【完結】僕らの英雄王   作:たあたん

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直下

 

 緑谷出久を救うため、命を賭した爆豪勝己。もとの身体に戻ることで、彼はヒーローとして死を迎えた──

 

 

──はずが?

 

 

「出久っ!」

 

 ぱちりと目を開けた緑谷出久の肉体に真っ先に駆け寄ったのは、死柄木弔の姿のままの真幌だった。轟曰くそれぞれの入れ替えは別で管理されているらしく、彼女らのそれの解除は後回しにされていた。というより、状況が状況だけに出久たちのぶんを至急行ったというのが正しいか。

 

「………」

 

 戸惑いがちに周囲を見遣る出久に、真幌は必死に状況を語った。勝己がみずからを犠牲にして、出久を救ったと──

 

 だが次の瞬間、"出久"は皆の予想だにしないひと言を放った。

 

「……違ぇ」

「え?」

「は?」

「へ?」

「?」

 

「か、」

 

 

「変わってねぇ────!!??」

 

 

 *

 

 

 

 入れ替わりに、失敗した。その事実が発覚した直後、轟のほうから電話がかかってきた。

 

「おい半分ヤロォっ、どうなってやがる!?」

 

 開口一番、怒鳴りつける。対する轟の声も、珍しく焦りを露にしたものだった。

 

『たった今、パスワードが書き換えられちまった……!』

「ンだとォ!?」

 

 轟の目の前では、入れ替わりを管理していた白衣の男が右往左往している。頭に血が上った警視殿は、感情のまま彼に掴みかかった。

 

「貴様……!新しいパスワードはなんだ!?」

「ヒイィィ!?し、知らないんですぅほんとうに!たぶん、仕掛けた人にしかわからないんじゃ……」

「ッ!」

 

 オッドアイをかっとみひらいた轟は、男を壁に叩きつけた。その右手から、男にぎりぎり触れない範囲で氷結が広がっていく。その冷気を全身で感じとって、男は戦慄した。

 

 

 *

 

 

 

 集中治療室の中で、医師たちが必死になって処置を施している。電気ショックに、心臓マッサージ。平行と化した心電図を、もとに戻すために。

 

──入れ替わりに失敗したことは、いよいよ事態の切迫を引き起こした。相当な負担がかかったことで、既に死へ向かっていた爆豪勝己の肉体は限界を迎えてしまったのだ。緑谷出久の魂を、その身に抱いたまま。

 

「出久っ!」

「緑谷さん!!」

「緑谷、死ぬな!!」

 

 真幌が、活真が、切島がガラス越しに呼び掛ける。死柄木は流石に見守っているだけだったが。

 そして、勝己は。

 

「……デク……!」

 

 歯を食いしばり、その名を呼んでいた。

 

 

 *

 

 

 

 出久は、夢を見ていた。

 

「待てやァアアアデェェクゥゥゥ!!」

「ヒィイイイイ!!??」

 

 中学のころの学生服を着た勝己が、悪鬼のごとき形相で追いかけてくる。対して自分も少年の姿で、何がなんだかわからないまま必死に逃げている。

 

(なんで追いかけられてるの?また僕何かやっちゃいました!?)

 

 それならきちんと理由を説明してほしいところだが、今の勝己には話など通じそうもない。ゆえにひたすら走るしかないのである、悲しいかな。

 階段を駆け上り、二階、三階──そうしてたどり着いたのは、屋上だった。抜けるような青空に、懐かしい街並みが広がっている。

 

「あ……」

 

 不意に思い出す、いつか勝己が放った悪意の言の葉。

 

──来世は個性が宿ると信じて、屋上からのワンチャンダイブ!!

