【完結】僕らの英雄王   作:たあたん

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友情

 

 爆豪勝己は例によって苛立っていた。ところは二度目の来訪となる真幌の部屋。轟がぶち破ったベランダの窓ガラスはいつの間にやら綺麗に修繕されている。

 それはいいのだが、隣に座る真幌の身体を我が物顔で使っている男が問題だった。

 

「あー、やっぱメシがうまい。いいよなァ健康的な生活してるヤツの味覚は……ってかマジどうなってんだろ俺の身体」

「………」

「ってか何?そんなじっと見つめて……俺の顔になんかついてる?」

 

 ついてるといえば、口許にご飯粒がついてはいるが。

 

「あ、もしかしてあ~んしてほしいとか?しょうがないなァ、ほら、あ~ん」

「やめろや気色悪ィ……!」

 

 数日前に抱こうとしたのはどこへやら、嫌悪に満ちた表情で椅子ごと後ずさる勝己。ふたりの様子をずっと気にしていた真幌が、ここでおたま片手に飛んできた。

 

「だーもうっ、私の身体で遊ぶのやめてって言ってるでしょ死柄木!」

 

 中年ヴィランと入れ替えられてしまった哀れな妹分、真幌。さらにかわいそうなことに、死柄木の監視のため彼女は自宅でふたり暮らし──公安の女性刑事が見張っているとはいえ──をさせられているのである。

 

「いいだろ、今だけなんだから。オンナになるなんて二度あるかわからないことなんだ、楽しまなきゃさあ」

「ンなポジティブにモノ考えられんなら、ヴィランなんてやってんじゃねえ!!」

 

 死柄木が愉しそうに笑った直後、玄関の扉ががちゃりと開いた。

 

「!」

 

 反射的に身構える勝己だったが、自分以外に来訪者のあることはあらかじめわかっている。

 

「お待たせしました、爆心地」

 

 秘書として使っている真幌の弟・活真が入室してくる。そのあとには相棒と、自分の身体──に入り込んでいる幼なじみ。

 

「おう、バクゴー……顔見んのちょい久しぶりだな……」

「切島……」

 

 この数日スケジュールの関係で顔を合わせていなかった切島は、うすく笑みを浮かべてはいるが、寝不足とストレスで明らかに憔悴している様子だった。目許には隈が浮かんでいる。こんな友人の姿を見たのは二十年の間で初めてのこと、勝己は思わず息を呑んだ。

 

「切島さん……その、大丈夫?」

 

 お茶を用意してきた真幌が気遣わしげに訊く。切島は一瞬疲れきった表情を露にしたが、すぐ笑顔に戻った。

 

「大丈夫!……へへ、心配してくれてサンキューな」

「切島さん……」

 

 「こんなところでまで、強がらなくていい」──思ったままを口にしようとした出久を、勝己が目で制した。死柄木を除けば皆、ここにいるのは身内のようなものだ。それでも、

 

「俺は、ヒーローだからな。ヒーローは泣かない。笑顔で困難に立ち向かうんだ」

「そもそも自業自得だもんな」

 

 わざと怯ませるようなことを言う死柄木。勝己がすかさず「黙ってろ」とやり返すが、彼にしては空気を読んでいるのか、それ以上は何も言わない。

 

「いずれにせよ、烈怒頼雄斗はこれでやるべきことをやったと思います。あとは、」

「僕の出番、だよね」

「はい」

 

 出久がグッと拳を握る。公の場で"ヒーロー爆心地"を演じ続けてきた彼は、既に覚悟を決めていた。

 

「切島さん、今晩はぐっすり眠ってください。明日の朝には決着を着けますから」

 

