一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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「ギャロップ、大文字!ゴーストはナイトヘッド、カイリューは空を飛ぶ!!」

< ……!! >

 

バラバラになって攻撃して来るポケモンにミュウツーが苛立ったように眉間に皺を寄せた。

ギャロップの大文字とカメックスのハイドロポンプがぶつかると辺り一帯に蒸気があがる、フシギバナとリザードンが鳴き声をあげたがゴーストのナイトヘッドは見えない状況などものともせず全体に攻撃をくらわせた。

呻き声をあげたリザードンにカイリューが空から攻撃をくらわせる。弾き飛ばされたリザードンを見てミュウツーがフシギバナに葉っぱカッターを指示するがカイリューは飛ぶ勢いに乗って葉っぱカッターを吹き飛ばした。

 

「ギャロップ、もう一度フシギバナに大文字だ!」

< ……!!カメックス、ハイドロポンプ! >

「ゴースト、カメックスに不意打ち!」

 

フシギバナに襲いかかる大文字をリザードンが火炎放射で相殺したがゴーストの攻撃をくらったカメックスが後方に弾き飛ぶ。

 

< こうそくスピン! >

「ギャロップ、飛び跳ねる!!」

 

弾き飛ばされたカメックスが体勢を立て直しギャロップ目掛けて突っ込んでくる。高く飛び跳ねたギャロップはカメックスの攻撃をかわしてフシギバナへと攻撃をくらわせた。

相手は随分とタフだがこちらは大きなダメージを受けていない、勝てる!!と確信したポケモントレーナーのシンヤが笑みを浮かべた。

この複雑な心境の私と戦いがヒートアップするごとに胸を躍らせる体。思い浮かぶままの指示を出す口は私の意思など完全に無視だ。

 

「カイリュー、リザードンにアクアテール!」

「バォオオ!!」

 

大きく咆哮して空を蹴ったのと同時に大きな爆発音がした。

 

「……っと、カイリュー!」

 

私が呼び掛けるとカイリューはリザードンの前でくるりと空中を一回転して攻撃をやめる、ミュウツーが眉間に皺を寄せたまま後方を振り返った。

黒い煙があがる中から出て来たポケモン達がミュウツーの傍へと駆け寄る。

 

< 何事だ…!! >

 

出て来たのはコピーのポケモン達、ギャロップとゴーストが私の傍へと戻って来てカイリューがくるりと空中で方向転換をして私の後ろに降り立った。

煙の向こうから人影が確認出来た、そういえばサトシが……。

 

「許せない…、お前なんか許さないっ!!」

「サトシ!!」

「サトシ!!」

 

カスミとタケシが声を弾ませた。

サトシの後ろには奪われたポケモン達が見えて、私はほっと息を吐いた。でもポケモントレーナーのシンヤはバトルが中断してしまって少し不満気のようだ。

 

< お前が逃がしたのか… >

「オレはオレのポケモンを、オレの仲間を…守るっ!!!」

 

帽子の鍔を後ろに向けたサトシがミュウツーに向かって走り出した。

何をするのかと思えばそのまま右拳を振り上げてミュウツーに殴りかかった……、な、なんて無謀な……!!

ミュウツーの力で弾き飛ばされたサトシはまた起き上がりもう一度ミュウツーに殴りかかる、その光景を呆気に取られながら見ているとサトシの体が浮き上がりそのまま勢いよく吹き飛ばされた。

カスミとタケシが悲痛な声をあげた。

 

「うわぁああああ!!!」

 

あのままでは壁に激突してしまう!!カイリューに指示を出そうとしたがこのスピードでは間に合わないだろう。

 

「サトシ!!」

 

サトシが壁に激突する寸前でピンク色のシャボンのようなものがクッションとなりサトシを受け止めた。

 

< 何…!? >

 

サトシの傍に小さなポケモンが近寄った。

サトシの乗ったピンク色のシャボンを割って、しりもちを付いたサトシを見て楽しげに笑っている。

 

< お前は…! >

 

サトシの前で先ほどと同じピンク色のシャボンを出した小さなポケモンはそのシャボンの上をぼよんぼよんと弾んで遊んでいる。

どういう仕組みの物体なのだろうか……。柔らかいゴムボールのようだが簡単に割れてしまうみたいだし……、風船か?

