一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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ポケモンになる。


気付かなくとも幸せはここにあった

「シンヤー、シンヤー、なあシンヤってばー」

「うるさい」

 

ゴツンと拳骨をもらった俺様は泣きながら部屋から出る。ちらりと出る前にシンヤの姿を扉の間から覗き見たがシンヤはちっともこっちを見てくれなかった。

今日、休みだって言ったくせに……。

トゲキッスは育て屋の様子を見に行ってしまった。ミミロップはジョーイさんに呼ばれたとか言ってラルトスを連れてポケモンセンターに行った。サマヨールは仕事に行って、エーフィとブラッキーはサマヨールと一緒に研究所の友達に会いに行った。チルットは買い物に出掛けて、家には俺様とシンヤしか居ない……。

今日は休みだって言ったくせに……、仕事があるからって部屋に入って出て来ないから呼びに行ったら怒られるし……、休みなのに仕事ってなんだよ、仕事仕事仕事……いっつも仕事……。

あーあ……、シンヤがポケモンだったら良かったのに……。ポケモンだったら仕事なんてしなくて良いし俺様とずっと一緒に居られる。

遊びに行こうって誘ったらきっと一緒に遊びに行ってくれるに決まってる。

シンヤは人間だから遊んでくれないんだ、あーあ……、シンヤがポケモンだったらなぁ……。

 

「寂しい…」

 

*

 

結局構ってもらえなくて次の日、チルットがせっせと朝ごはんの用意をするのをぼんやりと眺めた。

床に寝転がってたらミミロップに邪魔だって言われた。ムカついたけどトゲキッスが「怒らない怒らない」って困ったように言ったから怒るのを我慢した。相変わらずミミロップはムカつく。

シンヤまだ起きて来ないな、起こしに行っても良いかな、怒らないかな……。

体を起して時計を見る、そろそろ起こしても怒られないよな……。そう思った時にバンッと大きな音が聞こえた。「シンヤの部屋の方!?」とミミロップが言ったから、みんなでシンヤの部屋に行こうとしたらリビングの扉が勢いよく開いた。

 

「マニュゥ……」

「……へ?」

 

ガクンとミミロップがその場で膝を付く。

持っていたコップをエーフィが落としてしまってパリーンと割れる音が響いた。

扉を開けて入って来たのはマニューラだった、眠たげな目でこっちを睨むマニューラ。

最悪だ……、そう言ったマニューラ。

誰かに似てて、誰かなんて一人しか居なくて、ここにマニューラなんて居るはずもなくて、鳴き声が誰かの声と一緒で、誰かって言うのは結局一人しか居ないわけで……。

 

「シンヤ!?何で!何でだよ!!どうなってんの!?」

 

マニューラは飛び付いてきたミミロップを鬱陶しげに見ながら口をへの字にした。

 

「マニュ、マニューラ……」

 

朝起きたらこの有様だ、なんでと聞かれても私に分かるわけがない。

そう、だるそうに言ったのは完璧にどう見てもマニューラだけど、完璧にどう考えてもシンヤだった。

 

「シンヤがポケモンになったぁあああ!!!」

「マニューラだ!マニューラだ!オレと同じ悪タイプだ!!」

 

わぁいと喜んだブラッキーにサマヨールが喜んでる場合じゃないと言った。

ミミロップがおろおろとうろたえている、その顔が情けなくて何だか笑えた。笑ったらエーフィに何が可笑しいんですかと言って睨まれてしまった……。

だって、ミミロップが面白いし……。それにだって……、シンヤがポケモンになった……。

嬉しくて思わず顔がニヤける。そんな俺様以外はみんな困ってるし慌ててるしで大変だ。

どうするどうする、どうなるんだ!と騒いでいると家にギラティナが駆け込んできた。

 

「大変だ!!ヤマトがサンドパンになっちまっ、た……って、マニューラ?」

「シンヤがマニューラになっちまったんだよぉおお!!!って、ヤマトもぉお!?」

「シンヤもかよぉおお!?!?」

 

