一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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バンギラス


永久ニ誓ウ忠実

オレは、オレの主人であるエイゴが大好きだ。

沢山の人間を見て来たけどエイゴほど綺麗な人間はいないと思う、でも、エイゴは決して優しい人じゃない。でも好き、大好き、オレはエイゴにゲットされたんだからオレにはもうエイゴしかいない。

エイゴが要らないとオレを捨てるまでオレはエイゴのもので、エイゴが命令をすればオレはどんな事にだって従う。

 

だってエイゴが大好きだから。

 

大きなオレを椅子にしてオレのお腹にもたれかかりながらエイゴが小さく欠伸をもらした、呟くように「バンギラス、お前硬ぇわ……」と不満をもらすけれどエイゴは退こうとしなかった。

エイゴはよくオレを傍に置いてくれる。それはオレが他の連中と違って一番"忠実"であるからだとオレ自身理解してる。

他の連中はあまりエイゴの傍に居たがらない。お仕置きと称して笑いながら痛い事をするから、機嫌が悪いと暴言を吐かれるから、オモチャみたいに壊れるなり飽きるなりしたら捨てられると体を震わせている。

そんな文句を言うならゲットされそうになった時に必死に逃げれば良かったのに……と思っても言葉には出さない。オレはエイゴを見て、この綺麗な人について行こうと思ったからココに居る。

油断していたからゲットされてしまった、こんな人間と一緒に居たくないと言うならエイゴに攻撃をしかけて逃げ出せば良い。ぐちぐちと文句を言う他の連中を見てオレは腹立たしい気持ちになった……。

 

「昼寝するから、一時間くらいしたら起こせ」

 

エイゴの言葉に頷けばエイゴは満足げに笑って草の上に寝転がった。

エイゴは腰にあったベルトをぽいっと地面に投げ捨てて目を瞑ってそのまま眠りについた。ベルトを投げたという事はお前ら勝手にしてろという事なのだけど他の連中は勝手に動き回るとエイゴにお仕置きされると思ってるのでボールから出て来ない。

もう随分と一緒に居るのだからエイゴの性格を分かって良いような気がするが、分からないのならそれはそれで良い。勝手に出たら出たでお仕置きされるのは確かだし……。

ボールのついたベルトを眺めていると一つのボールが開いた。ボールから出て来たムウマはフルフルと体を震わせた後、寝ているエイゴを見て安堵したように息を吐いた。

 

「なあなあ、今逃げたら逃げ切れると思う?」

 

ムウマのその言葉にオレは何も言わない。ムウマは溜息を吐く。

ムウマは一番エイゴにお仕置きを受けているし、いつも機嫌の悪い時に八つ当たりされるのはムウマ、だからムウマはエイゴが嫌いでいつも逃げ出したいと言っている。

何度か逃げだしたが追いかけて捕まえてこいとオレや他の連中に命令するものだからオレは逃げたムウマを捕まえに行く事になる。

連れ戻される度に痛い目に合うのでムウマも逃げるという選択肢をとるかどうか迷っているらしい、オレを味方につけたいみたいだけどオレはエイゴの命令に従うから味方にはなってあげれないな……。

 

「良いよな、バンギラスはお仕置きされないし……、アイツの機嫌が悪い時もおればっかり罵られるし……」

「……」

 

そうだね、確かにその通りだ。

オレはお仕置きをされない。機嫌が悪くても暴言を吐かれない。それはオレが全て受け入れて反応も抵抗もしないからだとは分かってるけどオレはわざわざエイゴに逆らうような事はしたくない……。

良いよな。と言われた言葉にオレはムウマの方が良い。羨ましいと思っている自分が居る。

エイゴの度が過ぎたお仕置きも機嫌の悪い時に暴言を吐くのも全てムウマが好きだから、とびっきりのエイゴの最大の愛情表現だって……、みんなは知らない。

オレは知っている、でもムウマ達には教えない。羨ましいから妬ましいから……。オレも反抗してみようかと思った時もあったけど、"忠実"でないオレなんてエイゴは必要としてくれないからオレは"忠実"であるエイゴの駒としてエイゴの傍にある……。

ただそこに居るだけでエイゴからの愛情を一身に受けているムウマが羨ましい。

ムウマが逃げ出す度にエイゴが「捕まえてこい」と命令しなければ良いのに……、なんて思ってしまうオレは嫌な奴だ……。

傷だらけになってポケモンセンターに連れて行かれるムウマを見て羨ましいと思う奴なんてきっとオレくらいだと思う。

 

「バンギラス、バンギラス」

「……」

「おれが逃げた事、内緒にしててくれよな!」

 

そう言って森の奥へと消えて行くムウマ。オレが考え込んでいる間にムウマも考えて逃げ出すという選択肢をとったようだ。

暫くしてエイゴを起こせば、エイゴは欠伸をしながら地面に捨て置いたベルトを拾い上げた、一つのボールからポケモンの姿が無い事に気付いたエイゴは口元に笑みを浮かべる。

 

「バンギラス」

 

さあ、前を歩けと微笑むエイゴの前をオレは歩きだす。

逃げた事は言わない内緒にする、それを分かっているからエイゴはオレに何も聞かない。

ムウマの受ける愛情を羨ましいと思う、でも苦しむムウマを可哀想だとも思う。矛盾しているだろうか、どちらにせよエイゴが絶対だと言う事に変わらないけれど……。

そしてグラエナの嗅覚を使って発見されてしまったムウマはうろたえながらオレに視線をやった。

睨みつけているように見えたけれどその目の奥は不安と恐怖で揺らいでいる気がする。オレは言わなかった内緒にしてたけど……、エイゴにバレないわけないじゃないか……。

 

 

永久ニ誓ウ忠実

 

 

やだやだ、こっちに来るな、見逃して!と叫ぶムウマ。

オレだって嫌だ、そっちに行きたくない、出来るなら見逃してしまいたい。

 

「バンギラス、あくのはどう」

「ムウゥウ!!!」

 

ごめんね、ごめんね、痛いけど許してね。

オレはどんな命令にでも従う"忠実"なオレでなければココにはいられないんだ。

 

 

(逃げたからお仕置きだ)


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