私がポカンとその光景を眺めているとミュウツーがそのシャボンを割った。今の技はシャドーボールだろうか。

弾き飛ばされた小さなポケモンが小首を傾げてこちらを見たがミュウツーは不機嫌そうに小さなポケモンを睨みつけ再びシャドーボールを放った。

テレポートで避ける小さなポケモンの居場所を瞬時に見つけミュウツーはそのポケモンにシャドーボールを連発する。

 

< そっちか!! >

 

小さなポケモンはミュウツーの攻撃を避けながらも楽しそうに笑っている。

 

「あれは…!?」

「ポケモン?」

 

タケシとカスミが驚いたように声をあげた。

あの小さくて可愛らしい姿、ミュウツーとは正反対だが何処となく似通っている……。みゅうみゅう、鳴いているのだから…、あれが…。

 

< ミュウ…、世界で一番珍しいと言われるポケモン… >

 

聞き慣れない名前のポケモンだったのだろう。

少年の一人がその名を呼ぶとその声に反応したのか定かではないがミュウがこちらを振り向いてキョロキョロに視線をやっていた。

 

< 確かに私はお前から創られた、しかし強いのはこの私だ!本物は、この私だ!!! >

 

ミュウツーの話を聞いていないのか忙しなく動くミュウに対してミュウツーは眉間に皺を寄せたまま声を荒げる。

 

「ミュウとミュウツー……」

「ミュウからミュウツーが創られた?」

 

やれやれといった様子でミュウツーを見据えたミュウ……。

私以外の人間はミュウからミュウツーが人間の手によって創られたという事をしらないのだからキョトンとしたように声を発する。

 

< 生き残るのは私だけだっ!! >

「ミュッ!!!」

 

ミュウツーから逃げるように離れたミュウをミュウツーは同じように空中に浮き追いかける。

生き残るのは、ってそんな物騒な事を言い出すのかお前は!?

 

「ミュウツー!!」

 

ミュウに攻撃するミュウツー、ミュウはひらりと攻撃を避けるだけ。

声を荒げてミュウツーを呼んだ私の頬にギャロップが擦り寄って来た。落ち着いてと諌められて私は口を閉じた。

 

「すまん」

 

ギャロップとゴーストをボールに戻した時、ミュウツーの攻撃をミュウが食らって思わず固まる。

吹き飛んだミュウを見てミュウツーが鼻で笑った。皆が私を含めその光景を見て驚き息を飲む。

だが、暗雲を突き抜けて球体の攻撃がミュウツーを直撃した。ミュウツーが弾き飛ばされて地面へと叩きつけられる。

 

< 少しは手応えのある相手というわけだな… >

 

硝煙を念力で吹き飛ばしミュウツーがミュウと向かい合う。

冗談ではない、強いポケモン同士の戦いに巻き込まれては人間の私たちがどうなるか…。嫌な予感しかない……。

 

< どちらが本物か決めるのはこれからだ! >

 

どちらが本物かなんてあるのか。

その疑問が私の脳裏を過る。

 

< ミュウと私のどちらが強いか、元のお前達と私達のどちらが強いか……。本物より強くなるように私達は創られている… >

 

ミュウツーの言葉に思わず眉間に皺が寄る。

嫌な予感が更に増した。

 

「ミュ、ミュミュミュ、ミュミュ」

 

本物は本物だ、技など使わず体と体でぶつかれば本物はコピーには負けない……?

そんな感じの事を言ったミュウに対してミュウツーは眉間の皺を更に深くした。

 

「本物は本物だ、だと…!?」

 

コピーの方が優れていると思っているミュウツーの言葉をミュウは本物の方が優れていると否定した。

苛立つままにミュウツーはミュウへと攻撃をしかける。その攻撃をミュウは軽々と避けた。その衝撃で建物の一部が破壊されて大きな衝撃音が響く…っていうか……。今、人の悲鳴がしなかったか…!?

 

< 良いだろう、どちらが本物か技無しで決めてやる!! >

 

本物はお前達だ行け!!とミュウツーがコピーのポケモンたちへと指示を出す。そうすればオリジナルのポケモンたちも戦うべく走り出した。

同じポケモン同士がぶつかり合う、お互いの体をぶつけ合ってどちらが勝つかの勝負を始めたのだ…。捕えられなかったカイリューはその光景を見て怯えたように私の背に小さく丸まって隠れた、やっぱり隠れきれていないが……。

カメックスの二体がこちらに突っ込んでくるのが見えて顔を歪める。私の体を持ち上げたカイリューがふわりと空に飛んだ。

カイリューが戦いから少し離れた場所に私を降ろしてくれた。全力でぶつかり合うポケモン達はすでに体力を消耗しているし……、この戦いを本当に望んでいるわけではないんだろう……。

