一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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ブラッキー、トゲキッス、サマヨールがポケモンの姿に戻り日課のトレーニングを始めた。

部屋の隅に蹲るミロカロスの背を撫でながらチルタリスが声をかけるが嗚咽ばかりで返事は返って来ない。

忌々しげにシンヤを眺めるサーナイトを見てからミミロップはシンヤに気付かれないようにこっそりと電話を手に取った。

 

<「はい、こちらツバキ研究所。ご用件は?」>

「ツバキ出して!」

<「シンヤさんの所のミミロップか。悪いけどツバキは出掛けてるんだよね。用件だけ言って。伝えておくから」>

 

電話に出たエンペラーが淡々と言葉を発する。

大事な時に居ねぇなあのアマ…と苛立たしげにミミロップが頭をかく。

 

「シンヤの様子が変なんだよ、出来れば助けに来て欲しい!」

<「だからツバキは居ないって言ってるでしょ。あ、でも待って、あの人来てるから言っておく」>

「あの人?ああ!もう誰でも良い!!とりあえず大至急!」

<「うん、じゃあね」>

 

慌てて電話を切ってミミロップは庭へと走る。

ミミロップ!!と怒気のこもった声で呼ばれては焦らずに居られない。

ポケモンの姿に戻って庭へと出ればシンヤは眉間に皺を寄せていたがミミロップを見て小さく頷いた。

 

「よし、サマヨールの相手しろ」

「ミミィ」

 

とりあえず今はシンヤの命令に従っておいてシンヤを外に出さない様にしなければ…。

ミミロップが力強く頷けばシンヤは満足気に笑った。

 

*

 

トレーニングが終わりシンヤがリビングへと戻る。

もう人の姿になるのも億劫なくらい疲れたミミロップ達は庭でゴロリと寝転がった。

 

「昼飯にするか…」

「ご昼食ですね、何をお召し上がりになられますか?」

「え?お前が用意すんの?」

「は、はい!チルがご用意致しますのでお申し付け下さい」

「ふぅん、気持ち悪ぃけど人の姿もわりと使えるな…」

「あ、ありがとうございます」

 

微妙な心境のままチルタリスは苦笑いを浮かべお礼の言葉を言う。

椅子に座ったシンヤは頬杖を付きながら「任せる」と言ってチルタリスを見た。

はい、と頷いたチルタリスはキッチンへと向かう。

普段通りの昼食を作って良いものか一瞬迷ったチルタリスはブラックコーヒーを飲めないと言ったシンヤを思い出して普段よりもぐっと年齢を下げた人間向けの昼食にしようとフライパンを手に取った。

 

「……」

 

オムライスにポテトサラダ、野菜のスープに…。

普段のシンヤに出せば顔を歪められること間違いなしだが今のシンヤが相手では仕方がない。

お子様ランチを思い浮かべながらデザート的なものとジュースを頭の中で添えて…よし、と頷いたチルタリスは調理へと取りかかった。

料理が出来るのを待っている間、シンヤは自分のカバンの中身を漁る。テープを巻かれたボールはとりあえず無視。

カバンの中身は出掛けるのに必要な道具一式と見た事も無い変な器具……。

本当にポケモンドクターってやつなのか、と部屋の隅に蹲るミロカロスの背を見ながら考える。

本当にそうなら今の自分はどうなっているんだろう。

バトルに明け暮れる日々、ポケモンバトルこそ全てだと思っている自分が何故ドクターなんかになったのか。

ズキ、と頭が痛む……。

 

「お待たせ致しました」

「…あー」

 

目の前に置かれた料理に視線をやって心の中で「まあ良いか」と自分を納得させた。考えたところで分からない、ただ頭が痛いだけだ。

スプーンを手に取ってシンヤはオムライスを口に運ぶ。

 

「(…あ、うまっ)」

 

*

 

庭で寝転がるミミロップにサーナイトがポケモンの姿に戻り駆け寄った。

 

「サナー」

「ミミ…」

 

こんなビッシリ鍛えたの久しぶりだな、と思いつつミミロップは青い空を仰ぎ見る。

その青い空に大きな影。

真っ直ぐにこちら目掛けて降下してくる大きな影にミミロップは飛び起きた。

キッッッタッー!!!!

