一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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02

「え、私が知ってるシンヤさんの事ですか?」

 

コクンと頷けばジョーイは訝しげに私を見つめた。

 

「何で自分の事を私に聞くんです……?」

「いや、記憶が曖昧で……」

「まあ……、頭でも打ったの?」

 

多分、少し……と返せばジョーイは仕方が無いと言わんばかりに息を吐いて私に向き直った。

私が知ってるシンヤさんの事ねぇ……、と顎に手をあててジョーイが目を伏せる。

 

「シンオウ地方出身で昔は名を馳せたポケモントレーナーでしたよね」

「……」

「その後、急にトレーナーからコーディネーターに転身して……、美しき新星シンヤなんて呼ばれてコンテストを総なめにして、一躍有名人になってましたし……」

「……」

「でも、いつの間にかシンヤさんはコーディネーターも辞めちゃってて、ブリーダーになってたんですよね。それでジョーイ達で話し合ってポケモンドクターをやらせるのはどうか、なんて話が出て今に至る…、…って感じかしら」

「……転身した理由とかは」

「それはシンヤさんが自分で決めたんでしょう?でも、シンヤさんが昔は活躍してたのなんて今じゃ信じられませんよね、やっぱり10代は若かったって事かしら」

 

クスクスと笑うジョーイを見て私は眉を寄せる。どうやら私と同じでジョーイの記憶も継ぎ接ぎのようだ……。

トレーナーからコーディネーター、そしてブリーダーへと転身した私の過程が無い。それでもそれが当然のように皆の記憶の中で構成されている……。

違和感を持っているのは私だけ、か……。

 

「そういえばシンヤさんは各地方に家を持ってたわ」

「家?ここ、カントーの私の家は何処だ?」

「セキチクシティの近くって聞きましたけど、沖沿いに家があるって……。でも、こんな事まで聞くなんて本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だ、でもちょっと家に行って来る」

「……分かったわ。シンヤさんのカイリューなら明日か明後日には帰って来れるでしょうし。早くいつも通りのシンヤさんに戻って下さいね、お手伝いして欲しいんですから」

「ああ……」

 

って、カイリュー?

確かな記憶が欲しいので覚えのない家に帰ろうと思う、いや、覚えはないが頭の中にはある……。

カバンを肩に掛けてボールを取り出した。ゲームの中にしか無かったモンスターボール……、それでも頭の中で思い出される記憶は知っている。

知っている私と知らない私……。

私だけど私じゃない。

小さく溜息を吐いてボールを投げた。知らない私からすればボールからこんな大きな恐竜が出て来るなんて信じられない事だ。

知らない私はゲームでしか居ない存在なんだとまだ言い張る、でも知っている私はこれが普通だと言い張る。

自分の中に知らない自分が沢山いるんだ。この私の複雑な心情を察してくれる人間なんて存在しないだろう。

 

「バォ」

 

片手をあげたカイリューに片手をあげて返す。

大きな体を屈ませて来たので頭を撫でてやる……、知らないのに知っている、知っているけど違和感がある……。

 

「家に帰りたいんだ、急ぎで頼む」

「バウッ」

 

ポンと胸を手で叩いたカイリューは頷いた。

 

*

 

「……」

「バォー」

 

海が見える景色の良い場所だった。どうやら周りに人は住んでおらず大きな屋敷がポツンと建っている。

門を開ければポケモン、ポケモン、ポケモン……。人は居ないがポケモンで溢れ返っていた。野生ポケモンの巣窟と化している……。

とりあえず野生ポケモンは良い……。私が来た事に気付いたポケモン達が遊べ遊べと群がって来るが無視して記憶にある部屋へと入る。

私の部屋。本とカントー地方の物であると記されたトロフィーが並ぶ部屋だった。

トレーナーだった時とコーディネーターだった時の私の私物だろう。引き出しを開ける、棚を漁る、本を捲る、トロフィーを一つ手に取ればその時の状況が思い浮かぶ……、でもそれは私の記憶じゃない。

私は元会社員で今も記憶喪失でポケモンがゲームでしか存在しない場所に居たのだ。それが私、それだけが私の記憶。

でも……。

トレーナーだったのもシンヤ、コーディネーターだったのもシンヤ、ブリーダーだったのもシンヤ、ドクターな私も……、シンヤ……。

 

「バゥ~……」

 

カイリューの声、チラリと視線をやれば部屋には入らず顔だけを覗かせるカイリューが居た。

私の自室に断りなく入ってはいけない。

手持ちのポケモンに限らず家へと来る野生ポケモン達もちゃんと守っているらしい。

私を心配しているのか不安げにカイリューが私を見つめる。

 

「入って良いぞ」

「……」

 

そろそろと部屋に入って来たカイリューがペタンと床に座った。

カイリューの前に私も座って、手元にあったボールを一つずつカイリューの前に並べた。

 