その悲痛な戦いに思わず眉間に皺が寄る。

 

「なんだかんだと言われたら、なんだかなぁ…」

「なんだか気の毒で…」

「自分で自分を虐めてる」

「昔の自分を見るようで…」

「今の自分を見るようで…」

「「やな感じぃぃ~!!」」

 

誰かの声に振り向けば見知らぬ男女が二人、私と目が合うと「げ」と顔を歪めた。

こんな男と女が居ただろうか。いや、子供ばかりの中でこの二人は居なかったと思う……、いつからいたのだろうか、と少し疑問に思った。

 

「ちょ、ちょっとアンタ!!突っ立って見てないで何とかしなさいよ!!」

「何で私に言うんだ」

「オレ達には出来ないからだ!」

 

えっへんと胸を張った男に馬鹿かと吐き捨ててやる。

視線を戦うポケモン達へと戻せば、痛々しい姿のポケモン達が目に映った。

私にも出来るわけがない。

本物とコピーとはいえ同じ生物としてすでに意思を持って存在しているのだ。同族同士の争いを人間が止めるなんて事はまず不可能だ。

どちらが本物、そんな事は考えるだけ無駄。今の私の中にポケモントレーナーのシンヤ達が居るように、私は私、彼らは彼ら……。同じシンヤでも別人だと私は判断しているが誰が本物かなんて思わない。

意思、記憶、過去、感情。

体こそ一つの状況だが確かに私以外のシンヤはこの体に生きている。私がシンヤだからお前たちは偽物だと……、何を根拠に言えるのか……。

 

「どちらかが勝たなければ終われない」

「え…?」

「本物とコピーはそう思っているから苦しみながらも戦ってるんだ。ミュウとミュウツーが戦いをやめれば他のポケモン達の戦う理由も無くなるはず」

「ミュウとミュウツーって……あれ?」

 

男が指差した先には青い光を纏うミュウツーとピンクの光を纏うミュウ。

私が頷けば男は首を横に振って「無理無理無理!!あんなの止められないってぇ!!」と全否定。まあ気持ちは分かるぞ、私も同意見だ。

 

「自分の領地をみすみす渡そうとはしないだろうしな、戦い奪おうとするのは生物としての本能だ」

「そう、よねぇ…。勝たなきゃ奪われちゃうものね…」

「負けたら居場所が無くなっちまうのかぁ…」

「どちらが本物か、コピーもここに存在している時点で生物だ。偽物の命じゃない」

「生きて戦ってる…」

「そして苦しんでる…」

「「なんだかやっぱり、やな感じぃぃ…」」

 

お互いを抱きしめ合った男と女を見てから私は視線をミュウとミュウツーにやった。不安げに私に抱き付くカイリューの頭を撫でる。

体をぶつけ合い戦っていたポケモン達がお互いにどんどんと崩れ落ちていく。ぐったりと横たわるその姿はとても痛々しい……。

ミュウとミュウツーがフィールドの中央へとぶつかり合いながら降りて来た。辺りに強い衝撃と土埃が舞う、衝撃でフィールドを照らしていたライトが消えた。

風圧で吹き飛ばされそうになった私はカイリューが受け止めてくれたが、傍にいた男女は後方に吹き飛ばされてしまったようだ。

 

「もうやめてくれーっ!!」

「!?」

 

サトシがミュウツーとミュウに向かって走って行くのが見えて目を見開く。

私がサトシの名を呼ぶ前にサトシはミュウツーとミュウの攻撃の目の前へ飛び出した。両者の攻撃が相殺するでもなくサトシを襲った……。

 

「う、そ…だろ…」

 

フィールドの中央にサトシが倒れ込む。

カスミとタケシが声をあげてサトシの名前を呼んだ。

 

< 馬鹿なっ!!人間が我々の戦いを止めようとした……!? >

 

驚くミュウツーに首を傾げるミュウ。

倒れたサトシにピカチュウが駆け寄った。でも…遠目でもこの薄暗い場所でも、サトシが石になってしまったように見えた……。

反応を返さないサトシにピカチュウが電撃をくらわせ、起こそうとするがサトシは起きない、周りのポケモン達が各々で鳴き声をあげ始める。

ピカチュウの体力もほとんど残っていないのだろう。電撃もほとんど出なくなってしまっていた……。

ポケモン達の目に涙が光る、零れ落ちた涙が不思議な輝きを放つ……。

 

