【完結】僕らの英雄王   作:たあたん

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書きあがったぜひゃっほー


瀬戸際

 

「さあ、パスワードを吐いてもらおうか」

 

 そう言って、轟焦凍は目の前の男に銃口を向けた。

 

 ところは高層マンションの一室。催眠にかけた塚内直正から聞き出した、EEGコントロールの第二……否、ほんとうの拠点。ただ、塚内はあっさりとこの場所について自白しながらも、あくまで想像の話というスタンスを崩さないでいる。彼が首謀者だという物的証拠も未だ発見できていない。

 その点については塚内の私有する端末の解析を待つほかないとして、最優先事項は入れ替わりを解除することにほかならない。ゆえに轟焦凍は、自らこうして部屋に乗り込み、オペレーターを銃で脅しているのだった。

 

「撃ちたきゃ撃てばぁ?」

 

 対する青年は、大仰に肩をすくめて言い放った。その表情に怯えはない。なぜなら、

 

「パスワードはボクしか知らない。ボクを殺したら永遠に解けないかもよ?はははーははっははははぁ」

「……そうか、それは困ったな」

 

 言葉に反して、轟の声は平坦だった。デスク上に置かれたパンケーキに余裕綽々とフォークを突き刺す青年は、彼のオッドアイが冷徹な光を帯びたことに気づかない。父親譲りと言われるのは、彼にとって最も不本意なことであったが。

 刹那、轟は青年の腕をつかんでいた。そのままフォークに突き刺さったパンケーキにかぶりつく。突拍子もない行動に、余裕ぶっていた青年が唖然とした表情を浮かべている。

 

「安心しろ、殺しはしない。しゃべらせる方法は色々ある」

「お得意のさいみ~ん?ボク、そういうの効きづらい体質だったりしてぇ」

 

 それが事実かでまかせかははっきり言ってどうでもいい。轟は男の腕を掴んだ右手に少しばかり力を込めた。ぱき、と空気の凍る音がする。

 

「え?──うわ冷たっ」

「突然だが俺の個性は半冷半燃だ、つまり右で凍らせ左で燃やす」

 

「凍らせたあとで一気に加熱したらどうなるか、おまえの身体で試してみるか?」

 

 轟の表情に残忍な翳が差す。下手な脅し、とはとても言えなかった。現に轟は少しずつだが冷気を強めている。青年がこれ以上人を喰ったような対応を続けるなら、なんの躊躇もなくそれを実行するだろうという気迫がこもっている。

 青年は、間もなく白旗を挙げた。

 

「わ~かった、わかりましたよォ!まったく、これだからケーサツは嫌なんだ」

「………」

 

「でも残念、ボクにもパスワードはわからないんだぁ」

「……は?」

 

 呆気にとられる轟を前に、青年は得意満面で説明を始めた。パスワードは64万桁のランダムな英数字で生成されており、毎日午前0時きっかりに自動で変更されるよう設定してあるのだと。

 

「だから、ボクを拷問しようがピーしようが無駄なんですよ。ご理解いただけました?」

「ッ、てめえ……」

「ちょ、冷たいてマジで!解く方法がないとは言ってないだろぉ」

 

 言うが早いか、青年はデスクトップの傍らに飾ってあった豚の貯金箱を手にとった。そして、

 

「さらばべイブ!!」

 

 勢いよく、床に叩きつける。フローリングに激突した衝撃で豚が無残にも砕け散り、中に仕舞われていたオブジェクトを露にした。

 

「見てみてこれ、ボクがつくった知恵の輪!」

「……ちえのわ?」

 

 差し出されたそれを思わず素直に受け取ってしまうくらいには、轟は困惑していた。パスワードとこの輪と輪をつなげて混沌とさせたオブジェクトに、いったいなんの関係があるというのか。

 

「これが解けるとねえ、パスワードが自動入力されるようプログラムしてあるんですよう」

「!」

「た~だ~しィ、ボクの考えたサイッコー難易度の知恵の輪だけどねぇ!ハッハー!!」

「………」

「どうちまちたか~?声も出せないんでちゅか~?」

 

 これまででいちばんの挑発を受ける轟だったが、今度はその表情が変わることもなかった。なぜなら、

 

「……チエノワってなんだ?」

「チエノワ?」

「解くって、どうすればいいんだ」

 

 轟焦凍36歳、知恵の輪を知らなかった。

 

 

 *

 

 

 

 ところ変わって、ヒーロー爆心地事務所の所長室。

 

「………」

「……ついに来ちまったかぁ」

 

 一枚の紙っぺらを睨みおろしながら、切島鋭児郎がごちる。所長・ヒーロー爆心地に成り代わったままそれなりの日数が経過している緑谷出久もまた、青い顔をして黙りこくっていた。

 

「まあ、ここまでなかったのが不幸中の幸いだったんだよなー……」

「で、でも……僕が出動なんて」

 

 目の前にある紙は、正式なかたちでの爆心地への出動要請だった。管轄のヒーローたちでは人手が足りないような事態が発生した場合、公安委員会を通じて地区外のヒーローたちに応援が要請されることがある。トップランカーのヒーローともなると、そう珍しいことでもない。

 

 ふたりして頭を悩ませていると、電話をかけていた島乃活真が戻ってきた。

 

「活真!どうだった、轟のほうは?」

 

 小さくかぶりを振る活真。

 

