「もしもし……」
<「はいはーい、あ!!シンヤさーん!!」>
電話の画面の向こうで笑う少女は随分と大人びて見えた。というより私の知っている少女より大人だ……。
記憶は無かった。
この画面に映る少女のことも忘れていたし、記憶にも無かったはずなのに、ユクシーに記憶を消されていたという事を思い出した私の頭の中には無かったはずの記憶が突如現れたのだ。
これがユクシーの言っていた私の為に創られた世界の影響なのだろうか……。
思い出してみればトレーナー、コーディネーター、ブリーダーといったシンヤである連中の世界を奪ってしまったことに罪悪感が生まれる。
申し訳ないな、と思った所でその三人と対話が出来るわけもないし。今の三人は無理やり私の一部にされてしまったようなものだろう……。元に戻してくれと今更言ってもどうにもらならないのだろうか……。
「久しぶりだな、ツバキ」
<「そんな言うほど久しぶりってわけじゃないですけどねー、一か月くらい前に会ったじゃないですか!!」>
「……」
そう言われると確かに会った。とは思ってもこの記憶は矛盾だらけで納得のいくようなものじゃない。
決定的なのは私の知っているツバキは12、いや、13歳だったか……。それぐらい幼い少女でポケモントレーナーとして活躍している子だった。でも、今の思い出される記憶の中、この画面に映るツバキは18歳。もう女性と言っても可笑しくはない年齢でポケモントレーナーではなくツバキ博士と呼ばれる若き優秀なポケモン研究者の一人。
色々な記憶がごちゃ混ぜになっている状態だが、ツバキという名を聞くとあの鬱陶しい社長の姿も思い浮かぶ……。
全てはパラレルワールド……。
私の世界は何処に行った。今、この状況で言うのはあれだけどな……。私のシンヤという名前はイツキさんが付けてくれたものであって本当の名では無いような気がするぞ……。
記憶が無くなってる人間から更に記憶を奪うなんて……、というか私の記憶が無くなっていたのは既にこの世界が創られていた影響、なのか……?
<「シンヤさん?」>
「ああ…、悪い、ぼーっとしてた」
<「も~!!あ、それで?用件はなんですかね?あたしはこれでも忙しいんですよー?オーキド博士ともお話する約束もあるしー」>>
アーシア島の神々のことも研究しないと駄目ですからね!!と拳を握って言うツバキに、現場に居て間近で見てたとは言えない。
知らないフリをしておこうと思いつつ、本題に入る。
「私の……、ボールを預かってくれてるんだよな?」
<「へ?なーにを今更な事言っちゃってんですかー!!預かってますよ!!あ、決してボールから出して研究の手伝いさせてるとかそんな事はないですからね!!」>
「……」
<「…チルくん、使ってます。マジすみません……」>
「いや、良い」
マジすかー!!じゃ、もっと使っちゃおー!!なんて画面の向こうで言っているツバキを無視して複雑化しつつある記憶を探る。
パラレルワールド、私の知っている人間が居ても知らない人間で。皆が私を知っていても私には矛盾だらけな記憶しか無い。
私の知っている連中が、私の知っている姿のままこの世界に存在しているのか分からない。ミロカロス達はどう変わっているのだろうか……。
記憶にある姿はポケモンの姿ばかりで人の姿をしたミロカロス達は無い。
トレーナーのシンヤがシンオウで連れて居た、コーディネーターのシンヤがシンオウで連れて居た、ブリーダーからドクターとしても活躍するようになったシンヤはカントーに行く時にミロカロス達を置いてカイリュー達を連れて行った。
今の私はここだ、この時点で私に変わった。
そう記憶に刻まれている。ユクシーに記憶を消されたと思い出した私の脳に突如刻まれた記憶だ。
私は全てを思い出すことでツバキのことを思い出して、ミロカロス達をツバキに預けているという事も思い出した。元々がシンヤという名前でないという事も勿論思い出した……が、よく考えると私の本当の名前がシンヤではないという事を知っているのは私とイツキさん達くらいなんだろうな……。
「カントーの自宅に着いたらまた連絡するから、その時にボールを送ってくれるか?」
<「良いですよー、っていうかシンヤさん今何処に居るんですか」>
「オレン、……カントー地方だ」
<「オレン?今、オレンって言いませんでした?え?オレンジ諸島とか……?え?アーシア島、近いですか?」>
「カントー地方」
<「それしか言わないし!!」>
