【完結】僕らの英雄王   作:たあたん

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 ヒーロー爆心地をはじめとする観覧者たちの前で、生徒たちが一生懸命に己の役を演じている。

 

 ただ今はいよいよ物語のクライマックスに差し掛かろうというところだった。女子生徒演じる王子様と、駿の演じるシンデレラがモデルのヒロインのキスシーン。むろん本職の撮影でないので"しているふり"までなのだろうが、それでもなかなかに臨場感あふれる場面である。緑谷出久もまた、爆心地のふりをするのを忘れて見入ってしまっていた。

 

「殿下。わたしを愛してくださるなら、どうか、そのしるしを……」

 

 懇願するヒロイン。薄く化粧を施した顔立ちが切なくゆがむ──その姿から男めいたいろは感じられない。あれほどいやがっていた駿だが、役にしっかり入り込んでいるのだろう。大したものだ。

 そしてそれに応えるかたちで、王子が、くちづけに臨む──

 

──刹那、場がぴしりと硬直するような事態が起きた。

 

 王子はヒロインの頭をぐっと引き寄せると、思いきり唇を合わせたのである。演技でなく、ほんとうに。

 

「!!?」

 

 駿のたじろぎようを見るに、これはまったくのアドリブ……というかキス自体は台本にあるから、女子の暴走というべきか。いずれにせよ普通の中学生同士が公衆の面前で披露するには過激なシーンとなってしまい、出久は思わず仰け反るしかなかった。その隣では、活真が顔を真っ赤にして呆然としている。

 

「……おいクソ童貞ども、しっかりしろや」

「「どどどど童貞ちゃうわ!!」」

 

 

 *

 

 

 

 そんなこんなで衝撃的な幕引きとなった上演が終わる頃には、この文化祭全体の目玉となる爆心地出演・特別企画の時刻が迫っていた。

 三人で会場へ移動する。

 

「……かっちゃん、あとであの娘のこと叱っておいてね」

「言われんでも叱り殺すわ」

「………」

 

 道中、こんなやりとりもありつつ。

 

 会場となる野外ステージは、既に準備を確りと完了しているようだった。

 

「南先生、」

 

 勝己が声をかけると、ステージの上に立っていた南女史はやおら振り返った。むかし見たヒーローショーに必ずいた、進行役の女性がこんな感じだったかと思う。それにしては少し歳をとっている……などとは、口が裂けても言わないが。

 

「爆心地、連れて来ました」

「あ……ありがとうございます」小さく頭を下げつつ、「……爆心地、今日はよろしくお願いします」

「……っス」

 

 爆心地としての対応なので、小さく会釈し返すだけだ。あとは"緑谷先生"としての勝己と、秘書である活真が細かいことについては調整する。それもなんというか、申し訳ない気持ちになるのだが。

 気になるのは、南の様子だった。当初は爆心地のことが有り体に言って嫌いだから、硬い態度になっているのだと思っていた。だがそれにしては、後ろめたいような、何かを躊躇っているような……気のせいだろうか?

 

 他人の機微には、自分などより余程勝己のほうが鋭いはずだ。そう思ってちらりと横顔を盗み見るのだが、彼はいろのない表情で南を眺めているだけだった。

 

 

 *

 

 

 

 簡単なリハーサルを終え、会場には大勢の人々が詰めかけていた。生徒はもちろん、保護者、教師その他諸々──比率としては少年たちが多いが、そこは間違いなく年代の坩堝となっている。

 ただ唯一、共通しているのは、彼らが黄色い帽子を被っているということ。会場の出入口で配られたものなのだが、その意味を知る者は半数にも満たない。

 

 と、いったん裏に退いていた司会進行役の南が壇上に出てきた。

 

「お集まりの皆さん、お待たせしました。──ヒーロー爆心地、お願いしまーす!」

 

 表向き元気を取り戻した南が声をあげる。中学の文化祭などチープなもので、運動会の入場のようなBGMが流れてメインキャストを呼び込もうとする。それがかえって出久を緊張させるのだが、

 

「しっかりやれや、"バクシンチ"」

「!」

 

 ぶっきらぼうな勝己の言葉に押され、出久は表情を切り替えステージへ飛び出した。割れんばかりの拍手と歓声が、場を支配する。

 南からマイクを受け取り、彼は口を開いた。

 

「……爆心地です。今日はお招きいただき、ありがとうございます」

 

 言葉は丁寧だが、口調はぶっきらぼう。保護者の受けはあまり良くないかもしれないが、これがこのような場での爆心地のスタンダードだ。

 

「初めに言っておきますが、私自身がここでごちゃごちゃと喋るつもりはありません。テレビや雑誌のインタビューでも見てくれれば、私の考えはだいたいわかると思うので」

 

