一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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ヤマトにテンガン山への道のり、ポケモンの事などを聞いて。

出来る限り頭に知識を叩き込んでいると気が付けば日が暮れかけていた。

随分と研究所に居座ってしまっていたらしい。

 

私が椅子から立ち上がると足元で寄り添って眠っていたイーブイが顔をあげた。

 

「ボールに戻るか?」

 

冷静なイーブイが頷き。

脳天気なイーブイはのんびりと欠伸をしてからブイと返事をした。

イツキさんの居る部屋を覗けばイツキさんは私に気付いたらしく笑顔になった。

 

「シンヤ、そろそろ帰るか」

 

私が頷けばイツキさんは車のキーを器用にくるくると指で回しながら近付いて来た。

もしかすると私待ちだったのかもしれない、少し申し訳なく思いながらイツキさんの後を追った。

 

 

帰宅後、カズキとノリコに遅いと怒られた。

カナコさんに晩御飯の前にお風呂に入ってしまえと言われ、一家の主であるイツキさんより先に入るのは少し躊躇したが急かされたので風呂場へとタマゴの入ったカバンを持って向かう。

洗面器にお湯を入れてタマゴを浸ける。タマゴが風呂に入るかはしらないがついでに洗ってしまおうという私の考えだ。

 

ボールからヒンバスとイーブイ二匹を出して自分も服を脱ぎ風呂に入る。

頭を洗って体を洗って浴槽に浸かる、浴槽から手を伸ばしてタマゴをごしごしとスポンジで洗うと少しだけタマゴが動いた気がした。

 

「……」

 

お互いの体を舐めあってじゃれるイーブイを眺めながらヒンバスにシャワーをかける

チラリとこちらを見てからヒンバスは目を瞑った。

魚にお湯は大丈夫だっただろうか……。まあ、駄目ならはねてでも逃げるだろう。

 

「……ふぅ」

 

私が小さく息を吐くと能天気なイーブイが私の真似なのか「……ブィ」と小さく息を吐いた。

得意気にこちらを見てる所から真似たのは確かな様だ。

手を伸ばせば指に噛みつかれた、甘噛みで痛くはないがざらざらと指先を舐める舌が気持ち悪い。

やれやれといった様子で傍観している冷静なイーブイを尻目に能天気なイーブイは私の右手にじゃれるじゃれる。

そろそろ反撃してやろうかと思った所でカナコさんが「晩御飯出来たわよー」と呼んだので反撃は諦めた。

 

風呂から出て服を着る。

足元を走り回る能天気なイーブイを捕まえてタオルで体を拭いてやった、拭き終わると今度は自分を拭けと言うかの様に冷静なイーブイが私の前に座る。

イーブイ二匹を拭き終わってタマゴも拭く、また少しだけ動いた。

ぺちょんぺちょんと音を立ててヒンバスがこちらにはねて来たのでついでにヒンバスも拭いて小脇に抱えた。

 

「あら……」

 

カナコさんが私の足元を見て口元に手をやった。

研究所でゲットしたと言えばカナコさんの口元に笑みが浮かぶ。

 

「カズキー、ノリコー!!お兄ちゃんがイーブイ、ゲットしたみたいよー!!」

「「えぇええ!!!!」」

 

イツキさんの笑い声が聞こえた。

 

「イーブイだ!!イーブイだぁ!!!」

「マジかよスゲー!!しかも二匹居る!!」

 

カズキとノリコに抱きつかれたイーブイニ匹は逃げたいのかじたばたともがいていた。

 

「……ヒンバスは?」

「「……」」

 

見た目で判断されたな、いつか見返してやれ。とヒンバスに言えばヒンバスはパチパチと瞬きをした。

とりあえず空腹だったのでイーブイ二匹を放って置いてヒンバスとタマゴだけ抱えてリビングへ、後ろからブイやらブイブイやら非難する声が聞こえた気がしたが私は知らない。

ソファにタマゴを転がして隣にヒンバスを置く、イツキさんの向かいの席に座ればイツキさんは目を細めて笑った。

 

「幸せ、って感じだよなぁ」

「……」

 

テーブルに並べられた夕食に視線を落としたまま私は返す言葉が見付からなかった、いや、返事なんて求めていない感じでもあったが……。

黙ったまま座っているとイーブイを一匹ずつぬいぐるみの様に抱えてリビングに来たカズキとノリコ。

若干、イーブイ二匹が疲れた様子なのは気のせいだという事にしておこうと思う。

 

隣の席に座ったカズキは、ほぅと息を漏らした。

チラリと視線をやればカズキはイーブイをぎゅっと抱きしめながら言う。

 

「オレもイーブイ欲しい!!」

 