「それじゃ、また連絡する」
<「ちょっ」>
ブツンと電話を切ってソファに座る。
溜息を吐けばコーヒーを両手に持ったジラルダンが声を掛けて来た。
「まだ頭が痛むのか?」
「…少し、な」
「尋常じゃない声をあげていたしな…」
片方のコーヒーを私に差しだした。ジラルダンが開いた手で私の頭を撫でる。
受け取ったコーヒーを啜り、小さく息を吐いた。
ミロカロス達は私の知っているミロカロス達なのだろうか……。
もし、私の知っているミロカロス達だったら……、凄く怒っているだろうな……。
私の知らないミロカロス達だったとしたらそれはそれで少し寂しいような気もするが……どっちにしろ、あんな無理やりな別れ方をしてしまったのを思い出しては会うのが少しツライ。
「ジラルダン…」
「ん?」
「殴って悪かった…」
「…急になんだ?」
「いや、お前の自己中な行動に腹を立てたから殴ったんだが…私自身も自己中な人間だったのを思い出してな…」
「…?」
首を傾げたジラルダンに視線をやってからコーヒーを啜った。
潔く、殴られに行くしかない……。
「シンヤ…」
「ん?」
「そんなに無表情な顔だっただろうか……?私の知っているシンヤはもっと表情豊かだったような気がするんだが…」
「一番無愛想なシンヤなのは分かってるんだ、ほっとけ」
「一番無愛想なシンヤ…?シンヤはシンヤだろう?」
「……」
不意に他のシンヤの影響は出るかもしれないが、記憶の戻った私は本来の私自身の姿に戻りつつある。
一番愛想の良いのは……、ブリーダーのシンヤだろうか、コーディネーターか……?
「どちらにしろ、私は私か…」
「?」
私の記憶の中でトレーナーがバトルをしたいと叫ぶならバトルをするもよし、コーディネーターがコンテストに出たいと叫ぶなら出るもよし……。
ブリーダーの優秀な知識があるのは助かるし、私は以前のようにこれからもポケモンドクターとして生きていくしかないだろう。
*
カントー地方、セキチクシティ付近沖沿いの家。
家に帰って来てから、記憶を探りつつ本棚や引き出しからファイルや手帳を取り出し手に取った。
各地方に家を所有しているなんて贅沢な事だな、とは思ったがトレーナーのシンヤ達の出身がバラバラであり家を複数所持する形になっているらしい。
ちなみにこのカントーの家はトレーナーのシンヤが住んでいた家。
ジョウト地方出身はブリーダーのシンヤで家はアサギシティ近辺に家がある。ホウエン地方にある家はコーディネーターのシンヤの家でミナモシティの近く……。
全くの別人として生きていたシンヤという名前の人間が一つになったこの状況。
パルキアが各空間を繋げて、ディアルガが継ぎ接ぎながらも時間の調整を行なった……という所だろう。
イツキさんが名付け親である私の記憶はシンオウ地方のズイタウン出身のポケモンドクターとして登録されていたはずだ。
家はギラティナの住む反転世界…、その反転世界がここにあるかも定かではないが…。
私の知ってるカズキとノリコはこの世界でも双子のようだが既にトレーナー、コーディネーターとして旅に出て居るらしい、こうして思い出してみると違うことだらけで更に頭が痛くなるな……。
小さく溜息を吐いた時、部屋の扉がノックされた。手に持っていたファイルを棚に戻して部屋の扉を開ければライチュウが手招きをする。
「ライラーイ」
「電話か」
リビングの一角に置かれた機器類の前に座って通話ボタンを押した。
画面には見知った顔が映って私は小さく笑みを浮かべる。
<「シンヤー、ツバキちゃんから連絡あって電話してみたよー、元気ー?」>
「ああ、お前は相変わらずだな」
<「僕はいつでも元気ですから!」>
ニコニコと画面の向こうで笑うヤマト。
どの世界でもお前は相も変わらず変化が無いということだ、ツバキなんて別人のように変化があるというのに……。
<「なんか暫く会わない間にシンヤってば印象変わった?」>
「…そうか?」
<「うーん、なんか愛想が無い気がする」>
「愛想が無くて悪かったな…」
<「そ、そんな睨まないでよ!!やっぱり全然変わってないですー!!」>
「…ヤマト」
<「ん?なに?」>
「ディアルガとパルキアを見た事があるか?」
<「え?無いよ?シンヤは見たの!?僕も見たいんだけど!?」>
「見てないなら良い。聞いてみただけだ」
<「なーんだ。珍しいポケモン見つけたら僕にも教えてよね!!」>
ミュウにミュウツー、ファイヤー、サンダー、フリーザーにルギア……とか?
