一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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ミュウ


夢みた幻

 

ソウシロウくん、この場でキミみたいな者の意見を通したいと言うならばそれ相応の結果を……、成果を持ってくるべきじゃないかね?

 

くそったれ!

オレは舌打ちをして持っていた電話の子機を壁に投げつけた。大きな音を立てた子機が使い物にならなくなろうとも別に構いやしない。

若造一人の意見がすんなりと通るとは思ってはいなかったが、まともに話も聞いてもらえず門前払い……。必死にまとめた書類も送りつけたとしても目も通して貰えないだろう……。

意見を通したいなら結果を出せと?自分達の今後に役立つ成果との代わりにしかオレの意見は聞かないと?

 

「腐ってやがる……」

 

ドンとテーブルを叩けば机の上に乗っていた書類の束が床に散らばった。頭を抱えれば本気で泣きたくなってくる。

結果も出せない、意見も聞いて貰えない、役立たずなオレは雇ってもらう事も出来やしない……。

ポケモンの全てを知る事がオレの夢だった。研究者を夢見て成長したというのに研究には夢を語るだけじゃ役不足。頭の良さも技量も、どうやらオレは中途半端。他の連中よりも負けてないと言えるのはポケモンへの情熱です!!なんて言って笑われた事はまだ記憶に新しい……。

 

「ハハ、情熱だけ、じゃねぇ……」

「……」

 

情熱だけなら誰にも負けねぇよ。

結果を、成果を出せば良い、行き当たりばったりだとしてもオレにはもう他に思いつく事は無かった。

世界が欲しているポケモン、僅かな情報でさえ他の連中が何としてでも手に入れたがる情報を持ったポケモン、誰もが知っていて誰もが詳しく知らないポケモン。

そのポケモンが目撃された出現すると言われた場所を手当たり次第回ってやる……。

 

「……ミュウ」

 

オレはミュウを探して各所を回った。

もう絶滅したと言われているポケモン。ミュウがまだ本当に存在しているかなんてオレには分からなかったが見つけてその生態を調べる事が出来たならオレは学界に、世界に名を残す事が出来る。

と、意気込んでいたのだが探せども探せども見つからない。ミュウが目撃されたと言われている森にやって来たが見つかるのは見慣れたポケモンばかり、目撃情報が本当かどうかさえ疑わしい。

誰もが何年、何十年とかけて探してるのにオレが数カ月そこらで見つけるなんて出来るわけがない。

 

「馬鹿だよなぁ……」

「誰が?」

「オレ……」

「へえ、何で?」

「何でって……」

 

は、と顔を上げればオレの顔を覗き込む一人の男。

こんな真夜中に男一人が何でこんな所に、とは思ったがオレも同類である事に気付く。きっと相手もそう思っているに違いない。

 

「何でもない」

「……」

 

男は瞬きをして小首を傾げる。

月明かりだけなのでそう見えるのかもしれないが男の髪は薄い桃色のような気がした。金髪か銀髪かもしれないが……、どれにせよ透き通った綺麗な色だ。

 

「お前、何でこんな所に居るんだ?見た所、手ぶらだし……」

「ボク?散歩」

「こんな森の中をか?危ないぞ……」

「平気。友達いっぱい居るし」

 

地元の人間なのだろうか……。結構、森の奥なんだけど……。

まあ、大きな荷物を持ったオレとは違って軽装に手ブラ、本当に散歩で森の中に入って来たんだろう。地元の人間の感覚の散歩はよく分からん。

 

「なあ、珍しいポケモンって見た事あるか?」

「アナタはあるの?」

 

質問を質問で返された。こういう奴、嫌いだ。

 

「無いよ」

「見たい?」

「うん」

「ふぅん」

 

頷いた男は対して興味は無さそうだった。

興味無いなら聞くんじゃねぇよ、それに結局、ソイツはオレの質問には答えやがらねぇし……。

 

「どんな珍しいポケモンを探してるの?」

「え、ああ、ミュウだよ」

「へえ」

 

目を細めて口元に笑みを作った男はクスクスとオレを見て笑う。

どうせ、腹の中では見つかるわけないじゃん。とか思っているんだろう。

 

