【完結】僕らの英雄王   作:たあたん

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短期集中連載…のイメージでやっていきます。


プロローグ

 現役No.1ヒーローの突然の引退表明。それはヒーロー業界のみならず世間に大きな衝撃を与えた。テレビを付ければ連日特集が組まれ、生い立ちから現在まで、それこそどこで調べてきたのかと問い詰めたくなるほどに詳細かつ克明に語られている。

 

 自分も引退を宣言したらば同じように扱われるのだろうか。セグメントを目通ししつつ、現役No.2ヒーロー・爆心地こと爆豪勝己は取り留めもなくそんなことを考えていた。ふかふかのソファが思考の散逸を助長する。

 

「やっぱNo.1ってだけのことはあるよなぁ、言葉の重みひとつひとつがさ」

 

 と、意識を呼び戻す呑気な声。視線を滑らせれば、向かいのソファに腰かける赤髪の男が目に入る。それほど大柄というわけではないが、シャツの上からでも筋骨逞しい身体つきをしていることがよくわかる。勝己からすれば二十年もの間、日常的に見続けている容姿なので、今さらさしたる感慨は湧かない。

 

「チッ、事件解決数はコッチが勝っとるわ」

 

 ふてくされたようにこぼすと、男は「わかってるって」と破顔した。――烈怒頼雄斗こと、切島鋭児郎。十代半ば、学生の時分からの付き合いだが、年齢を重ねても笑顔に翳りはないと感じる。

 

「苦節20年……長かったけど、今度こそNo.1はおめェだぜ。爆心地!」

「まだ18年だっつの、バァカ」

 

 いや――液晶の向こうの現役No.1が活動を続けていれば、万年No.2のままプロヒーロー生活20年目に突入することも十分に考えられた。先ほど彼自身が述べたように、事件解決数……つまり純粋な実力ではリードしているという自負がある。しかし、それだけではビルボードチャートの頂に咲くことはできない。

 

 

「――爆心地、少々よろしいでしょうか」

「……おー、入れ」

 

 おもむろに扉が開き、スーツ姿の青年が一礼とともに入室してくる。飴色の癖毛にくりっとした大きな双眸は、かっちりした装いであってもなお彼を少年と錯覚させる。

 

「おう活真、どした?」

 

 切島に親しげに話しかけられ、活真と呼ばれた青年は一瞬はにかんだような微笑を見せたが、すぐに表情を引き締めて手帳に目を落とした。

 

「出版社2社、それと太陽テレビさんから取材の依頼が入りましたので、取り急ぎお伝えしようかと」

「インタビューか?」

「出版社のほうは。太陽テレビは、人気ヒーロー数名による討論会の生放送特番だそうです」

「………」少し考えたあと、「受けるって伝えとけ。全部な」

「わかりました」

 

 恭しく一礼して、退出していく。その姿を見送りながら、切島は心配顔になった。

 

「ンな即答して大丈夫か?太陽テレビっておめェにいちばん批判的だぜ。せめて参加予定のヒーロー確認しとくとかさ」

「いらん。それで断ったら今度は逃げ腰だなんだ言われンだ、依頼が来た時点で受けるしかねェんだよ」

「まぁ、そりゃそうだけどよ……」

 

 No.1になるためには致し方のないこと。おまえだってそう言っていただろう――勝己は内心で毒づいたが、口には出さなかった。若い頃なら、誰にでも……まして気心の知れたこの相棒になら躊躇なく噛みついていた勝己である。それがいつの間にか激情を堪え、仮面を被ることを知ってしまった。そうして気づけば、目前に迫ったNo.1の座にも心の底からは喜べずにいる。

 

 鬱々とした精神状態を反映してか、奥歯がずきりと痛む。たまらず頬のあたりを押さえると、切島が目ざとくそれを見咎めた。

 

「歯、まだ痛むのか?治療は済んだんだよな」

「おー、……ったく、ヤブ医者が」

「ん~……ちょっと様子見て、変わんねえようなら別の医者予約すっか」

 

 同い年の四十路間近の男に対して母親のように世話を焼くのは、この男の美点であり欠点でもある。そう、勝己は思った。

 