 

「……ッ、」

 

 一瞬、足が震えた。しかしそれも良いかと思ってしまう、この恐怖から逃れられるなら。

 

(耐え続けてもどうせ、良いことなんて何もないんだ。だったら……)

 

 そんなことを考えていたら、空がぱあっと光を放ち、ふわあっと大きな人影が下りてくる。目を凝らしてみればそれは、

 

「お、オールマイト……!?」

 

 かつての絶対的No.1、平和の象徴、伝説のヒーロー。形容すればきりがない、出久の、幼少期からの崇敬の対象。……なのだが、なぜかその頭上には黄金の輪が、逞しい背中からは一対の翼が生えている。

 

「大天使!?」

 

 空中で、オールマイトがおいでおいでと手招きしている。その姿に誘われてふらふらと一歩を踏み出すのと、屋上の扉が勢いよく開かれるのが同時。

 

「デェクゴルァァ、逃げんなァァ!!」

「う゛わっ来たよ!」

 

 前門のオールマイト、後門のかっちゃん。ならばいよいよ前者に靡くのも当然の帰結である。いろんな意味で、ワンチャンダイブ。

 

「さよなら現世!また来て来世!」

「デ──」

 

 勝己が焦ったような声を発するがもう遅い、まるで段差を踏み越えるかのように、出久は空中めがけて跳んだ。ふわりと風が身体を撫で、そのまま自由落下がはじまる。

 

(はは……気持ちいいなぁ)

 

(もっと早く、こうしておけば)

 

 仄暗い思考とともに、地面が迫ってくる。ゆっくり目を閉じようとして……刹那、出久は目をみひらいていた。

 

 何もなかった地面に、突然網が広がったのだ。

 

「えぇ~~ッ!!?」

 

 何事、と慌てつつもこの状態では如何ともしようがない。出久はそのまま網に胴体で着地する羽目になった、衝撃は来たが、身体を砕くには至らない。

 

「痛、てて……なん……」

「……つっかまーえた」

「へ……──!?」

 

 上から顔を覗かせたのは、小学生くらいの女の子。かわいらしいが、勝ち気にも見える顔立ち。

 

「ま、まほちゃん……?」

「死なせるわけないでしょ……わたしと添い遂げるまではね!!」

「!?」

 

 真幌の姿が大人のそれになったかと思うと、ネットに四肢を絡めとられたままの出久にのし掛かってきた。出久も気づけば大人、というかアラフォーの姿になっていたのだが、当人が知ることもなければ客観的に見る者もない。

 

「さぁアア、手始めに誓いのキスををを……!」

「ちょっ、色々すっ飛ばしてるから!!家族に紹介するとか入籍とか順序があるからぁああああ!!」

 

 もがく出久は、天上のオールマイトに救けを求めた。しかし彼は明らかに困った表情を浮かべると、「お幸せに!」とシャウトしてそのまま雲の谷間へと消えていってしまう。

 

「ちょ、オールマイト!オールマイトぉぉ!!」

 

 伸ばす手は、虚しく。

 

 

「ぎゃぁあああああああああ!!」

 

 

「──あ、先生!心拍が戻りました!」

 

 心電図が再び波打ちはじめたことで、医師、そして勝己以下付き添いの面々もほっと胸を撫でおろした。

 

「ふ、復活した……!」

「さっすが、爆豪くんのボディー」

「………」

 

 島乃姉弟(片方は死柄木の身体だが)などは抱き合って喜んでいる。とはいえまだまだ予断を許さない状況には違いないのだが、悪夢?の甲斐あってかここから出久は不可逆的に快方へ向かうのであった。

 

 

 *

 

 

 

 いったん警視庁に戻った轟焦凍は、その足で南麻衣の取り調べに参加していた。

 

「単刀直入に訊く。──あんたに指示を出していたのは、どこの誰だ?」

 

 まさしくすっぱり斬り込むような問いかけ。しかし被疑者は俯いたまま、小さくかぶりを振った。

 

「……わかりません……」

 

 南は今、捜査員の個性で催眠にかかっている。今日び個性のおかげで、自白剤だの拷問だのという前時代的を通り越して骨董のようなまねをする必要もない。

 その状態で知らないというのだから、ほんとうに知らないのだろう。あるいは個性に打ち勝つほどのよほど強い信念か耐性があって、頑強に抵抗しているか。

 

 仮に後者だとしても、やり方は変わらない。

 

「なら質問を変える。首謀者に直接会ったことはあるか?」

「……あります……」

「男か、女か?」

「……男……」

「年齢は?若者か、中年か、老人か?」

 

