【完結】僕らの英雄王   作:たあたん

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酒宴

 

 ソファーに寄りかかりながら、緑髪の男がスマートフォンを弄っていた。液晶画面をじっと見つめる視界の端には、同じくソファーに沈み込んでぐうぐう眠るNo.2ヒーローの姿が映る。

 

 機械的に画面をスライドさせ、男はある人物の名前を探していた。幸い、登録人数はさほど多くない。発見に、そう時間はかからないはず──

 

「……見つけた」

 

 独りつぶやいて、ニヤリと笑う。およそヒーローらしからぬ、邪悪な笑みだった。

 

 

 *

 

 

 

 時間を少し戻そう。

 ところはヒーロー爆心地事務所の所長室、その主の身体を借りている緑谷出久は恐縮しきっていた。

 

「まあ、呑めや」

 

 テーブルを挟んで、グラスにとぷとぷと赤紫の液体を注ぐ自分の身体。その中身は真の爆心地であり、幼馴染と括るには色々と複雑すぎる関係の男と知っているのはごく一部の人間だけだ。

 

「ハ、ハイ……ドウモ……」

 

 見るからに高級そうな葡萄酒を受け入れる、その手が震える。

 

「どうしたよ、ナードくん?」

「イッイエ!ナンデモナイデス!」

 

 彼──爆豪勝己はにっこり笑っている。だがそれは、決して親愛の情からくるものでないことを経験則上出久はよく知っている。ブチギレているか、何か悪巧みをしているか……ふたつにひとつ。

 

「……てめェのためにヴィンテージもん開けてやったんだぜ。まさか呑めねえとは言わねぇよなァ?」

「ウッウンモチロン!イタダキマスッ」

 

 毒でも入ってやしないだろうか、いや中身が自分とはいえ身体はかっちゃんのものなんだし、それはないか……葛藤を抱えつつも、言われるがままワインを煽る。……あ、美味しい。

 

 見れば、勝己もゆったりとした所作でグラスに口をつけている。悪辣な笑みから一転、物憂げな表情。これが本来の彼の姿なら麗しいものなのだろう。残念ながら外見は自分なので……推して知るべし、であるが。

 

「あの……かっちゃん?」

「あー?」

「これは一体、なんなの?」

 

 ずばり斬り込んでみる。何か裏があるなら、隠さず明示してもらいたい。今までだってそうだったではないか。

 しかし勝己は、そらとぼけた顔でこう答えた。

 

「……慰労?」

「………」

 

 ほんとかよ。

 

「かっちゃん的にはさあ、あれでよかったの?言動に気をつけるだとか、寄り添うだとか……踏み込みすぎじゃなかった?」

 

 出久が自分のふりをして放った言葉に一生縛られるなど、勝己にとって屈辱どころではないのではないか。世間の考えは別にしても、勝己には勝己のヒーロー像があり、それを曲げたいなどとは出久は思わない。ただあのときは、すっかりヒーロー爆心地になりきってしまっていた。

 

 対する勝己は、ワイングラス片手に少し考えるようなしぐさを見せる。しかしいつまで経ってもその表情に不愉快は現れない。

 

「……ここ何年か、俺ぁ正直迷走しとった」

「えっ……」

 

 迷走──爆豪勝己とはおよそ縁遠い言葉に、思わずその顔を凝視してしまう。そこにあるのは逆立ちしたって冴えない、自分自身の顔だが。

 

「やれ大企業のお偉方に媚び売ってみたり、カメラの前じゃ死ねだのクソだの言わねーようにしてみたり……終いにゃCD出したりもしたな」

「え゛っ、ンなことしてたの?」

「オリコンランク入りしたわ」

「マジかかっちゃん……」

 

 そちらでもトップランカーになるとは、流石才能マンというべきか。

 

「全部、No.1になるためだ」

 

 堂々とした言葉とは裏腹に、勝己はつまらなそうな表情を浮かべていた。

 