 相変わらずの物言いに、群衆から失笑ともいえない散発的な笑いが漏れる。

 

「それよりきょうは、皆さんのことが聞きたい」

 

 

「生徒の……いや、お集まりの皆さん、"夢"はありますか?」

 

 

 *

 

 

 

 時は数日前に遡る。

 

 黒板に躍った"イエローキャップキャンペーン"の文字に、生徒たちは揃って首を傾げていた。

 

「爆心地が来るにあたって、これをやりたいと先方から話があった」

「あのー先生、」女子生徒のひとりが挙手する。「そのイエローキャップキャンペーンって、なんなんですか?」

 

 それについて知る者は、勝己を除いて誰もいないようだった。彼自身、"爆心地"から聞かされたのが初耳だったのだから。

 

「……昔、それこそ個性が生まれる前、とある総理大臣の息子がとあるフリースクールを救うために行ったチャリティ企画らしい。若者が国会議事堂に向かって自分の夢を全力で叫びながら、募金を集めた。その目印に黄色い帽子を被ってたから、イエローキャップキャンペーン」

 

 「文化祭でやるとややこしいから募金だなんだはナシな」と付け加える。そのあたりについては得心がいった様子の生徒たちであるが。

 

「夢を叫ぶって……誰がやるんですか?」

「主はお前らだな」

 

 半ば予想できていたこととはいえ、消極的な空気に包まれる教室。多感な年頃の、なおかつ冷めた考え方が支配的な現代のティーンエイジャーたちに"それ"を求めるのは難易度が高い。自分だってきっと拒否しただろう。

 

「別に強制はしねえ。けどお前ら、どーせ普段は中途半端に大人ぶって、斜に構えてばっかいンだろーが。祭りのときくらいガキはガキらしく羽目外したらどうだ?すっきりするぜ、ウダウダ先公の悪口言ってるよりよっぽどな」

 

 教師でありながら"先公"などと口にする担任も、生徒たちにとっては既に慣れつつある存在だった。元に戻ったあとイメージの修正に出久は苦労するだろうが、そんなのは勝己の知ったことではない。

 

「ま、事前に申し込みが必要なもんでもない。当日気が向いたら叫び殺してみろや」

 

 

 *

 

 

 

 戻って。まずは言い出しっぺからということで、"爆心地"が封切りを行うのが当然の流れであった。

 表向き涼しい顔でマイクを握りつつ、内心では緊張を御しきれない出久である。ここでしらっとした空気になってしまえば、あとに続く者が出なくなる。皆の"夢"──それを背負って戦うNo.1ヒーロー。新たな爆心地像の総仕上げのために、この企画をなんとしても成功させなければならなかった。

 

「では爆心地、お願いします!」

 

 南の後押しを受け、彼はすっと思いきり酸素を吸い込んだ。

 そして、

 

 

「──最ッ高のヒーローにっ、なるぞーーーっ!!」

 

 "爆心地"の少し掠れた声が、会場に響き渡る。波が収まり、一瞬の沈黙。心臓に悪い瞬間が過ぎる。

 刹那、背後から「いいぞーー!!」と応じる声が響いた。思わず振り向けば、そこには舞台袖から覗く勝己と活真、ふたりの姿。

 勝己のハンドサインを受けた出久は、思いきった手段に出た。

 

「もうひと声ーーー!!」

 

 なんと、自分から声援を求めたのだ。しかしこれが功を奏し、群衆からもレスポンスが返ってくる。あとは、続く者が出るか。

 

 と、ひとり少年が壇上へ駆け上がってきた。──駿だ。

 

「爆心地!次、僕やりますっ」

「おー、聞かせてみろ」

 

 マイクを渡し、ステージの中心を譲る。これからの数十秒は、彼が主役だ。

 

「僕は……僕の夢はっ、もう一度、風になって走ることーーっ!!」

 

 少し照れながらも、全力で叫ぶ。大人と子供の境界線上にいる少年のそんな姿には、他のどの年代にも醸し出せない美しさがあった。

 

「いいぞぉーーー!!」

 

 勝己と活真、今度は出久もいっしょになって叫ぶ。先ほどは戸惑いが先行していた群衆たちも、比して速やかに追随してくれた。

 

「よっしゃ、駿がやったなら俺も!」

 

 期待通り、駿に続いたのはライバルの駆だった。彼が叫んだのは、

 

「100メートル走で世界新記録、出すぞぉーーー!!」

「いいぞ~~~!!」

 

 流石に三度目ともなると、皆の息がぴったり合いはじめていた。このイエローキャップキャンペーンでは、どんな荒唐無稽な夢でも決して嘲ったりしてはならない。それぞれの夢を皆で応援する、それがコンセプトなのだ。

 この辺りから一同、流れを掴めてきたのだろう。自ら壇上に登ろうという者が現れはじめた。

 

「世界でいちばんの、ドクターになりたーーーい!!」

 

──いいぞぉ~~!!