教えてよね!と言って笑ったヤマトに返事はせず。随一報告するのも面倒なので見なかったという事にした。
「……」
<「シンヤ?どうかした?」>
「いや、別に」
<「それじゃ、僕はそろそろ行かないといけないからまた時間が出来たら連絡するね!」>
「ああ、じゃあな」
<「またねー!」>
手を振ったヤマトを見てから電話を切った。
この世界のヤマトは私の知っているヤマトではない、恐らくギラティナ達のことも知らないだろう。
何もかもが変わってしまった世界に一人、取り残された気分だ……。
「ライ?」
「ん?別に何でもない、気にするな」
「ラーイチュ」
「眉間に皺が寄るのは癖だ」
「ライー?」
「ああ、私の癖なんだ。…私のな」
首を傾げたライチュウの頭を撫でて小さく笑う。
「そういえばお前はブリーダーの頃からよく手伝いをしてくれてるんだったな…」
「ライー」
「でも、医療の知識は無い…か…」
「ライ?」
「ミミロップは、どうだろうな…」
手伝ってくれる奴が居なくなると困るという事に今更ながら気付いてしまった。
ツバキに預けられている連中はトレーナーのシンヤに連れられてのバトル経験もあるし、コーディネーターのシンヤとのコンテスト経験もあるはずだ……。
やっぱり私の知っている連中じゃないんだろう……。
「とりあえず、ツバキに連絡するか…」
*
<「それじゃ、送りますよー!!」>
「ああ」
家に転送装置があるって便利だな、と思いつつ椅子に座りながらボールが送られてくるのを眺める。
送られてきたボールをライチュウがテーブルに並べて行く。
ミミロップのゴージャスボールが置かれた所で、そういえばミミロップ達の親はツバキだったがそこの所も変わってしまっているんだろうな……。
<「8個全部送りましたよ!!またいつでも預かりますから送って下さいね!」>
「悪いな、助かる」
<「いやぁー、シンヤさんのポケモン達は賢い子ばっかりだからホント居てくれるとこっちが助かるんですよねー」>
「……」
<「今、現在誰も居ないからピンチなんですよー」>
「送れってことか?」
<「ゴーストかライチュウが良いなー、でもガラガラも良いしペルシアンも悪くない……、ギャロップとカイリューも居てくれると助かるけどー」>
「却下」
<「シンヤさんのケチー!!」>
知らん、と吐き捨てて電話を切る。
連れ歩くには大所帯過ぎるがこの家にも誰か居て貰わないと野生ポケモン屋敷になってしまっているので困るのだ。
ハウスメイドでも雇いたい所だな……。
「……」
ポーンと8個のボールを離れた場所に投げる。
見覚えのあるポケモン達の姿が出て来て懐かしさが込み上げてきた、ゲームの中にしか居ないと思っていたポケモンと一緒に居たなんて前の私じゃ考えもしなかっただろうな……。
パチパチと瞬きをしたミロカロスが私を見てボロリと大きな目から涙を零した。驚く私を余所にミロカロスが見覚えのある人の姿へと変わる。
「シンヤー!!!!」
抱き付いて来たミロカロスに視線をやってからエーフィ達の方へと視線をやれば、エーフィ達も見覚えのある人の姿へと変わっていた。
「おかえりなさい、シンヤさん」
「帰って来るの遅過ぎ!!シンヤしかオレの好きなおやつ作れないんだからなー!!」
「やっと俺達の知ってるシンヤですね!!」
「ワタシ、コーディネーターのシンヤと根本的に合わなくて超苦痛だったー…」
「主は主だと思うがな……」
「ご主人様ー!!」
「ラルー!!」
私の知っている連中だ……。
何もかも変わってしまっている世界に何も変わっていない連中が居る……。
「ミロカロス…」
「シンヤが帰って来るの待ってたんだからな!!ずっとずっと会いたかったんだからなぁ!!!」
私に抱き付きながら涙を流すミロカロスの腰に手を回す。
ミロカロスの頭にゴツンと自分の頭を落とせば少し痛みが走ったが気にしてられなかった。
「…シンヤ?」
「すまなかった…」
「……」
「あんな事を、言って…悪いと思ってる…」
「シンヤ…」
「自分勝手で本当に…」
「分かってるよ!!!ちゃんと俺様達は分かったよ、分かったから…俺様達は勝手にシンヤを連れ戻そうって決めたんだ…!!」