 

「ヤッホー!!久しぶりー!!」

「ミミィイ!!」

 

待ってましたぁ!!!と両手を広げてエアームドの背に乗る"ヤマト"にミミロップは手を振った。

この際、助けに来てくれたならヤマトでも全然オッケー!!むしろツバキよりは期待出来る!!

エアームドの背から飛び降りたヤマトは空を旋回するエアームドにお礼を言いながら手を振る、エアームドはそのヤマトに返事をして遠くへと飛んで行った。

 

「で、何かあったの?エンペラーくんから大至急シンヤの所に行けって言われたんだけど」

 

人の姿になったミミロップにヤマトは視線を合わせる。

 

「とりあえず見てくれ!」

 

なにを?とヤマトが返事を返す前にミミロップはヤマトの腕を掴みリビングを指差した。

庭から見えるリビング、黙々とオムライスを食べるシンヤが居るだけ。

 

「…なに?」

「シンヤが変になっちまったんだよ!!」

「……」

 

ミミロップの言葉にシンヤを見るが特に変わった様子は無い。

靴を脱いでリビングへと入ればスプーンをくわえたシンヤがヤマトの方へと視線をやった。

 

「んぁ?ヤマト?」

「調子どう?」

「ぼちぼち」

「そっかー、あ、ジュース頂戴。喉渇いててさ」

「全部飲むんじゃねぇよ…」

 

シンヤの向かいに座ってヤマトがジュースを一気に飲みほした。

全く、と溜息を吐きながらシンヤがヤマトを見る。そんなシンヤを見たヤマトの感想は特に無し。

 

「…何が変なのかワケワカメ」

「はぁ?」

 

なんだよ相変わらず変な奴、と言ってシンヤが笑う。

コップをテーブルに置いたヤマトはチラリとミミロップを見てから部屋の隅に蹲るミロカロスを見る。そのままシンヤに視線を戻して首を傾げた。

 

「シンヤが変になったって聞いたんだけど?」

「俺が?」

「あ、なんか昔の口調に戻ってる?」

「何処が?」

「シンヤは自分のこと"私"って言うじゃん」

「そう、だっけか?」

「なんか子供の時思い出すねー、今のシンヤ」

「あー、言われてみるとなんかヤマトはちょっと成長して見える」

「え!精神的に大人のオーラとか出ちゃってる感じ!?」

「いや、背とか顔付きとか」

「見た目ですか…」

 

ガクンと肩を落としたヤマトを見てシンヤがケラケラと笑った。

ああ、やっぱりと思ったヤマトもシンヤに笑みを返す。

 

「うん、やっぱり昔に戻ってる」

「なんか俺、頭でも打ったのかもしんねぇわ。俺、トレーナーだったはずなのに今ドクターだって言われてよく分からねぇんだよ」

「マジで!?じゃあホントに昔に戻っちゃってるんだ!!ジョーイさんのところ行く?」

「行った方が良いかもなー…25歳だっつーのもイマイチこうピンとこねぇっつーか…」

 

なにかの拍子に子供の時に戻ってしまったと判断したヤマトはシンヤの言葉に頷いた。

そのわりには落ち着いてるのはやっぱりシンヤだよな、と思いつつヤマトは苦笑いを零す。

 

「シンヤはポケモントレーナー、ポケモンコーディネーター、ポケモンブリーダーの順番になっていって今はポケモンドクターなんだよ」

「俺、どんだけアグレッシブなんだよ!」

「そうだねぇ、まあ全部極めちゃってる辺りがシンヤらしいけど」

「ブリーダーとかやってる自分なんて想像も出来ねぇ…」

「シンヤはブリーダーの頃からトゲが無くなって丸くなった気がするなぁ」

「どーせトゲだらけだよ」

「大人になったってことだよね」

「お前は大人になってねぇみたいだけどな」

「……」

 

今のシンヤ、ホントに昔を思い出す…と呟きながら肩を落としたヤマト。

最後に電話した時のシンヤは愛想が無いイメージだった気がするけど、なんか昔のシンヤを思い出すと愛想が無いっていうか大人って感じだったよなー…。

何気にポケモンドクターになってからが一番まともな気がしてきた…。

チラリとシンヤを見やればシンヤはすでにヤマトから視線を外し食事を再開している。

 