「珍しく苦戦されてるようです、チエノワ」

「チエノワ?」

「ゴホン……えー、知恵の輪」

「知恵の輪?」

 

 状況からみてまったく突拍子もない単語である。

 

「パスワードの解除に必要なんだそうです……なんかよくわかんないけど」

 

 後半はまごうことなき本音だった。

 

「なので、いずれにせよ時間がかかると」

「マジかよ……一刻を争うってのに」

 

 困り果てた切島は、ここにいない真の所長に電話をかけた。

 

「──俺だ。わり、今大丈夫か?」

『大丈夫じゃねーわシゴト中だ。……手短に話せ』

 

 すっかり"緑谷先生"になりきっている勝己に、切島は現在の状況を説明した。そのうえで、上司の指示を仰ぐことにしたのだ。

 果たして、所長の判断は。

 

『デクに行かせるしかねーだろ』

「……マジか?」

 

 それは予想しがたい言葉だった。いや最終的な判断としてはありえないものではなかったが、こうも躊躇なくそう言われるとは思ってもみなかったのだ。

 

『考えてもみろや。ただでさえひと月近く、"爆心地"は現場に出てねえんだ。ここで正式な要請蹴ったら再起不能説が噴き出んだろうが』

 

 退院してからこっち、ヒーローの本懐である現場仕事以外のところではまた精力的に活動しているので、今のところはあることないこと書き散らすインターネット上や一部週刊誌で言われている程度のものだが。しかし歩幅や声の大きさなどといった細かい所作まで以前と比較され、勝己は怒りを通り越して閉口していた。まあ実際、その変化に要因がないわけではない。中身が似ても似つかぬクソナードなのだから。

 

 とはいえ、サイドキックの十人以上所属する大規模事務所を経営するヒーローなら、状況によってはあまり現場に出ないというのも珍しい話でない。爆心地はその中では現場主義的だったとはいえ、No.1昇進を控えていた。それゆえ、現場のことは烈怒頼雄斗はじめ信頼するサイドキックにまかせて……とやっていてもなんとかなったのだ。

 

「……やるしかねえか。緑谷、頼めるか?」

「……善処はする、けど……」

 

 実戦経験など当然ないから、自信をもって「やれる」と断言できるわけがない。むかしヒーローにあこがれていたというだけの一般市民に、次期No.1ヒーローとしてのはたらきなど、できるわけが。

 

『切島、てめェがデクを補佐しろ』

「……わかった」

 

 所長とサイドキック筆頭が同時に事務所を空けるというのは、事務所のあり方として好ましいものではない。爆心地が別人と入れ替わっていることはこの場の数人しか知らないことなので、所属ヒーローたちもいい加減いぶかしみはじめる頃合いだろう。

 

 通話を終えたあと、切島は大きく息を吐いた。そして、

 

「っし!ウジウジしててもしょーがねえ。俺がばっちりサポートすっから、いこうぜ緑谷!」

「……わかった!」

「僕は皆さんのスケジュール組み直しますので、何かあれば連絡を」

 

 

──そうして、ふたりは戦場へ向かった。

 

「……轟くん、間に合えばいいな」

 

 サポートすると言いつつもその思いには同感だったのだろう、ハンドルを握る切島は何も言わなかった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、真の所長として切島たちに指示を出した勝己は、"シゴト"というには些かカジュアルすぎる場所にいた。

 

「せんせー、どこ行ってたの?つぎせんせーの番だよ!」

「っせーな、わーっとるわ。電話だったんだよ」

「カノジョ~?」

「ば~か違ぇわ」

 

 今どき生徒を馬鹿呼ばわりする教師はなかなかにスリリングだが、言われた女子生徒は気にするふうでもなく「まあいいけど、早く曲入れてよねー」と席に戻っていった。ただ今は、宇佐見駿がマイクを手にがんばって歌っている。

 

──そう、勝己と2年A組の生徒たちの大部分はきょう、連れ立ってカラオケボックスに来ていた。

 

 爆心地が銃撃を受けて負傷したことや、暴漢を引き入れた南麻衣が逮捕されたことで、生徒の間には動揺が広がっている。当然、文化祭も最後まで遂げることはできなかった。

 そういうわけで、意気消沈する生徒たち、全校は無理でも受け持つクラスの連中くらいは励ましてやらねばと思い、こうして打ち上げを企画したのだ。とはいえ校内はまだイベントごとを開催できるような雰囲気ではない。そういうわけで、希望者を募ってカラオケ大会を執り行うことにしたわけである。

 

「ふう~……」

 

 いま流れている曲が終わり、駿が大きく息を吐く。彼はまだ声変わり前なのか、高音もうまく出して歌いきった。あちこちで子供らが拍手している。

 

「良かったぜ、駿~」

「ははは……あ、先生はなに歌うの?」

 

 照れ隠しぎみに訊く駿。勝己はちょうど自身が歌いたい曲をリモコンで送信したところだった。

 

「?……なんか焼肉みたいな名前のバンド?」

 

 中学生たちの知らない名前だった。勝己がちょうど中学生のときにブレイクしていたバンドなので、無理もないが。

 問題はこのバンド、やや特殊なジャンルに位置付けられていることだった。

 

「………」

 

 思いきり酸素を取り込み、

 

 

「──ヴォオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 この世のあらゆる怨嗟が噴出したかのような声が、放たれた。

 

 

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