校門にアーチが架かり、旗が躍っている。
緑谷出久──今の中身は爆豪勝己であるが──の勤務する中学校は、いよいよ文化祭当日を迎えていた。校庭も校舎も生徒による催し物で賑わい、平日とはまったく異なる熱気に包まれている。
生徒の自主性にまかせた行事であることから、教師の役割はさほど多くはない。生徒たちが羽目を外しすぎたり、トラブルに巻き込まれることを抑止する目的で校内を巡回するのが精々である。
とはいえ"彼"のような人目を憚らない不良教師の場合、ただ巡回のみを一心不乱にこなすなどありえないわけで。
「──おいてめェら、準備万端なんだろうなァ?」
彼は自分の受け持つクラスに顔を見せた──フランクフルト片手に。
「……緑谷先生、がっつり楽しんでんじゃん」
そんな愛すべき我らが担任にがっつり突っ込みを入れる少年。つい先日まで引きこもっていたことで、かえってこの"緑谷先生"といちばん打ち解けた宇佐見駿である。しかしなぜかドレス風の衣装を着せられている。
「おまえこそテンション低いな駿、主役だろ?盛り上がれや」
「……主人公ならね。なんでヒロインなんだよ……」
このクラス、出し物として"シンデレラ"を下敷きにしたオリジナル劇を上演することになっている。それだけならまあ平凡なのだが、目玉として男女の配役を逆転しているそうで。
「似合ってんぞ」
「嬉しくないからね!?」
まあ実際、お世辞ではなくほんとうに似合っている。誤解を恐れず言えば駿はかわいい顔立ちをしているし、短距離走者らしく小柄で細身だ。昔のように走れないとはいえ、少しずつトレーニングも再開しているらしい。引き締まった体躯は、ドレスを着せても違和感がない。
「おい駿~、最終リハ始まるってよ!」
と、やはり同じく女装をした少年が駆けてくる。陸上部で駿のライバルだった
「あ、緑谷先生来てたんだ」
「おー。おまえ、なんの役なんだ?」
「俺、継母!」ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ、「たぁっぷりイジめちゃうぜぇ?」
駿と対照的に、彼は乗り気のようだ。
「ねえ、先生も見にくる?」
「……俺ァきょう爆心地の付き添いだ。ヒマがあったらな」
「あーそっか。ナマ爆心地たのしみだな~、なぁ駿?」
「う、うん。でもまさか活真さん、爆心地事務所の人だったなんて……」
駿が小声でつぶやく。保護者の警戒を解くため咄嗟に教育実習生ということにしたが、校内で通用するはずもない。まあ今となっては問題ないだろうということで、真実を伝えたわけである。
「!、やべっ呼ばれてる。いこうぜ駿」
「うん。──じゃあまたね、先生」
「おー」
颯爽と去っていく後ろ姿は、地味な風貌に反して不思議な色気を醸し出している。その変化は当然、教え子たちにも伝わっていた。
「なんか変わったよなぁ、緑谷先生。新学期はもっとオタクっぽかったのに」
「へー……」
確かに、初めて自宅を訪問してきたときはもっと穏和そうだった印象がある。……もしかして、自分がトロフィーを頭にぶつけたせいで性格が変わったとか?
わりあい真剣にその可能性を憂えた駿だったが、事が事だけに誰にも相談できなかった。思いきって当人に訊けば一笑に付されてしまったので、深刻な悩みというほどではないのが救いか。
(そういえば先生、なんか爆心地っぽいキャラだよなぁ……)
無論実際の爆心地と面識などないので、マスメディア等を通じて見るイメージでしかないのだが。まさかこれが大々大正解だとは、夢にも思わない駿であった。
*
そのヒーロー爆心地こと爆豪勝己こと緑谷出久・
「なんかすごく、故郷に帰ってきたような気分……」
玄関口でスリッパに履き替えながら、思わずつぶやく。ここは本来、彼自身の職場なのだ。
「僕としては、校舎自体懐かしいです」
「はは……そうだよね」
こんな童顔だが、活真は活真で成人してそれなりに年月を重ねている。まあ、顔立ちについて他人のことはとやかく言えないのだが。
「──お待ちシテオリマシタ、ヒーロー爆心地?」
「!」
少年のような柔らかな声で、思いきり含みのある棒読みが飛んでくる。
「あっ、かっちゃん」
思わずそう呼んだ出久を、彼はじろりと睨めつけた。
「てめェ……間違っても人前でそう呼ぶなよ」
「わ、わかってるってば」
「チッ……おら、とっとと行くぞ」
不機嫌そうに鼻を鳴らしつつ、踵を返す勝己。そのあとを子分のようについていく出久たち。見かけには前者が一介の教師、後者が間もなくNo.1にならんとするヒーローとその秘書。ヒーローの側が縮こまっているというのは、解せない構図であろう。
ふたりがまず案内されたのは、職員室だった。出久にとっては本来のオフィスなのは言うまでもない。
しかし緑谷出久として出勤するのとでは、当然ながらそこにいる人々の反応は違っていた。
「爆心地、入られます」
勝己の声かけに応じて、教師たちが一斉に立ち上がる。彼らの表情は様々だが、一様に緊張しているのが見てとれた。「ホンモノだ……」なんてつぶやきもどこぞから聞こえてくる。
「……どうも、きょうはよろしくお願いします」
少し迷ったうえで、そう言って軽く会釈をする。向こうは知らないとはいえ同僚や上司たちだ、あまり素っ気なくするのも気が引けた。
まずは校長・教頭が浮かれた表情で寄ってきて、名刺を差し出してくる。それを受け取り、替わりに自らの名刺を差し出す……それは秘書たる活真の役割だ。
その光景をむず痒い気持ちで見ていたらば、不意に感情のこもった視線を感じた。追ってみれば、そこにいたのは。
(南……先生?)
