

「よくもやってくれたな……!」

「ミ、ミロォオオ!?!?」

「やれー!!」

「お兄ちゃん負けるなー!!」

 

ミロカロスに飛び掛かったシンヤさんがミロカロスと共に大きな水音を立てて湖に……。

 

「え……っ、シンヤさんが湖に落ちっ、落ちたぁ!?!?」

「シンヤー!!!!」

 

柄にもなく声をあげてしまった私。寝転がっていたミミロップが飛び起きて湖に走り寄った。

どぼーん、という大きな水音に私も含めた皆が湖に近寄って湖を覗きこんだがシンヤさんは顔を出さない……。

 

「ミ、ミミィ……!!」

「何!?何が起こったの!?」

「兄ちゃんがミロカロスに体当たりした!!」

「お兄ちゃんが湖にドッボーンしたの!!」

「なんだシンヤがミロカロスと遊んでただけか」

「ま、年甲斐も無くハシャいじゃって!」

 

アハハ、ウフフと笑うお父様とお母様……。そしてハシャぐ双子……。

シンヤさんのご家族はどうにも私には受け入れ難い性格の人間ばかりだと思う。まあでも私がいつの間にか居なくなってる事にも「お散歩かしら気まぐれさんね」で片付けてしまう天然ぶりはポケモン側としては助かりますけどね。

バシャバシャと湖を叩くブラッキー(今は人の姿なのでツキ)がオーイと湖に向かって声を掛ける、しかしシンヤさんが浮いて来ないのは大変な事……。ミロカロスと違ってシンヤさんは水の中で息が出来るわけがないのですから……。

 

「ミロォ!!」

 

水面から顔を出したミロカロスがキョロキョロと辺りを見渡した後にまたすぐに水面へと潜った。

シンヤさんを心配する私たちを余所にお父様方は敷いたレジャーシートの所へと談笑しつつ戻って行く、息子を心配するつもりは無いらしい。

静かになった湖の水面を見ていると正面にある向こう岸でザパンとシンヤさんが陸に上がった。

 

「勝った!!!」

 

ガッツポーズをしたシンヤさんに続いてミロカロスが陸に顎を置いた。ガッカリしたように項垂れたミロカロスにシンヤさんは「私の勝ちだ」と子供のようにハシャいで笑っている。

 

「……は?」

 

上機嫌に体を揺らすミロカロスの背に跨ったシンヤさんがこちらの岸へと戻って来る。あの状況でいつの間にミロカロスと泳ぎの競争をする事になったのか……。

水の中に居なかった私には理解出来ないがシンヤさんの機嫌が凄く良い事だけは分かった、むしろ良すぎて気持ち悪い。

 

「兄ちゃん、服着たまま泳いだら駄目なんだからな!!」

「そうだな、真似するなよ」

「のん、ワンピースの下に水着ちゃんと着てるよ!!」

「オレも水着ちゃんと着て来たもんねー!!」

 

洋服を脱ぎすてた双子が湖に飛び込んだ。

深いからミロカロスに乗ってろ、と言って双子をミロカロスの背に乗せたシンヤさん。

ミロカロスと並んで服を着たまま泳ぐシンヤさんは泳ぐのは得意らしい……、初めて知った……。

 

「何あれ!!シンヤ、病気!?」

 

シンヤさんらしくないという事を言っているのだろう。だから私はさっきからずっと言っているのに……。

楽しそうで良いじゃないですか!と笑ったトゲキッスにミミロップは何とも表現し難い顔をしていた。どういう表情ですか、それ……。

 

*

 

「シンヤ、風邪引くよ」

 

僕の声に反応したシンヤの頭にタオルを乗せる。そのままぐしゃぐしゃと頭を拭けばシンヤは顔を歪めて僕からタオルを引っ手繰った。

特に寒いというわけではないし服が濡れてるのは大丈夫だろう。お弁当を広げておにぎりを頬張るカズキくんとノリコちゃんが可愛くて僕は微笑ましく見守った。

 