 どもることもなく断言する出久。その言葉を直接受け止めた切島はストレートに感涙したが、傍で聞く者たちに様々な思いを去来させた。

 とりわけ勝己は複雑そうな表情を浮かべていたが、その複雑な心情を露にするほど子供ではなかった。ただ自信のなさから隠れていたのだろう彼の勇敢さや献身が、ここにきて芽を出しつつある。誰よりも出久を蔑んできた勝己だけれども、出久がヒーローにふさわしい心根の持ち主であることを誰より知ってもいた。抑圧されていなければ、こんなにも。

 

──まあ、いい。今はそうでなければ、切島を守りきれない。

 ゆえに勝己は、デクに対する対抗意識を別の形に昇華させるつもりでいた。

 

「デク、そっちは任せた。俺ぁ俺の仕事に決着つける」

「宇佐見くんのこと?」

「おー、いつまでもウダウダやってるわけにいかねえからな」

 

 最初は部屋からも出てこなかった少年が、今では活真と笑顔で会話もするようになっている。勝己とのわだかまりもなし崩しとはいえ解消されつつある中、押すなら今しかないと彼は踏んでいた。

 出久は一瞬気遣わしげな表情を浮かべたが、勝己の決心に水を差すようなまねはしなかった。

 

「……そうだね。僕の仕事は、全部かっちゃんにまかせるよ」

 

 当初の懸念に反して、勝己は大過なく教師としての務めを果たしている。幼少より拗らせてきた複雑な感情を、一人前の大人同士の信頼が上回っていく。──そう、大人なのだ。子供のように純粋ではいられないけれど、見えるものはずっと多くて深い。出久ははじめて、自分が大人であることを誇らしく思った。

 

 

 *

 

 

 

 翌朝、爆心地事務所前に大勢の報道陣が詰めかけていた。数えるのも馬鹿らしくなるようなマイクとカメラが、その活躍のときをじっと待っている状況。爆心地の出勤を狙い、各局の情報番組に生中継することを彼らは目論んでいるのである。

 

 結構なことだ。ヘンに編集されないほうが、()()()の真意も伝わる。

 

──数分後、出久は黒塗りの所用車で事務所前に乗り付けていた。

 

「あっ!来ました、爆心地です!」

 

 リポーターが大声をあげる。車から降りた出久は、群がってくる彼らに向かっておもむろに一歩を踏み出した。

 

「爆心地!」

「烈怒頼雄斗の件についてコメントお願いします!」

「おしゃぶりヒーローと呼ばれていますが!?」

「短期間に不祥事が連続していることについてどうお考えですか!?」

 

「烈怒頼雄斗はヒーローにふさわしくないという声も上がっていますよ!」

「……!」

 

 出久は足を止め、その発言をした記者をぎろりと睨みつけた。もとよりヴィランっぽいヒーローランキングでは万年首位の顔である、百戦錬磨の記者でさえ一瞬たじろぐほどの気迫がそこにはあった。

 

「烈怒頼雄斗が、ヒーローにふさわしくない?──今まで何を見てきたんだ、あんたらは」

 

 今までの爆心地とは違う、静かな怒りの発露だった。

 

「烈怒頼雄斗は誰よりヒーローにふさわしい。そう思うから、俺はあいつをずっと傍に置いてきた」

「裏じゃ赤ちゃんプレイしてるような人の、どこがヒーローにふさわしいんですかねえ!?」

 

 他の記者たちとも明らかに異なる、露骨な喧嘩腰で挑んできた記者。かたぎには見えない色眼鏡の男──切島や活真から、何度か聞かされたことがある。確か小中とかいうフリーの記者で、爆心地の天敵なのだと。

 この嫌味な態度は、なるほどその称号に説得力をもたらしている。元々沸点が限りなく低い男だから、この身体の持ち主は。

 

 しかし今、爆心地として振る舞っているのは、己に対する攻撃に極めて鈍い男だ。それだけでもこの記者の思い通りにはならないのだが、爆豪勝己はやられっ放しではいない男──轟焦凍に依頼して、とある土産を出久に託していた。

 

