一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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大大大大、大ニュース!

って、どんなニュースなんだろうな……。

電話画面の向こうでニコニコと笑うツバキに頷き返す。

通話ボタンを押した途端に大ニュースと言われても内容が分からなければ反応も出来やしない。

 

「で、何のニュースだ?」

<「ぷぷぷー!!知りたい?知りたいですかシンヤさーん!!どうしよっかなー!!言っちゃおうかな―!!ふっふっふーん!!」>

「切るぞ」

<「ちょちょちょちょちょー!?!?」>

「これから買い物に出掛けるんだが…」

<「カイリューに乗ってシンヤさん家行きます!あたしが行きますから!!」>

 

素っ気無くしないでー…と目を潤ませるツバキを見て溜息を吐く。

 

「何かあるのか?」

<「見てからのお楽しみー!!すぐ行きますからー!!待ってて下さいねーシンヤさーん!!」>

 

だから、これから買い物に出掛けると言ってるじゃないか…。

では、と勝手に話を終わらせて電話を切ったツバキ。結局、大ニュースが何なのか分からなかった。

わざわざ出向いてまで必要な内容なのか…いや、ニュースとは言ってるが何かを見せたい…とかそんな感じかもしれない。物凄くどうでも良い事だったとしても寛容に受け止める心の準備をしておこう。

 

「シンヤ!電話終わった?」

「ああ」

「デート行こ!!」

 

ワクワクと何故か変な音が聞こえた気がした。いや、幻聴なのは分かってるんだが…なんでもよく顔に出る奴だな…。

小さく溜息を吐いてミロカロスにカバンを手渡された。

カバンを肩に掛けて玄関へと向かえば途中でエーフィとブラッキーに声を掛けられる。

 

「何処に行くんです?」

「買い物」

「オレの好きなスナック菓子買ってきてくれよな!」

「スナック菓子?どの奴だ?何種類かあっただろ」

「全部」

 

荷物がかさばるじゃないか…。

仕方がないな…と小さく言葉を漏らせばブラッキーがニッと白い歯を見せて笑った。

 

「シンヤやさしー、スキスキスーキー」

「全く…」

「俺様の方がシンヤスキだもん!!」

 

ブラッキーにぐわっと飛びついたミロカロス。

エーフィにさっさと行って来なさいと適当にあしらわれてミロカロスは肩を落としながら私の隣に戻って来た。エーフィは確実にうるさい連中を黙らせる強い立場を得とくしつつあるな。頼もしい…。

 

「ミロカロス、早く行くぞ。ツバキがこっちに来ると言ってたからなツバキが来る前に帰って来たい」

「ツバキ?何しに?」

「さあ?大ニュースがあるとしか聞いてない」

「大ニュースってなんだろ!面白い事かなー?面白い事だと良いなー!」

「そうだな」

 

買い物と言ってもアサギシティにある店に行くだけだからそんなに時間は掛からないだろう。

頭の中で買う物を考えながら歩く。隣ではぺちゃくちゃと何かを喋っているミロカロスが居るが話はあまり聞いてなかった。

ツバキの大ニュースとやらはあまり期待出来ないからどうでも良いとして、今日の夕食に豆腐が食べたい…。

麻婆豆腐は嫌だな、冷や奴にするか…。

 

「ねえ、シンヤー。あげまん、って何ー?」

「…は?あげまん?」

「テレビでやってた」

 

あげまん?

あ…、揚げだし豆腐にしよう。フライパンで出来る揚げない、揚げだし豆腐。

 

「シンヤー、あげまんって何ー?」

「あれだろ、あれ」

「何々?」

「油で揚げた饅頭」

「略してあげまんかー!!なるほどー!!」

 

*

 

両手に荷物を持って家に帰ればすでにツバキは家に来ていた。

ツバキに「おかえりなさい、あ・な・た」と言われて出迎えられた時に両手に持っていた荷物を地面に落してしまったが何も見なかった事にしようと思う。

 

「チルタリス、冷蔵庫に入れる物は頼む」

「かしこまりました」

「シンヤさん、シカトゥー!?」

 

酷いよ酷い、冷た過ぎるー!!とうるさいツバキを無視してリビングへと行けばソファに見知らぬ女が座っていた。

色素の薄いスカイブルーの髪、私を振り返った女はニッコリと笑みを浮かべた。

 

「お邪魔してます」

「あ、ああ」

 