 

 

 

 

 夜の校舎はがらんどうの箱だ。その片隅でなけなしの灯りのもと無機質な文字の羅列と格闘していると、生命が滅び去ったあとの世界に取り残された気分になる。

 いい歳してそんなセンチメンタリズムに囚われるのは、疲れているからだろうかと緑谷出久は思う。眼鏡の視力補強で誤魔化した目も事務仕事の連続でいい加減悲鳴をあげているし、治療したばかりの奥歯はきりきりと痛む。身体にあわせて、精神も摩耗しつつあるのかもしれない。

 

「あれ、緑谷先生まだ残ってたんですか?」

「!、ああ……南先生。お疲れ様です」

 

 同僚の女性教諭が「お疲れ様です」と微笑む。南麻衣、出久の三歳年長――間もなく四十になろうかという年頃だが、とてもそうは見えない。顔立ちは群を抜いて美しいというわけではないが、自然なメイクがよく馴染んでおり、一方でさばけた性格が生徒たちからも姉御的存在として慕われている。同じく若く見られがちといっても、童顔なだけの自分とは大違い――と、出久は思った。

 

「たまには早く帰ってのんびりしないと、身体に毒ですよ」

「はは……わかってはいるんですけどね。帰ってもすることないですし」

「またそんなこと言ってー。可愛い彼女さんがいるじゃないですか」

 

 麻衣の言葉に、出久は曖昧な笑みを浮かべた。そして、

 

「――別れました、この前」

「えっ……」

 

 麻衣が絶句している。別に彼女自慢をしていたわけではないが、これまで話した中で仲睦まじさは感じとっていたのだろう。そうだとしても、終りは容易く訪れる。――齢4歳にして、出久が学んだこの世の現実。

 

「あ……そ、そういえば見ました?引退会見!」

 

 気まずい沈黙に耐えられなかったのだろう、麻衣はどもりながら露骨に話題を変えた。焦るあまり主語を忘れているが、なんの話かはわかる。

 

「いや……まだです。帰ったら見ようかなと」

「そ、そうですよね。でもNo.1が引退ってことは……やっぱり後釜は爆心地になるんですかね?」

「そう……なんじゃないですかね?」

「あ、緑谷先生ヒーローあまり詳しくないんですよね。爆心地って、今は丸くなりましたけどデビューした頃はほんと狂犬みたいで。学生時代も色々あったみたいだし……私、苦手だなぁ」

「はは……」

 

 苦手――本音を言えば、自分もそうだ。ただ、彼女とはその意味も重みも違う。

 

(かっちゃん、きみは夢を叶えようとしてるんだね……)

 

 対して、自分はどうだろうか。この個性至上主義社会で、"無個性"に生まれて。彼と同じように憧れたヒーローの夢は、現実になることはなかった。

 ならば自分のように苦しむ子供たちの助けになれればと考え教職に就いたけれど、それすらも凡人以下の自分には荷が重かったのかもしれない。

 

 こんな自分を見て、彼はなんと言うだろう。やっぱりそうかと嘲うだろうか。「やっぱてめェは、何もできねームコセーのデクだな」と、底意地の悪い笑みを浮かべて。

 

 

 

 

 

 淡い橙色の照明が灯された一室にて、"彼ら"は向かい合っていた。テーブル上には豪勢な食事がひしめき合うように並んでいる。それらに舌鼓を打ちつつ、男は口を開いた。

 

「準備は完了した。これでいよいよ、いつでも計画を始めることができる」

「……本当に、上手くいくんでしょうか?」

 

 不安げな相手に、男は笑みを向けた。見る者の心を和らげるような微笑、しかしその裏には冷たいものがある。

 

「もちろん。ただ、そのためにはきみの協力が必要不可欠なんだ。今後、彼らの動きを逐一報告してほしい。それだけで十分だ」

「……わかりました」

 

 気が進まない様子ながら、頷く。そう、既に賽は投げられてしまった。この流れを止める力は、自分にはない。――その、意志も。

 恨みのこもった表情を浮かべる"協力者"を前に、男は嘲った。

 

 

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