ギャーギャーとギラティナとミミロップが大騒ぎ。

サマヨールがヤマトの方を見てくると行って出ていってしまった。みんな、なんでそんなに慌てるんだろう。シンヤがポケモンになったって良いじゃんか。

 

「シンヤ!!」

「ニュ……?」

「遊びに行こ!!」

「……」

 

ぎゅっと小さいマニューラなシンヤに抱きつけばミミロップに「アホかぁ!!」と怒鳴られてしまった。

抱きしめたマニューラなシンヤはひんやりしてる。

 

「良いだろ!シンヤはポケモンにでもなんないと遊べないじゃんか!!」

「今それどころじゃねぇだろうが!!」

「俺様はシンヤと遊びたいんだよ!!」

 

ぎゅっとマニューラなシンヤを抱きしめると苦しいのかシンヤはもぞもぞと腕の中で動いていた。

 

「オレもマニューラシンヤと遊びたい!」

「ブラッキーまで……」

 

エーフィが呆れたように溜息を吐いたけどブラッキーも目をキラキラさせていた。

 

「こんの低能!!ワタシの話をよぉっく聞け!!」

「な、なんだよ……。低能言うな!」

 

大きな溜息を吐いたミミロップは俺様を睨みつける。

 

「シンヤがポケモンになっちまう事がどれだけ大変な事かお前は分かってねぇんだよ!!」

 

何が大変?確かにシンヤは不便かもしれないけど、ポケモンだったら仕事もしないで良いから楽だと思うけど……。

 

「ワタシ達はシンヤに所有されてるんだ。シンヤは人間でワタシ達のトレーナーなんだぞ!?そのシンヤがポケモンになっちまったらワタシ達を所有するのは誰だ?誰も居ない!そうなるとワタシ達は野生になるんだよ!!勿論、シンヤも野生ポケモンで他の人間にゲットされちまうかもしれねぇんだ!!!」

「……シンヤは人間だからゲットされないだろ?」

「今はポケモンのマニューラだろーが!!これが元に戻らなかったら最悪だ!!ワタシ達はすぐにでもシンヤを元に戻す方法を見つけないとシンヤは本当に他の人間にゲットされちまうかもしれねぇ!!」

「や、やだ……」

「そうだろ!?だから今のシンヤを外に出すのは危険だって事くらい分かるよなぁ!?」

 

俺様はコクコクとめちゃくちゃ頷いた。

シンヤがゲットされるのは絶対に嫌だ。シンヤを他の奴にとられてしまう。そしたら俺様にはもう誰も居なくて俺様達は野生に戻って一人ぼっちだ。

嫌だ、絶対に嫌、シンヤが居なくなるなんて絶対に嫌だ……。

 

「うあぁあぁぁぁ……、ごめ、……なさ、シンヤ……。ごめ……」

「ニュ……」

 

ぎゅぅっとマニューラなシンヤを抱きしめたらシンヤが俺様の頬っぺたをツメの背で撫でた。

ひんやり冷たいツメが優しく頬っぺたを撫でたから余計に俺様の目から涙が出た。

ごめんなさい、ごめんなさい、ポケモンだったら良いのになんて思ってごめんなさい。

シンヤは人間が良い、仕事をしててあんまり構ってくれないけど人間が良い、俺様の主人のシンヤが良い。

人間に戻って、ポケモンになんてならないで……。

ツメじゃ頭を撫でてもらえないよ……。

 

*

 

シンヤが人間に戻らない。

ずっとずっと戻らない、俺様がポケモンだったら良いのになんて思ったから戻らなくなった。

仕事もしないし、ずっと傍に居てくれるけどシンヤはマニューラで俺様はシンヤの冷たいツメを指が切れないように軽く握るだけ……。

シンヤは人間に戻らない。

戻らない、ずっとマニューラ、もう人間に戻らない、俺様が思ったから、戻らない、もう人間のシンヤに会えない、抱きしめても冷たくて、頭も撫でてもらえなくて。

 

「嫌だ、いや……シンヤ、ごめんなさい……。ごめんなさい、ごめ、なさ……」

「怒ってないぞ……」

「……シンヤ」

 

優しく頭を撫でられた?