「ヤマト……、ニヤけて気持ち悪いぞ……」

「……微笑んでるの」

「いや、それはニヤけている顔だ」

 

酷い。

ザラザラとお皿にポケモンフードを盛るシンヤを軽く睨んだけど、シンヤは僕の視線を無視した。

しかしまあ、濡れた姿がまたカッコイイね、水も滴る良い男だね。ホント、同じ同性として羨ましい容姿だと思う。

じー……とシンヤの横顔を見ているとシンヤがギロリと僕を睨んだ。鬱陶しい、と一言吐き捨てたシンヤはポケモンフードの入ったお皿をブラッキーの前に置く。

ご飯を食べるポケモン達って本当に可愛い……!!、じゃなくて……。

 

「シンヤ、ピクニック来たかったの?」

「いや、別に?」

「でもシンヤが言いだしたんでしょ」

「まあな」

「何でまた急に」

 

僕がシンヤにそう聞けばご飯を食べていたエーフィが顔を上げた。口を動かしながらミミロップもこちらに耳を傾けてるようだ。

やっぱりみんな考える事は一緒だよねー。

 

「……カズキとノリコが行きたがってるのを思い出したから?」

「シンヤって本当になんていうか変な人だよね」

「フン、私は変じゃない人間を見た事がないぞ。人間なんてみんな変人だ」

「いやいや、まともな人は居るって!!」

「そう言い切るのは自由だがな、まともというのがどういう人間に当てはまるのか言ってみろ。自分と違う所があればその人間は自分にとってみんな"変な人"になるんだからな」

 

そう言われると……、そうなのかなぁ……。

確かに自分に理解出来ない行動を取る人は変な人って思っちゃうけど。でも、僕から見た変な人は他の人から見たら普通の人かもしれないってことだよね……。

 

「人間って難しいなー……」

「人それぞれだ」

 

ふむふむ、と僕が頷けばシンヤはタオルで頭を拭きながら立ち上がった。

何処に行くのかと声を掛ければ上の服だけ着替えて来るって。

あ、っていうか……!!

 

「僕のおにぎり残ってるよね!?僕、梅干しが良いんだけど!!」

「昆布は兄ちゃん用においてる」

「梅干しは!?」

「……おかかはあるよ!!」

「うーめーぼーしー!!」

 

おにぎりの具如きで何を叫んでいるのか……。

まあ、梅干しのおにぎりしか食べない男としては大事な事なのかもしれないが。ヤマト用に別に弁当を作ってあるのは……、まあ後で良いだろう。

ズボンはともかくとして中に来ているシャツがべったりと肌に張付いた状態では気温が低くないとはいえ急激に体を冷やす事になる。上だけでも着替えておかないとな。

カバンの中から着替えのシャツを引っ張り出すと人の姿になったトゲキッスが私に声を掛けて来た。

 

「シンヤ、朝も思ったんですけど、そのカバンいつ手元に戻って来たんですか?」

「……ああ、今朝届けてくれたんだ」

「パルキアがですか?」

 

私が頷けばトゲキッスは納得したように頷いた。

パルキアの空間に連れて行かれた時に忘れてきたカバンは今朝といっても深夜と呼べる時間に届けられた。

零れそうになる溜息を飲み込んで濡れた服を脱げばトゲキッスが手を出して服を受け取る。

 

「服を持ってその辺を飛んできます。すぐに乾きますから!」

「悪いな、頼む」

「はい!」

 

服を腕にかけたトゲキッスがそうだ、と思い出したように言った。

 

「どうして急にピクニックに行くって言い出したんですか?計画を立ててから行くって言ってたのに」

 

チルットも驚いてましたよ、と付け足したトゲキッスは首を傾げて私を見た。

ヤマトの時は上手く話を逸らす事が出来たがトゲキッスが相手ではそう簡単にはいかないだろう……、飛行コンビに何気なくカズキとノリコの話をしたのが失敗だったな。

 

