一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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ピジョット


自尊心を捨てて鳥籠へ

店の前を通るとふわんとコーヒーの良い香りがした。

香りに誘われるまま小さなと言っては失礼だがこじんまりとしたカフェ。店の扉を開けた時から俺はすっかりとその店の虜になっていたらしい。

 

「マスター!」

「いらっしゃーい」

 

ニコリと笑顔で迎え入れてくれたこのお店のマスター。俺よりも年上かな?なんて思っていたけど話をすればなんと俺と同い年。もうすぐ三十路突入ですなぁと二人して語ったりと意気投合し俺は当然のように店の常連になった。

このカフェにはマスターともう一人、アルバイトとは思えないけど、マスターより年上だと思われる男性が居てマスターの手伝いをしている。気さくなマスターと違って落ち着いた雰囲気で行動の一つ一つがなんとも大人だー!って感じなのである。ちなみに俺はお兄さん、と呼んでいる。

実年齢より大分若く見られてしまう俺は見た目通り、結構中身も幼いらしく実年齢を言うと驚かれてしまう。そんな俺とは正反対で大人の男性であるお兄さん……。なので俺は店に訪れる度にそんなお兄さんの仕草やらを観察して勉強してたりする。

 

「マスター、いつもの!」

 

びしっと親指を立てて言えばマスターは「はいはい」と返事をして笑っていた。

椅子を引いてくれたお兄さんもクスクスと笑ったものだから、ああ、また俺は学習しないな畜生と心の中で呟いて椅子に座った。

 

「マスター、俺は大人の男になりたいよ……」

「え、じゃあ、ミックスジュースじゃなくてコーヒーにしようか?」

「……ミ、ミルクと砂糖いっぱい入れてくれる?」

「アハハハハッ!!!」

 

ミックスジュースを俺の前に置いたマスターが目に涙を浮かべて笑う。お腹が痛い、息が出来ない~なんて言いながらヒーヒー笑うもんだから俺はミックスジュースを飲みながら悔しさでいっぱいになるわけだ。

畜生、ミックスジュース超うめぇ。

 

「ミックスジュースを飲んでいても大人は大人ですよ」

「ほぅ、ちなみにお兄さんは何を飲みますか!」

「私は紅茶が好きです」

 

ニコリと笑ったお兄さん。やっぱり大人ですね、俺とチョイスが違うよ。

どうせ自分で淹れたりとかするんだろうな……、しかもストレートで優雅にティータイムとかしてるのかも……。

 

「俺は超激甘ミルクティーじゃないと飲めないです……」

「奇遇ですね、私もミルクティーが好きですよ」

「マ、マジすかぁああ!!」

 

ヤッタ!!と喜べばお兄さんは趣味が合いますね、と言って目を細めて笑ってくれた。

やべぇ、お兄さんと一緒って事は俺もちょっとは大人じゃないかこれ!!いや、大人もミルクティーは飲むって事が分かったのか、まあ、俺はミルクティーよりミックスジュースが好きなわけだが……。

 

「ヒナリは何でも真似したがるね~」

「え、だってお兄さん大人だしマジ憧れる」

 

ね!とお兄さんに視線をやれば困ったように眉を下げてお兄さんは笑った。何それ、どうやったらそんな風に笑えんの……。

お兄さんの笑った顔を真似してマスターに笑いかければ「ぶふぉっ」って思いっきりマスターが吹いた。汚ぇ。

 

「俺もお兄さんみたいに髪の毛にメッシュ入れよっかな、カッコイイし……」

「超似合わないっ!!」

 

バンバンとテーブルを叩いてマスターが笑う。なんてこったい、この男は俺に対して失礼過ぎやしないか。一応お客さんなんだからさ、もうちょいオブラートに包むとか……。

 

「私は今のままのヒナリさんで十分素敵かと」

 

お兄さんっ…!!

俺の前で腹抱えて肩震わせてる男とはやっぱり違うね!!お兄さんがそう言うなら俺、このままで生涯を過ごすよ!!