「(シンヤって職種によってイメージも違ったような気がする…)」

 

あんまり気にしてなかったけどこうして振り返ってみると大分違うなぁ…。

オムライスを頬張るシンヤをまじまじと見つめるヤマト。そのヤマトの視線にシンヤがグッと眉間に皺を寄せた。

 

「…んだよ、うぜぇ」

「(僕に手酷いのは変わらないけど…)」

「っていうかさ」

「あん?」

「あの隅っこでいじけてるミロカロス…どうしたの…?」

「アイツ、ポケモンの姿に戻れっつってんのに戻らねぇんだよ。あとなんか異常に鬱陶しい」

「…へー、なんで?」

「知らねぇ」

 

黙々とご飯を食べることに集中してしまったシンヤを見てから部屋の隅っこにいるミロカロスを見た。

あそこだけなんか凄い暗い…。そしておどろおどろしい何かが漂っている気がする…。

チラリとシンヤに視線をやってもシンヤは無視&放置を決め込んでいるらしい。

気に入らないとすぐこれだよ、懐かしいねー…この感じ。心の中で乾いた笑みを零しながら部屋の隅に蹲るミロカロスに近寄ってみた。

 

「ミロカロス…?」

「……」

「どうしたの?大丈夫?」

「……」

 

顔を覗き込めばもう声も出さずにひたすら泣いている…。

何この子!!痛々しい!!僕の良心が!!僕の体内の半分以上を占めるポケモンラブの僕の心が放っておけないと叫んでいるよぉお!!

 

「ミロカロス、何か言いたい事があるなら僕に言ってごらん。ね?」

「……」

「大丈夫だよ、僕はミロカロスの味方だから」

「…ッ、ヤマ、ト…」

「うん、なぁに?」

「シンヤ、…ッ、シンヤ…」

「シンヤが何かな?」

「シンヤ、戻してッ!!…ヤ、だ!!」

「……」

 

ミロカロスからシンヤの方へと視線をやればシンヤはスープをいっきに飲みほしてから、「あぁ?」と言わんばかりに僕を睨んだ。

昔は子供であの性格だったけど、今の年齢であんな態度取られたらチンピラにしか見えない。

 

「シンヤ…、ミロカロスに何したのさ」

「ポケモンに戻れっつった」

「それで!」

「…戻らねぇから、髪の毛引っ掴んで蹴っ飛ばした?」

「おいぃいいい!!!なんてことぉおお!!昔にあれほど言ったでしょうが!!ポケモンに暴力ダメ!!暴言禁止!!ポケモンは道具じゃないって!!」

「あー…言われたような気もしなくはない」

「スパルタの後は愛でる!!ひたすら愛でて労わって褒めてあげる!!愛情第一でしょ!?」

「……」

 

チッと舌打ちをしたシンヤに対して僕も舌打ちをしたくなる。

畜生、あんなに昔から言ってたのに逆戻りか!!コーディネーターになってポケモンに優しくなったから安心してたのに逆戻りか!!畜生!!

馬車馬のごとくポケモンを使うんだよ!!ホント、虐待も良いとこだよ!!あれだけ言ったのにふりだしに戻ってしまった僕はもうどうすれば良いの!?

…………。

 

「…元に戻せば良いんじゃん」

「あ?」

「戻って記憶!!お前は現在ポケモンドクター、お前は現在ポケモンドクターなのだぁぁぁぁ…!!」

「うざっ!!そんでもって近ッ!!!やめろ、息がかかるキモイ!!」

 

頭を両手で掴んで直接頭に話しかけたら物凄い勢いで拒絶された。

どうすれば記憶って戻るんだろ、なんか記憶喪失になった時って強い衝撃を与えたら戻ったりするよね…。

 

「あー!!シンヤ!!あれ見てあれ!!」

「なんだ?」

 

庭の方を指差せばシンヤは素直に庭の方へと視線をやった。

チャーンス!!

ごめんシンヤ!!これも全ては僕の昔の努力と可愛い可愛いポケモン達の為!!

