【完結】僕らの英雄王   作:たあたん

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前夜

 

「反省してくださいね、ふたりとも」

 

 にっこり笑って告げる青年の目の前で、頭にでかいたんこぶを作った男女が仲良く正座させられている。彼らはつい一時間ほど前まで大衆居酒屋でどんちゃん騒いでいたのだが、今ではすっかり酔いが覚めた様子だった。

 

「ったくよぉ、脱走したヴィランと居酒屋で酒呑みかわしてるヒーローなんて前代未聞だぜ?」

「……すまん」

 

 珍しく殊勝に謝罪する親友を前に、烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎は深々ため息をついた。呆れる気持ちはもちろんあるが、目撃したあの光景は正直気分の悪くなるものではなかった。ふたりも周囲の人々も皆、心の底から笑っていたから。

 

「悪いね、心配かけて」死柄木はいつもの調子である。「でもおかげさまで超楽しめたよ、さんきゅー爆豪くん」

「……おー」

 

 勝己も勝己で満更でもなさそうである。ただふたりとも、あんな機会はもう二度とないだろうことを悟ってもいた。最初で最後のサシ呑み。

 

「それより活真、」

「……それより?」

 

 活真の目許に濃い翳が差したのを目の当たりにして、勝己は慌てて咳払いをした。

 

「ゴホ、オホン!……駿のヤツ、おまえに会いたがっとったぞ」

「駿くんが?」

 

 目を丸くした活真は、次いで嬉しそうにまろい頬を弛めた。かつてはヒーローを夢みる子供だった身である、誰かに頼られ懐かれるのはやはり嬉しいのだろう。

 

「ウチの中学、今度の土曜に文化祭があんだよ。おまえに来てほしいんだと」

「文化祭ですか。お休みいただければ行けるとは思いますが……」

 

 その瞬間、勝己はじろりと背後を睨めつけた。そこには縮こまって存在感を消していた自分の身体……つまり出久の姿があって。

 

「ヒッ!?……じゃ、じゃあ活真くんは土曜日お休みってことで……」

 

 ごく限られた人員しか入れ替わりの事実を知らないため、決定権は肉体に帰属している。無論、余程とんでもない命令でない限りは勝己の意に沿って判を押す出久であり、今回もそうなるはずだったのだが。

 

「!、ちょっと待って」

「あ?」

「それ、僕も参加できないかな?」

「えっと……つまりアレか?特別ゲストとか、そんな感じの?」

 

 切島の解釈はまさしく的を射ていた。ヒーロー爆心地として文化祭に参加し、目玉となろうというのが出久の肚だ。

 

「この前の討論番組でさ、子供たちのことに触れたじゃない?あれが10代の子たちに評価されたみたいなんだよね」

「……そうですね。SNS上の投稿などを手繰ると、そういった傾向が強くみられます」

 

 活真が同意する。彼もそうだが、分析といえば出久の得意分野なのだ。

 

「文化祭で子供たちにもっと親近感をもってもらえれば、爆心地人気を長く保つのに役立つと思うんだ」

「………」

「……どうかな、かっちゃん?」

 

 一応は自分の立場を弁えているのか、勝己の反応を窺う出久。真っ向から歯向かわれるのは今に至っても辛抱ならないが、こうして自分の意見を提案してくる姿は案外不愉快ではなかった。まして、勝己の将来を考えての発言だ。

 

「……警備の問題もあるからな。一度ガッコーに話通してみる」

「!」

 

 学校の承諾は当然要る。ただ、勝己自身は肯定的と示されて、出久は嬉しそうに頷いた。

 

「いいなァ文化祭、俺も行きたいな~。そんでフランクフルト食いたいな~」

「ダメに決まってるでしょ!ってかなんでフランクフルト限定?」

 

 真幌が突っ込みを入れる。──とそのとき、なんの前触れもなくテレビの電源がついた。

 

「心霊現象!?」

 

 と思いきや。

 

『俺だ』

「と、轟くん!?なぜテレビから……」

『公安珠玉のテクノロジー、どこでも貞子だ』

「まじめな顔してなに言ってるの、この人?」

 

 真幌の言葉に一同が頷く。

 

『色々立て込んでてそっちに行けそうにないから、取り急ぎコレで報告をと思ってな。電話と違って盗聴の心配はない』

「チッ、だったら早よしろや。どこでも貞子とか言ってねえで」

 

 一瞬むっとした様子の轟だったが、ネクタイを直しつつ手早く本題に入った。

 

『CIAから脳波ジャックの技術を盗んだピータン……ピーター・ミッチャムの行動について洗ったところ、数年前から複数回にわたって来日していることが判明した』

「来日ィ?何しに来てんだ」

『観光。オールマイトファンとして神野区をはじめとした聖地を巡礼していたらしい……表向きはな』

 

 表向きと言うからには、当然真の目的があるわけで。

 

『実際には、人に会っていたようだ。ピータァ……ピーター・ミッチャムの供述によれば、すべて別のエージェントで、現金を複数回に分けて手渡しされていたと』

「どこの奴らなんだよ?CIAの幹部と気軽にそんな……」

『個人は特定できていない。だが、ピー……ピーター・ミッチャムによるとオールマイトの話題をきっかけに関係をもったそうだ。それと、おまえたちから預かった脅迫の手紙』

 

『双方向から分析した結果、裏で糸を引いているのは──"オールマイト記念財団"の可能性が浮上した』

「オールマイト……記念、財団……?」

 