「ふさわしいでしょう、現に烈怒頼雄斗は学生時代から実績を残してる。プライベートのことをあんたらが書き立てるのも、そのことで世間が笑いものにするのも自由だ、仕方がない。でも、それであいつの実績は全部無視してヒーローにふさわしくないと言う、ほんとうにそれでいいんですか?」

「いいんじゃないすか?」下卑た笑みを浮かべ、「モラルのない人間は去るべきですよ」

「モラル、ですか」

 

 出久もまた、唇の端をゆがめて応えた。

 

「小中さん、でしたよね。だったらあなたも去ったらいかがですか?」

「は?」

 

 胡乱な表情を浮かべる男に、出久はそっと耳打ちした。

 

「女性の……に無理矢理バナナを突っ込むようなヤツに、モラルがどうこう言われたくねえって言ってんだよ」

「……!?」

 

 小中の表情がさっと青ざめる。だが出久の反撃は言葉だけでは終わらない。

 

「あと……こーいう写真、残さねえほうがいいと思うぜ?」

 

 焼き増ししたあぶない写真を懐に忍ばせてやれば、小中はいよいよ今までの勢いが嘘のように黙り込み、後ずさった。他の記者が何事かと囁きあっている。彼はその筋では良くも悪くも有名な男、あとで痛い腹を探られることになったとしてもそこまで責任はもてない。

 

「烈怒頼雄斗は、俺の事務所に……いや、社会に必要なヒーローだ」

 

 改めて一同を見渡し、"爆心地"ははっきりと告げた。

 

「ヒーローとしての烈怒頼雄斗にどんな落ち度があった?あいつがこの二十年、どれだけ大勢の人を守ってきたか。傷つき苦しみながら、そんなモンおくびにも出さず歯ァ食いしばって戦ってきたんだよ。──これからもきっとそうだ。あんたらマスコミに叩かれ世間の笑いものにされても、あいつは命懸けであんたらを守り続ける。おしゃぶりだろうがバナナだろうが、そんなもの関係ない。あいつがそういうヒーローである限り、俺はあいつの上司として、相棒として……親友として、全力であいつを守る!」

 

 喉を枯らさんばかりの"爆心地"の叫びは、口を動かすことが仕事の報道陣を沈黙させた。そしてその光景はカメラを通じ、全国に流れている。

 ひとつ呼吸を置いて、出久は駄目押しの言葉を放った。

 

「それでも世間が、烈怒頼雄斗がヒーローであることを認めないなら──」

 

 

「──私も、ヒーローを辞めます」

 

 出久は、至って冷静だった。

 

 

 *

 

 

 

「お、おいこれ……!いくらなんでも言い過ぎじゃねえか!?」

 

 地下駐車場に入り込んだ車中でその生中継を見守っていた切島鋭児郎は、後部座席から身を乗り出してまで運転席の活真に詰め寄った。

 対する活真は、淡々とした調子で応じる。

 

「……今回、受け答えの内容は完全にお任せしたんです。爆心地からもそうするようにと」

「確かに任せるとは言ってたけど……。いや、だとしてもこれは──」

 

 辞めるとまで言い切っては流石に勝己も看過できないのではないか──そうこぼす切島に、活真は笑顔を向けた。

 

「大丈夫ですよ、きっと。……今は彼が、"爆心地"なんですから」

 

 

 *

 

 

 

 活真の言う通りだった。

 

 勝己もまた、スマートフォンで中継の様子を見ていた。朝日に照らされた河川敷という、彼の人生においては異彩を放つ場所で。

 

「……けっ、好き勝手言いやがって」

 

 言葉とは裏腹に、彼の口許には笑みが浮かんでいた。そしてそのまま、隣に腰かける少年に声をかける。

 

「コイツこんなこと言ってっけど、ガキの頃は性格最悪だったンだぜ。笑えるだろ?」

「……先生は爆心地の知り合いなんですか?」

「まあ……腐れ縁?おまえはいるか、そういうヤツ?」

「………」

 