「バゥゥ…」

「カイリュー…」

 

ボロボロと目から涙を零すカイリューの頭を撫でる。

「また泣いてるのか……」

頭の中で私の声がそう言ったがカイリューが泣いているのを見た事はない。それはトレーナーのシンヤもコーディネーターのシンヤもブリーダーのシンヤも、だ。

ポケモン達から零れ落ちた涙がキラキラと輝きながらフィールドの中心…、サトシの所へと集まる……。

その涙がサトシの所へと集まったかと思うとサトシの体が青白く光り出した。

空から強く光が差す……。

薄暗かった周りが一瞬で昼間のような明るさを包み込んだ。そして、石になってしまったようなサトシの体が元に戻っていく。

サトシが体を起こせばピカチュウがサトシに飛び付いた。一体どういう事だろう、その疑問は確かにあったが今は素直に喜んでおくだけにしよう……。

安堵の息を吐いた時、コピーであるポケモン達が空へと浮かんだ。見上げればミュウとミュウツーが見えたのでどうやらあの二体が力を使っているらしい。

 

「みんな、何処へ行くの?」

 

そう言葉を発したサトシの周りにカスミ達が駆け寄った。

 

< 我々は生まれた、生きている…。生き続ける…、この世界の何処かで…! >

 

ミュウツーのその言葉が頭の中に流れ込んでくる。

ミュウツー達が見えなくなった時、サトシ達の足元から光が溢れた。フィールド全体を眩い光が包む。

足元が不安定になった所で私の意識は途絶えた……。

 

気が付くと船着き場に居た。

あれ、と辺りを見渡してみたが。やはり船着き場だ。カイリューは?とボールを探すとちゃんとボールの中にカイリューはいる。

 

「嵐で船は出ません!!」

「ハリケーンが接近しています、避難して下さい!」

 

ジュンサーさんとボイジャーさんの声が聞こえた。

あれ、と私がまた首を傾げると後ろからぽんと背を叩かれた。

 

「ジョーイ…」

 

ニコリと笑ったジョーイがトレーナー達に近付いた。

 

「皆さん、ご心配なく。避難所としてポケモンセンターを開放します。利用する方は私に着いて来て下さい」

 

それじゃ、先に戻ってますね。と声を掛けたジョーイに私は頷き返す。

ふと視線をやるとサトシ達が居るのを見つけた。サトシ達もここに居る事が疑問だと会話をしていたが「まあいっか」の一言で片付けてしまっていた……。なんという事だ……。

溜息を吐いて頭を掻く……。

本当に何でこんな所に居るんだろうか、ミュウとミュウツーはどうした。いや、ここに居るのはミュウとミュウツーの力と考えた方が良いのか…。そうか、そうだよな…。

私としてはジョーイが帰って来てさえくれれば万事解決、問題無しだ。

 

「まあ、良いか」

 

小さく笑って外に出れば嵐は止んでいた。

良いな、のんびり歩いて帰ろう……。

 

ポケモンセンターに戻ってジョーイに結局仕事を手伝わされた。

わざわざ迎えに行ってやった人間に対して扱いが酷くないか、と言ってやればジョーイはいつ何処に迎えに来てくれたんです?と首を傾げた。

 

「ポケモン城に行っただろ?」

「ポケモン城?」

 

わけの分からない事を言ってないで、と背を押されて私はまた首を傾げる。

あれ?覚えてないのか?もしかしてミュウツー達は関わった人間の記憶を消した、のか……?

カイリューにも聞いてみたらジョーイと同じように首を傾げられて私はがっくりと肩を落とした。

 

「……なんで私だけ記憶を消してくれなかったんだ」

 

チッ、と少し不貞腐れながら受付の場に座る。ついでにカルテの整理もしてしまおうと黙々と手を動かしていたらラッキーに肩を叩かれた。

 

「ん?はいはい…、ポケモンの回復ですかそれともご宿泊ですか?」

「宿泊で!」

 

ニコっと笑ったのはサトシだった。

おお、サトシ。とは思ったがジョーイに記憶が無かったのでどうせ覚えてはいないだろう。

 

「良いなぁ、ポケモンドクター……。ジョーイさんに頼られるなんて羨ましい!!」

「はいはーい、鼻の下伸ばさないの」

「シンヤさん、あとでバトルの相手して下さいよ!!」

「……」

 

あ、あれ……?覚えてる、のか?

