【完結】僕らの英雄王   作:たあたん

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木偶

 

 いじめの加害者が被害者と共同会見を開く。

 

 前代未聞の出来事に、直接通知を受けたマスコミはもちろん一般市民に至るまで色めき立った。なにせ加害者はNo.2ヒーロー爆心地で、被害者は一般人。いったいどのような会見になるのか、誰も想像がつかない。公開謝罪とは事前に明かしていないのだ。そのほうがインパクトがあり、謝罪の効果も大きくなる――狡く厭らしい話だが、形振り構ってなどいられない。

 

「これで世論が落ち着けばいいんですが」

 

 望みをかけるような活真の言葉からわかるように、それでも事態が収束するかどうかは五分五分だった。まして爆心地がNo.1に選ばれるかどうかは。

 

 いずれにせよ猶予はなく、会見の日はあっという間に訪れた。

 

 

 *

 

 

 

 会見場として指定された某ホテルの会議室には、大勢の報道陣が詰めかけていた。まだ当事者二名は姿を現してもいないというのに、現地からの映像が生放送でテレビ中継されている有様である。

 ヒーロー並びにその関係者、そして一般市民に至るまで大勢の人々がその開始を待っている状況だった。

 

 彼も、

 

「轟課長、爆心地は……」

「……わかってる、何も言うな」

 

 彼も、

 

「爆豪……」

 

 また、彼らも。

 

「やれやれ……ふたりとも上手くやってたのに。今さら昔のことほじくり返して馬鹿みたいだね」

「……でも、そういう事実はあるんだもん。しょうがないよ」

 

 

――そしてついに、ふたりが姿を現した。

 

 視界が明滅するほどの大量のフラッシュを浴びながら、加害者と被害者は揃って着席する。一瞬視線をかわしあったあと、まずもって前者が口を開いた。

 

「……報道関係者の皆さま、本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」

 

 爆豪勝己らしからぬ、丁寧で真摯な口調だった。

 

「今般報道されております過去の一件についてご説明させていただきたいと考え、このような場を設けさせていただきました。……こちらは相手方であります緑谷出久さんです」

「あ、み……緑谷です」

 

 緊張気味に頭を下げる出久。フラッシュが眩しくてかなわず、顔を上げるのが一瞬躊躇われた。

 

「爆心地と緑谷さんは、中学校の同級生ということでよろしいのでしょうか?」

 

 挙手した女性記者から念のためにも程がある質問が飛んでくる。報道されたのは中学時代の話なのだから当たり前だろうに。

 舌打ちをこらえつつ、勝己は首肯した。

 

「はい。中学だけでなく、物心ついたときから交流がありました」

 

 いわゆる、幼なじみ――その関係性を認識して、報道陣の中に小さなどよめきが起こった。幼なじみは互いの勝手を知っていて、仲の良いもの。そういうステロタイプな思い込みが、世間一般にある。

 ただ実際、幼少期においてはその範疇に収まっていた。近所の子供ら数人で集まって遊ぶことはもちろん、ふたりで行動することもあった。

 

「では週刊誌報道にあったような暴言、暴行の事実については友人同士の悪ふざけだったということなのでしょうか?」

 

 「はい、そうです」と言ってしまえば会見はこれで終わりだと、そう思った。出久は。むろん疑惑は残るだろうが、被害者ということになっている自分が口裏を合わせてしまえば火消しにはなるだろう。

 だがプライドの塊たる勝己が自分に頭を下げてまでして、この場を設けたのだ。

 

「いえ、私の一方的な行為です」

 

 ゆえに、答は決まっていた。

 

「彼……緑谷さんは、無個性です」

 

 再び、どよめきが起こる。この超常社会において、人類のほとんどがなんらかの超能力――個性をもっている。ふたりの少年時代には全人口の八割と言われていたが、世代の旧い高齢者も含めた数字だ。今は九割に届かんとしているし、個々の個性もより強力化している。

 そんな社会を背景に明らかにされた"無個性"は、珍しいばかりでなく弱者の象徴とでも言うべきものだった。

 

「四歳のとき彼の無個性が判明して、私は彼を見下すようになりました」

 

 それでもすぐに関係が悪化したわけではない。そこには積み重ねがあって、決定的な亀裂が入ったのは出久がヒーローを目指すのだと、明確に自分に歯向かうようになったときだ。

 

「私は彼を蔑称で呼ぶようになり、暴言・暴力を振るうようになりました」

 

 まあ、といっても毎日毎日罵倒して危害を加えるほど勝己も出久と絡む機会があったわけではない。成長するにつれてどちらかといえば疎遠になっていって、でも内心目障りでならなかったのが中学三年の春、出久が雄英高校ヒーロー科を志望していることが判明した途端に爆発したのだ。

 

 そういう事情を、滔々と勝己は説明した。出久にしても勝己を苛立たせていることはわかっていたが、彼も幼く反発心があった。

 勝己の弁明を聞いた記者たちの反応は一様に冷たく、険しかった。むろん、同情を買えるなどとは思っていない。ありのままを話しただけだ。

 

「当然、ヒーローとして……いや、ひとりの人間として許されざる行為であったと認識しています。自分の幼稚さ、狭量を今となっては悔やんでも悔やみきれません」

「!」

 

 出久ははっとした。悔やむ、後悔――活真が起草した原稿に基づく言葉ではあるけれども、その中身には勝己の意向が盛り込まれていることに違いはない。

 

 南麻衣との面会に行った帰路、彼が独りごちるようにつぶやいていた言葉を思い出したのだ。――後悔のない人間なんていないと。

 

「過去の行状について、反省なさっているということですか?」

「………」

 

「はい、その通りです」

 

 静かに断言した勝己は、椅子から立ち上がった。再びフラッシュが激しく焚かれ、眩い光が会見場を覆い尽くす。

 

「……出久、昔のことはほんとうに悪かったと思ってる」

 

 謝罪の言葉。それだけなら話の流れにすぎない、インパクトがない。中途半端はしないのが勝己の信条であり、出久もセッティングした活真もそれを理解した。

 テレビカメラに見せつけるように彼がやおら床に膝をついたことで、ついに会場にどよめきが走った。――まさか、土下座をするというのか?プライドの塊のようなあの爆心地が?