どうぞ、とお兄さんは新しいミックスジュースをテーブルに置いた。いつの間にかすでに空になっていたコップは消えていたので気付いたお兄さんが片付けてくれたのか……。

さすがお兄さん!!俺も気の利く大人になろう。

 

「俺の目標はお兄さんみたいになる!だ!!」

「天地がひっくりかえればなれるよ」

「うぉい!!マスター!!最近俺に対して酷いぞ!!」

「ソンナコトナイヨー」

 

ぷーいとそっぽを向いたマスターを見てお兄さんは苦笑いを浮かべた。

まあ、マスターが俺をからかうのは今に始まった事じゃないけど……、同い年だって分かった時もすごい笑われたし。

ミックスジュースをずずーっと一気に飲んで大きく息を吐く。お腹膨れた~と思いながらチラリと時計を見ればすっかり時間が過ぎていた。

 

「げぇええ!!!」

「何っ!?」

「ポケモンセンターにポケモン預けっぱなしで忘れてたぁ…!!」

「おやおや」

「可哀想に……」

「最近そっけないのに更に機嫌悪くしちゃうよぉお!!」

 

大慌てで店を飛び出してポケモンセンターに走る、そんな俺が大人になれる日は遠い。

 

* * *

 

飛び出して行ったヒナリ。

お代貰ってないんだけどなぁ、と思いつつもどうせまた来るだろうからと諦めて溜息を吐いた。

チラリとコップをテーブルを片付けてテーブルを拭いている男に視線を向ければ、その視線に気づいのか男は眉を寄せて睨むように視線を返してきた。

 

「何ですか……」

「んー、ゲットして下さいって言えばヒナリなら大喜びでゲットしてくれると思うけど?」

「……何を言い出すんですか貴方は」

 

不愉快ですと言わんばかりにむっとした男を見て思わず笑みがこぼれる。

 

「素直じゃないねぇ、ピジョットくん」

「……」

 

人間に憧れて人間と同じように自由に生きたいと……、そう俺に言ったのは人と同じ姿をした野生のピジョットで、ボールの中に入れられるのも誰かの所有物になるのも嫌だからと言ってうちで働きだした。

毎日のように店にやって来て、憧れの"お兄さん"がポケモンのピジョットだなんて知らないヒナリ。そんなヒナリにピジョットは戸惑いながらもまんざら悪い気はしていないのだろう。

俺のポケモンがね、と語るヒナリの言葉にピジョットは何を思ったんだろう。俺の目には"俺のポケモン"と嬉しそうに話すヒナリを見てピジョットがどうにも羨ましいとも嫉妬ともとれるような複雑な気持ちを抱いてヒナリを見てるように見えた。

 

「甘い紅茶でも淹れてあげれば良いんじゃない?」

 

今は上手くいってないみたいだけど、ヒナリの言う"俺のポケモン"とヒナリがいつ仲良くなるか分かんないよね。慕われてる分ピジョットの方が有利だと思うけど、今のうちに抱き込んでおいた方が良いんじゃないかな。

アハハ、と笑ってそう言えばピジョットは額に手を当てて小さく溜息を吐いた。

 

「貴方には敵いません……」

 

店の外に出たピジョットは久しぶりにポケモンの姿に戻って、ポケモンセンターへと一直線に走っているであろうヒナリを追いかけて空へと飛んでいった。

 

 

自尊心を捨てて鳥籠へ

 

 

ジョーイさんからモンスターボールを受け取って大きく溜息を吐く。

帰ってボールから出せばいつにも間して不機嫌に違いない、ひっかき傷に噛み付かれるのは避けたいし技をくらえばひとたまりもないわけで……。

俺も年齢だけなら十分大人だと言うのにポケモン一匹にもなめられて言う事を聞いてもらえない情けない大人、進化する前は可愛くて言う事もちゃんと聞いてくれてたのになぁと思いつつまた大きく溜息を吐いた。

 

「ヒナリさん」

「ぉ、お兄さん!!何でここに……、俺、何か……」

 

あ、お金払い忘れてた!!

すみません、本当にすみません、ダメな大人ですみません。と頭を下げながら財布を出せばお兄さんはニコリと笑った。

 

「ピジョット、お好きですか?」

「ほあ?……え、ポケモンは大好きですけど?」

「良かったら貰って欲しいんです」

 

人から貰ったポケモンって懐きにくいし言う事も聞かないって言うからなぁ、お兄さんがくれるものなら何でも欲しいし貰うつもりだけど……。生き物はなぁ……、俺と一緒じゃポケモンも楽しくないかもしれないし……。

 

「私を」

 

目の前で憧れのお兄さんがポケモンになって叫ばない人間なんていない。

 

「ふぉおおおおおっ!!!!?」

 

*


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