「だが、言うほど成果は挙がんねえし……何よりつまんねえんだわ。やりたくもねェことしてまで、No.1の肩書得ようとしたって」

「……きみは、誰より強いヒーローになることが目標だったもんね」

 

 彼の目標は彼のためだけに存在した、幼い頃から。彼の傲慢さと相俟って反感を覚えたこともあったけれど、やはりカッコよかったし、まぶしかった。

 そんな彼であっても、思うままに生き抜くことなどできない世の中。超常社会も、ひと皮剥けば所詮そんなもの。

 

 それでも勝己は、挑戦者の心を失ったわけではなかった。

 

「でもな、活真に会いに行ったときのこと思い出して気づいたんだわ。オールマイトをも超える最強のヒーローたるこの俺が君臨する世界で、罪もねェのに不幸な人間が居ンのはありえねえ」

 

 現実に、声なき声で救いを求め続ける人たちがいる。腕力だけでは救えない人たちが。

 

「善良な一般市民諸君がしあわせに暮らせる世の中であってこそ、俺が最上のヒーローであることが証明される。──違うか?」

「……!」

 

 そう言ってニヤリと笑う勝己の姿は、見た目が出久であるにもかかわらず光り輝いてみえた。

 

「う、うん!僕もそう思う。かっちゃんならできるよ、きっと」

「はっ、たりめーだわ」

 

 再会してからこっち、この幼馴染に腹を立てたことは一度や二度ではない。だがやはり、こうして自信満々な姿を見ていると自分まで心が躍ってくる。幼少期から、彼にはそういう不思議な魅力があった。傲岸不遜な王様であってなお、彼の周囲に人が集うのはそれが理由なのだろうと出久は思う。

 

 なんだか嬉しくなって、ワインがより美味しく感じる。元々職場や友人──今はいるにはいるのだ──との飲み会の席でくらいしか飲酒をしない出久だが、今日は酒が進みそうだった。

 

「つーわけでデ……緑谷クンよォ」

 

 不意に、勝己の声が粘着質なものに変わった。

 

「まずはこうして目の前にいる幼馴染のお悩みを解決してやらなきゃなんねえ。そうだよなァ?」

「え……な、何?お悩みって……」

 

 別に悩みという悩みはない──口腔に爆弾が仕掛けられていることを除いては──。そう言い募ろうとしたときだった。

 

「真幌と、なんで別れた?」

「────ッ!!?」

 

 嚥下しかかっていた液体が、驚愕につられて気管へ侵入する。その結果は言うまでもあるまい。「きったねえな」と、勝己が顔をしかめている。

 

「げほげほっ、ゴホッ……な、なんでそのこと……!」

「てめェの元カノだって、活真から聞いたぜ」

 

(か、活真くん~ッ)

 

 他言無用と伝えたのに!出久の心中を推し量ったうえで、勝己は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 

「活真が俺に隠し事できるわけねーだろ」

「ッ、……き、きみに関係ないだろ。だいたい、カップルが別れるのなんてよくある話じゃないか」

「関係大アリだわ。アイツも俺の妹分みてーなモンなんだ、手前勝手な理由でフッてたら許さねえぞ?ン?」

 

 脅しつけるような言葉とは裏腹に、勝己は甲斐甲斐しくなくなりかけたワインを補充してくれる。それも企みがあってのこととはわかっているのだけれど、既に頭がふわふわしはじめていた出久は抗うことができなかった。

 

 

──そして、およそ半刻後。

 

「そしたらさあ~~!まほちゃんってば、なんていったとおもう~~!?」

 

 すっかり出来上がった出久は、顔を赤くしながらくだを巻いていた。

 

「"あんたはじぶんがふこうだとあんしんするんだ。それをわたしのためってことにしてにげてるひきょうものだ!"……とかいうんらよ~!?ぼかぁしんけんにしょうらいのことかんがえてきめたってのにさあ~~!」

「……あー、アイツならそんくらい言うかもな」

「やっぱ、むかしからそうなの~~?」

「気ィ強ぇ女だったンは間違いねえな」

「うー……」

 