だから、お互い様ってやつ。
そう言ってミロカロスが笑った。
自分勝手に別れを告げた私への罰は一度全てを失う事だというのだろうか、自分から捨てて行ったのだから何もかも失えと……。
また一からやり直せってことか……。
「お前達だけ変わってないんだな」
「私達はそのままこの世界に引き継がれたんですよ、でもヤマト達は…」
視線を落としたエーフィはそこで言葉を詰まらせた。
私の知っている研究員のヤマトはもう居ない。いや、そう言ってしまえばここに居る私もすでに私の知っている自分では無いのかもしれない。
不安そうな表情で私の顔を覗き込んだミロカロスの頭を撫でる。小さく溜息を吐いてから抱き付いているミロカロスを自分から離した。
「お前達に言いたい事は二つある」
「…?」
「一つ…、こんなやっかいな世界によくも私を巻き込んでくれたものだな…!!」
「!?」
ビクッと体を揺らしたミロカロスが目に涙を溜めた。
ミミロップ達も強張った表情で顔を引き攣らせているが私は容赦なく言葉を続ける。
「記憶を消されたせいでとんだ酷い目にあった!!混乱はするし厄介事には巻き込まれるし酷い頭痛に悩まされたんだぞ!?それに他のシンヤ達の影響をこれからも受け続けなければいけないし、分不相応な地位と名声を持った人間になってしまったじゃないか!!」
えぐえぐと泣き出したミロカロスの後ろでミミロップが「ほら見ろ、怒られた」と言葉を漏らす。
肩を落とした連中を見て深く溜息を吐く。
「もう一つは、」
「ごめんなさいぃぃ…」
「……」
泣いて謝るミロカロスの頭に手を置くとミロカロスの肩がびくりと揺れた。
チラリとミミロップ達の方へと視線をやればミミロップ達は気まずそうに視線を落とす。
「もう一つは…、こうしてまたお前達と会えて嬉しいと思ってる」
「!!」
顔を上げたミロカロスの頭をくしゃくしゃと撫でてやればミロカロスは顔に満面の笑みを浮かべた。
「俺様も嬉しい!!!」
「オレもオレもオレもー!!!」
「俺もです!!」
飛び付いて来たブラッキーの後に続いてトゲキッスも飛び付いて来た。
ラルトスを抱きかかえてミミロップも飛び付いて来たのでさすがにそこで私は重さに押し潰され床に倒れ込んだ。
「あ、主が…!!」
「窒息死しそうですね」
「チルはお茶を淹れて来ます!!」
重たいし苦しいし、痛いし……。
最悪だと思いつつ上半身を起こす。
「腰を打った…」
「オレ、肘打った…ビーンて、ビーンてなった…」
涙目で肘を押さえるブラッキーを見て笑った。
「はははっ!!」
「なんで笑うんだよー!!!」
こうしてお前たちに会うまで不安な気持ちでいっぱいだった、なんて気恥ずかしくて打ち明けられそうにない。
*
チルットが淹れてくれたお茶を飲む。
ほっと一息付いてから膝に座るライチュウに視線を落とす、ライチュウとミミロップが睨み合い火花を散らしているが声は掛けないでおこう。
向かいのソファに座るエーフィに視線をやればエーフィは首を傾げた。
「なんです?」
「お前、少し雰囲気が違わないか?」
それを貴方に言われたくないんですけどね、と呟いたエーフィが小さく溜息を吐いた。
私の知っている連中だが皆それぞれ何処か違うような気がする。勿論、私も違うのだろうが……。
「シンヤさんが戻って来るまでに私達も色々あったんですよ」
「色々…?」
ライチュウと睨み合っていたミミロップが「そう!!」と声を荒げて私を睨み付けた。
そんなミミロップから視線をエーフィに戻した私はエーフィに色々あったという説明を目で促してみる、エーフィはまた小さく溜息を吐いて苦笑いを浮かべた。
「私達はシンヤさんが帰った直後、新しく創られた世界にシンヤさんより先に来たんです。でもそこは私達にとって知っている場所はあれど全く知らない場所でした」
「お前達も私と同じ目にあってたんだな…」
「ええ、知っているはずの人間全てが別人で困惑しましたよ。勿論、この世界に居たシンヤさんも別人でしたから」
「私もか」