 なんなら公的な団体として存在していそうなわかりやすいネーミングながら、出久にはまったく聞き覚えのない名称だった。

 

「かつてのNo.1ヒーロー・オールマイトを信奉する団体です。それも、相当過激な」

「……ああ、」

 

 数日前の会話を思い出した。理想的な英雄だったオールマイト、しかし既に去ったその影を追うあまり他にあまたいるヒーローを受け入れられない者たちがいると。

 

『これまでの連中の行動といえば、インターネットにヘイトサイトを乱立させたり、意に沿わないヒーローに嫌がらせをする程度のものだった。公安でもさほどマークしていなかったから、現在本腰を入れて調べているところだ』

「……オールマイトを好きな人たちが、そんなことを……」

「……出久?」

 

 出久とて、オールマイトの信奉者と言われればそれを否定できないほど彼を愛していた。まだ自我も確立されていないような幼き日、目の当たりにした鮮烈な姿は緑谷出久という人間のその後の人生を形作ったともいえる。

 だからこそ、そんな連中がいるというのは看過しがたい事実だった。他のヒーローを否定して、オールマイトが喜ぶはずがない。そんなこともわからないのだろうか。

 

『それと、おまえたちの脳波を操っている人間……つまり電波の発信源については特定が進んでいる』

「じゃあ、もうすぐもとに戻れちゃうのかー……」

 

 「もうちょっとこの身体でも良かったんだけどなァ」とは死柄木の言。冗談じゃないとすかさず真幌がひと刺し──もはや様式美となりつつあるこの流れにも、間もなくピリオドが打たれようとしている。もとの日常に、戻れる。

 

 それは間違いなく安堵すべきことなのだけれども、どうしてか一抹の侘しさを感じてしまう出久なのだった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、報告を終えた轟は珍しく早々に退庁していた。警視庁のエントランスでとある人物と合流し、そのまま適当な居酒屋に入る。

 

「まさかきみからお誘いいただけるとは思ってもみなかったよ」

「たまには良いかと。ご迷惑でしたか?」

 

 「まさか」と微笑むのは、学生時代からの旧知の仲である塚内直正。定年間近にしては若々しい以外取り立てて特徴のない風貌ながら、天下の警視庁・捜査一課長の地位にある警察官だ。

 

「正直、意外ではあるけどな。お互い普段は忙しいし、きみは……なんというか、周囲と必要最小限度の付き合いしかもたないタイプだと思っていたから」

「……そうですね」

 

 実際、同僚・部下・上司──職務を離れたところで深くかかわった人間はさほど多くはない。皆無というわけでないのが、面倒見の良い人間の多い警察らしいとも思うが。

 

「しかし、きみたちと知り合ってもう二十年か……彼が亡くなってからも」

「………」

「早いもんだな、本当に」

 

 歳をとると、昔話が多くなる。若者なら辟易するところかもしれないが、轟自身もう若者とはいえない領域に足を踏み入れている。

 それゆえ轟の在学時代のことや、互いが警察に入って間もない頃の話に花が咲いたのだが……程よく酒が回ってきたところで、塚内のほうから切り込んできた。

 

「じゃ、そろそろ本題に入るか?」

「!」

「きょう誘ってくれたのは、親睦を深めるためだけじゃない……だろ?」

 

 流石に鋭いと、轟は思った。柔らかく細められた漆黒の瞳は、その深淵に底知れぬものを潜ませている。公安のエリートである轟でさえ、彼にかかればまだまだひよっこにすぎないのだろう。

 

「例の一件、オールマイト記念財団の関与が浮上しました」

「……例の彼らか。まさかそんな、大それたことをしでかすとはな」

「まだ決まったわけではありませんが、流出元に接触していたのはみな構成員たちです」

 

 からんと、グラスに詰め込まれた氷が音をたてる。

 

「これも未確定ですが、警察にも構成員ないし理念に共鳴する者が相当数いるようです」

「………」

「塚内課長、その炙り出しに御協力いただけないでしょうか。私も含め、公安が動けば警戒されます。ですが、生前のオールマイトと親しかったあなたなら」

 

 そうでなくとも、塚内は轟などとは比べ物にならない人脈をもっている。三十年にわたる刑事生活によって。

 

「……わかった。やれるだけのことはやってみよう」

「ありがとうございます」

 

 小さく頭を下げると、轟は塚内の猪口に熱燗を注いだ。組織に属する社会人として、彼にもその程度の弁えはあった。

 

 

 *

 

 

 

 薄暗い部屋で、女性が携帯電話で何者かと会話している。その表情は深刻なもので、自分ひとりしかいない部屋にもかかわらず声をひそめる様子からは、後ろめたい感情がありありと浮かんでいた。

 

『そうか、爆心地が文化祭にね。教えてくれてありがとう』

「……いえ。あの、ほんとうに生徒たちに危険はないのでしょうか。それに、緑谷先生にも……」

『我々は罪のない人間を傷つけるために活動しているのではない、むしろその逆だ。……とはいえ、多少なりとも怖い思いをさせることにはなってしまうだろうが』

「………」

『ともかく、きみが心配するようなことは何もない。我々の望みを果たすため、いま少し協力してほしい』

 

『頼んだよ。──南、麻衣さん』

 

 

 事態は、いよいよ風雲急を告げようとしていた。

 

 

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