 ここで一瞬、南が言葉に詰まった。

 

「老人では、ないです……。でも、若くもなくて……中年……?」

「………」

 

 少し考えたあと、轟は部下に命じて数枚の写真を持ってこさせた。

 

「この中に、その男はいるか?」

 

 それは人物写真だった。犯罪者、ネットで拾ってきた適当な画像、そこに警察官の写真まで無作為に混ぜている。証人に面通しをする際、先入観を排するために使われる手法だ。

 

「……いません……」

「なら、この中には?」

 

 2グループ目を出したとき、南の様子が変わった。

 

「………」

「この中にいるんだな?」

 

 答えず、ぶるぶると身体を震わせている南。催眠に抗っているのだろう。つまりは答を言っているようなものだが、それでも強固な信念があるのだと感じられた。

 

「このテロリストは、あんたを始末しようとしたんだ」

「………」

「このまま野放しにしておけば、あんたは一生命を狙われ続けることになる。……いやあんただけじゃない、あんたの家族、友人──教え子も」

「……!」

 

 南の額に、大粒の汗が流れる。

 

「取り返しのつかないことになる前に、我々にテロリストを捕らえさせてくれ。それを……あんたの大事な人も望んでいるんじゃないのか」

 

 その言葉が決め手となり、南の指はあるひとりの人物へと伸びていく。

 

「……やっぱりな」

 

──正直なところ、予見はできていた。だが轟ははじめて心の底から思っていた。思い過ごしであってほしかったと。

 

 

 *

 

 

 

「ご迷惑、お掛けしましたっ!」

 

 ベッドの上で、申し訳なさそうに両手を合わせるヒーロー爆心地こと、緑谷出久。その謝罪の言葉は病室に固まる付き添い人一同へと向けられている。

 

「いや、迷惑なんて全然!緑谷が助かってほんとうに良かったよ」

 

 真っ先にそう応えてくれるのは、いつだって烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎である。隣に控える活真も、落ち着いた笑みを返してくれる。彼が昨晩取り乱したことなど、出久には知るよしもない。

 問題は、彼らの上司である。なんの断りもなく──そんな余裕があるわけもなかったが──己の身を犠牲にされて、内心では怒り狂っているのではないか。南を庇ったことに後悔などないが、それは罪悪感と両立しないものでもない。

 

 対する爆豪勝己の心境は、存外にシンプルであった。

 

「……結果的には助かったんだ。もう、いい」

「えっ……」

 

 ふぅ、とため息をつく姿に、大人びた愁いはあっても怒りはみえない。

 

「あそこで南センセー殺られてたら、ヒーローとしちゃ終わりだからな。結果オーライだわ」

「結果オーライ……」

 

 勝己らしからぬワードチョイスに鼻白む出久。彼の理解は及ばなかったが、それは物凄く遠回しな謝意の表明でもあった。ヒーローである以上、多少の無茶は承知のうえで人々を守らねばならない。入れ替わってからこっち、さまざまなかたちで出久がそれを実践している。

 

「それよか問題はパスワードだ。突き止めねーともとには戻れねえ」

「パスワード?」

 

 ふたりを入れ替えているシステムにパスワードが設定されているのだと活真に説明され、出久は納得した。

 

「まず黒幕を探し出さなきゃだよなぁ……。轟のやつ、どうしたかな……」

『──呼んだか?』

「呼ん……うおッ!?」

 

 病室のテレビにいきなり顔面がどアップで映ったので、切島などは盛大にのけぞってしまった。

 

「おい、顔面」

『?……あぁ、ズームアウト』

 

 カメラが引いてゆき、轟の姿が上半身まで映る程度にまで縮小される。

 

『南麻衣からあらかた情報を搾り取れたので、報告に来た』

「来た?」

 

 細かいボケは置いておくとして。

 

「わかったンか、黒幕は?」

『ああ。そのことで爆豪、こちらに来てもらいたいんだが』

「こちらって……」

『決まってるだろ』

 

 

『──警視庁だ』

 

 

 

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