「こんなヤバい先生がいる学校……絶対行きたくない……!!」
──嗚呼、やってしまった。
怯えきり、保護者の背中に縮こまって隠れている駿。勝己が一歩でも接近するそぶりを見せるだけで、表情に浮かんだ恐怖が最高潮に達する。
彼を部屋から出すべく、このアウトロー教師に対して好意的だった両親も、流石にそこまで鬼にはなれなかった。
「ちょっ……先生!これでは逆効果じゃないですか!?」
「ア゛ァ!?元はといえばあんたらが──」
甘い両親に対して出かかった罵声を押し留めたのは、教育実習生ということになっている秘書だった。
「……落ち着いてください。激昂すると、ボン!……かもしれませんよ」
「……!」
そうだった。自分は今、口腔内に文字通りの爆弾を抱えているのだ。
手のかかる上司を宥めつつ、活真は半開きになったドアの向こうをちらりと見やった。──プレイ途中で放置された結果、ゲームオーバーになってしまっている。
その画面に、見覚えがあった。
「ねえ、」
「!」
震えている駿も、雰囲気からしてふわふわとした活真には怯えないとは言わないまでも、逃げ出しはしなかった。
「あのゲーム、よくやってるの?」
「!、……まあ」
おずおずと頷く。それを見て、活真はにこりと微笑んだ。
「僕も好きなんだ。下手くそだけどね、よかったら対戦しない?」
爆心地を反面教師にしているのではと知己に囁かれるくらい、活真は物腰が柔らかい。実際、切島とともに勝己の足りない部分を補っていることは確かだ。
──この場でも、その性質は役に立つらしかった。
*
それからなんやかんやと日数が過ぎ、あっという間にテレビ出演の日が訪れた。
「あ~、爆心地!おはようございます~!」
テレビ局の廊下を歩いていると、いかにもアイドルらしい恰好をした少女たちがきゃぴきゃぴと声をかけてくる。それに対して、
「……おー」
憮然とした表情で、そう応じるのみ。スタッフに対しても同じだ。カメラ映えをよくするため楽屋でメイクが入るのだが、「ありがとうございます」なんてはっきりとは言わない。せいぜい「……ども、」くらいなもの。仏頂面で。
ヒーロー爆心地はそういう無愛想なキャラクターと広く認識されているので、特に問題はない。──立場のうえでは。
スタッフが退室し、ぱたりと扉が閉じられる。途端、"爆心地"は表情を崩してへなへなと椅子に崩れ落ちた。
「……はぁあああああ。つ、つかれるぅ……」
「お疲れ様です、緑谷さん」
活真が冷たい水を差し出してくる。それを受け取って、爆心地……否、緑谷出久は今度こそきちんと「ありがとう」と言えた。
「他人の顔色窺いすぎるのもしんどいけど……まったく窺わないのもそれはそれで大変だよ、かっちゃん」
「けっ、俺ぁ別に大変じゃねー。自然体だわ」
そう毒づく勝己の背中はどこか寂しげに見える。切島が急な出動で同行できなかったから……というわけでもあるまい。
「拗ねてるんですよ」
活真の耳打ちに、思わずぽかんと口を開けてしまう。
「拗ねる?……まさか、宇佐見くんの件?」
「ええ、そのまさかです。僕が自分を差し置いて駿くんと仲良くなったものだから、いたく傷ついたらしくて」
傷ついたなどと言うと、可愛らしくも鬱陶しくも聞こえるが。
──ふたりはあれから毎日駿の家に通ったが、ゲームを通じて親交を深める活真に対して、セカンド?コンタクトで悪印象を植えつけてしまった勝己は未だ彼とぎくしゃくしたままだった。
「はは……やってくれるなあ、かっちゃん」呆れつつ、「でも宇佐見くん、しゃべったり遊んだりするようにはなったんだね」
「ええ、いろいろと話しました。彼の悩んでいることとか、僕の悩んでいたこととか」
活真自身、幼くして引きこもった過去をもっている。駿の気持ちには共感するところがあるし、それゆえか活真の言葉に対する反発も少なかった。
「もう少し時間はかかると思いますが、駿くんはきっと立ち直れます。爆心地もほんとうは張り切ってますから……今は僕らに任せてください」
「……うん、わかってる」
