シンヤがなかなか戻らない。
コーディネーターのシンヤのまま勝手にホウエン地方に戻って来て、勝手に知り合いと連絡を取るコーディネーターのシンヤ……。
傍で見てるトゲキッスとチルタリスの顔色がめちゃくちゃ悪い。
「コンテストに私がですか?…そんな褒めても何も出ませんよ!ええ、はい、では、また近くに立ち寄った時は拝見しにお伺いしますね。では失礼致します」
電話を切ったシンヤはオレを見てニコリと笑った。
「今度、是非コンテスト会場に来て下さいとの事です」
「コンテストバトル?」
「いえ、特別ゲストとして来て欲しいそうです。何か新聞の記事を見て…とか言ってましたけどね」
ああ、グリーンフィールドの奴ね。と思いながらオレが頷けばシンヤはオレの頭を撫でる。
ブラッキーは今日もカッコイイですよ、と言われて苦笑いを返す。
ああ、もうシンヤ、早く戻って来てー……。
ポケモンドクターとして今は活動してるって言ったって、コーディネーターのシンヤがコンテストに関する事に関わらないわけがない。
早く戻って来ないと"美しき新星復活!!"なんて騒がれそうだ…。
「ミミロップさんが居ないとジョーイさんから預かったお仕事が進みませんわ!!」
「サマヨールも心配だからって一緒に行っちゃったもんなー…もう、オレ、おやつ不足で死ぬ…」
エーフィさん、手伝って!!とサーナイトがエーフィを振り返ったけどエーフィはシンヤにブラッシングをして貰ってご満悦。
何気に満喫してるよな…。
「ミミロップさぁぁん…!!」
サーナイト一人でかなり可哀想な状況だ。
まあ、ミミロップとサマヨールは向こうでもツバキの仕事手伝わされてんだろうけど…。
ここ、ホウエン地方の家はミナモシティが近くでオレはかなり気に入ってる。デパート近いし、サファリパーク遊びに行けるし。
気に入ってるけど、さすがにもうそろそろシンヤが戻って来てくんないと色々と不便だし。これ以上、コーディネーターのシンヤに色々とされるとシンヤが戻って来た時に大変な事になる。
「今日も沢山お手紙が来てます…!!」
「シンヤがそこらに声掛けてるからなぁ…、静まってきたファンがまた湧いたかぁ…」
「あああ、シンヤが戻って来た時に不機嫌にならないと良いんですけど…」
社交的で目立ちたがりのコーディネーターのシンヤ。
エーフィには悪いけどこれならトレーナーのシンヤの方がまだマシだったかもしれない。あっちはまだ子供だからなんとか言い聞かせられただろうし…。
「…」
「ミロカロス、爪を噛むのはやめなさい」
「うー…」
「綺麗な爪が欠けてしまうでしょう?」
「…うぅぅうう!!!」
ミロカロスはミロカロスで嫉妬心が爆発しそうだ…。
毎日来る手紙を今のシンヤは喜んで受け取るし、外で声を掛けられてもにこやかに対応するし。
「シンヤの馬鹿!!シンヤの馬鹿ー!!」
「そんな言葉を使っては駄目です、品格が下がりますから」
「う、うぅ…!!」
毎日、厳しいんだよ。細かい事がさぁ…。
食べ方一つでも綺麗に食べなさいとか、こぼしたら怒るし…、髪の毛もボサボサだと怒るし…。
もうめんどくさい!!!
「やっぱり今日こそ、一発入れようぜ」
「そうですわ!!今日こそやりましょう!」
「だから、シンヤが死んじゃったらどうするんですか!!」
「オレが先に死ぬ!!」
「ワタクシも過労死しますわ!!」
「えぇぇええ!?!?」
もうどんだけ耐えた!!どんだけ待ったよ!!
色々ともうみんな限界だってマジで!!
「少し出掛けて来ますので留守を頼みましたよ」
「へぇい」
「ブラッキー、返事は"はい"でしたよね?」
「…はい」
*
自分がポケモンドクターだということが未だに理解出来ない。
どうして私はあの晴れやかな舞台から降りてしまったのだろうか…、私はコンテストに出たい。あの大きな舞台で美しいポケモン達と共に脚光を浴びたい…。
でも、ポケモン達は違う。
私のことをシンヤ、と呼ぶけれどポケモン達が私を呼んでいるわけではないのだと気付いている。
ポケモンドクターのシンヤ。
私の頭の中には複数の記憶があるように思う、考えれば考えるほど頭痛に悩まされるせいでなかなか深層には辿りつかない。
私であって私でない人。
ポケモン達が度々漏らす、トレーナーのシンヤ、ブリーダーのシンヤ、私はコーディネーターのシンヤと言われていたけれど……。
オレ達のシンヤ、と呼ばれているのがポケモン達の求めるシンヤなのだろう。そして彼がポケモンドクター…。
多重人格なのかもしれない。
頭痛を伴う記憶には、横暴で少し品に欠ける存在とポケモンを愛してやまない存在、それと…もう一つ、不安定な存在…。
脆く弱い精神、でも横暴さもポケモンへの愛情もカリスマ性も…全て持っているような…。
「…ッ、」
頭が、痛む…。
私は私であるけれど、彼の一部でないといけないような気がする。
否、彼には私達が居ないといけないのだ……。
「…」
少し頭痛が和らぐ。
頭の中で誰かが声を荒げた。外に出たい、と…。
頭の中で誰かが苦笑いを浮かべた。優しい彼は決して表に出ようとはしない…。
頭の中の奥底で眠っている彼を…、起こして来てくれませんか…?