 

 出久も思わず立ち上がり、その姿を見下ろしていた。会見の見せ場として床に手をついて謝罪をするというのは、台本通りの演出だった。

 だが実際にその姿を目の当たりにして、出久の心は少なからず波立った。

 

 少年時代、数えきれないほど悔しいと思った。

 

 勝ちたいと、おこがましいと自覚しながらも考えた。

 

 それでも、こんなふうに屈伏する姿は見たくなかった。

 

 

 複雑な想いを抱えながらも迂闊に口を開けずにいる出久。しかし思わぬところから、粘着質な大声が響き渡った。

 

「なんかさあ、わざとらしくないですかねえ!?」

 

 それは記者席からのものだった。ふたり、否その場にいる全員の視線がそこに集中する。

 

(……小中……!)

 

 ねじ曲がった性格が外見にあらわれているフリーの記者。烈怒頼雄斗のスキャンダルの際に公安も使ったクリティカルな仕返しをして立ち直れなくしてやったつもりだったが、想像以上に面の皮の厚い男だったらしい。

 

「謝罪なんて、こんな場じゃなくてもできますよね?わざわざ報道各社集めて、カメラの前で土下座。それで被害者に許してもらって、ハイ解決ってわけですか。随分な三文芝居じゃないですかあ!?」

「………」

 

 前言撤回、色眼鏡で誤魔化しているが表情が尋常でない。目をぎょろりと見開き、口角から唾を飛ばしている。よほど堪えたのだろう。

 

「緑谷さんでしたっけ?今まで散々虐げられ、蔑まれてきたんでしょう。最後までこんなパフォーマンスに使われて、あなたそれで満足ですか。許してしまってほんとうに良いんですかあ!?」

 

 

 乱入してきた小中のヒールっぷりは見事なものだった。会見の様子を舞台袖から密かに見守っていた活真が思わず舌打ちをこぼしてしまうほどには。

 

「チッ、もっとドギツい情報仕入れておくべきだったか……」

「活真!」

「!」

 

 小声だがよく通る声に振り向くと、そこには主の唯一無二の相棒の姿があった。

 

「烈怒頼雄斗……どうしてここに?」

「……テレビで観てたんだけど、居ても立ってもいられなくてよ。あれ、小中か?」

「ええ……正直、水を差されたような状況です」

 

 切島が唇を噛んだ。No.1ヒーロー・爆心地を望む気持ちはやはり変わらない。出久さえ許してくれるならとそう思って、ここに来たのだ。入れ替わりに巻き込まれながら、解決に至るまで爆心地を演じ続けてくれた出久が。

 そんな彼の心の片隅にあるかもしれない蟠りを、小中は煽り立てようとしている。でも、今さらそれを止めるすべはなくて。

 

 見守るふたりの目に、出久の唇が微かに動くさまが映った。

 

「……良いわけない……」

「……!」

 

 切島たちが息を呑み、フラッシュがよりいっそう酷くなる。低く沈んだ声を、聴く者がどのように感じたか。勝ち誇ったような笑みを浮かべる小中が、その答だった。

 

 だが出久の心は、彼ごときに操れるものではなかった。

 

「こんなくだらないことできみがNo.1になれないなんてっ、良いわけがない!」

「へ?」

「……!」

 

 出久の叫びは、おそらく全世界の誰にとっても予想だにしないものだった。その代表たる小中も醜い笑みを浮かべたまま固まっている。

 同じく呆気にとられた勝己の腕をとって半ば強引に立ち上がらせると、出久は彼の目をまっすぐに見上げた。そして、

 

「かっちゃん、確かにきみは嫌なやつだった。きみなんて嫌いだ、いつか見返してやるって思ったことも一度や二度じゃない」

「………」

「でも……!でもそれ以上に、きみは凄いやつだった。いつだって僕はきみに憧れてた。きみがオールマイトをも超える最強のヒーローになるんだって、信じていたんだ」

 

「だから土下座なんてしてほしくない。謝罪だって要らない」

 

「後悔も罪悪感も全部、背負って前に進むのがきみじゃないか!誰よりも前に、誰よりも先に!戦って勝って、救ける!僕が望むのは、きみにそんなヒーローであり続けてほしいってことだけだっ!」

 

 ひと息に言い切った出久は、呼吸を整えてマスコミの……そこにあるカメラの向こうにいる大勢の人々を見た。子供のような大きな楕円形の翠眼が、燃えるような煌きを放っている。爆心地とは対照的な、しかし同じものを醸す瞳。

 

「皆さん、これが僕のほんとうの気持ちです。……これ以上お話しすることは何もありません、お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした」

 

 深々と一礼し、そのまま会見場を出ていく。気持ちが高揚して、あとのことなどとても考えられなかった。だが、この先なにがあろうとも、自身の言葉を後悔することはないだろうとは確信できた。

 

 

――程なく会見は強引に打ち切られ、顛末は人々に委ねられることとなった。

 

 

 

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