「……急に行きたくなった、という理由は駄目か?」

「駄目、ではないですけど……。やっぱりシンヤらしくないってみんな思ってます」

「そうか、まあそうだろうな……」

「エーフィさんはシンヤに死期が近づいてる、なんて告げられるんじゃないかって不安がってました」

「寿命が残り僅かというわけじゃないんだが……」

 

ですよね、と苦笑いを浮かべたトゲキッスに私も苦笑いを返す。

でも、当たらずといえども遠からず……、といったところだな……。

 

「……シンヤ、何を俺達に隠してるんですか?」

「……」

「何か、あるんでしょう?勿論、シンヤが聞くなと言うなら俺はこれ以上聞くつもりはありませんけど……」

「……」

「でも俺達はみんなシンヤの事を心配してるってことは忘れないで下さいね、シンヤが言ってくれれば俺達はシンヤの役に立てるように頑張りますから」

「トゲキッス……」

「はい」

「お前は良い子に育ったな」

「そ、そうですか?」

 

照れたように笑ったトゲキッスの頭を撫でる。

温かい、私が初めて背負った自分以外の命……、タマゴを手にした時は自分がこんな風に考えるなんて思いもしなかっただろうな……。

 

「死ぬわけじゃないが私の遺言を聞いてくれ」

「やだなぁー、遺言なんて縁起が悪いですよ」

「……私は、」

 

私は、愚かでどうしようもない人間だ。でも愚か者なりに残された時間をやり残しの無いように生きようと思った。だから一分一秒でも大切にして精一杯生きたつもりだった……。

それなのに、終わりが見えると私の中にはやり残した事で一杯だった。やはり私は愚かだった、底が見えた所でやっと自分の本心が見えた。どうしようもない、欲ばかりが溢れて……。あまつさえ過去の一分一秒をもっと、もっと大切にすれば良かったと後悔さえ残る……。

何も変わらないかもしれない、でも……。

もっとこうすれば良かった。もっとああしたら良かったなんて考える自分が居る。

大切に生きてきたつもりだったのに、やり残しの無いようにと思っていたのに今になって仕事なんて全て放り投げてしまっていればもっと他の事に時間を割けたんじゃないかと……。

もっと、お前たちと一緒の時間を過ごせたんじゃないかと思うんだ……。

 

「シンヤ……」

「私はもう……、」

「シンヤ!!」

「!!」

 

トゲキッスの荒げられた声で我に返って顔を上げる。悲しげに顔を歪めたトゲキッスが私を見つめていた。

ああ、本当に……、私は何を言っているのか、自分で自分の言動が理解出来ない……。こんなこと言うべきではない、言うべきではなかったのに……。

 

「悪い……」

「……本当に死んでしまうような言い方はやめて下さい」

「ああ、そうだな。本当に悪かった……」

「……」

 

トゲキッスの頭をくしゃくしゃと撫でればトゲキッスは困ったように笑った。

 

「シンヤ……」

「ん?」

「やり残した事とか後悔が残るとか、いちいち考えなかったら残らないと思います……。精一杯、一分一秒大切に生きたならそれで良いじゃないですか!悪い事ばかり考えるんじゃなくて良い事ばかりを思い出して考えればもっともっと良い事があるはずです!!明るく考えたら楽しいし希望が持てます!」

「……」

「シンヤが自分の事を愚かでどうしようもない人間だと言っても俺はどんなシンヤも大好きです。シンヤが俺のタマゴを大事に大事にしてくれたから俺は生まれてこれた……、凄く幸せな事だと思います。沢山の人間の中でシンヤに出会えた事、俺だけじゃなくてみんなも幸せだってきっと思ってる……、だからシンヤにも思って欲しい」

「トゲキッス……」

「俺はシンヤと出会えて幸せです」

「……ああ、……私も同じ気持ちだ」

 

