【完結】僕らの英雄王   作:たあたん

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呪縛

 病室内に、しゃりしゃりと小気味の良い音が響く。

 

「……まほちゃん、」

「ん~?」

「それ、やりづらくない?変わろうか?」

「もう慣れたもん。だいたい、毎晩ごはん作ってるんだから」

 

 それもそうかと、病床の出久は口をつぐんだ。目の前では死柄木弔の姿をした真幌が、器用に小指を立てて林檎の皮を剥いている。死柄木の個性で、五本指で掴んだものは否が応なく"崩壊"してしまうらしいので、真幌は気を遣いながら生活しているのだという。

 

「……苦労するなあ、お互い」

「なんか言った?」

「い、いやなんでも!」

 

 そうこうしているうちに林檎がきれいに切り分けられ、出久の前に差し出される。

 

「どーぞ」

「あ、ありがとう」

「……ねえ、あ~んしてあげよっか?」

「いやいやいや!……一応ほら、他人もいるんだしさ」

「まあねぇ」

 

 肩をすくめつつ、真幌はちらりと傍らを見遣った。他人──死柄木もたしかに、この部屋にいる。しかし独りで病室を出るのを禁じられているのをいいことに、ソファーを占領してぐうぐう昼寝しているのだ。

 

「……ひとつ訊いていい?」

「ん?」

「まほちゃんは、どうして僕なんかが好きなの?」

「………」

 

 真幌はむっつり黙り込んだ。表情がないと死柄木の真っ赤な瞳がより強調される、それは本能的な恐怖を味わわせるもので。

 

「……そういう自己評価が著しく低いところ直してほしいのに、なんでか好きなんだよね……」

「……まほちゃん?」

「出久、言ったよね。"僕はきみを幸せにはできない"って」

「……うん」

 

 それは紛うことなき出久の本心だった。母を不幸にした自分が、妻や子供なんて。

 再び仄暗い思考に支配されかかったとき、真幌がぽつりとつぶやいた。

 

「幸せにしてもらおうだなんて、最初から思ってないよ」

「え……」

「だいたい、幸せってなに?当たり前みたいに言われてるけど、わたしよくわかんない」

「それは……僕だって、わからないよ」

「………」

 

「だったら、いいじゃん」

 

 出久の手に、真幌のそれが重ねられる。うっかり個性を発動させたら大変なことになってしまうので、ここもきっちり四本指で。

 ふたりの間にもはや言葉はなく、個室に甘い空気が流れる。──刹那、

 

「おっ、キスすんの?」

「!!?」

 

 からかうような女の声に、ふたりは慌てて振り返った。そこにはソファーから身を起こしてにやにやしている死柄木の姿があって。

 

「死柄木っ、いつから起きてたのよ!?」

「あ~んしてあげよっか、のあたりから」

「結構序盤!?」

「起きたなら起きたって言いなさいよ!」

「ヤだよ、せっかく良いとこだったもん。で、ちゅーしないの?しようぜ、ちゅー」

「するわけないだろこの身体で!!……そういうのは、もとに戻ってから……」

「……出久……」

「うわ~、ばかっぷる」

 

 死柄木が肩をすくめていると、病室の扉ががらりと開いた。

 

「戻ったぜー」

 

 轟に呼ばれて警視庁に行っていた勝己と切島が帰ってきた。ちなみに活真は先ほどまでここにいたのだが、入れ違いで事務所に戻っていった。彼も忙しいのだ。

 

──ふたりが見聞きしたもののことは、既に聞いている。それゆえ切島が無理して明るく振る舞っているのも、その隣で勝己がぼんやりと床を睨んでいることも、すべてその理由を知っている出久である。

 

 意を決して、彼はベッドから立ち上がった。真幌が慌てて支えてくれようとするが、傷自体は治療の甲斐あってほとんど塞がっている。ただ、体力を使い果たしているからふらつくというだけで。

 彼女の気遣いを優しく遠慮して、憔悴している幼なじみとその親友のもとへ歩み寄る。

 

「かっちゃん、切島くん」

「………」

「……お、おう」

 

「大変だったね、お疲れさま」

 

 ふたりの手をとり、そっと握る。勝己はまたデクに見下されたと不快に思うかもしれないし、切島にしても同性よりは異性に慈しまれるほうがいいだろう。だからこれは、完全な自己満足だった。自己満足でもいいから、今は彼らに寄り添いたかったのだ。

 

 実際、勝己は渋い顔をしたものの、ふたりとも出久の好意を拒絶したりはしなかった。積年の恩人に裏切られたことで開いた胸の穴に、その想いがゆっくり染みていく。

 

「それよりさァ、入れ替わりは解除できそうなの?」

 

 空気を読まずに死柄木が訊く。とはいえ感情のうえではともかく、状況的には正しい質問である。死柄木自身はもとに戻ることに拘りもないとはいえ、全体としての最終目標であることに違いはないのだから。

 

 勝己と入れ替わるように苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも、切島が応じた。

 

「つかう……黒幕の取り調べ中だ。すぐわかるよ」

「ふぅん。しかし案外やるねえ、()()()

「どーいう意味だコラ」

 

 久方ぶりに火花を散らすNo.2ヒーローと宿敵ヴィランを前にして、出久と真幌は困ったような笑みをかわしあった。自分たちの身体が目の前でじゃれあっている光景、それを見るのもこれが最後かもしれない。

 

 

 *

 

 

 