「お名前は?」

「オレ?ソウシロウ」

「ソウシロウかー、普通だね」

 

人の名前に面白さを求められても……。

思わずツッコミそうになったが、オレは小さく咳払いをしてお前は?と相手の名前を聞いてみる。

男はうーん、と少し悩んでから笑顔で言った。

 

「ミュウ!」

「へー、ほー、そーかそーか……」

 

アハハ、と笑うこの男はミュウを探しているこのオレを小馬鹿にしていると見た。

 

「オレの探してるミュウかー、なら連れて帰って良いわけだな」

「んー、良いよ」

 

あっさり返事をしたが、いらねぇし。いや、言ったのオレだけど。

 

「連れて帰ったら解剖とかするぞ」

 

しないけど、そう言えば自称ミュウはおもしろーいと言って笑った。

ああ、もうオレの発言が冗談だと分かってるんだなコイツは……。もうちょっと焦ったりとかしてくれた方が反応的に面白かったのに……。

星空を見上げればもう馬鹿馬鹿しくなった。ミュウを探す事も研究をする事も……、ただのポケモン好きな男になって、もう普通に働こうかと思う。

家の近所にある花屋の姉ちゃんが美人なので近くの店で働くのも良いかもしれない。それかポケモンセンターでお手伝いとして働かせてもらえればそれはそれで嬉しい。

よし……。

 

「帰るか……」

「うん」

 

街へと戻る道を男二人で歩く。

ミュウを探して数カ月、家に引きこもってたオレにしては頑張った方だと思う。

 

「オレな、ミュウを見つけたらそりゃもうすげぇ博士になれるんじゃないかと思ってたんだよ」

「ふんふん」

「ま、オレの夢は儚く散ったけどさ」

「何で?見つけてるよ?」

 

え?と横を見れば自分を指差して笑う男。

ああ、そうだな、お前の名前、ミュウって言ってたな。

 

「お前がミュウだったら良かったのにな」

「ミュウだよ?」

 

オレの口からは渇いた笑みしか出なかった。

 

*

 

家に帰って来たオレは家の近所のおもちゃ屋さんで働く事にした。ポケモンを象ったおもちゃを見ているのはわりと楽しい。休日や暇があればポケモンセンターにも手伝いをしに行っている。

夢は叶えられなかったが必死に縋りついていた頃に比べると随分と気持ちは楽になった。でも、ポッカリと喪失感という名のものがオレの胸に穴を開けたのは当然の事だった。

そして、何故かオレの所にはミュウが遊びに来るようになった。初めて会った場所からは随分と離れた街にオレは住んでいたのだがミュウは毎日のようにやって来る。

 

「ミュウ、お前暇なのか?」

「ソウシロウに会いに来てるんだよ」

 

笑ったミュウはまるで子供だった。

おもちゃ屋に入り浸って子供達とおもちゃで遊んで、気が付くといつの間にか居なくなっているのだ。

おもちゃで遊ぶミュウを見てオレの口元に笑みが浮かぶ。本当に子供みたいな奴だなぁと思いながらオレはミュウの薄い桃色の髪を撫でた。

ミュウが目を細めて笑う。

 

 

夢みた幻

 

 

喪失感を埋めるようにオレは本を捲った。

伝説のポケモンの事が書かれた文面を見て目を細める。

挿絵には可愛らしいポケモンの絵が描かれていた。

 

「セレビィか……。可愛いな、見てみたい……」

 

オレが小さく呟けばおもちゃで遊んでいたミュウがこちらに視線をやった。

 

「ミュウの方が可愛いよ」

「……あ、そう」

「うん、そう」

 

再びおもちゃに視線を戻したミュウは自分をミュウと言うからにはミュウが好きなんだろう。本当に名前がミュウかもしれないし……。

まあ、本に書かれている絵を見るからにミュウも可愛いポケモンではあるんだろうな……。実物、見たことないけどさ……。

 

「やっぱ、まだ夢は捨てきれないねぇ」

「……」

 

(ミュウはソウシロウの傍に居るよ、ずっとずーっと……、このままでね)


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