勝己は一度、やると決めたことは徹底的にやり通す男だ。それがデクに対する稚い対抗心からくるものであったとしても。
(僕だって……やり遂げてみせる)
「ヒーロー爆心地、入られまぁす!」
ADの威勢良い声とともに、スタジオへ足を踏み入れる出久。勝己たちも続くが、あくまで随員という扱いである以上カメラのフレーム外で見学するだけしかできない。
果たしてスタジオの座席には、既に他の出演者の姿があった。皆、爆心地をあまりよく思っていない人物。それでも社交辞令程度の会釈はあった……ただひとりを除いては。
「……フン」
細い吊り目でこちらをひと睨みしたあと、露骨に顔を逸らす男。確か、
("シシクロス"……だったっけ)
勝己や切島と、同期のヒーロー。ビルボードチャートのランクはさほど高くはないが、爆心地とは別のベクトルでラディカルな思想の持ち主であることから、固定の支持層がついている──これが、表向きの情報。
そしてその凝り固まった正義感ゆえ、アンチヒーロー的側面のある爆心地とは絶望的に相性が悪い。学生時代などは顔を合わせるたび衝突していたと、切島が教えてくれた。プロになってからは実力差が顕著となり、勝己は彼を相手にしなくなっていったが。
「チッ、オヤジんなってもクソ腹立つ悪人面してやがる」
ぼそりと毒づいたのは事務員のふりをした勝己である。相手にしないと言っても、気に食わないとは思っていたらしい。
「しっ、聞こえますよ。ていうかブーメランじゃないですか、それ」
「どーいう意味だコラ」
事務員と秘書の小声での言い争いなど、番組開始を告げるスタッフの声にかき消されてしまう。
5カウントののち、カメラが回り出す。電波を通じて、全国にテレビ番組として配信が開始される──
「こんばんは、夜だけ生テレビのお時間がやってまいりました。本日は人気プロヒーローに専門家を交え、今後のヒーロー社会の在り方について侃々諤々と議論を交わしていただければと思います」
ベテランアナウンサーによる滑らかな滑り出し。その後テレビ局によって作成されたのだろうVTRが流れる。──"今後のヒーロー社会の在り方"などと茫洋としたテーマであるが、VTRの内容に局側の真意が現れていた。街角でのインタビュー、質問その一"次のNo.1に望むこと"その二"爆心地はNo.1にふさわしいか"。
「いきなりブチ込んできましたね」
活真のつぶやきに対し、勝己は沈黙を保った。こういう出方をしてくるのは予想しえたことだったからだ。
「えー、この調査によりますと実に七割の方が"爆心地のNo.1就任に反対"ないし"不安がある"と回答しています。──ヒーローシシクロス、この結果についてどのように考えますか?」
ここで早くも勝己の口から舌打ちが漏れた。よりによっていちばん過激なアンチ爆心地に訊くとは、答は見えている。
「当然の結果であろうな」
案の定だった。
「ヒーローとは常に正義でなければならない、市井の人々の模範たる振る舞いを心がけなくてはならない。爆心地にはそれがない、事件解決数だけで人心がついてゆかないのはかつてのNo.1ヒーロー・エンデヴァーが証明しているだろう」
「はは、エンデヴァーとはずいぶん懐かしい名前が出ましたね」
狐目の特徴的なヒーローその2が冗談めかして応じる。彼はこの中では比較的爆心地に好意的……というかそもそも関心がないと事前には聞いている。それもあって、その言動に注意を払うよりむしろ、今名前の出たヒーローのことが思い起こされた。
"フレイムヒーロー・エンデヴァー"。シシクロスはかつてのNo.1と言ったが、オールマイトが引退するまでの間、No.2の期間のほうが余程長いものだった。事件解決数こそオールマイトと張り合うものの、苛烈な性格と強さのみを追い求める姿勢は、万人から愛されるものではなかった。
(そういえばエンデヴァーって、轟刑事のお父さんなんだっけ)
切島から聞いたことをぼんやりと思い起こしていると、司会者からフォローらしき台詞が割り入れられた。