嬉しそうに満足したように笑ったトゲキッス。

それじゃ、服乾かして来ますね。と笑ってポケモンの姿に戻ったトゲキッスは空へと飛んで行く。

「でも俺達はみんなシンヤの事を心配してるってことは忘れないで下さいね、シンヤが言ってくれれば俺達はシンヤの役に立てる様に頑張りますから」

 

「……これで良いのか?」

 

もう何もしてやれない、後悔が残る。

もう同じ時間を過ごせない、やり残した事は沢山ある……。

それでも、幸せだった。

幸せに、してもらったのだ……。

 

「これで、本当に良いのか…?」

 

良いわけがないだろう……。

何処かで自分の声がそう答えを返した。

私は本当に愚かでどうしようもない人間だな……。

 

*

 

賑やかな場に戻って腰を下ろせばヤマトが項垂れていた……。

 

「なんだ?」

「梅干しのおにぎり無いのー」

「オレ、食べちゃったよ」

 

まだその話をしてたのかと思いつつ、カバンから別に作っておいた弁当をヤマトの前に置く。

おにぎりは具が梅干しのものしか食べない、たまご焼きは甘い味付けじゃないと嫌がる、ウインナーは赤いウインナーしか認めない。なんとも面倒な男だと思う。

 

「シンヤ大好きぃいい!!!」

「兄ちゃん、甘やかしたら駄目なんだからな!!」

「そうだよ!!ずるいよ!!」

 

……私はヤマトに甘いのだろうか。

カズキとノリコに言われて少し反省する。具が梅干し以外のおにぎりを食べさせても別に死にはしないはずだし……。

そういえば家で夕食を食べて行くとなってもヤマトの好き嫌いに合わせて作っていたからな……、ピーマンは食べない、辛いモノは嫌い……。今更ながら考えると子供みたいな奴だ、カズキとノリコはピーマンもちゃんと食べるけどな。

他に何か嫌いな物はあっただろうか、と考えているとトゲキッスが帰って来た。

しっかりと乾いた服を受け取ってトゲキッスの頭を撫でてお礼を言う。しわくちゃのシャツを畳んでカバンの中に入れた。

そして昼食を食べ終わって、一頻り遊び、帰り支度を終わらせた頃……。暮れようとする日を見てから私は言葉を発した。

 

「少し話があるんだが良いだろうか」

 

私がそう言えば皆の視線が私へと集まる。

草原の上で正座をした私は一度ぐるりと連中の顔を見回してからそのまま両手を付いて頭を下げた。

 

「え、ちょ、シンヤ!?」

「急な事で驚くと思うが聞いて欲しい……。イツキさん、カナコさん、そいてカズキとノリコ。何処の人間かも分からない私を迎え入れてくれて本当にありがとう。少し前に分かった事なんだが……、私はとても遠い所から来た人間だったようだ」

 

キョトンとしたように私を見たイツキさん達にしっかりと視線を合わせて私は言葉を続けた。

 

「私は今日を最後にここシンオウを離れて、自分の居た所へ帰る事になった」

「今日!?そ、それは本当に急だな……」

「急がなくちゃいけない理由でもあるの?それに記憶もちゃんと戻ったの?」

「に、兄ちゃん帰っちゃうの!?」

「やだぁ!!!」

「本当は誰にも言わないまま帰るつもりだった……、でもやっぱり言わないままは良くないと思って、急な話になってしまったんだ。どうしても、今日帰る事になる……。記憶は今も無いが向こうに帰れば戻るらしい……」

 

もう一度、頭を下げればイツキさん達からの返事は無い。

カズキとノリコが嗚咽を漏らし泣く声が聞こえた。なんて恩知らずな男だと自分でも思う……。

 