「私達がこの世界に来た時、ポケモントレーナーのシンヤさんの手持ちだったんですよね。もう随分と前の事です、まだシンヤさんは少年でした」
「……」
私の記憶にもある事だった。
トレーナーのシンヤは今この場に居るポケモン達をゲットした張本人、エーフィ達はトレーナーのシンヤの手持ちになっている状況でこの世界に来たんだろう。
私はブリーダーだったシンヤがポケモンドクターになったという状況で来た事になるから、エーフィ達はトレーナーのシンヤともコーディネーターのシンヤともブリーダーだったシンヤとも会っている事になるわけか……。
随分と長い付き合いなんだな、そしてポケモンは年を取らないのだろうか……。
「基本的にバトル担当はそこの連中だったんですけどね」
エーフィの視線を辿ればポケモンフードを食べるカイリュー達が視線に入る。
今の私の記憶が戻る前はカイリュー達しか記憶に無かった。私の記憶が戻った後にエーフィ達の事を思い出したのだから私の記憶が戻らないとエーフィ達は存在していなかったのかもしれない。
この今の状況は私が記憶を取り戻した世界だと、思っておこう。
「でもトレーナーのシンヤさんは場面に応じて手持ちを変更したので私達もバトルを重ねました。元々貴方がバトルのしない人だったので最初は困惑しましたがトレーナーのシンヤさんが厳しくて嫌でも身につきましたよ…」
溜息を吐いたエーフィが何処か遠くを見ながら文句を言い出した。
シンヤさんとはいえあんなガキ、いえ、子供に命令されるなんて今思い出しても腹が立ちますよ。攻撃を避けるのを失敗すれば罵られるし、勝っても負けても労りの言葉は無いし、それなのに日々の特訓だけは毎日毎日とんでもなく過酷で厳しいし…、挙句の果てにはブラッキーはまあまあだけどお前は微妙だな、頭が良くなければ使ってない…って!!!シンヤさんが戻って来ると分かっていなければ誰がお前なんかに使われてやるものですか!!!
「あぁぁぁああッ!!本当に腹が立つ!!!」
「…す、すまん」
「いえ、シンヤさんは悪くないですから。あのクソガキが悪いんです、全てねっ」
そのクソガキは一応、過去の私…、なんじゃないのか…?
脳内に記憶があるだけにエーフィの怒りも仕方がないような気がする…、確かにトレーナーのシンヤは幼いながらに乱暴者というかポケモンに対して厳しい人間だ。勿論、自分にも厳しいのだが…それをエーフィ達が知っているかは定かではない。
カイリュー達もトレーナーのシンヤの手持ちとしてよく一緒に居られたものだと感心する、私がポケモンだったら絶対に逃げ出していただろう。
「なーに言ってんだよ!トレーナーのシンヤは全然マシだったつーの!!」
黙って話を聞いていたミミロップが言葉を発する。
エーフィとは対照的にミミロップは厳しかったトレーナーのシンヤに文句は無かったようだ。
「最悪なのはコーディネーターのシンヤ!!!アイツだけはマジ最悪!!!」
拳を握りしめてコーディネーターのシンヤを罵倒するミミロップ。コーディネーターのシンヤも一応、過去の私だという事を忘れているのだろうか…。
「空間を繋ぎ合わせるのにさ、違う世界のシンヤが混ざってシンヤ自身が変わってくわけよ。それに文句は無いんだけど、その繋ぎ合わされた別の世界のシンヤがもうホントやだ!!!」
「急に別人になったのか…」
「ディアルガの時間の調整で周りには自然にシンヤさんに変化があったんですけど、影響を受けて無い私達からすれば突然人が変わったんですよ」
へぇ、とエーフィの言葉に相槌を打った。
継ぎ接ぎだらけの記憶だと思っていた状況は本当に起こっていたらしい、それを周りは何とも思わなかったと……。
何ともご都合主義、ディアルガとパルキアってそんなに凄いポケモンなのか…。漫才コンビみたいなのに…。
「トレーナーとして有名になってんのにさぁ!!!急に自分はトレーナーではなくもっと別の場所で活躍すべき人間だと思うとかなんとか言いやがって!!コーディネーター目指し始めたんだよ!!」
「私は万々歳でした」
ふふん、と満足気に笑ったエーフィをミミロップが睨み付ける。