でも、シンヤは俺様の隣に居る。マニューラなシンヤが居る。冷たいツメはとっても硬くて優しく頭なんて撫でてもらえない。

 

「シンヤ……?」

「怒ってない、何を泣いてるんだ……?」

「ごめんなさい……」

 

だってシンヤが人間に戻らない。

戻らないのが悲しいよ、寂しいよ、元に戻って……。

 

「ミロカロス……、ミロカロス、早く起きろ」

「!?」

 

パチッと目を開ける。目は開いていたはずなのに目を開けた変な感覚だ……。

瞬きをすればシンヤが俺様の顔を覗きこんでいる。眉を寄せて困ったようにシンヤが笑ってる。

 

「人間だ……」

「何を寝ぼけてるんだ…?」

 

俺様が体を起こせばシンヤの部屋だった。

シンヤは俺様の頭を撫でてからゴツンと拳骨を落とした、い、痛い……。

 

「全く……、寝て静かになったと思えば寝ててもうるさいなお前は」

「何処からが夢……?」

「私が知るか」

 

俺様はシンヤの部屋を出た……、出たっけ?あれ、どうだったっけ?夢の中で部屋を出た?あれ、そういえば何かぼんやりしてる……。

 

「夢……?」

 

ぐいっとシンヤに頬っぺたを擦られた、カピカピになってる涙の跡がある。

 

「お前は夢の中でも悪さをして私に怒られたのか?」

 

そんなに泣くほど、と俺様の頬っぺたを擦りながらシンヤが困ったように笑う。

シンヤが人間だ、笑ってる、人の言葉を喋ってる、頬っぺたを触るシンヤの手はちょっと冷たいけど硬くない……。

 

「人間のシンヤだ……」

「……私がいつ人間じゃない時があった」

「へへへ!」

 

ぎゅっと抱きついたらあったかい。

当たり前だけど俺様より大きいから潰す心配もないし……。

 

「俺様はやっぱり人間のシンヤが良いや」

「人間以外になった覚えはないぞ、お前どんな夢を見たんだ?」

「へへ……、シンヤがマニューラになる夢」

「……マニューラ?」

 

あんな寒い所に生息するなんてごめんだ、と呟いたシンヤが面白くてぎゅっと力を込めて抱きついた。

マニューラの時とは違って苦しくないのかシンヤはちっとも動かない。

やっぱりシンヤは人間が良い……。

 

「俺様、シンヤのポケモンになれて良かった……」

「……そうか」

 

頭を撫でてくれた手は柔らかくて優しい。

 

 

*** 気付かなくとも幸せはここにあった ***

 

 

「俺様、シンヤがマニューラになる夢見たんだ!!」

「あっそ」

「ミミロップがめちゃくちゃ慌ててた!」

「……そりゃそうだろ」

 

うん、そうだな。と頷いたらミミロップに「何笑ってんだよ、キモイ」って言われたけど俺様は気にしなかった。

 

「シンヤがマニューラ……、結構それっぽいですね」

「確かにあながち全く共通点が無いとは言い難いポケモンだ。悪・氷タイプなのだと主本人が言えば疑わずに頷くだろう」

「ヤマトはサンドパンになったんだ!」

「結構、上手い所を突くんですね」

 

何か知らないけどエーフィに褒められた。

 

*

 

「へー!僕がサンドパンでシンヤがマニューラかー!!ちゃんと特徴捉えてるし、ミロカロスって結構人の事よく見てるんだね!!」

「私って悪・氷っぽいか?」

「ぽいね」

「……そうか」

「嫌なら嫌って言っても良いのに」

「……別に」

「拗ねるな拗ねるな!」

 

*


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