 一瞬の沈黙のあと、

 

「いないことは、ないけど……」

「ふぅん」

「でも結局……相手がいなくなったって、人生になんの影響もないんだ」

 

 少年──駿の瞳に、暗い翳がよぎる。彼の脳裏に浮かぶのは、部活でライバルとして競っていた同級生だった。彼とは互いに激しい対抗心を燃やしていながら、それでも根っこに通じあうものがあると思っていた。

 だが、怪我で陸上部をやめて……家に引きこもるようになってから、あいつは連絡ひとつよこさない。他の友人は曲がりなりにも最初の半月くらい、気遣うような文面を送ってきていたというのに。

 

「競う相手じゃなくなった僕のことなんか、もう要らないんだ」

「………」

 

「そんなモンだろ、所詮他人なんだから」

「!」

 

 駿が呆気にとられたような表情を浮かべている。こういうとき、ドラマに出てくるような熱血教師なら「そんなことない!」と強く否定するものなのだろうか。だとしたら、それを勝己に求めるのはお門違いというものだった。

 

「てめェの人生はてめェの命が終わらん限り続くんだよ。ライバルがいなくなろうが、目標を見失おうがな」

「……そんな、の……」

 

 子供には受け入れがたいことかもしれないが、それが現実だ。現にこの身体の持ち主だって、ヒーローになりたいという自らのアイデンティティーにも等しい夢を捨てて、それでもこうして、教師という職を選んで生きている。

 

「……だが、心にぽっかり穴は開く。一生埋まらない穴がな、──そうだろ?」

 

「おまえのライバルも、そうなんだと思うぜ」

 

 勝己が意味深につぶやいた直後だった。

 

「駿!」

 

 年頃の同じ、少年の呼び声。振り向いた駿が見たのは、つい今しがた投げやりに思い起こしていた"腐れ縁"の相手の姿だった。

 

(かける)……何しに、来たんだよ?」

「……別に。おまえのシケた面、拝みに来ただけ」

「ッ!」

 

 かっと頬を紅潮させた駿を、勝己は押しとどめた。そしてニヤリと笑みを駆少年に向ける。

 

「おまえ、せっかくこんな朝っぱらから来たんだろ。それでいいンか?」

「………」

 

 難しい少年時代を経験してきた大人の目から見れば、彼らの考えていることなど手に取るようにわかる。複雑に絡みあっているようでいて、その実はとてもシンプルなのだ。

 それでも駆は暫く逡巡していたが、やがて腹をくくったように口を開いた。

 

「駿、学校……いや、陸上部に戻ってこいよ」

「は……?」

「おまえがいないと……俺、走ってる気がしないんだ」

 

 言っている意味がすぐには理解できなかったのだろう、当惑を露にしていた駿だったが、やがて眉根を寄せてそっぽを向いた。

 

「なんで今さらそんなこと……だいたい、戻ったって僕は前みたいには走れない。おまえと競ったり……できないんだよ」

「……なんて言やいいか、わからなかった。安っぽい同情の言葉なんてかけたくなかったんだよ」

 

 それでもほんとうは、ずっと待っていた。駿は今日学校に来るだろうか、練習に顔を出しはしないだろうか。そんな思いを抱えながら走るのが、楽しいわけもなかったのだ。

 

「おまえがもとのように走れないのもわかってる。……それでもおまえにだけは、俺の走りを見ていてほしい」

「なんだよ……それ」

「頼むよ、駿!俺には、おまえが必要なんだ……!」

 

 懇願するライバルの姿に、駿は困惑するばかりでまともな返事もできない。しかし自ずと出すであろう彼の答は、既に勝己の中に確定的な未来として在った。憎悪に変わりかねないほどの激しい対抗心──不健全であっても、一度その味を知ってしまえば忘れることなどできないのだ。

 

 

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