目は赤なのか、と思いつつ荷物をテーブルの上に置く。

ツバキの大ニュースっていうのは"この女"の事なのだろう。リビングへと入って来たツバキが鼻息荒く言った。

 

「はーい!!この子はだーれだ!!」

「ミロカロス」

「い、一発で…バレた、だと…?」

「色違いなんだな」

 

私の言葉に女は「はい」と笑みを浮かべながら頷いた。

 

「で、どの辺りが大ニュースなんだ?」

「え…色違いのミロカロスちゃん…珍しいでしょ?」

 

珍しいからシンヤさんにも見せてあげようと思って…と肩を落としたツバキ。

この前、色違いのエンテイ・ライコウ・スイクンを見たぞ。とは言わなかったが…。そうか、珍しいポケモンを見つけたら随時報告してくれるんだな…。私は全く報告してないけど。

 

「オーイ、ミロカロスー!!」

「なーにー?」

「は、はい?」

 

ブラッキーの呼び掛けにミロカロスである二人が返事をした。リビングにメスのミロカロスが居るのに玄関に居たミロカロスは今気付いたらしい。ミロカロスが口を大きく開けてメスのミロカロスを凝視した。

 

「だ、だ、誰ー!?!?」

「はい、はじめまして!ミロカロスです、ツバキ博士と一緒に来ました。仲良くして下さい!よろしくお願いします!!」

「いぃぃやぁぁぁあ!!!」

 

変な色ー!!と悲鳴をあげながらミロカロスが自分を呼んだブラッキーの所へと走って行った。

自己紹介までしたのに嫌がられて変な色とまで言われたメスのミロカロスは落ち込んだように肩を落として再びソファに座った。

 

「す、すまん…」

「いえ、良いんです!!変な色なのは本当の事ですし!仲良くなれるように頑張ります!」

「ミロカロスちゃんファイトォー!!」

「はい、ありがとうございます!!」

 

ツバキとメスのミロカロスがニコリと笑う。

もう一度話しかけてみます、とソファから立ちあがったメスのミロカロスはリビングから出て行った。

メスのミロカロスを見送ってからツバキへと視線をやる。

 

「ゲットしたのか?」

「良いでしょ!可愛いでしょ!」

「可愛い、くれ」

「あーげなーい!!」

「チッ」

 

その後、メスのミロカロスをこういう経緯でゲットして。シンヤさんに見せてあげようと思ってー…なんてぐだぐだと自慢話を聞かされた。

ただお前、自慢しに来ただけじゃないか。

 

「いやー、珍しいポケモンはやっぱり探す人間の下にやって来るもんですね!ホント!」

「ふぅーん」

「シンヤさんにはこの感動は分からないでしょうねー、普段あんまり珍しいポケモンと会ったとかって話し聞かないし…遭遇率低いですよ!ドクターなのに!」

「そうだな」

「あ、でもアンノーンは見たんでしたっけ」

「ああ」

 

珍しいと言われるポケモンの知り合い、居るけどな。とは言わない。

ぶーぶー文句を言われるだろうし、研究させろだのうるさくされても困るしな。しかし普段通りでも遭遇率は一般人より遥かに高いと思う……。

珍しいポケモンの知り合いは珍しいポケモンってことなんだろう。類は友を呼ぶ。

 

「まぁ、また珍しいポケモンを見つけたら教えてあげますよ!!感謝して下さいよね、有能なツバキ博士の知り合いである事に!!」

「…そうだな」

「えへへー、いやー、そんな風に言われるとでも照れるー」

 

いや、私は言ってない。

 

*

 

「ミロカロスー?」

 

呼んでんのに来ないな…。

返事はあったから居るのは間違いないんだけど…と部屋の扉を開けて廊下の様子を見た時に丁度ミロカロスが走って来た。

 

「どーかした?」

「変な女居たぁぁ…!!」

「ツバキが連れて来たメスのミロカロスの事でしょう?」

 

エーフィの言葉にミロカロスは「変な女」を連呼する。まあ、確かに色違いだったけど、色が違うだけで普通のメスだと思うぜ…?

床に蹲って泣きだしたミロカロスの顔を覗き込む。

 

「ミロカロスー」

「うっ…ぅぐ、…」

「なんで泣いてんだよ、ほら起きろって」

「シンヤ…ッ、シンヤがッ…」

 

シンヤが何?と聞けばミロカロスは腕で目元を隠したまま。ひっくひっくと肩を揺らしながら途切れ途切れに喋った。

 

「シンヤが…ッ、変な、女にッ!!とら、とられ、る…ッ」

「だーいじょうぶだってー…」

 

どういう思考回路してんだよ、というのが口から出そうになったが言ったら余計に泣きそうだから言わなかった。

エーフィが小さく溜息を吐きながらもミロカロスの背を擦った。エーフィ、優しいっ!!