 数日後。無事に退院した出久と勝己は、連れ立って警視庁内の接見室にいた。

 留置係の警官に連れられ、入室してくる年かさの女。化粧っけがなく、どこか青ざめた表情。同僚としてよく知る明るい南麻衣とはまるで別人のようで、出久は思わず唾を呑んだ。

 

「……すみませんでした、緑谷先生。わたしのせいで、あんなことになって」

 

 庇われたことに罪悪感があったのだろう、開口一番南が口にしたのは謝罪だった。だが、それを向けられたのは出久だけ。その理由も、もう知ってはいるけれど。

 

「いえ。南先生こそ、ご無事でよかったです」

「………」

「でも先生……どうして、こんなことを」

 

 訊くと、申し訳なさそうな表情から一転、彼女は皮肉めいた笑みを浮かべた。

 

「それはもう、ご存知なんじゃないですか?あの轟さんって刑事から聞いて」

 

 図星だった。南は既にあらかた自供していて、轟は逐一報告をくれている。南が、この策謀に加担した理由も。

 

「轟からだけじゃねえ」

 

 初めて口を開いた勝己が告げたのは、出久も知らない事実だった。

 

「昨日、あんたの元旦那に会ってきた」

「……!」

「……泣いてたよ。自分があのとき、寄り添ってやれなかったせいだ、ってな」

 

 南の表情から笑みが消えた。その双眸に、感情の炎がこもる。勝己はそれを真正面から受け止めた。

 

「悪いのはあの人じゃない……!悪いのは、悪いのは全部──」

「──俺、って言いてぇんだろ」

 

 静かな声で言い放った勝己に鼻白みながらも、彼女は双眸により力を込めた。

 

「あんたと息子、()()()()にいたんだってな」

 

 勝己の脳裏に、五年前に発生したとある事件がよぎる。それはヒーローたちの懸命な努力にもかかわらず大勢が犠牲となった、凄惨な出来事だった。

 

「あんたは助かったが、あんたの息子は崩落に巻き込まれて即死だった。……そうだな?」

「……そうよ……!全部、ぜんぶあなたが……!あなたがあのとき、救助を優先してくれていれば!」

 

 あのとき勝己は、敵と戦っていた。救助の手が足りないことはわかっていたが、敵を放っておくわけにだっていかなかった。とはいえ結果は結果、あの戦いのあと良くも悪くも目立つヒーロー爆心地の責任を問う声は上がったし、そのうえで爆心地に非はないという調査報告を公安委員会が出したのも事実だった。それで終わった話だ、公には。

 

「それで、納得できると思う?たったひとりの我が子が、瓦礫に押し潰されて死んだのよ。……千切れた腕が、わたしの目の前に飛んできた。それを目の当たりにしたときのわたしの気持ち、あんたたちにわかるの?わかるわけないでしょう!!」

 

 そんな過去を今までおくびにも出さなかった南の、それは五年分の怨嗟の叫びだった。親しかった同僚の抱えていたものを目の当たりにして、出久は二の句が継げない。

 対する勝己は、

 

「わからねえよ」

 

 静かに、そう言い放った。

 

「俺に子供はいねえし、子供をつくるつもりもない。だから一生、目の前で子供を喪った親の気持ちはわからねえ」

 

「──だから一生恨んでくれてかまわない、それがあんたの生きる原動力になるなら。今回みてーに策を弄して陥れようとしようが、ストレートに殺しにこようがあんたの自由だ。でもな、俺は敗けねえぞ。あんたがどんなに俺の足を引っ張ろうが、俺は前しか見ねえ。戦って戦って戦って、そんで最後には必ず()()()()()()

 

 「そんだけだ」──そう言って、勝己は席を立った。今回は彼にまかせるつもりでついてきた出久も、黙ってそれに従う。

 ただ、

 

「緑谷先生、」

「!」

 

 呼びかけられて、振り向く。南は、ゆがんだ笑みを浮かべてそこに座っていた。

 

「……いえ、やっぱりなんでもありません」

「南先生……?」

 

 面会はそれまでだった。係官に促され、彼女もまた退出していく。それ以上の会話は、暇乞いでさえ許されなかった。

 

 

 *

 

 

 

「先生、最後になにを言おうとしたんだろう」

 

 帰りの車中で、出久はぽつりとつぶやいた。それまで会話はなく、珍しく自分で運転している勝己の横顔──自分の横顔でもある──をちらちらと盗み見ていた。彼が存外に安全運転を志向しているなど、今回のことがなければ知るよしもなかっただろうに。

 

「俺が知るかよ」

 

 そんなことは、もちろんわかっているけれど。

 

「かっちゃんは、さ。……後悔って、したことある?」

「……てめェはマジで、どんだけ俺を苛つかせるんだよ」

「ごめん……。でもやっぱり、気になっちゃうんだよ」

 

 ヒーローだって人間だ、ひとりも洩らさず救けるなんてことできはしない。……あの、オールマイトだって。

 

「それが人を馬鹿にしてるっつーんだよ。……後悔のない人間なんて、いるわきゃねーだろうが」

「えっ……」

「それでも進むしかねえんだよ。この仕事をしてる以上はな」

 

 それ以上、勝己はなにも語らない。とてもではないが追及を許すような雰囲気ではなくて、出久も口をつぐむほかなかった。

 

 




またストックが尽きたのでちょいお休み
もう終盤も終盤なので次は最後まで書ききってから投稿再開しますです、はい
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