才能あるコーディネーターのシンヤは勿論すぐにコンテストで勝ち進んだと記憶しているが…、ミミロップは元々コンテスト向きの容姿ではあるがコンテスト向きの性格ではなかったもんな…。
「毎日、エステ…、コンテスト用の魅せる為のワザ練習…、しかも可愛らしいポケモンはもっと可愛らしくあるべきだとか言って!!なんで可愛い仕草のポージングとかやらされないといけないんだよぉおお!!!マジふざけんなぁああ!!シンヤじゃなかったら、アイツがシンヤじゃなかったらワタシはツバキ同様アイツを見限って逃げ出してた!!」
「私は凄く楽しかったですよ。苦痛の毎日から解放されて…コーディネーターのシンヤは毎日ブラッシングもしてくれましたし、私の事を綺麗だと褒めてくれるし労わってくれるし、コンテストに出るのも楽しかったですから」
「コンテストなんて無くなれば良いのに!!!あのトレーナーのシンヤと生きたバトルの日々!!勝利を目指す特訓の熱い日々がどれだけ恋しかったかぁあああ!!!」
「……」
対照的な二人だと思う。
まあ、でもこの会話を聞いてエーフィ達の変化の理由が少し分かった。
どうやらエーフィはコンテストに影響されて雰囲気が変わっているのだろう、心無しか以前より女性っぽく見える気がする。
ミミロップの方は性格にたくましさを感じる。見た目はあまり以前と変わりはないが……、少し性格が荒いな…、トレーナーの影響だろうか…。
二人で言い争いを始めたエーフィとミミロップを放っておいてポケモンフードを食べている連中の方へと視線をやる。
「お前達はどうだった?」
ポケモンフードを食べながらも話を聞いていたらしい連中は少し考える仕草をした。
トゲキッスは?と聞けばトゲキッスは目を瞑って首を傾げる。
「確かにトレーナーのシンヤは厳しかったし、コーディネーターのシンヤも色んな意味で厳しかったですから…。俺はブリーダーのシンヤの手伝いをしてるのが楽しかったです」
ブリーダーのシンヤはポケモンに甘い奴だからな。自分よりポケモン、何よりもポケモンという考えを持ったポケモン大好き人間だ。
以前のヤマトみたいな奴だよな…、ああ、でも今もわりと変わらないか……。
「自分は主に何も文句は無かった。別人だとは思うが根本的な所は何処か主らしさもあって、どの世界でも主は主だなと思っていたからな…」
サマヨールの言葉に私は頷く。
別人だと思ってはいるが、やっぱり同じシンヤなんだなと思う事は私もあったので妙に納得出来る発言だ。
もぐもぐと口を動かしながらブラッキーが手をあげる。別に挙手制では無いのだがブラッキーにピッと指を差して発言を促す。
「オレはトレーナーのシンヤもコーディネーターのシンヤもブリーダーのシンヤもあんまり好きじゃなかった」
「なんでだ?」
「オレの好きなおやつ作ってくれなかったから!!」
大真面目な顔でそんな事言われてもな……。
ブリーダーのシンヤは優しいけど不器用だったし、ポケモンフードもまあまあの味で満足出来なかったし、やっぱり今のシンヤが良い!!ポケモンフード美味いっ!!と文句を言いながらポケモンフードを食べるブラッキーにトゲキッスが苦笑いを零す。
まあ、確かにポケモンフードの作り方は記憶が戻る前と戻ってからだと大分違ったから、味も違うのだろう……。
コポコポとカップに新しいお茶を淹れてくれているチルットに視線をやればニコリと笑みを返された。
「チルはあまり面識が無いので」
「そうだな、ずっとツバキの所に居たんだよな」
「ブリーダーのご主人様は優しく接してくれましたが、力不足のせいでバトルやコンテストでお役に立てなかったのが残念です」
眉を下げたチルットに気にするなと言葉を返す。
ツバキが博士と呼ばれる前からツバキの手伝いをしていたのだ、十分チルットは役に立っているだろう。
足元に居たラルトスに視線を落とせばラルトスが両手をあげる。
「ラルトスはコンテストに出てたよな?」
「ラルー!」
返事してくれたラルトスの頭を撫でる。すでに進化しても良いレベルなのだがラルトスは変わらずの石を持っているため進化していない。
