――数ヶ月後
街頭の大型ビジョンに、勇躍する黒衣の英雄が映し出されている。
『首相官邸へのテロを予告していた異能解放軍の後継を名乗るヴィラン集団のアジトを本日、ヒーロー爆心地をリーダーとするヒーローチームが急襲、主犯格を含む男女十数名を鎮圧、逮捕したとの情報が……』
女性アナウンサーの淀みない声。それを左耳で聞き流しながら、琥珀色の髪をふわりと揺らした青年が右耳で電話相手の話を聞いている。
「はい……はい、承知いたしました。では爆心地に確認のうえ検討させていただきます。それではよろしくお願いいたします」
通話を終え、ふうと息をつく青年。小休止にコーヒーを口にしつつ、手帳に電話の内容を清書していく。と、筋骨逞しい赤髪の男が入室してきた。
「はよーっす!」
「あ、おはようございます。烈怒頼雄斗」
烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎は上司とは対照的な朗らかな笑みを浮かべつつ、テレビ画面に目をやった。
「バクゴー、きょうもやってんなぁ。もう帰ってきてんのか?」
「まだです。スケジュールが押してるんですけどね」
「はは……まあしょうがねーよ、あいつは現場第一だし」
むろん、活真個人としてそういう上司、あるいは恩人の姿勢は好ましいものである。秘書として仕えている以上、気苦労が増えるというだけで。
「じゃ、バクゴーが帰ってくるまで待っとくわ」
「はい。――あ、そうだ。轟さんの件、もう聞きましたか?」
「轟?いやなにも聞いてないけど……何かあったのか?」
「それが――」
次の瞬間、切島は腰を抜かさんばかりに驚愕していた。
*
「ほんとうに辞めるのかね?」
退職願を受け取った上司の問いに、轟焦凍は吹っ切れたような表情で首肯した。
「今の警察にきみのような人材は貴重だ。まして
「お気持ちはありがたいのですが、」遮るように告げる。「……やはり、ヒーローは私の夢であり目標なんです。あいつらを見ていたら、それを思い出してしまいました」
「そうか……」
「愚かだと言われても仕方ありません。ですが、」
「そんなことはない」と男が笑う。その表情はたしかに、嘲りとは縁遠いもので。
「残念だがしかたがない。いつかまた、ヒーローのきみと再会できることを信じているよ」
「――お世話になりました」
深々と一礼して、轟は警視庁を辞した。彼の新たな門出を祝福するかのように、頭上には抜けるような紺碧が広がっている。漆黒を纏う英雄が、その雲間を飛翔する姿が脳裏に浮かんだ。
(待ってろ、爆豪)
「俺も、すぐに追いつく」
――この一年後、轟焦凍は壮年にしてヒーロー免許を取得。氷結と燃焼を操るヒーロー・ショートとして華々しいデビューを飾ることになる。
*
警察官からヒーローに宗旨替えしようという男がいる一方で、ヴィランから何者でもなくなった男もいる。
「ふぁあ……」
欠伸を噛み殺しながら、彼は海に面した庭に寝そべっていた。太陽がさんさんと降り注ぎ、生白い肌をじっくりと焦がしていく。彼は幼少期に家族を殺してから文字通り日にあたらない場所で生きてきたので、この地にやって来てからというもの半生ぶん以上の日光を浴びているような状況だった。
「テンコ~!」
澄んだ呼び声とともに、とてとてと足音が近づいてくる。"テンコ"と呼ばれた男はゆるゆると身を起こした。
「ニホンのシンブン、とどいたよ!」
「おー、さんきゅ」
分厚い紙の束を男に渡すと、浅黒い肌の少年はわくわくと目を輝かせてちょこんと座った。彼は日本語が読めないのだが、日本の、とりわけヒーローのことに興味津々なのだ。それを翻訳して伝えてやるのが日課になるなんて、ここに来るまでの自分にどうして想像できただろう。
「爆心地、またお手柄だってさ。悪いやつをいっぱいやっつけたって」
「わぁあ!」少年が目を輝かせる。「カッコいいなあ、バクシンチ!」
「ははっ、ミートゥー」
結局、自分の本性は安寧を求める凡人なのだろう。その点彼は、これから先も戦いの中に身を置き続けるに違いない。
その姿を命尽きるまで見届けることだけが、死柄木弔改め志村転弧の希望なのだった。
*
「お久しぶりです、南先生」
ガラス越しの元同僚の言葉に、南麻衣は小さく一礼した。
「きょうは……その、様子を見に来ました。先生のクラスの子たち、心配してるので」
「……心配なんて。文化祭、台無しにしたのに」
それはその通りだと思う。南が爆心地を陥れようとした理由も、生徒たちには知らされていない。にもかかわらず案じられているのは、ひとえに南が生徒たちにとって良き先生だったからではないか。
「そういえば緑谷先生。例の会見、見ました」
「えっ……あ、そう、ですか」
