──ブラスト・レッドを匿った部屋に足を踏み入れた切島鋭児郎が目の当たりにしたのは、逞しい大の男ふたりが抱き合う姿だった……ベッドの上で。
「な……な……!?」
頭が真っ白になったのは言うまでもない。これは一体どういうことなのだ?まさか出久にそんな趣味が?
目まぐるしい切島の思考とは裏腹に、震えるブラスト・レッドの背中に回された手は、よしよしとその筋を撫でていた。やましさはまったくない、慈しむような手つきである。よくよく見れば青年の大きな身体は震えていて、それを宥めているような状況だ。
と、切島の存在に気づいた出久が顔を上げた。
「切島さん、もう少し待っててもらえますか?彼が落ち着いたら合流するので」
「お、おう……わかった」
己の誤解を恥じたこともあり、切島はいったんおとなしく引き下がった。それを見届けて、出久は再びブラスト・レッドをぎゅうと抱きしめてやる。彼には時間が必要だった。誰ぞの懐で、思いっきり哭く時間が。
*
「切島さん!」
ロビーの片隅で時間を潰していた切島のもとに出久が戻ってきたのは、四半刻ほど経った頃だった。
「おう……どうだった?」
ブラスト・レッドは泣き止んだのか、そもそもなぜ泣いていたのか。切島としては、気にかかることだらけだったのだが。
「わかりました、彼があんな発言をしてしまった理由」
「!」
そう、まずもってそれを知るためにここを訪れたのだ。
出久から事の次第を聞いて──切島は、言葉を失っていた。
「……そんな……」
──知らなかった。ブラスト・レッドがそんな事情を抱えていたなんて。
切島と同じく沈痛な面持ちでいる出久だったが、話を聞いてから幾分か時間を挟んでいるために、彼の中では考えがまとまっていた。
「……でもこれなら、世間の理解も得られるかもしれません」
つまり、ブラスト・レッドを更迭しないという判断が受け入れられる希望が見えたということ。だがそのためには、当初勝己が言っていたような文書による通知では不足だろう。
「切島さん。僕に、会見させてもらえませんか」
「あんたが?いや、でも……大丈夫か?」
「これは僕……僕というか、爆心地でなければできない仕事だと思うんです」
「………」
口調こそ本人に似ても似つかぬほど穏やかなもの。しかし決然たるその表情は、まぎれもなくヒーロー爆心地のそれだった。
*
一方、爆豪勝己はふて腐れていた。いつもならそれなりにしっかり変装しないとすぐ爆心地と気づかれてしまうところ、素顔を晒していてもなんの声もかからない。それも当然なのだ、何せ今の彼は外見上どこにでもいる中学教師なのだから。
淡々と購入を済ませて車に戻る。「お疲れ様です」という秘書の声。コンビニで数分買い物をしていただけで、何がお疲れ様なのかは検討の余地があるのではないか。
「あれ、煙草なんて買ってどうするんですか?」
購入した品をなんとはなしに覗き込んでいた活真が訊いてくる。
「決まってンだろ、吸うんだよ」
「……吸ったことは?」
「ない」
当然のように言ってのける。実際、飲酒は嫌いではないが喫煙に興味をもったことはなかった。ヒーローは体力仕事なので、自分の内臓を痛めつけるなど文字通りの自殺行為もいいところ。それを積極的にやろうとしているのは、気に食わない幼馴染に対する害意が甦ってきたからだ。昔のように個性で脅しつけるというわけにはいかないし、そもそも身体自体入れ替わってしまっている。ならばどうせ綺麗なピンク色をしているのだろうクソナード肺をタールまみれにしてやろうという魂胆なのである。この男、昔から「みみっちい」と陰口を叩かれていた。
「………」
そんな主君を呆れた目で見ていた活真は、溜息混じりに車のナビをテレビに切り替えた。昼前後にやっていたワイドショーがそろそろ終わる頃合いである。次番組で今回の一件がどのように扱われるかチェックするのも、不愉快だが必要な試みだ。
そう思っていたらば、映し出されたのはスタジオではない中継映像だった。報道陣がひしめくその場所は、
『こちら爆心地ヒーロー事務所前です。えー、これから爆心地が我々報道陣に対しブラスト・レッドの処分について発表を行うと……あっ、出てきました!爆心地です!』