変わらずの石を持たせたのはコーディネーターのシンヤで小さくて可愛らしいポケモンを残しておく為にあえて進化させていないのだ。チルットとラルトスを比べるとレベルの差があったからだろう……。
コンテストもバトルを要求されるからな…。ミミロップに代わってラルトスがコンテストに出る事が多かったようだ。
進化させても良いんだけどな……。
サーナイトなんて結構見た目が好きだぞ、私は。もっと本音を言うとメスが良いが……。
それにしても私の脳内にある記憶とポケモン連中の発言に違いは無いな。違和感を感じてるのは私やポケモン連中だけでこの世界の人間はシンヤという人間の変化に違和感なんて微塵も抱いていないのだ。
親しいはずのツバキやヤマトまで……。
よくもまあ、こんな矛盾だらけの世界に違和感を持てないものだ…。出来る事なら前の世界に戻りたいとは思うが…それは贅沢な願いなんだろうな……。
「俺様には聞いてくれないの!?」
「ん?」
「俺様も!!」
「ああ、じゃあ…」
どうぞ、と発言を促す。
わりと話が出尽くしたので一人頭の中で色々と自己完結してしまっていた。それにミロカロスの発言なんて大体予想出来るし…。
「俺様はな!!今のシンヤが一番スキ!!」
「…そうか」
予想通りだ。
「トレーナーのシンヤにはあんまり怒られる事も無かったけど褒めてくれなかったし、コーディネーターのシンヤも構ってくれるけど何か俺様をちゃんと見てくれなかったし、ブリーダーのシンヤは優しくて構ってくれるけど他のポケモンもベタベタ可愛がってて嫌だったなぁ…」
レベルが高いミロカロスはエーフィほど厳しいバトルに苦労しなかったのか、コンテストでも元々がコンテスト向きなポケモンで何にでも順応するからミミロップみたいに反抗も無かったと……。
まあ、俺様が一番!という考えは変わってないのでどのシンヤとも合わなかったってことか…。つまり今の私とも合わないということでもあるんだがそこは良いのだろうか…。
「……」
「シンヤスキー、シンヤー♪」
本人が良いみたいだから、良いか…。
上機嫌なミロカロスを無視してカップを手に取りお茶を啜る。
記憶が戻った今、今まで考えていた謎もスッキリしたわけだ…。でもやる事は山ほどあると…。
ポケモンドクターとして各地方を巡るなんて冗談じゃないと以前に話をしたような気がするが…本当に各地方を巡っているなんて……。
それもかなり名を馳せてしまっている…。地獄だな…。
もっと普通に会社員とかだったら平凡に暮せたのに…無職よりマシだが…。
イツキさんとカナコさんにも会いに行きたいな…、あの夫婦はシンオウ地方に住んでいるから随分と遠いが…。
それにカズキとノリコは各々で旅をしているのだから何処かでバッタリ出会えるかもしれない、何処かに留まっているわけじゃないから連絡を取るのは難しいと思うが私もポケモンセンターを転々としているのでいつか会えるだろう。
この世界では正真正銘、血の繋がった家族なんだから驚きだ。
「面倒ではあるが、悪くない」
一度捨てた人生だ。
どうにでもなれ、何も悪い事ばかりでは無い…。
「バォ~…」
「ん?おかわりか?ちょっと待ってろ」
ポケモンフードの入っていた皿を持って近付いて来たカイリューの頭を撫でてソファから立ち上がる。
棚からポケモンフードを取り出してザラザラと皿に盛る。
「バオ!」
「あまり零して食べるなよ?」
よしよしとカイリューの頭を撫でているとドンッと腰の辺りに強い衝撃。
顔を歪めて視線をやれば涙目で私を見上げるミロカロスが居た。
「やぁああだぁああああ!!!俺様もぉぉおお!!!」
以前より悪化してないか。
ばば様に躾けられてた時はまだ大分マシになってたじゃないか、悪化してないか。
「ミロカロス、痛い…」
「うぇぇぇ…!!俺様もなでなでしてぇぇ…!!」
絶対に悪化してる。と思いつつミロカロスの頭を撫でてしまうのはブリーダーのせいだ。前の私なら絶対にしない。
「シンヤさんもかなり影響を受けてますよね」
「体が勝手に…」
「コンテストに出るならいつでも言って下さい、大歓迎ですから」
「…嫌だ」
エーフィはどうやらコンテストが気に入ったらしい。後ろでミミロップが凄い嫌そうな顔をしていた。
*