「シンヤ、みんなが仕事してる所見た事ある?」
ヤマトのその言葉に首を傾げた。
家でのデスクワークを終わらせて休憩をとっていた時にヤマトが家へやって来たのだが第一声がそれでは言葉の意図が掴めない。
みんな、とは私の所有しているボールの数だけの連中の事なのだろうが……、隣でまさに仕事をこなすチルットが居ながらそれを言うのはどうかと思うぞ……。
「見た事ある?」
もう一度問うたヤマトに隣に居るチルットを指させば首を振られてしまった。
「自分の見てない所で真面目に仕事をしているのかどうかとか気になるでしょ?」
そう聞かれれば答えなどひとつしかなかった。
「別に」
*
ヤマトに連れられてポケモンセンターの様子を外から覗き見る。
私の返事が気に入らなかったらしいヤマトに無理やり腕を引かれ、チルットに手を振って見送られて、今に至る。途中すれ違ったギラティナが哀れそうに私を見たのがもの凄く気に入らない。
「サマヨールが仕事してるの見て思ったんだよね。そういえばサマヨールが仕事してるのは見てるけどミミロップ達の仕事してる所は聞くばかりで見てないなぁって」
「聞いてる限りじゃ仕事をしてるから良いじゃないか」
「どういう仕事っぷりなのか見たいでしょうが!」
特に見たいとは思わない、とは思ったが言葉には出さなかった。
ヤマトいわく私の見ていない所で他人に対してポケモン達がどういう態度で接しているのか、なんて事が気になるらしいが……。
まあ、言われてみると確かにどういう風に仕事をしているのかなんて知らない。しかしそれをこっそり覗き見たいかというと答えはノーだ。
こんな事してる暇があるなら私だって仕事をしたい……、ジョーイにバレたらあの笑顔でくどくどと文句を言われるのは目に見えているし……。
「あ、ミミロップ居たよ!」
小さな声でそう言ったヤマトの言葉に窓からポケモンセンターを覗く。
ポケモンの姿のミミロップがカルテを抱えながらラッキーへ声を掛けていた。特にいつもと変わらない仕事に熱心に取り組むミミロップだ。
「ミミロップは仕事の時はポケモンの姿のままなんだね」
「ミミロップはポケモンの対応をしているからな、たまにジョーイに頼まれてトレーナーの対応もしてるらしいぞ」
「へえ」
ポケモンが人の姿になる、というのはわりと知ってる人は知ってるらしく。ジョーイにとってはわりと常識的な事なのかミミロップが人の姿になっても反応は人手が増えたと喜んでいるだけだった。
でも、ミミロップ自身が頼まれた時や会話をしたい時くらいしかジョーイの前で人の姿にならないので基本はポケモンの姿。これは私もポケモンセンターで仕事をしている時に確認済みだったりする。
ミロカロスとサマヨールあとトゲキッスにチルットは人の姿でも普通に出掛けるし人と喋ったりしている、ミミロップにエーフィ、ブラッキーはあまり人の姿で出歩かず人とも喋らない。
理由は分らないがおそらく個性なんだろう……。チルットは出掛ける時に声を掛けに来るがミロカロスは勝手に出歩いていて何をしているのか全く分からん。
歩いててポケモンだと分かる人間はほぼ居ないらしいので特に問題はないらしい……、分かりそうなもののような気もするが本当に気付かれていないようだ。
「見て見て、ミミロップがラルトスに仕事教えてるよ!」
ふぅんと相槌を打って壁にもたれかかりながらミミロップを眺める。
ヤマトが「あ」と声を発した。ジョーイに声を掛けられたミミロップが人の姿になったからだ。真剣にミミロップの様子を観察するヤマトを見ている方が面白いような気がしてきた……。
「いつまで見てるんだ?」
「しっ!ミミロップがトレーナーの対応するよ!!」
何を言っても無駄なようなのでヤマトと同じようにミミロップを観察する事にする。
「回復ですか、ご宿泊ですか」
回復で、と答えたトレーナーからボールを受け取ったミミロップはもの凄く……。私が言うのもなんだが無愛想だ……。
「少々お待ち下さい」
淡々と教えられたのであろう言葉をトレーナーに掛けてボールをトレーに並べて奥の部屋へと持って行った。
その光景を見ていたヤマトは絶句、私もこの時ばかりは発する言葉が見つからない。
「……アイツ、あんな表情出来たんだな」
やっと出た言葉はそんな感想だった。
私の知っているミミロップは表情豊かだった為か驚きが隠せない。
「サマヨールの方が全然マシだよ、あれ……。だってサマヨールは表情分からないけどその分声が優しいもん……」
「スマイルに金取る気か……」
愛想の悪いアルバイトみたいだ、と思いつつミミロップが戻って来たので観察を続けた。
