【完結】僕らの英雄王   作:たあたん

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暗雲

 

 爆豪勝己は非常に苛立っていた。

 いや彼の場合、二十四時間のうち実に七割──つまり睡眠時間を除けばほぼ100パーセントである──は大なり小なり腹を立てながら生活しているので、それ自体はさほど珍しい事象ではない。

 

 しかし今回は非常に逼迫していた。何せ、本来その怒りを表現すべき自身の肉体が、目の前で所在なさげに縮こまっているのである。自分が中にいて管理すべき容れ物に、ただいま別人が入り込んでいる。逆もまた然り、その別人の身体を勝己は占拠していた。

 

「ま、まあどんよりすんなって。検査ミスの可能性だってあるんだからさ」

 

 見かねた事務所No.2、烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎がフォローを入れる。が、それは所長秘書の青年にすげなく否定された。

 

「複数機関で同じ結果ですよ。これでミスだったら制度そのものが崩壊してしまいます」

「………」

 

 "被個性検査"──シンプルなネーミングそのもので、対象者が個性にかかっているか否かを調べる検査である。かかっていると診断された場合、かけた者のDNAの検出及び解除方法まで調べることができる。ゆえに彼らは入れ替わりにもさほど危機感を抱いていなかったわけであるが。

 結果は陰性──すなわち、彼らは個性にかかっているわけではないということ。

 

「……だとしてもよ、個性じゃないならなんなんだ?催眠術か?」

「空き缶蹴ってふたりして階段落ちたとか?」

「ネタが古ィな!?……そんならアレだ、食パンくわえて走ってたら曲がり角で激突した!」

「転校生繋がりですか」

 

 勝手に盛り上がる所長補佐二名。尤も当の所長は、それを許すほど寛大ではなかった。

 

「うるっせぇええええ!!!」

 

 大爆発。これが本来の身体だったら、比喩では済まない。

 

「てめェら、事の重大さがわかってねえようだなァ……!ふざけてンならとっとと出てけ、そして二度と帰ってくんな!!」

「わ、悪かったってバクゴー……和ませたかったんだよ」

 

 勝己が和むわけないことは最初からわかっていた。問題は出久だ、顔が青ざめている。いくら現場には出ていないと言っても、慣れないNo.2ヒーローとしての生活は確実に彼の精神を蝕んでいた。

 

「……真面目な話をするなら、個性でなくともなんらかの原因があるはずです」

 

 当然のことを深刻な表情で言ってのける活真だが、勝己は「……ああ」と静かに応じるだけだった。切島が同じことを言えば「わかりきったこと言うなクソ髪」と罵声が飛んでいるところ、彼にはどうも甘いのだった。

 

「もう一度確認しますが、おふたりとも本当に心当たりはないんですね?」

「ねェよ」

「………」

「おいデク、」

 

 まさか何かあるのか?そう邪推した矢先、出久はテーブルに思いっきり拳を叩きつけた。

 

「ッ無いよ!あるわけないだろ!?大体いつまでこんな生活続けなきゃなんないんだよっ、毎日毎日こんな部屋に閉じ込められて、家にも帰れない!!」

「こんな部屋だァ!!?」

「え、そこにキレるんですか?」

 

 活真の突っ込みを無視し、勝己が出久に詰め寄る。

 

「被害者ぶってんじゃねえぞクソデクが、こちとらNo.1目前でよりによっててめェみてーな冴えねえムコセーのナード野郎のフリして先公させられてンだぞ!てめェはむしろ幸せ噛み締めるとこだろーが大好きで大好きでしょうがないヒーロー気取ってンだからよ、な゛ァ!!?」

「被害者ぶってんのはどっちだよ!?原因なんて十中八九きみにあるに決まってるだろっ、民間人巻き込んで開き直ってんじゃねーよ!!」

「いつからンな偉そうな口きくようになったデクの分際で!!」

「いつからだって良いだろ!?冴えないムコセーのナード野郎でもな、いっぱしの社会人として生活してンだよ!昔と一緒にするな!!」

 

 売り言葉に買い言葉、胸ぐらを掴みあい互い罵りあうふたり。これはまずいと切島が仲裁に入ろうと試みた瞬間、出久がいよいよここ一番の大声をあげた。

 

「この……かっちゃんのクソ野郎!!」

「……かっちゃん!?」

 

 "クソ野郎"の枕詞にするには可愛げのありすぎる呼び名に、切島は思わず腰を抜かしそうになった。そういえばこのふたり、物心ついた頃には既に幼馴染(その時点では友人というべきか?)だったのである、幼児期特有のかわいらしいあだ名をそのまま引きずっていてもおかしくはない……ないのか?ここまで拗れているのに?