カズキの言葉に便乗してノリコも!!と大きな声が聞こえて来た。

 

「10歳になればゲットすれば良いだろ」

「そーかもしんねーけどー!!でもでも、イーブイって珍しいんだぞ!!」

「へえ」

「知らなかったのかよ!!って……知ってるわけねーか」

 

やれやれ、と言った様子にカズキが首を横に振った。

ご飯食べるんだからイーブイ達を放してあげなさい、とカナコさんが言えば渋々といった様子で二人はイーブイを床に放した。

フラフラとヒンバスの居るソファに移動したイーブイ二匹がソファに倒れこむ。

 

「……10歳になれば、イーブイニ匹は二人にやるよ」

「「え!!」」

 

目を輝かせた二人とは反対にソファの方で飛び起きたニ匹が見えたが、見なかった事にした。

震えた声で鳴く能天気なイーブイもさすがに能天気ではいられないらしい、ピンと立っていた耳をへにゃりと力なく垂れていた。

 

今はまだ幼いから容赦なくぬいぐるみの様に扱うだけで10歳にもなれば大丈夫だろう

6歳の二人が10歳になるのは4年後……、私は29歳だな、その時に私は何をしているんだろうか……。

想像も出来ない、この世界に居るのかさえも分からない、今は微塵も思っていないが4年も経つ前にまた私は自ら命を経っているかもしれない……。

 

「……遠い未来より、今、だな」

「何が」

「ん、私は近々旅に出ようと思う」

「何で!?」

 

口の中に入っていた料理をボロボロと零しながらカズキは驚いていた。

 

「テンガン山までヒンバスを逃がしに」

「わざわざそんな所まで行かなくても逃がすなら近くで良いじゃん」

「そんな所まで行かないとヒンバスの仲間は居ないんだから仕方が無いだろ」

「……でも、せっかく家族になったのにすぐ居なくなるとか……」

 

もごもごと口篭るカズキを見てカナコさんが苦笑いを浮かべた。

ジョッキグラスの中のお酒を飲み干したイツキさんがドンとグラスをテーブルに置く。

 

「カズキ、シンヤはもう大人だ。お前だって10歳になればポケモンマスターを目指して旅に出るのと同じでシンヤも自分一人で生きていかなきゃ駄目なんだ。それが大人だ」

「でも、記憶喪失なのに!!」

「旅は色んな事を教えてくれるぞ、それに行く先々で色々な人達と出会う。記憶なんて新しいもので埋め尽くされていくさ」

「……」

 

肩を落としたカズキの頭を少しだけ撫でてやる。

最初から私はずっとここで暮らしていくつもりは毛頭無かった。25にもなるデカイ図体の大人が居座るにはこの家は狭すぎるしカナコさんやイツキさんの負担にもなる。

自分の事は自分でしていかないと……。

 

「大丈夫、シンヤは私達の家族なんだから居なくなったりしない、そうよね?」

 

カナコさんの言葉に小さく頷いた。

温かい言葉だ、帰る場所がここにある、いつでも帰って来て良い場所がある……。

私を、迎えてくれる人達が居るんだ……。

 

「それにお父さんだってしょっちゅう何処か行ってるんだから平気よー、っていうか、シンヤの方がしっかりしてるわ!!」

「それはそうだけどー」

「それはそうなのか!?カズキ、ちょっとお父さんショックだぞ!!」

 

ケラケラと笑うカナコさんの隣でコップを握り締めたまま俯くノリコ、小さく呼びかければ涙目の視線を向けられた。

それでも笑ってみせたノリコは将来良い女になりそうだ。

 

「お土産買って来てね、いっぱいお話聞かせてね」

「ああ」

 

*

 

次の日、朝早くに私の旅立ちの荷持を用意しなければとカナコさんが買い物へ出掛けた。

旅立つ張本人の私の意見を聞かぬまま……、別に旅に何が必要だとかはさっぱり分からないので構わないのだけど……少し複雑だ。

 

カナコさんが帰って来るまで暇を持て余していた私をカズキとノリコが早く外に出る用意をしろと急かす。

朝早くに動きたくないな、と思いつつも渋々タマゴをカバンに入れた。

何故か虫取り網を持ったカズキに手を引かれて歩いていけば森の前に来た、嫌な予感だ。

 

「「レッツゴー!!」」

「……イーブイの入ったボールは家に置いて来たぞ」

「「えぇ!?」」

 

二人に怒られ私は駆け足で再び家までとんぼ返りするハメになった。

モンスターボールは常に持ち歩かなければいけないらしい、タマゴは常に持っておけと言われたがボールまで持っておけとは言われてない。

ボールを持って森の前で待つ二人の所へ戻ると仕切りなおしだと言わんばかりにカズキがごほんと咳払いをした。

 