 

「っていうか、メスのミロカロスが居るんだから考えるのはそこじゃねぇだろ!!」

「…な、に?」

「メスを知るチャンスが来た!!」

「ブラッキー…!」

 

エーフィがオレを睨んだ。

でも、この機会逃したら絶対に他に無いと思う。

ミロカロスがシンヤを好きな気持ちは分かってる。分かってるけど、それが本当に良い事なのかは分からない。

 

「オレ、ミロカロスはもっとシンヤから離れるべきだと思うんだよ」

「ゃ、やだッ!!」

「別に手持ちから外れるとか捨てるとかじゃねぇよ?なんて言うかー…あー…シンヤ以外に好きなものとか大事なものを作るって言うかー…」

「シンヤさんに対しての依存をどうにかしろってことですね…」

「あ、そんな感じ…かな」

 

オレの言葉にミロカロスは首をぶんぶんと横に振った。

言葉にしては言わなかったけど、ミロカロスの態度で「俺様はシンヤさえいれば良い!」なんて事を言いたいのが分かる。

 

「もしもシンヤが居なくなったらどうすんだよ」

「また、待てる…!!」

「もう帰って来ないの、死ぬとかそんな感じの居なくなるってこと」

「…や、だ…」

「嫌でも死んじまったらもう絶対に会えないだろ!」

「、なら…ぉ、俺様も…シンヤと一緒に…」

 

あ、駄目だコイツ。

オレがそう思ったのと同時にエーフィも同じように思ったのかもしれない。エーフィが横で大きく溜息を吐いた。

ミロカロスがシンヤにこだわる理由も、ミロカロスにはシンヤしか居なかったっていうのも長い付き合いだから知ってる。

でも、もうずっと前だ。

オレ達は変わっていってる、みんな変わっていってるのにミロカロスだけ変わらない。

シンヤが帰って来るのを待ってる間、どんどんとミロカロスだけは変わらずにシンヤに出会う前に戻っていった。

育て屋にずっと居た時みたいな気持ちでシンヤを待ってたんだと思う。

そしてシンヤが戻って来たらまた一からスタートした。ヒンバスから進化したての頃みたいな、寂しいとか構って欲しいとかそんな気持ちを抑えられないミロカロス。

昔は別に気にも留めなかったけど、今こうして見るとヤバイって思った。

もし、もしだけど…、シンヤが死んだらどうなるのか、とか。絶対に無いだろうけど、シンヤがミロカロスを野生に戻したりだとかしたら…。

考えただけでゾッとする。

考えただけでゾッとするのに、ミロカロスはゾッするような事をいつも平然と言う。

シンヤが結婚したら、シンヤの奥さんを殺すって即答するんだぜ?

 

「お前、ホント駄目」

「…ッ」

「あのメスのミロカロスと仲良くなれ。好きになれとか言ってない、仲良くなって友達作って来い」

「ゃ…」

「駄目」

 

突き放すように言えばミロカロスは顔を歪めながらも部屋から出ようと扉に手を掛けた。

手を掛けた時にコンコンコン、と扉がノックされる。

 

「どなたかいらっしゃいますか?」

「!?」

 

ビクッとしたミロカロスがオレの方を振り返った。だからオレが代わりに「居ますよー、どーぞー」って返事をする。

 

「はい、失礼します」

「…ッ」

「あ、あの、少しお話しませんか?私、同じミロカロスの方が居るって聞いて楽しみにしてたんです!」

 

なんか向こうから歩み寄って来てくれたラッキー。

無理やりミロカロスの背を押して部屋から出した。振り返ったミロカロスに手を振ったらミロカロスは絶望的だと言わんばかりの目でオレを見る。

なんか悪い事してるみたいじゃんか…。

 

「エーフィ…、オレ悪くないよな?」

 

ミロカロス達を見送ってから扉を閉めてそう聞いた。

少し間があってから、エーフィは「悪くないと思います」と答えてくれた。

オレもシンヤの事は大好きだけど。

シンヤだけに縛られるミロカロスなんて見てられない。ミロカロスはもっと…、

もっと、幸せになるべきだ。

 

*


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