「しかし爆心地、先日の涙ながらの会見は話題になりました。ネット上などでは好意的な意見も多くみられる一方、従来のファンからは"泣く姿なんて見たくなかった"などの批判もありました。あの涙には戦略的な理由もあったのでしょうか?」
否、フォローではなかった。言葉は柔らかいが、要するに打算で泣いたんだろうと言われているようなもの。実際にはもっととんでもない理由なので、そう思われても致し方ない部分はあるが。
ひと呼吸置いてから、爆心地……もとい出久は口を開いた。
「……そんなものはない。だいたい、泣くのが特別なことだと俺は思わない。笑うのや怒るのと何が違う?」
(泣くのが特別なことだと思わない……か)
自分で言っていて恥ずかしくなるけれど、これは出久独自の意見ではない。勝己の考えを取り入れたものだ。
勝己が大勢の前で泣くところなど出久の記憶にはないから、当初は疑わしく思った。思ったけれど……そういえば彼は、出久の無個性やどんくささを散々蔑んできたくせに、その泣き虫を馬鹿にしたことは一度もなかった。泣くのは正常な感情の発露で、生きた人間として何も後ろめたいことはない。それは誰に憚ることもなく生きる勝己の主張として、決して不自然なものではなかった。
「感情を抑えられないのではヴィランと変わらん」
そう言って真っ向から異を唱えたのは、やはりシシクロスだった。
「曲がりなりにも現役No.2である貴様がそんなだから、子供たちが真似をして暴言を吐く。すぐキレる。貴様はトップヒーローの影響力というものを理解していない!」
「まぁまぁヒーローシシクロス、ここは非難の場ではありませんから」空々しく宥めつつ、「猫丸先生、実際にそういったデータはあるんでしょうか?」
社会問題の専門家という漠然とした触れ込みの猫顔男が、つるりと髭を撫でた。
「GRRR……そうですねぇ。爆心地との直接の因果関係を立証するのは難しいですが、一般的にテレビやインターネット上における不適切な発言や行動の数に比例し、子供たちによる同一の行動が増加するというデータはあります」
「……爆心地、暴言、多い」
ヨトゥンヘイムの出身かと疑いたくなるような巨漢のヒーローが、ぼそりとつぶやく。
「……最近は抑えとったろうが、ウド野郎……!」
「今も抑えてください」
早くも苛立ちはじめた勝己、彼を宥めすかすのも活真の重要な役回りであった。
一方で、数人を除く全世界から爆心地と認識されている男は冷静そのものであった。内心は怒りではなく、むしろ同感そのもので。
(多いなんてモンじゃなかったよ、昔は……)
口を開けば死ねだのカスだのナードだの、挙げ句の果てには"飛び降り自殺しろ"を独創性溢れるアレンジで言い放ったこともあった。……それをこの場でぶちまけて、あまつさえ反省していないと言い切ったらどうなるだろう。これ以上ない復讐になるだろうと、ふと考える。
ただ、どうしてかそれを実行する気は起きなかった。あの頃の勝己に対する呪わしい気持ちがよぎるたび、同時に活真の話が浮かびあがる。相殺……いや、後者が上回る。だからこそ今は、勝己をNo.1ヒーローとするために力を振り絞る──たとえ、彼の意に沿っていなくとも。
「今までの俺の言動すべて、正しいとは思ってない」
はっきりとした口調で、"爆心地"はそう宣言した。
「他人を罵ったり、蔑むような言動は今後厳に慎むようにする。……ただ、それと感情云々はまったく別の話だ」
「なんだと?」
シシクロスの目を、睨むのではなく見据えて。"爆心地"は、続けた。
「大人は自分の感情にうまく折り合いをつけて生きることもできるだろう。でも子供はまだそんなに器用じゃない、外に発散できないなら内にこもるしかない。──今、全国にどれだけ不登校の子供がいるか知ってるか?」
一同が怪訝な表情を浮かべてこちらを見ている。返答がないあたり、ヒーローズは当然にしても専門家を名乗る男も記憶していないらしい。
「小中あわせておよそ16万人、小中学生の総数が1,000万人だからだいたい60人にひとり、つまり1クラスか少なくとも2クラスにひとりはいると考えていい。数値には現れない、学校には行っているけれど深刻な悩みを抱えて過ごしている子供も含めれば、もっと大きな数になるだろう」