「それじゃ、森に出発だ!!」

「レッツゴー!!」

「……ゴー」

 

とりあえず、乗っておく。

 

背の高い茂みをかき分けて進むカズキとノリコを遠くから眺める。

子供は元気だなぁと見守っているとカズキが怒りながら戻って来た。

 

「野生ポケモン出て来たらどうすんだよ!!」

「逃げれば良い」

「アホか!!」

 

カズキに手を引かれて茂みの中に入る。

少し離れた所でノリコの悲鳴が聞こえた、慌てて駆け出したカズキの後を私はゆっくりと追う。

朝から走り回ってられない。

 

「お兄ちゃぁああん!!!」

 

カズキがおお!!と声をあげた。

ノリコが指差す先を見れば炎のたてがみを靡かせる馬が居た。おお、とカズキに続いて私も声をあげる。

 

「ポニータだ!!」

「ポニー……、そのままだな」

 

バトルだバトル!!と急かすカズキに小さく頷いてボールを投げた。

ボールの中から出て来たのはヒンバスだ。

 

「……なんでヒンバス?」

 

間違えた。

 

「ボールの違いが分からん」

「ボールの中よーっく見たら見えるって!!」

「……あ、ボールの中に居るとどっちが能天気なイーブイか冷静なイーブイか分からんな」

「目印に何かシールでも貼っとけば!?」

 

私とカズキがごちゃごちゃと喋っている間にポニータは逃げ出して居た。

 

「お兄ちゃん……」

 

呆れた様子でこちらを見るノリコの視線を無視して私はヒンバスを抱きかかえた。

 

「バトルは嫌いだ」

「強くなんねーじゃん!!」

 

ぶつぶつとカズキは文句を言っていたが森で遭遇する野生ポケモンを見て次第に機嫌は良くなっていった。

少し森の奥深くまで歩いて来てしまった様だ、そろそろお昼らしくお腹も空いてきた。

 

「やあ、こんにちは」

 

ニット帽を被った青年だった、大きなカバンに腰のモンスターボール。

私がこの世界で最初に見たポケモントレーナーだ。

 

「ヒンバスを抱いている所を見るとトレーナーなのかな?」

「いや……」

「なら、コーディネーター?ま、どっちにしろ出会えばバトル!!これ鉄則だよね!!」

「……」

 

何だコイツ。

腰のボールを手に取って投げられたボールからはバレリーナの様なポケモンが出て来た。

 

「キルリアだ!!」

「可愛いー!!」

 

興奮する二人を尻目に青年は私にポケモンを出せと目で訴える。

何でバトルをしなければいけないんだと文句を言いたい衝動にかられながらもカバンからボールを取り出して投げる。

ボールから出てきたのは能天気なイーブイだった。

戦闘態勢に入ったイーブイは戦う気満々。仕方なく、でんこうせっか、と言ってみる。

 

「キルリア、かげぶんしんだ!!」

 

青年の声に反応してキルリアは何体にも分裂した。でんこうせっかを仕掛けていたイーブイがうろたえる。

 

「良いぞキルリア!!マジカルリーフ!!」

 

怪しげに光る葉が無数にもイーブイ目掛けて飛んで来る。

どうしようかと考えていると隣にいたカズキが私の手を引っ張った。

 

「指示を出さないと!!!」

「んー……。じゃあ、でんこうせっかで避けて全体的に砂をかけてやれ」

「ブイー!!」

 

私の指示を聞いてイーブイが素早く光る葉を避けていく、そしてその勢いで分裂しているキルリアを覆う様に砂がかけられた。

鳴き声をあげて目を瞑った一体のキルリア。

 

「イーブイ、とっしんだ」

「ブイ!!」

 

目を瞑ったキルリア目掛けてイーブイが突進する。

 

「キルリア!!サイコキネシスだ!!」

 

カッと目を開いたキルリアの目が怪しげに光る。

イーブイが呻き声をあげて地面に倒れた、恐るべしサイコキネシス。

私がぼんやりしている間にイーブイは先ほどのキルリアと同じ様に後方の木にぶつけられてしまった。やけに飛んだな…。

 

「兄ちゃん負ける!!!」

「じゃ、バトンタッチ」

 

私がそう言うとイーブイがボールの中に吸い込まれていく、代わりに行って来いとポンと投げたのは抱えていたヒンバスだ。

 

「…」

 

じ、とキルリアに視線をやるヒンバス。

 

「ヒンバス、はねる」

 