「ちょ、ちょっと待って!!そんな深刻にならなくても里帰りするようなものでしょ?またいつでも遊びに来れば良いんだし!シンヤの記憶が無いとかは知らなかったからびっくりしたけど記憶が戻るって言うならそりゃ帰った方が良いに決まってるもんね!」

「ヤマト……、すまん、もうこっちには来れないと思う」

「え……、なんで!?」

「遠すぎるんだ、帰るにも準備が必要だったみたいでな簡単な事じゃない。またここに来れる保証は無いんだ」

「そんな……」

「本当にすまないと思ってる……。それとなヤマト、お前には頼みがあるんだ」

「……、なに?」

 

ボロボロと涙を零すヤマトを見ると私まで泣きそうになった。一度目を瞑ってからもう一度ヤマトに視線を合わせる。

 

「私の手持ちのポケモン達を頼む……」

「!?」

「ミロォ!?」

 

ヤマトが目を見開いたのと同時に大人しく聞いていたポケモン達も驚いたように体を揺らした、鳴き声をあげたミロカロスが私を見て、その目に涙を溜める。

 

「シンヤ……、ミロカロス達は……」

「連れて行けないんだ…」

「でも、でも、僕はシンヤの代わりになんてなってあげられないし……!!」

「大丈夫……。私が居なくても大丈夫だ。ちゃんと居場所もあるしやるべき事もある。私の代わりに主導権を持ってくれるだけで良い。本人達が野生に戻りたいというなら戻してやってくれ……」

 

私が8個のボールを取り出せばヤマトは小さく首を横に振った。それでも、私はボールをヤマトの前に置いた。

両手を付いて頭を下げる。ドンッと横から衝撃が来たが少しよろけるだけに留まった。

頭突きをしてきたミロカロスが目から涙をボロボロと零しながら私を睨みつける。言いたい事は分かってる。こうなる事も分かってた。許して貰えるとは思ってない。

 

「ミロカロス……、さよならだ。私は……」

「ミロォ……」

 

ミロカロスが首を横に振った。

ボロボロと涙が溢れ零れ落ちる。でも今日はどんなに泣いていても手は差し伸べない、お前の頭は撫でてやれない。

 

「私は……、お前を捨てて行く」

「……ッ!!!!」

 

目を見開いたミロカロスが私から距離を取る。少しずつ後ろに下がったミロカロスはトゲキッスの隣に移動して私から視線を逸らした。

 

嘘 吐 き

 

そうミロカロスの目は言っていた。

トゲキッスが悲しげに私を見つめる。呆然としたエーフィの目に光はない。ブラッキーもまたボロボロと涙を零して泣いていた。サマヨールは静かに私を見つめていて、チルットとラルトスが寄り添いながら俯いている。

そしてミミロップは涙を流しながらその顔に怒りの表情を浮かばせていた。

ポケモン達に頭を下げる、ヤマトにも頭を下げ、イツキさん達に頭を下げて言った。

 

「お世話になりました」

 

言わない方が良かった。そう思う気持ちはあるがこれで良い。

言わずに帰ったら、私は一生後悔し続けると思った。

皆と出会えた事を心から幸せに思う。

この言葉は喉の奥にしまい込む。

カバンを肩に掛けて立ち上がると見上げた空にうろたえるアグノムを抑えるユクシーの姿が見えた。

ユクシーは小さく頷いて笑ってくれた。

ああ、後悔はしない。

 

「支度は出来た、迎えを頼む……」

 

目の前に現れたアンノーンを視界に納めてから私は目を瞑った。なんて呆気ない、それでもとても長い……、長い夢だった……。

 

 

 

真夜中におはようさん、準備が出来たから迎えに来たぜ!

長い時間をやったんだから心の準備は出来ただろう?今日、日暮れまでに支度を済ませてくれ。いつでも迎えを寄越す。

 

あ、あとこれ忘れ物のカバンね。いつでも行けるようにスタンバイして待ってるからな!!そんじゃ!!あんまり待たせてくれるなよ!!

 

*


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