とりわけ出久に良くしてくれる、同年代の女性教諭。普段は常に柔らかな微笑みに彩られているその美顔が、複雑な感情をたたえていた。目が合った途端、ふいと逸らされてしまうのだが。
そういえば、彼女は爆心地のことを苦手と評していた。もしかするとそれは大人としてオブラートに包んでいただけで、実際には反感、あるいはそれ以上の感情なのかもしれない。彼女は自分……というか爆心地を招待すると"緑谷先生"が言い出したとき、どのような反応を見せたのだろう。あとで訊いてみようと思った。
「きょうは生徒たちのために特別な催し物をしていただけるとか!ほんとうにありがとうございます~」
「……いえ。それまで、見学させていただいても?」
「もちろんですとも!引き続き緑谷のほうに案内させますので……ああそうそう、イベント会場の準備はあちらの南が担当してますので、ご不明な点ございましたらどんどん訊いてやってください!」
浮かれた教頭がしゃべるしゃべる。校長は傍らでにこにこしているだけ。こういう気の抜けるような大人たちが差配している学校だが、それで不思議と上手く回っている。出久自身、この職場に居心地の良さを感じているのは否定できなかった。
「では爆心地、ご案内しますのでこちらに」
折り目正しく促しつつ、脛のあたりを軽く蹴りつけてくるのを忘れない勝己。ある意味流石というほかない、今は彼に従うしかないわけであるが。
*
「見学っつっても、大して時間ねえぞ」
教室棟へ繋がる渡り廊下を歩きつつ、勝己がぶっきらぼうに言い放つ。スケジュール的にも安全面でも、ヒーロー爆心地が丸々文化祭を満喫するなんてできるはずがない。短い間とはいえ連日その職務をこなしている以上、言われるまでもなくその点は理解できている。
「うん。でもやっぱり、受け持ちのクラスの様子くらいは見たいなって」
「……そーかよ」
まあ、その程度であれば勝己としても文句はない。活真を駿に引き合わせることもできる。
と、いうわけで。
「きゃーーっ、バクシンチ~~!!」
少女たちの黄色い悲鳴が教室内に響きわたる。殺到する彼女らに腰が引ける出久を守るように、すかさず勝己が割り込んだ。
「突撃してくんじゃねえっ、サインならくれてやるから一列に並べや!!」
彼の怒鳴り声は、どれほど昂った子供たちをも鎮静化できるだけの力強さがあった。実際、少女たちは揃って不満げな表情を浮かべながらも静まり、"爆心地"の前に列を作っている。その後ろに表情のみでわくわくを露にしている少年たちが続くのが、このクラスでの力関係を象徴している。
一方で、列に並ばず恩人との再会を優先する少年もいた。
「活真さん!」
曇りのない笑顔で駆け寄ってくる駿を、活真もまた笑みを浮かべて受け入れた。
「駿くん!元気そうだね」
「はい!……あの、その節はほんとうにありがとうございました。僕、また少しずつ走る練習してるんです。前みたいにうまくは走れないけど……やっぱり、楽しいから」
「……そっか」
活真の心に、じわりと滲み出すような喜びが湧き上がった。自分もまた、こうして誰かを笑顔にするために役立てるのだ。今までは間接的にだったけれど、今回は。
「そうだ活真さん、せっかく来てくれたんだし見てってよ。ウチのクラスの劇!」
「もちろん。駿くん主役なんだろ、頑張って!」
「主役っていうか、ヒロインだけどね……はは……」
死んだ魚のような目をしつつも、「がんばるよ」と応じる駿。彼の気持ちは活真にもよくわかった。なぜなら活真も女顔だから……それ以上は言わずともわかるまい。
*
ふたりのヒーロー爆心地が和やかな時を過ごしている頃、轟焦凍は部下の刑事たちとともにとある廃工場に足を踏み入れていた。
「ここなんだな?」
「はい。間違いありません」
端末に映る反応を見せつつ、頷く部下。キャリアである轟自身も含め、皆、拳銃で武装している。この超常社会においては原始的と侮られがちな武器だが、いざ急所を狙った場合の殺傷能力はときに種々の個性をも超える。そしてそのいざというときを迎える覚悟は、全員にあった。
奥へ奥へ進入していくと、やがてその最深部に黒いカーテンで覆われた区画が出現する。中から漏れでる、かすかな歌うような声。
──ようやくだ。ようやく、ここまで来た。
「そこまでだッ!」
カーテンをめくりあげ、銃を構えて一斉に突入する。果たして、そこには。
「♪~」
大量のコンピュータに囲まれ、カタカタとキーボードを叩く男の姿。大声で威嚇したにもかかわらず、こちらに気づいた様子もないのはヘッドホンのせいか。音楽にあわせて鼻歌を歌いながら、小刻みに身体を揺らしている。
「………」
出鼻を挫かれた轟は、苛立ちを露に男へ詰め寄った。ヘッドホンをむしりとって強引に存在を認識させると、眉間に銃を突きつける。
「!!」
「……そこまでだ」
大事なことなので、二度言った。