 

「爆心地の、お嫁さんになりた~~い!!」

「い……ええっ!?」

 

 中にはこんなものも。

 

「銀河を守る、宇宙刑事になるぞーーー!!」

「蒸着ーーー!!」

 

 

「無事、盛り上がってますね」

「おー」

 

 ぶっきらぼうに頷きつつ、勝己は自身の肉体──つまり出久を仰ぎ見た。爆心地としての演技は続けつつも、彼はとことん盛り上げ役をこなしている。少年時代、教室の隅で縮こまっていたあのデクが。

 もしも彼があの頃の夢をかなえていたなら、入れ替わるまでもなく自分自身の姿で、あのように光と歓声を浴びていたのだろうか。ふとそんな思いがよぎって、勝己は自嘲した。コミックのような話だ、万にひとつもありえない。だがそのありえない未来を誰より現実のものとして畏れていたのは、他でもない自分自身だったのかもしれない。今だからこそ気づけること。ただ、それでも──

 

「呼ばれてますよ、"先生"」

「!」

 

 活真の言葉に我に返ると、クラスの生徒たちを中心として緑谷先生、緑谷先生と沸いていた。出久が所在なさげにこちらに目をやっている。

 

「……チッ、デクの身体でなに言えっつーんだよ」

「なんでもいいんでしょう、世界でいちばんのティーチャーになるとか」

「さっきのヤツと被ってんじゃねーか」

 

 とはいえ、生徒らをけしかけた立場で自分は何もしないというのも示しがつかない。もうどうにでもなれという気持ちで、勝己は壇上へ飛び出した。なぜか「おおー」というどよめきが上がる。

 

「……2年A組担任の緑谷です」

 

 父兄もいるので、一応は名乗っておく。ほんとうなら、「耳の穴かっぽじってよく聞いとけ」くらいは言ってやりたかったが。

 出久の身体で言うべきこと。正直、そんなものわからない。"かっちゃんとデク"の宿縁めいた関係を越えて、あくまでヒーロー爆心地として在るならば、彼のような人間に平凡な人生をまっとうさせることこそ責務なのだ。

 

 一瞬の逡巡のあと、勝己はマイクを握った。会場は既に静まり返っている。出久もまた、幼なじみが自分の身体でなにを言うのか、予想がつきかねているようだった。

 

「……俺は、」

 

 たったひとつ、かなわなくてもいい願い。

 

「14歳の自分にっ、戻りてぇーーーッ!!」

 

 勿体ぶってしまっただけに、いぶかしげな空気が流れるのも無理からぬことだった。とはいえクラスの生徒たちがすぐ「いいぞーーっ!!」と返してくれたので、白けるところまではいかなかったが。

 

 その場にマイクを置いて、勝己は舞台袖へ戻った。活真が「さっきのはどういう意味なんですか?」と訊いてくる。

 

「……さァな」

 

 教えてやるつもりはさらさらなかった。活真だけではない、誰にも。大勢は2年生……つまり14歳の子供たちの担任だから、触発されたのだと納得してくれるかもしれないが。

 

 次に名乗り出たのも大人だった。蜥蜴のような風貌の男、誰ぞの保護者だろうか。異形型は外見から年齢がわかりにくいので一概には言えないが、それにしては若い気がする。

 

「オレの夢は──」

 

 刹那、男の目に殺気が宿った。

 

 

「爆心地をコロスことだぁぁぁーーッ!!」

 

 叫ぶと同時に、鋭く尖った尻尾がステージの傍らにいる"爆心地"へ差し向けられる。突然のことに、誰もが声すらあげられずに固まっている。狙われた爆心地──出久さえも。

 

「デクっ!!」

 

 そんな中で、唯ひとり勝己が声をあげていた。同時に、走り出す。彼の精神が、こうした状況の変転に慣れているがゆえの適応。不幸なのは彼らが入れ替わっていることだった。

 緑谷出久の肉体の走力よりずっと、尻尾のほうが速い。つまりその先端が、爆豪勝己の肉体を貫くほうが──

 

(クソが……!!)

 

 勝己が思わず歯噛みした瞬間、"それ"は起こった。

 

 

──BOOOOOM!!

 

 

 ステージを舞う爆炎。呑み込まれる蜥蜴男。

 

「……!」

 

 動きを止めた勝己は、言葉を失っていた。焔を巻き起こしたのが何者かなど、考えるまでもない。

 だってそこには、"爆心地"が存在しているのだ。まるで鏡にでも映し出されているかのように、表情、動作、どれをとっても彼はまぎれもない、ヒーローだった。

 

 

 

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