これは当然、勝己にはない知識だ。いや、余程子供好きなヒーローだって正確な数値までは知らないだろう。ただ教職に就いて、徹底的に情報をインプットし分析する能力がこういったところに活かされた。緑谷出久の強みだった。
「そんな話はしていない!私はヒーローの在り方について論じているのだ」
シシクロスが声を張り上げるが、毅然と反駁する。
「子供たち、と最初に言ったのはおまえだろ。規範になろうとするのはいいが、一方的に押しつけるだけでは人はついてこない。彼らが何に悩み迷っているのかを考え、寄り添うことこそほんとうに必要なんじゃないのか?」
「ッ、………」
悔しげに黙り込むシシクロス。元来彼は愚鈍ではないが、口が回るほうではないのだ。
彼に代わって、狐目の青年ヒーローが口を開く。
「寄り添う、ですか。実に素晴らしいことですが、あなたの口からそんな言葉を聞けるとは思いませんでした」
毒を含んだ言葉だが、無理もない。爆心地にも他人に寄り添うことがあるなど、世間は知らない。知るのはたった数人だ。
問いにもならないその言葉に、出久は直接は答えなかった。今度はひとではなく、無機質なカメラに目を向ける。そのむこうがわには一億の日本国民がいる、その事実に思い至っても不思議と緊張はなかった。
「──"俺を見ていてくれ"。No.1に就任した当時、エンデヴァーはそう言った」
彼はオールマイトではない、オールマイトにはなれなかった。それでも他者を顧みることなく戦うだけの英雄ではなくなっていた。平和の守り手たる柱として、力なき人々の声に耳を傾け、市井に敬愛される英雄王としてあり続けた。
「俺も、────」
それからの約四十五分は、終始ヒーロー爆心地のための時間だった。
*
「見てください、緑谷さん。ネット上でも大好評ですよ」
番組終了後、嬉々として活真が見せてきたスマホの液晶には番組の感想がつらつらと映し出されていた。
──今日の爆心地、クールで大人っぽくてカッコよかったぁ!
「う、っわあぁ……」
ほかにも色々な言葉が並んでいたが、何より出久が赤面を抑えられなかったのはそんな感想だった。あれは近年の爆心地の方向性をより深化させ、ぶっきらぼうだが落ち着いた言動を心がけたというだけだ。中身はこんな、残念な元ナードであるというのに。
「会見のときより従来のファンからの批判も減っています」
「そ、そうなの。よかった……」
「ちゃんと爆心地らしさも出てたからですよ。ね、爆心地?」
振り向いた活真が同意を求めるも、勝己はふんと鼻を鳴らしただけだった。……やはり不満だっただろうか?ある程度事前に方向付けはしてあったとはいえ、今後のヒーロー爆心地の在り方にまで踏み込んでしまった。元に戻れたとしても、今日の発言をなかったことにはできない。
「……あの、かっちゃん──」
ほんとうにこれで良かったのか。堪えきれず尋ねようとしたときだった──「爆心地!」と、背後から声がかかったのは。
振り向くと、そこに立っていたのはかの目つきの悪い共演者だった。
(あ……シシクロス)
その存在を認識すると同時に、さっと表情を爆心地のものに切り替える。ここ数日みっちり訓練してきたのだ、突発的な演技もこなせるという自負がある。
「……市民は今日の貴様を評価しているらしい。悔しいが、私の敗けだ……!」
「………」
「てめェもネット見ンのかよ」と、勝己は心中で突っ込みを入れた。この場ではモブに徹しなければならないので、無論口には出さない。
「だが、貴様がNo.1ヒーローにふさわしいと認めたわけではないぞ!」
「今日から貴様の一挙一動、見張ってやるから覚悟しておけ」──感情を滲ませた声でそう言い放つと、シシクロスこと本名・肉倉精児は踵を返して去っていった。
「……ツンデレ?」
「食事でも誘ったら来てくれるんじゃないですか」
問題は相手が同い年、つまりアラフォー男ということだった。