私がポケモンセンターに居る時は隣で仕事を手伝ってくれるしポケモンの対応もちゃんとしていて愛想が悪いなんて事は無かったような気がするが……。トレーナー、人間への対応が嫌なのだろうか……。
「ちょっとシンヤ、顔出して来てよ」
僕ここで見てるから、と言ってヤマトに背を押され渋々ポケモンセンターの中へと入る。
カウンターの前に立てば私に気付いたらしいミミロップの顔に笑みが浮かんだ。
「シンヤ!何か用事?ジョーイさん呼ぶ?」
ニコッと顔に笑みを浮かべたミミロップ。
「少しお前の様子を見に来ただけだ」
「ワタシの?え、何で?」
「なんとなく……」
照れるじゃんかー、と言って笑ったミミロップと少し会話をしてからヤマトの所へと戻った。
ヤマトは複雑そうな顔をしながら言う。
「一応聞く、ミミロップの機嫌……、悪かったりした?」
「凄くご機嫌だった」
愛想の良い笑顔対応サービスは主人の特権だったのか……、と思いつつヤマトと育て屋へと歩く。
結論、ミミロップの笑顔は有料だった。
「ちゃんと躾けた方が良いよ」
「……」
*
育て屋の中を覗くとカウンターに人の姿のミロカロスが座っていたので慌ててヤマトと二人して身を隠す。
しーしー、とヤマトが人差し指を立てて口元を押さえながら私に言ったが私は一言も言葉を発していない。
「ミロカロス、店番してる……」
「じじ様とばば様は買い物にでも言ってるんだろうな」
「言ってくれれば僕行くのに~……」
庭でポケモンの相手をしているトゲキッスを眺めているとヤマトが私の腕を引っ張った。
「何だ」
「トレーナー来た!!」
ミミロップの事があったので、この時ばかりは私もドキドキしながらミロカロスの様子を見守る。
何か雑誌を見ていたらしいミロカロスがトレーナーが入って来たのに気付いて雑誌をテーブルに置いた。
「こんにちは~」
「こんにちは」
トレーナーの挨拶に挨拶をちゃんと返すミロカロス。ヤマトが何故か私の腕を痛いほどに掴む。……本当に痛い。
「預けてたマリル、引き取りたいんですけど」
「マリルですね。お引き取りの際に1100円頂きますがよろしいでしょうか?」
頷いたトレーナーに笑顔で対応するミロカロスを見てヤマトが口元に手を当ててハラハラと涙を流していた……。
マリルを取りに庭へと行ったミロカロスを見送りヤマトに視線をやる。
「ミロちゃん、良い子!!」
「(ミロちゃん……?)」
「お父さん見た?今の見た?うちの子ってば大人になってる!!」
「誰がお父さんだ、誰がお前の子だ」
マリルを連れて戻って来たミロカロスはその後も笑顔でトレーナーへ対応をして笑顔でトレーナーを見送った。
ヤマトが凄い凄いと感動している。まあ確かに少しだけ私も凄いと思った……。まさか笑顔対応が出来るとは……、普段のミロカロスとイメージが違って驚きだ。
ぎゃーぎゃーうるさくて駄々をこねる姿をよく見ていたせいかヤマトの感動も分からなくはない。
次のトレーナーが来てミロカロスがまた顔に笑顔を浮かべたのを見て、今度から買い物に行く時とかミロカロスを連れて行ってやろうと思った。
いつもうるさくするだろ、なんて決めつけて留守番させてたしな……。決めつけは良くなかった、反省しよう。
「ポケモン預けたいんですけど」
「こんにちは、こちらで二匹までお預かり出来ますがどうしますか?」
「……え?アンタ、男?」
「は?そうですけど?」
「いや、顔見た時に女かなぁと思ったんだけど喋ったら男の声だったから……」
「……えっと、……お預かりするポケモンを」
「育て屋ってじいさんとばあさんじゃないの?アンタ孫とかそんな感じの人?すっげぇ美人じゃね?女によく間違えられるっしょ?」
「……あの」
頑張れミロカロスゥウウ!!と小声で応援するヤマト。
明らかに困った様子のミロカロスなんてお構いなしにトレーナーはミロカロスに詰め寄った。
「名前なんていうの?」
「……」
「オレ、前に育て屋来た時は居なかったよね?」
「……」
ねえねえ、としつこいトレーナーにミロカロスはむっと口をへの字にして返事をしなくなった。
おそらくじじ様ばば様にトレーナーへの対応は笑顔でねとか丁寧にねとか言われているんだろうな。
頑張れ頑張れとヤマトは応援しているがあの様子じゃもう……。
「うっせぇええええ!!!ポケモン預けねぇなら帰れボケェエエエ!!」
やっぱり……。
バン、とテーブルを叩いてブチ切れたミロカロスの声を聞いてかトゲキッスが人の姿で裏から走って来た。
「ミロさん!どうしたんですか!?」
大慌てで逃げていくトレーナーを見てトゲキッスが「ああ……」と声を漏らした。
「シンヤシンヤ」
「ん?」