 唸りながら、つまみのピーナッツを複数個まとめて貪る出久。おとなしそうなふりをしてがさつ極まりない奴だと昔から思っていたが、酔うと余計にひどい。

 

「だってさあ~~……ムコセーとけっこんしたってぜったいいいことないよ、かっちゃんもわかるでしょ?こどもにもしムコセーいでんしちゃったらさあ……」

「……ガキ作んなきゃいいんじゃねーの。今どき珍しくもねーだろ、そういう夫婦」

「まほちゃんがそーしたいならいいよぉ?でもぜったいちがうもん、まほちゃんこどもずきだしさ~~」

「……いい歳した男が"もん"とか言うなや、きめェ」

「あ~~、またばりぞうごん!」

「今のはツッコミだ、アホ」

 

 毒づきつつ、

 

「ムコセーが不幸になるってモンでもねーだろ」

「えぇ……きみがそれいう~?」

 

 じとりとした目で睨みつけてくる出久。実際、それでは済まないことをしてきたという自覚はある。が、ここで謝罪などしても互いになんのメリットもないと思った。

 

「分不相応な夢もたなきゃいいってだけだわ。個性が必要な仕事なんざそう多かねえ、実際てめェもセンコーやれてんだろ」

「……こどもがぼくみたいにヒーローやりたいっていったら?」

「チビのうちに他に目ぇ向けさせンだよ。俺ならそうする」

 

 実際のところ、所帯をもつつもりは一生ないが。

 

「そーいうもんかなぁ~……」

「おー。ほら呑め、まだあっから」

 

 空になったグラスにとぷとぷと注いでやると、まるでベルトコンベアのように酒が体内へ吸い込まれていく。滑稽な姿だったが、調子に乗って呑ませすぎると急性アルコール中毒を起こしかねない。身体は自分のものなので、それは困る。

 

 

 *

 

 

 

 幸い危険な事態に発展することはなく、酔いの回りきった出久はソファーにごろりと横たわってすぴすぴと寝息を立てていた。入れ替わりという特異な状況があるとはいえ、警戒心がないにも程がある。まあ、今さら嫌がらせなどという子供じみた行為はしないが。

 

 そう、これは嫌がらせなどではない。この不幸を甘受するかわいそうな幼馴染を幸福へと引っ張りあげてやる、まぎれもない英雄的行動である。

 そんなふうに自分に言い聞かせる勝己の眼前には、チャットアプリのトークルームが広がっていた。

 

(さあてと、)

 

 あちらが新生爆心地プロデュースなら、こちらは"クソデク救済計画"のはじまりである。

 

≪急にごめん≫

 

≪あれから真剣に考えた。やっぱり僕が間違ってたと思う≫

 

≪もう一回、やり直してもらえないかな?≫

 

 以上の文面を送信し、返答を待つ。反応がなかったり、拒絶される可能性も当然想定している。それならそれで別のプランに移行するまでだと、勝己はのんびりと構えていた。

 

 しかし五分と経たぬうちに、返信があったことを知らせる通知音が響いた。

 

「!」

 

 咄嗟に開く。と、

 

≪ほんとに?≫

 

≪わたしのほうこそ酷いこと言ってごめん≫

 

 想像した以上に素直な返答に、思わず皮肉げな笑みがこぼれた。

 

(真幌のヤツ、デク大好きかよ)

 

 別れる前は仲睦まじいカップルであったことは想像に難くない。有り体に言って、なんかむかつく。

 それでも恋のキューピッドになることで幼馴染に対する優位性を保持しようと考えた勝己は、出久のふりをして話を進め、早速会う約束まで取りつけてしまった。酩酊して夢の中にいる当の本人が、与り知ることのないままに。

 

 

──このときはまだ、"あんなこと"になるなんて想像もしていなかった。

 

 返信を打つ真幌の背後に、勝己の生涯忘れえぬ屈辱の象徴──白髪の男が、控えているなどと。

 

 




7/15は「Adieu au Hēroes」の方を更新するのでこちらお休みします。
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