 

 クエスチョンマークを乱舞させる切島を尻目に、すっと立ち上がった活真が徐に部屋を出ていく。

 

「お、おいどこ行くんだ?」

「電話してきます。流血沙汰は止めてくださいね」

「いや言われなくてもそうするけどよ」

 

 できれば独りにしてほしくはない切島であった。

 

「……あ、お世話になっております。島乃です、爆心地事務所の。ええ、実は折り入ってご相談したいことがありまして──」

 

 そうして一分後、活真は再び所長室に戻ってきた。彼の心配通り幼馴染同士はがっつり拳を構えており、切島が間に挟まることでかろうじて暴発を抑えている状況。

 

「「「◎※△$◇#♪×>♂¥●&%??!!」」」

 

 とはいえ、切島も込みで野獣の宴のごとき姦しさ。これでは自分が大声を出しても到底響かないだろうとみた活真は、どこからともなくハンディマイクを取り出した。

 そして、

 

「あ、あー、本ポヒューンは快晴ヒューイなりピーーー」

「!?」

 

 十二畳ほどの所長室にこだまする強烈なハウリングは、我を忘れて怒鳴りあっていた残念なアラフォー予備軍たちの耳に甚大な被害を及ぼした。当然喧嘩は中断され、彼らは揃って活真に注目させられる羽目になる。

 

「今ファーーー庁の塚ヒューさんとフィーーーがポヒューンまして、至急フアーーーンすることに……」

「ッ、わーった!わーったからフツーに喋れ活真!!」

 

 勝己の降伏宣言を受け、活真はマイクのスイッチを切った。

 

「では改めて。──警視庁の塚内さんに連絡を取りました。緊急と伝えたところ、今から時間を作っていただけることになりました」

「!」

 

 

「──行きましょう、いざ警視庁へ」

 

 

 *

 

 

 

 警視庁。

 

 遥か過去、明治維新の後より帝都・東京の守護の枢要であり続けた国事警察機関。個性なる超常が日常となり、鮮烈な光と影──ヒーローとヴィランが跋扈する現代にあってもなおその威容を示し続けている……形式的には。

 実際のところ一般市民の多くからは"ヴィラン受け取り係"などと揶揄される彼らだが、道理に通じている者ならばその存在が必要不可欠であることを肌で感じている。

 

「ヒーロー爆心地事務所の者です。塚内捜査一課長にお繋ぎいただけますか?」

 

 受付に声をかける活真の後ろで、出久は所在なさげに周囲を見回していた。行きかう人々は皆いったんはこちらに視線を向けてくる。まあ、街に比べれば大した反応ではない。トップヒーローは会議などで来訪する機会も多いので、さほど珍しい姿ではないのだ。

 

 それでも居心地の悪さを感じていたらば、横からいきなり胸のあたりを殴られた。

 

「痛だッ!?」

「シャキっとしてろや、俺の身体だぞ」

「……だからって殴るなよ、きみの身体だろ」

「ふん、俺の身体はヤワじゃねーんだわ。どこぞのナードくんと違ってな」

 

 軽くやりあうふたりだったが、衆目を気にして本格的な第二ラウンドとはいかなった。

 そうこうしているうちに、塚内なる警察官から内線で応答が返ってきたらしい。入館証を渡され、各々署名をして中に通される。すれ違う職員にそれなりに顔がきくのか、方々で「おはようございます、爆心地」と挨拶される出久。そのたび立ち止まって頭を下げていたらば、今度は背後から勝己に蹴られる羽目になった。

 

 

 *

 

 

 

 指定された会議室には、背広を着た壮年の男性の姿があった。年齢は出久たちより随分上のようだが、長身のがっしりした身体つきは若者と遜色なく見える。

 

「おう、久しぶりだね爆心地」

「お久しぶりっす」

「ん?」

 

 見ず知らずの男から返答があったものだから、塚内が怪訝な表情を浮かべる。すかさず活真が説明に入った。かくかく、しかじか。

 

「……なるほど、そういう事情だったか。この前のぶら下がり会見、てっきりきみも一皮剥けたのかと思ったよ」

「なんすか、一皮って」

 

 皮が剥ければ真っ赤な真皮が露になるだけだ、老若男女、善人も悪人も変わらない。グロテスク極まりない本性。

 