近くにあった花の飾られてる花瓶を両手に持ってシンヤの頭に振り下ろした。

 

「下手すりゃ死ぬけど、そん時はそん時でぇえええ!!!」

「ッ!?!?」

 

- ガッシャーンッ!!!! -

 

物凄い音がして、庭にいたミミロップ達と家に居たポケモン達全員がシンヤへと駆け寄った。

 

「ヤマトォオオ!?!?おま、お前!!シンヤを殺す気か!!」

「許してミミロップ、これも全てキミたちの為…。ごめんね、シンヤ…!!親友であり幼馴染であるシンヤに酷いことして!!これで死んだとしても安らかに成仏して下さい!!」

「テメェッ!!?ポケモン以外に情っつーもんがねぇのか!!!!」

「ポケモン第一!!」

「こんのクソボケェエエエエ!!!」

 

シンヤが死んだらお前コロス!!マジでコロス!!と可愛い顔を物凄く怒りの表情にするミミロップ。怒っても可愛い、さすがミミロップ、可愛さハンパ無い。

トゲキッスとサマヨールがシンヤの体を起こした。花瓶の破片と散らばる花に囲まれているシンヤはずぶ濡れだ。

 

「シンヤ!!大丈夫だ!傷は浅い!」

「テメェでやっといて何言ってんだボケが!!!」

 

シネ!!と僕に吐き捨てるミミロップ。

なんという事だろう、可愛いポケモンは暴言を吐いても可愛い…。むしろ愛しい。

っていうかこの状況、主人であるシンヤを心配して駆け寄り声をかけ続けるポケモンたち…。人とポケモンの絆がここに見える!!

写真に撮って残しておきたいこの光景、否、むしろビデオ!!

 

「一心に主人の心配をして不安げな顔をするポケモンたち、見てて心が痛むけど良い!!可愛い!!」

「黙ってろ、この諸悪の根源!!」

 

ミミロップの力強い蹴りに吹っ飛ばされた。

めちゃくちゃ痛い、さすがミミロップ!!ミミロップの人の姿時の本気の蹴りを体験した!!ナイス僕!!

 

「…ッ、ぅ…」

「「「シンヤ!!」」」

 

シンヤが目を覚ましたらしい。

これで記憶が戻ってなかったら僕はシンヤにボコボコにされるだろう…。よみがえる幼き日の記憶。

シンヤ、強いんだよね…。

攻撃するならポケモンに指示出してくれないかな…、それだったら僕全然耐えれるし、むしろ幸せなんだけど…。

多分、グーで来るだろうな…。

 

「…痛ッ、」

 

頭を押さえて痛みを訴えたシンヤにブラッキーが「大丈夫か…?」と不安げな表情で声を掛けた。

不安げな表情イイ!!

 

「…ぇ、大丈夫です、けど…」

 

敬語…?

 

「どちら様、ですか…?」

「え、オレ?オレ、ブラッキーだけど…」

「ブラッキー…?」

 

頭を押さえながらシンヤが軽く首を傾げた。その表情は困惑。

っていうか、ちょっと待って、これはもしかすると…。

 

「シンヤ?」

「え?ああ、ヤマト…、何故ここに居るんです?」

「コーディネーター時代のシンヤだ!!」

 

このなんかわざとらしい感じの敬語!!間違いない!!

コーディネーターは表舞台に立つし美しさこそが第一だからとか言って言葉遣いも丁寧にしてた頃だ!!懐かしい!!

でも、あの時のシンヤってちょっと自分大好き人間だったからあんまり僕好きじゃなかったんだよね。ポケモンの美しさや素晴らしさについて語ってくれるのは物凄く嬉しかったけど…。

 

「ヤマトォオオ!!!テメェなんてことしてくれたんだこのボケェエエエ!!!」

「荒っぽいトレーナー時代のシンヤが引っ込んだから良いでしょ!!」

「良くねぇえええ!!!なんてことぉおおお!!!」

 

ミミロップが頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。

え、なんか僕悪いことした?いや、してないとは言わないけど。結果オーライじゃないのこれ?

 

「地獄の日々再びかチクショォオオ!!!」

 

あ、叫ぶミミロップも可愛い。

 

*


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