宿泊用のボードをラッキーに渡して、私は首を傾げながら聞いた。

 

「私の事、覚えてるのか?」

「え、シンヤさんの事?そりゃあ当然、ポケモンドクターのシンヤさんでしょ?」

「そうそう、バトルも凄く強いのよね!!」

「……何処で会ったのかは?」

「それは!!………ど、何処だっけ?」

 

えへ、と笑ったサトシがカスミとタケシの方に視線をやったが二人はうーんと眉間に皺を寄せた。

会ってる事は覚えてるし会話もなんとなくだが覚えている。でも何処で会ったのかとか会った経緯とかは全く覚えていないらしい、なんとも継ぎ接ぎだらけの記憶だな……。

 

「ん?継ぎ接ぎ…?」

「え?」

「いや、何でもない。宿泊だったな……。これが部屋のキーだ」

「ありがとうございます!!」

 

じゃあ、またあとでー!!と手を振ったサトシ達に手を振り返す。

継ぎ接ぎだらけ、ね……。

私のこの今ある記憶、違和感ばかりの記憶はポケモンの仕業だろうか……。ハッキリと断言は出来ないが絶対に無いという可能性は否定出来ない……。

アンノーン、あれもまた関係しているか……。

 

「シンヤさーん」

「……」

 

ジョーイが私の名前を呼んだ。少し甘えたような声の時は何か頼まれる時だ……。

じとっとジョーイに視線をやればニコリと笑みを返された。

 

「シーツ、干して来てくれません?良い天気になって来たんで」

 

はい、よろしくっと私にシーツを山積みにしたカゴを押し付けたジョーイ。

言い返す暇も与えられなかったと思いながらポケモンセンターの裏庭へと足を運ぶ。

本当に急に良い天気になったな……。

あの嵐はミュウツーの仕業だったのだろうかと考えながらパンと皺が付かないようにシーツを広げた。

 

< … >

「…ああ、消し忘れた記憶を消しに来てくれたのか」

 

なるほどと勝手に自己解決してシーツを干した。

無言でこちらを見ていたミュウツーの存在にはもう驚くまい、むしろ消しに来てくれたのなら有難い。

 

< いや、お前の記憶は消せなかった >

「それはどういう事だ?」

 

パンとまたシーツを広げる。

早く干してしまわないといけないので手を止めるわけにはいかない。シーツを干しながらもミュウツーの言葉に耳を傾けた。

 

< お前の記憶はすでに他のエスパータイプの力によって消されていたからだ >

「……」

 

やっぱりポケモンが関係していたのか。

疑問が確信になってスッキリした。スッキリはしたが更に疑問が生まれたので私の眉間には皺が寄る。

 

「誰が、私の記憶を消したのか分かるか?」

 

ミュウツーは目を伏せて首を横に振った。

 

「その記憶をミュウツーが戻すことは?」

 

またミュウツーが首を横に振る。

私が溜息を吐くとミュウツーがすいと私と同じようにシーツを広げた。

 

< 何か思い当る事があるのか……? >

「ああ、私の記憶は継ぎ接ぎで矛盾と違和感だらけだ……。それに私はこのポケモンの存在する世界に居なかった。それなのに急にこの世界に連れて来られた……」

< ポケモンの存在する世界に居なかった?お前の居た所にはポケモンが居なかったのか? >

「ああ、実在してなかった」

 

興味深い、と呟いたミュウツーがシーツをどんどん念力で干していく……。おお、なかなか上手いな……。

 

< 私はお前の望む答えを返せないだろう。だがこれだけは確かに言える、お前の失っている記憶はお前の心の奥底に眠っている >

「……」

< 伝えに来たのはそれだけだ >

「わざわざ教えに来てくれたのか……、人間は好きじゃないんだろう?」

< ふん、強い奴は嫌いではない >

 

楽しめた、と言ってミュウツーがふわりと浮かんだ。

ヒラリと手を振ればミュウツーは一度だけ振り返ってから尻尾を揺らして彼方へと飛んで行った。

足元のカゴに視線をやれば山積みだったシーツは無い。

目の前に広がる視界いっぱいに真っ白なシーツが風に靡いていた……。

 

「器用な奴…」

 

今度会ったらお礼でもしよう。

そう思いながらカゴを持って木の下へと移動する。

ごろりと横になって目を瞑れば潮の香りと波の音がした……。

 

 

「うぇえええ…!!シンヤー…!!!」

「また泣いてるのか……」

「だって、俺様悪くないのにぃぃ!!」

「すぐ泣くな」

「シンヤ~!!!」

 

 

目を開けると大きな目が私を覗き込んでいた。

バォ、と鳴いて私の顔を触ったカイリューの手を振り払う。

 

「ふわぁ……、なんだ?」

「バォ」

 

あれ、と指差した先には腰に手を当てて笑顔でこちらを見ているジョーイが……。

なんで、

なんでもっと早く起こさなかった!!!