「!!?」
主従は揃って目を丸くしていた。揃って童顔で瞳が大きいので実に滑稽である。その視線の先には、緊張でガチガチになっていることが手にとるようにわかる現役No.2ヒーローの姿。
「な……な……」
「何やってンだデクゥゥゥゥ!!!」
*
「ぶ……ブラスト・レッドの発言について、関係者並びに同業のプロヒーローの皆様、そして我々ヒーローを信頼し応援してくださっている多くの市民の皆様に、あ、改めて謝罪したいと思います。本当にすみま、えー、申し訳……ございませんでした」
気弱な表情とどもりがちな謝罪の言葉は、普段の爆心地をよく知る者たちを戸惑わせた。表向き淡々と対応していた朝とはまったく様子が異なる。
とはいえ、大勢の関心事はやはりブラスト・レッドの処分についてである。
「ブラスト・レッドの処分は決定したんでしょうか?」
「街ではヒーロー免許剥奪を望む声も多くあがっていますが!?」
「苦しんでいる人々の気持ちを理解できないヒーローが存在して良いんでしょうか!?」
正義を隠れ蓑にした敵意が、容赦なく降りそそぐ。それを一身に受ける緑谷出久という男は、こうして大勢に注目を向けられるという経験はなくとも、悪意の刃に身を切られるのには慣れていた。もはや、血も出ない。
すう、と深呼吸をする。テレビカメラのレンズの中で、年齢を重ねてもなお端正な顔立ちが徐に和らいでいく。
「それは、違います」
穏やかに、しかし決然とした否定の言葉だった。
「彼……ブラスト・レッドには、友達がいて……友達というか、子供の頃からの無二の親友がいて。……その人がね、会社をリストラされて、そのあとたくさん仕事を探しても見つからなくて……ついに、首を吊ってしまったそうなんです」
それも数年ぶりに電話で話した、その翌日に。
「"会って話せないか"……そう訊かれて、ブラスト・レッドは仕事を理由に断った。親友の救けを求める声を、無視してしまった。何もできなかった、いやしなかった。ヒーローなのに……!彼はずっと、それを気に病んで……でも誰にも相談できずに、独りで抱え込んで……っ」
落ち着いていた声音に、湿ったものが混じる。その瞬間、彼を直接、あるいは媒体を通して見る人々は目を疑った。
──爆心地が、泣いている。涙を流している。苛烈の象徴たるバーミリオンの瞳をみなものように揺らめかせて。
「ブラスト・レッドは誰よりも……っ、そういう苦しんでいる人を……!救けたい、力になりたい……心からそう思ってる……!だからぼく、私はこれからもっ、彼にヒーローとして、頑張ってほしいと思ってます……!」
涙ながらに宣言する現役No.2ヒーローの姿に、大勢の報道陣はこぞって言葉を失っていた。
*
言葉を失うといえば、本来の肉体の持ち主も。
「………」
後部座席から身を乗り出したまま、勝己は硬直していた。運転席では活真青年が何やら端末を弄っている。
「あ、見てください爆心地。結果オーライじゃないですか、とりあえずは」
そう言って指し示したのは、禍のはじまりでもあったウホウホ動画。どうやらそこの専属記者も報道陣に混ざっていたらしく、リアルタイムで先ほどのぶら下がり会見が配信されていた。
流れるユーザーのコメント。爆心地の異常に驚きつつも、その温かさを率直に評価する声が大勢を占めている。勿論、「これ本当に爆心地?」と胡乱な目を向ける者もいないではないが、まさか別人と入れ替わっているとまでは思うまい。
「不思議な人ですね、緑谷さんって」
「………」
天敵の幼馴染を評価するような活真の言葉に、勝己は何も答えない。答えぬまま車を出て行く。一目散に向かう先は、コンビニの軒先に設置された灰皿だった。
そこで適当に買ったタバコをくわえ、100円ライターで火をつける。生まれて初めての行動。
涌き出た煙を思いきり吸い込み、
「うっ、ゲホゲホッ、う゛ぇ……っ!」
噎せた。
「ウ゛ウッ、クソが……!」
溢れだした生理的な涙をシャツの袖で強引に拭いながら、勝己は己の中に烈しい感情が沸き起こるのを感じていた。少年の時分に戻ってしまったかのような、制御不能の闘争心。
(……このままじゃ、済まさねえ)