「カイリュー」

「バウ」

「……ギャロップ、ガラガラ、ペルシアン、ゴースト、ライチュウ……」

「……」

 

私はお前たちを知らない。ゲームの中でも見た事が無い。

このポケモン達が慕うシンヤは何処に行ったのだろう。私は何故こんな所に居るんだろう。

この記憶だけなら私はきっと違和感なく全てを受け入れた。でも知らない私が否定する。こんなの知らない、私の記憶じゃない、カイリューなんて私は連れて居ない……。

霧がかかる向こうで誰かが私の名前を呼んだ。

 

「頭が、痛い……」

「バゥー……」

 

私のポケモンであって、私のポケモンじゃない。

こんな事をカイリュー達に説明したとしても伝わらないだろう。カイリュー達からしたら私は私……、シンヤなのだ。シンヤだけどお前達の知ってるシンヤじゃない、でも今までの事は全て記憶にある。そう言えばただ頭が可笑しくなったと思われるだけ。

私をここに連れて来たのは誰だ。

あの黒い物体、あの黒い物体はアンノーンだった……、でも、アンノーンと知り合いになった覚えはない。

トレーナーの私もコーディネーターの私もブリーダーの私も……、そんな記憶は無い。

でも、今の私は確かにアンノーンに連れて来られた。誰かに呼ばれた……。

 

「誰なんだ……」

 

もどかしさにイライラする。頭の中で唯一鮮明に映らない霧がかった向こうで私を呼んでいるのは、誰なんだ……。

 

*

 

慣れた手付きでポケモンフードを作った自分に少し驚きつつ、手持ち達用のポケモンフード作りを始める。

知ってる木の実をブレンドしてポケモン達の好みに合わせたポケモンフードを作る……。

 

「はぁ……」

「ライ?」

「なんでもない」

 

私の手伝いをしてくれているライチュウが首を傾げたがこの心情を説明出来る訳も無くまた溜息を吐く。

野生ポケモンにポケモンフードを配るゴーストとガラガラをチラリと見てから手元に視線を落とした。

 

「ラィ?ライチュー!!」

「え?何が違うって?」

「ライラーイ!!」

 

それそれ、と私の手元を差したライチュウ。

何が違うのだろう、と首を傾げればライチュウは首を横に振ってそれは誰用なのかと私に聞いた。

これ、これは水ポケモン用のポケモンフードだから……、だから……。

 

「誰の、だ……?」

「チャー……」

 

ライチュウが呆れたように溜息を吐く。

しかし呆れられるのも無理はない、無意識に誰用のものでもないポケモンフードを作っていたのだから自分でも呆れる。

 

「ペルシアン……、お前食べないか?」

 

フンとそっぽを向いたペルシアンを見て私はまた溜息を吐いた。

 

*

 

「カイリュー、私は何をしたら良いんだろうか……」

「バゥー?」

 

ジョーイに怒られるのが嫌なのでその日の晩に再びポケモンセンターへと戻る為、カイリューの背に乗った。

星空を眺めながら呟けばカイリューは何がと返事をする。

 

「私が医者なんて、可笑しいじゃないか」

「バオ」

 

今更だとカイリューが笑った。

確かにカイリューからしたら今更かもしれないが私は突然医者になる事になったんだ、それも数多の経験を積んだ医者だぞ。

本来ここにはその経験を積み生きて来たシンヤが居るべきなんだ。私はいまだ記憶喪失でゲームもろくに出来ない男だったのに。

考えれば考えるほど頭が混乱する。

それでも、納得出来ないこの状況に納得して生きていかないといけないのか……?

 

「10歳の頃、ポケモントレーナーとして旅に出た。数多の戦いを繰り広げた私はどうしてコーディネーターになろうと思ったのか。数々のコンテストに出場して有名になった私は何故輝かしい舞台を降りてブリーダーになったのか……。どうして今ここでポケモンドクターとして存在しているのか……。」

「バゥ?」

「別にどうもしない、ただ納得出来ない人生の記憶だと、思っただけだ……」

 

継ぎ接ぎの矛盾だらけの記憶。

そこに私の求める記憶はないような気がする。

 

「私を呼んでいるのは誰だ……」

 

霧がかかったような記憶の向こう。

それが今の私が失っている記憶なのだろうか……。

 

ポケモンセンターに戻って来て、正直に今の自分の記憶が曖昧である事を伝えた。

少し考えた後にジョーイはニコリと笑みを浮かべて言った。

 

「思い出せない事があるならいつも通りに過ごせば良いんですよ!!シンヤさんが忘れていてもシンヤさんを知っている人なんて沢山居るんですから」

「……そう、だな」

「そうですよ、それじゃ早速お手伝いして下さいね」

 

私を手伝わせたい為だけに適当に話を流された事に、今、気付いた……。

 

「何処の地方に行ってもジョーイはジョーイ、好きになれないな」

「ふふふ、私たちはシンヤさんのこと好きですけどね」

 

*

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