出久は目を泳がせた。やましいことなどないけれど、あれをきっかけに自分は随分な有名人になってしまった。せめてもの誤魔化しにと眼鏡をやめてコンタクトレンズにしたのだが、それでも街で声をかけられたりひそひそ話をされることがままある。当然ながら、目立つことを望んでいたわけではない。
「……爆心地はやっぱり、思った通りの男だった。傲慢で独りよがりで、他人を傷つけることになんの良心の呵責もない。もちろん子供だったからというのもあるかもしれないけれど……人間、成長したって本質は変わらないんです」
「そんな男に、あなたはどうしてヒーローであり続けてほしいなんて言えるんですか?」
「………」
「会見で話した、通りですよ」
「彼は、僕にとって道標だったから。いつだって僕の前には彼の背中があった。彼は誰より強くて、カッコいいヒーローだったから」
それに、勝己は言った。罪なき人々が幸福に暮らせる世の中であってこそ、自分が最上のヒーローであることが証明されるのだと。なんの恥じらいもなくそう言い切れる精神こそ、彼の強さの真髄なのだと出久は知ったのだ。
「彼を認めたくない気持ちはよくわかります。……僕の気持ちには、相当に執着や思い込みが入っている。自覚はありますから」
「だから、見ていてください。ヒーロー爆心地がこれから先、何を為すのか。結論を出すのは、それからでも遅くない……僕はそう思います」
南はふと、数ヶ月前のことを思い起こした。出久があの男と連れ立って、接見にやって来たとき。彼は言ったのだ――
どうせ、時間は嫌というほどある。南麻衣は、これより先の己の人生を思った。
*
接見を終えた出久は、その足で街を歩いていた。道ゆく人々の表情には、とりたてて幸福も不幸もあらわれてはいない。個々の人生は個々の人生において、記号の群れのようなものにすぎないのだろう。ちょうど、犠牲者が数でしか記憶されないように。
それでも彼は、そんな記号ひとつひとつの抱くささやかな幸福を、これからも守り続けていくのだろう。戦って戦って、勝ち続けることで。
「出久~!」
「!」
呼び声に振り向けば、恋人が駆け寄ってくる姿が目に入った。そうだ、彼女と逢う約束をしていたんだ。
「まほちゃん、おはよう」
「おはよう。道中でばったりなんて奇遇だねっ、いや運命かな?」
「ははは……」
あれからも色々と悩んだ出久だったが、活真などの後押しもあり今はこうして真幌と復縁した。これからゆっくりひとつの家族になっていければいいと思う。その後のことは、定まっていない未来だ。
「きょう、どうしようか?」
「……式場見学とか?」
「……ちょ、ちょっと心の準備が」
そう、世界はこんなささやかな幸福に満ちあふれている。一方で、それらを踏み砕く悪意も。
「ヴィ、ヴィランだぁぁ!!?」
「!」
誰かの叫びに、一気に緊張状態に陥る街。刹那の静寂ののち、罵声と轟音。暴走するヴィランの異能が街を破壊し、人々に恐怖を植えつける。
「い、出久……っ」
しがみついてくる真幌を背中に庇いつつ、出久は「大丈夫だよ」と微笑みかけた。勝己と入れ替わりヒーロー業界に深くかかわってからというもの、すっかりナード趣味が復活してしまった出久である。有名どころのヒーローの行動について、ストーカーかというほどに逐一リサーチしている。……ああそういえばむかし、"彼"にもそう罵られたことがあったか。
そう、出久は知っているのだ。――彼が来てくれると。
「死ィねぇぇぇぇぇぇ――ッ!!」
――BOOOOOOM!!
罵声と、爆炎。真正面からその一撃を浴びてしまったヴィランは、なすすべなく吹っ飛ばされてしまった。
「好き勝手できんのもここまでだクソヴィラン。……何故かって?」
「俺が、勝つからだッ!!」
No.1ヒーローの到来に、歓声があがる。出久もまた、こどものように目を輝かせて彼の背中を見つめていた。
(かっちゃん、)
「……やっぱりきみは、格好良いや」
届くはずのない小さなつぶやき。群衆の中のひとりでしかない自分。
しかし彼は、たしかにこちらに目をやった。視線が交錯する。彼の口許がわずかに弛んだのを、出久は見逃さなかった。
そして爆心地は、再び飛翔する。戦って、勝って、救ける。ただそのために。出久は一生、その姿を見届けるだろう。
――この
完
これにて「僕らの英雄王」、完結となります。ご愛読いただきありがとうございました。
ラスボス候補として登場させるも色々あって出番消失してしまった城山さん等々、当初の予定より大幅にカットした部分もありますが、ひとまずこれで終わりです。
これからもデクとかっちゃんを中心にヒロアカ二次創作に励んでいきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。