「信じてもらえるんスか?割と荒唐無稽な話だと思うんスけど……」

 

 観念的な話には踏み込まず、切島が訊く。と、塚内はおもしろくないギャグでも見せられたかのように「ははは」と空疎な笑いを洩らした。

 

「きみらが揃いも揃ってそんな冗談を言いに来るわけない。何かこう、想像もつかない事態に直面しているのかもしれないと覚悟して待ってたんだ。案の定だね」

「………」

 

 笑みを収めると、塚内は突然真面目な表情になって立ち上がった。昔から気安い雰囲気を醸し出してはいるが、対ヴィランに汗をかいてきたベテラン刑事である。自ずと、背筋も伸びる。

 

「──つい先日、米国政府から極秘情報が入った」

「!」

 

 極秘情報とは随分とチープな響きだが、塚内の言葉には不相応な重みがあった。

 

「CIAが研究開発してきた最先端技術が、何者かに盗み出されたらしい」

「CIAの……最先端技術?」

 

 思わず聞き返してしまったのは出久だった。ヒーローがコミックなら、今度はスパイ映画のような展開ではないか。

 

「どんな技術なんです」

「俺も又聞きだから、詳しいことはわからない。ただ、脳波を遠隔操作する技術だと聞いている」

「つまり、人間の行動を操るとか?」

「どうかな。ただCIAでは昔……それこそ個性が発現するずっと以前の冷戦時代から、各国に放ったスパイの脳に直接指令を送ったり、あるいは敵国政府の高官を本人も気づかないうちにスパイに仕立てあげたりできないか、そういうアイデアから研究を行っていたそうだからね。その頃は映画擬きのような話だったんだろうが……」

「個性の登場で、現実的になったと」

 

 精神……つまり脳に作用する個性というのは様々に存在している。そのはたらきを研究し、科学技術に落とし込む──個性万能の時代と言われているが、陰に陽にそうした人間本来の取り組みも続けられているのだ。

 それ自体は称賛すべきことなのかもしれないが、盗み出されたとなれば一大事だ。──そこまで他人事のように考えて、はたと気づいた。

 

「まさか、僕らが入れ替わったのって……」

「このタイミングだ、可能性はあるだろう」

「つーことは、盗み出した奴がバクゴーたちの脳波を入れ替えた……?」切島のつぶやき。

「盗んだ人間から何者かの手に渡っている可能性もありますよ」これは活真。

 

 いずれにせよ、言えることはただひとつ。

 

「現役ヒーローを狙った……テロ」

 

 室内に、重苦しい沈黙が降りる。

 

「だとすればだ、」塚内が口を開く。「ここからは専門家に託したほうがいいだろう。不幸中の幸い、この件で公安が動いてる、きみたちのよく知る人間もな」

「……俺らの知り合い?」

 

 警察関係者に知己はそれなりにいるが、公安関係の部署と直接関わることはそれほど多くない。彼らは単なる裏方とは異なるいわば現代の忍び、華々しく名を売り活躍するヒーローとは住む世界が異なる。

 首を傾げるヒーローたちに構わず、塚内は備え付けの電話でどこかに内線をかけ始めた。話からするに公安関係の部署なのだろうが、果たして。

 

 

──塚内が通話を終えて五分もしないうちに、呼び出された張本人が姿を現した。

 

「……!」

「てめェ……!?」

「あ……」

 

 出久を除く三人が、揃って幽霊にでも遭遇したような表情を浮かべる。出久にしても、その姿には見覚えがあった。センターで綺麗に別れた紅白の髪に、左目を覆う火傷痕。それら特徴的すぎる特徴をもってしてもなお劣ることのない俳優顔負けの容姿に、仕立ての良いスーツがよく似合っている。

 彼は、何者だろうか。既視感はある、勝己たちとは顔見知りの様子。……雄英?

 

(あ、)

 

 不意に記憶が甦るのと、現れた男が口を開くのが同時だった。

 

「久しぶりだな爆豪、切島。島乃活真、きみとは那歩島で会った以来か」

「ッ、」

「え、僕のことまで……」

 

 活真が呆気にとられる一方で、勝己は男をぎろりと睨みつけた。

 

「よく俺らの前に顔出せたモンだなァ、舐めプ野郎?」

「舐めプじゃないし、仕事だから来たまでだ」

 

 すげなくあしらうと、男は懐から警察手帳を取り出した。

 

「警視庁公安部所属、」

 

 

「──轟、焦凍だ」

 

 

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