 

「シンヤさーん…?」

「……、」

 

助けてくれ、ミュウツー!!!




* 補足説明

主人公、シンヤさんの記憶について。
現在のシンヤさんには複数の記憶が混合しています。シンヤさんの記憶は大まかに分けると4つありますのでそれを説明致します。

1つめ、ポケモントレーナーのシンヤ
彼はポケモンバトルが大好きで強い相手と戦う事が好きです。でもポケモンにも自分にも厳しいトレーナーで優しさはあまり持ち合わせておらず他のシンヤに比べて言葉遣いも荒く態度も大きいです。
強いポケモンにこだわる彼に従えるポケモンはほとんど居ませんが、従える子達は他のポケモンよりも遥かに実力を付けています。一言で表すと鬼畜トレーナーですね。
彼はポケモントレーナーとして優れた力を持ったシンヤさんです。

2つめ、ポケモンコーディネーターのシンヤ
彼は美しいものと目立つ事が大好きです。コーディネーターとして舞台に立つ自分に絶対の自信を持っていますし、それに見合う実力も持っており"美しき新星シンヤ"として名を馳せています。
自分に自信を持っているのでプライドも凄く高いです。ポケモンを育てる力としては他のシンヤと比べるとコーディネーターのシンヤがずば抜けて良いです。一言で表すとナルシストなコーディネーターでしょうか。
彼はコーディネーターとして優れた力を持ったシンヤさんです。

3つめ、ポケモンブリーダーのシンヤ
彼はポケモンが大好きでポケモンに関しての知識が凄くあります。ポケモンに対しての観察力もずば抜けて良くポケモンの心情を逸早く察してあげられる優しい人間です。
知り合いのジョーイに勧められ大好きなポケモンを治療出来るようにとドクターになりました。でもドクターとしての実力はイマイチなのでジョーイほど優秀ではありません。一言で表すとポケモン命のブリーダーです。
彼はブリーダーとして優れた力を持ったシンヤさんです。

4つめ、記憶喪失のシンヤ/ポケモンドクターのシンヤ
彼が本編の主人公の主体の感情です。白金設定の時のシンヤさんそのものですがその記憶を持っていません。現在は三人のシンヤの記憶を使い行動しています。
記憶がない為、混ざっている記憶の影響を大きく受けています。一番影響が強いのはブリーダーの記憶です、ブリーダーの記憶を使って彼はポケモンドクターとして仕事をしている状態ですが記憶が戻った場合ドクターとしての力は彼の方が遥かに上です。ちなみにジョーイが嫌いなのはこのシンヤさん、他の三人はそうでも無いのですが記憶が無いながらに無意識で拒絶してしまっているようです。
言葉遣いが荒くなったり好戦的なのはトレーナーが影響していて、人前に出て話そうとする所や自分から積極的に近付くのはコーディネーターが影響しており、気弱な所やポケモンに優しく接するのはブリーダーの影響です。ポケモンドクター(記憶喪失)のシンヤは基本的に無関心でめんどくさがり本当に嫌な事は断固として断ります、そしてポカンと抜けた天然発言をするのもこのシンヤですね。一言で表すと素っ気無いドクターかと思います。
彼はドクターとして優れた力を持ったシンヤさんです。

4つめのポケモンドクターのシンヤは前作のお話ですが。トレーナー、コーディネーター、ブリーダーのお話が別にあったと考えて下さい。
各々に生きた過去があります。それは一つの事、自分に一番向いている事を極めたシンヤが存在する過去です。
しかし、現在は全てが一つになってしまった状態です。一人のシンヤが生きてきた軌跡として他の人間の記憶にあります
トレーナーも極めて、コーディネーターも極めて、ブリーダーも極めて、ドクターになった凄い人というのが周りの記憶です。
その完璧な人間である自分の記憶に違和感を持っているのは自身であるシンヤさんだけという事ですね、なのでシンヤさんは継ぎ接ぎの矛盾だらけの記憶と言っているわけです。

以上、補足説明でした。

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