私は彼の一部で、もう一人の彼。
クスリと笑みを零せば、彼が目を開けた。
「おはようございます」
「……?」
「俺も外に出たい!!」
「まあまあ、落ち着いて。キミは乱暴だからポケモン達が可哀想でしょ」
「バトルがしたいんだよ俺はぁ!」
「私だってコンテストに出たいですよ、でも彼はそれが得意じゃないんですから」
「私はドクターも良いと思う。ポケモン達もそれを望んでるみたいだし」
「お前たちは誰だ……?」
「お前/貴方/キミ」
「…私?」
「不本意ってやつだけどな」
「良いじゃないか、だって今の私は伝説のポケモンと友達なんだから」
「ああ、それは確かに良いですよね」
「バトル&ゲットで生きようぜ、そんでたまに代わってくれよ」
「お子様はワガママばっかり言うなー…」
「誰がお子様だ!!」
「貴方以外に誰が居るんですか…」
「うぜぇぞ、このナルシー野郎!!」
「なッ…また下品な言葉を…!!」
「あー、はいはい、喧嘩しないで…。仲良くしようよ」
「なんなんだ…この状況…」
「貴方の中ですよ」
「俺らはお前」
「キミは私達」
「私は……?」
「「「 シンヤ 」」」
目を開けると草原の上に寝転がっていた。目の前いっぱいに広がる青空に目を細める。
とうとう"アイツら"と会話をしてしまった。やっぱり中にちゃんと居るんだな、と思いつつ溜息を吐く。
嫌だ……、完全に私は多重人格の人間じゃないか。
医者の世話になるべきか……。
「ドクターはお前だろ」
「ポケモン専門だからドクター違いだよ」
「…」
頭の中で勝手に会話しないでくれ…。
「買い物して帰って下さいね」
「…」
頭が痛い。
*
ガサガサと袋の音。
結局、大量に買い物をしてしまった……。
しかも荷物持ち、否、手持ちが居なかったので一人で大荷物を持つはめになった。
アイツらからすればポケモンと買い物に行って荷物持ちをさせるという考えは全く無いらしい。
家の玄関を開けてリビングに入れば、ソファで寝転がっていたブラッキーが慌てて飛び起きた。ソファに座り直すブラッキーを見てからテーブルに荷物を置く。
爪を齧りながらミロカロスが袋の中を確認した。なんで爪を齧っているのだろうか…、歯でも生えかわるのか…?
「あ、リンゴジュース!」
買って来た物をテーブルの上に出せばミロカロスがリンゴジュースの入ったパックを手に取った。
「飲んで良い?」
「良いぞ」
「わぁー……あ?」
「…あ?」
ミロカロスが固まった。
あ、の次が何か早く言ってくれないだろうか、気になる。
「シンヤ…?」
「なんだ」
「シンヤ!!」
「だから、なんだ」
「シンヤシンヤシンヤー!!!」
「なんなんだ!」
「シンヤが戻ってるぅううう!!!」
ミロカロスがリンゴジュースを放り投げるように床に落とした。
ベコンだかなんだか音がして紙パックが破損したらしくリンゴジュースがフローリングの床に広がっていく…。
抱きついて来るミロカロスはリンゴジュースなど微塵も気にせずに私の名前を連呼する。
「チルタリスー!!雑巾だ!!雑巾を持って来てくれ!!」
「ええええええ、ご主人様!?うわわわ、おかえりなさいませー!!」
「雑巾ー!!!」
「シンヤが戻ってるんだけどぉおお!!」
「えー!?おかえりなさいシンヤー!!」
「シンヤさん!いつ戻ったんですか!?」
「雑巾を寄越せ!!!」
ミロカロスを引き離そうとするが纏わりついて離れない。
仕方がないのでべったりくっ付くミロカロスを引き摺ったまま雑巾をチルタリスから受け取った。
「リンゴ臭い…!!」
「シンヤー…俺様良い子に待ってたよぉ…!!」
「分かった分かった!!まずはバケツに水を入れて持って来い!」
「は、早くミミロップさんとサマヨールさんに連絡しないと!!」
「シンヤー!!おやつー!!」
「ブラッシングして下さい、シンヤさん」
「ご主人様ー、バケツですー!」
頭の中も、周りもうるさい!!
「頭が痛い!!」
「なでなでしてあげる」
「…いらん」
「相変わらずうぜぇ…」
「品格が損なわれますね…」
「仲良しで良いと思うけど」
*