「人の姿の時、ミロカロスってミロさんって呼ばれてるんだね」
「人前の時だけだろ」
「トゲキッスはなんて呼ばれてるのかな」
「知らん」
アイツムカつくよー!!ハイドロポンプかましてやりたかったよー!!と喚くミロカロスを必死に宥めるトゲキッス。
やっぱり買い物にミロカロスは連れて行かない事にする。うるさい云々よりアイツは目立ちすぎる……。
「お客さんに怒鳴っちゃダメって言われてたじゃないですか……」
「だってうざかった……。ハイドロポンプ我慢しただけ俺様凄い……」
「……まあ、前に殴り飛ばしたのを考えると進歩ですよね!!次は怒鳴らなず対応出来るように頑張りましょう!」
前科有りだったか。
ヤマトがあからさまに顔を歪めたので私は目を伏せる。
「うぅ……、家に帰りたい~、シンヤーシンヤー!!」
「ダメですよ!!店番しなきゃ!!」
「代わってくれ~」
「代わってあげたいですけど、店番はミロさんの方が良いってばば様が言ってたじゃないですか」
「何で俺様なんだよ……」
顔で客寄せかなぁとヤマトが呟いたのでそうだろうなと頷いておく。
笑って、丁寧に、殴らない、蹴らない、怒鳴らない、ハイドロポンプは絶対にダメとトゲキッスに言われミロカロスは口を尖らせながら頷いた。
「……子供みたい」
「……」
不貞腐れながら椅子に座ったミロカロスを見てから私とヤマトは研究所へと戻る。
結論、ミロカロスはやっぱりミロカロスだった。
「ちゃんと躾けた方が良いよ」
「それ二回目だ……」
*
研究所に戻って来ると黙々と仕事をするサマヨール。向かいに座って同じように仕事を手伝うエーフィとその隣でポフィンを齧るブラッキーが居た。
「ん……?お帰り」
「ヤマト、仕事を放って何処行ってたんですか!」
その光景を見てヤマトが「和む」と呟いた。
サマヨールの隣に座ったヤマトがサマヨールに話しかける。
「聞いてよー!ミミロップってね、仕事の時愛想悪いんだよ!!シンヤには愛想良かったけど」
「ふむ」
「でね、ミロカロスはね頑張ってたんだけどね。男の人にナンパされちゃって怒鳴りちらしてお客さんだったのに追い帰しちゃったんだ」
「ふむ」
「なんか新たな一面を見たって感じだったよ」
「ふむ」
手をしっかりと動かしながら相槌だけ返すサマヨール。
ヤマト……。多分、サマヨールはお前の話聞いてないぞ。
「おい……」
「シンヤ、放って置いて良いですよ。いつもの事なんです」
「そうか、サマヨールはヤマトの話相手も仕事なのか」
ひっついて来たブラッキーの頭を撫でながら頷けば、ふと思い出す。
自分の仕事終わってない。
ヤマトのせいだ、ヤマトに邪魔をされたからと思いつつ慌てて立ち上がるとヤマトが首を傾げた。
「どうしたの?」
「どうしたもくそもない、自分の仕事をやり忘れてる!!」
「あ、そう」
腹が立ったので耳を思いっきり引っ張ってやる。
「いててててて!!」
「お前はどうなんだ!」
「ヤマトの仕事なら今、自分が片付けている」
「……」
「わぁい、ありがとうサマヨール大好きー!!っ、いててててて!!!」
ヤマトの耳を引きちぎるつもりで引っ張ってさっさと研究所を後にした。
*
日暮れ頃、帰宅して来たミロカロスとトゲキッス。
抱きついて来るミロカロスを無視しながらパソコンに文面を打ち込んでいく。暫くして帰って来たミミロップがミロカロスの髪の毛を引っ張って怒っていた。
「シンヤから離れろこの低能!!!」
「うっさい!!俺様はシンヤ不足なんだよ!!」
ポケモンセンターにメールを送ってパソコンを閉じればミロカロスとミミロップの言い争いがピタリと止まる。
「うるさい」
「「……」」
視線をやれば二人は眉を下げて肩を落とした。
「お前たちに言いたい事は沢山あったがもう良い」
「「え!?」」
言っても無駄な気がするし、もう疲れてるから話すのも億劫だ。
ミミロップに愛想よくしろと言っても私も愛想は良くないし、ミロカロスに我慢を覚えろと言っても私もそこまで我慢強くないし……。
ペットは飼い主に似るなんて言うが……、もしかすると似てるのかもしれない。なら言っても無駄だ。
私もそう言われたからと変われる人間ではないし、意外と頑固らしいし……。ヤマトが言ってただけで自分では分からないが……。
「別に良い」
「え、何が!?」
「言いたい事って何!?」
「……いつも仕事、ご苦労様」
「「!?」」
--- 知ってる様で知らないこと ---
「シンヤに……、シンヤに、労られ、た……?」
「何、俺様、今から死ぬの!?それとも明日死ぬの!?もうすぐ死んじゃうの!?俺様が死ぬの!?シンヤが死ぬの!?」
「(なんて失礼な奴らだ……)」
*