その場でびたんびたんと跳ねだしたヒンバスを見て青年が笑った。

キルリアのマジカルリーフをくらったヒンバスはそれでも跳ねている。

カズキが「あああ」と情けない声をあげた、暫く攻撃をくらっても跳ねるを続けているとヒンバスはボロボロになっていた。

もとがボロボロなのであんまり変わっては見えないが……。

 

「意外とタフだな、そのヒンバス……。キルリアとどめだ!!」

 

青年が指示を出す前に私がぽつりと言ってやるとヒンバスは待ってましたと言わんばかりに大きく跳ねた。

 

「じたばた」

 

とどめの攻撃を仕掛けに近づいたキルリアにヒンバスのじたばたしている攻撃が当たる。

キルリアは大きく弾き飛ばされてそのまま目を回して動かなくなった。

 

「キ、キルリアぁ……」

 

ガクンと肩を落とした青年から1500円のお金を貰った、別に要らなかったので返した。

ぐったりするキルリアを抱きかかえる青年と手を振って別れた、育て屋に長く居たヒンバスはもの凄く強いのかもしれないな……。

 

「倒せるんならもっと早く攻撃してれば良かったのに!!ヒンバス怪我してんじゃん!!」

「じたばたは弱っていればいるほど威力が上がるらしい」

「え、お兄ちゃん詳しい!!」

「へー!!そうなのかー!!何でそんな事知ってんだよ、すげーな!!」

 

ああ、ヤマトに聞いたからな。

ボロボロになったヒンバスを抱えて家へと帰る、泥だらけになっているカズキとノリコを見てカナコさんの額に青筋が……。

私はあまり茂みにも近づかなかったし木登りもしなかったので汚れていない。

風呂に入って来いと放り込まれた二人を見送ってから私はヒンバスをソファの上に置いた。

スプレー式の薬、すごいキズぐすりと書かれたそれをヒンバスに吹き付ける。

ボールからイーブイニ匹を出せば軽い怪我をしている能天気なイーブイの体を冷静なイーブイが舐めていた。

薬は必要無さそうだったので棚に戻す。

 

ふぅと息を吐けばカナコさんが大きな紙袋を持って近づいて来た。

 

「旅に出る用の服を買って来たの!!どれが良い?」

 

どさっと広げた紙袋の中身には大量の服……。

シンプルな上下を選べばカナコさんはぷくっと頬を膨らませ私の手から服をひったくった。

 

「これとこれとこれでしょ、アクセサリーはこれ」

「どれが良いって聞いたくせに」

「シンヤのセンスが悪いのよ」

 

私から言わせてもらえばカナコさんのセンスの方がどうかと思う……。口に出しては言わないし洋服も着ろと言われれば着るが……。

選択肢が無いなら最初から聞かないで欲しい。

 

「カバンはこれで、靴はこれで、着替えも入れてっと…あと救急箱に薬とか使える道具も入れとくわね」

「……」

 

あ、トゲトゲの固形物入れた。

 

「はあ」

「?」

「やっぱり我が子達は旅に出て行くのね……。覚悟してたとはいえ母さん寂しい……」

 

我が子になってまだ数日だけどな。

私の代わりにカバンに荷持を詰めるカナコさん。

あれも入れたこれも入れた、あれ入れてない何処やったっけと独り言を言いながら私の荷持は完成していった。

 

「あ、地図買うの忘れた!!」

「それは持ってる」

「あらー、どうしたのそれ」

「研究所で貰ったんだ、テンガン山までの道のりも書き込んである」

「じゃ、それはカバンのここに入れてね」

 

頷いてから、ヤマトに貰った地図をカバンに入れた。

 

「完成っと、お昼ご飯お昼ご飯」

 

よいしょと言って立ち上がってキッチンへと歩いていくカナコさん。

あぐらをかく私の膝上にイーブイニ匹が図々しく乗っかってきた、二匹の間が暖かそうだったのでタマゴを間に入れてやる。

 

「お前たちは双子って言うより夫婦みたいだな」

「ブイ!?」

「ブイー!!」

 

能天気なイーブイは嬉しそうに返事をしたが冷静なイーブイは納得出来なかったのか目を細めて私を見た。

 

「ああ、お前たちオスだったか」

「ブイ!!!」

「悪い悪い、でも良いじゃないかオス同士の夫婦でも」

「ブイ~~!!!」

 

全然、良くなかったらしい。

そういえばとヒンバスに視線をやれば眠たげな視線を返された。

 

「お前はオスか?メスか?」

「……ヒー」

 

ヒンバスもオスらしい。

男ばっかりだな、タマゴから生まれて来るのはメスだと良いな。いや、別にオスでも良いが。

 

「うえーい、さっぱりしたぜー!!」

 

「お母さーん!!のんのワンピースどこー?」

 

そろそろお昼ご飯だな……。

 

*

 


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