【完結】僕らの英雄王   作:たあたん

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告知

 

 時は少し戻り、因縁の幼馴染同士が科警研の地下にある一室にて検査を受けた直後。

 

「こちらをご覧くださいヒーロー爆散地、緑川さん」

「爆心地」

「緑谷ですけど……」

 

 訂正など聞こえていないかのように、白衣の研究員は堂々と話を進める。偶然だろうか、首から提げたネームプレートには"堂島"と書かれていた。

 

「ここが問題の箇所です」

 

 モニタに表示されたのはふたりの口蓋のレントゲン図であった。臼歯のさらに奥、それぞれが親知らずを抜いた痕。空洞となったその隙間に、直径三ミリほどのチップが埋め込まれている──堂島はそう説明した。

 

「クソっ、人の口ン中にこんなモン埋め込みやがって……!」

「気づかねえもんなのか」

 

 轟の毒を含んだつぶやきに、勝己は即座に噛みついた。

 

「麻酔されてンだよこっちは!てめェの歯ァ麻酔ナシで全部抜いてやろうか」

「それは厳しい」

 

 表情ひとつ変えずにそう返す轟を射殺さんばかりの目で睨みつける勝己だが、今は如何せん冴えない童顔なので迫力に欠けるのだった。

 

「でも原因がわかったんだったら、チップさえ除去しちまえば元に戻れるんスよね?」

 

 切島が本筋に話を戻して訊く。と、堂島研究員は眼鏡のフレームを指でくい、と上げつつ頷いた。

 

「はい。そこはほぼ間違いないかと」

 

 肯定の言葉を聞き、一同に弛緩した空気が流れる。この数日の狂騒劇も、これでようやく終わりを迎える──

 

「ただ、」

「……ただ?」

 

 ぴしりと固まる。糺しがつく先にろくなことはない、それがこの世の真理だ。

 

「今すぐにこのチップを取り除くことはできません」

「ハア゛ァ!!?」薄々予想はできてしまっていたのだろう、勝己が大声をあげる。「ッンでだよ!?」

「落ち着いてくださいヒーロー爆掃除」

「爆心地だっつってんだろ!!」

 

 余計に火に油を注ぎつつ、研究員は続ける。

 

「チップから微量の火薬反応が認められるんです」

「……つまり?」

「爆発物が仕掛けられています。無理に取り除こうとすれば……爆発の、おそれがあります」

「……!」

 

 言葉を失う一同。真っ先に口を開いたのは、当然というべきか当事者ではない轟だった。

 

「仮に爆発した場合、規模はどの程度になる?」

「余程密着していない限り、周囲に被害は及ばないでしょう。ご当人の首は吹っ飛びますが」

「そうか」

「納得してんじゃねえええ、大問題だろが!!」

「か、かっちゃ……爆心地の言う通りですよ!どうにかならないんですか?」

 

 珍しく意見を一致させた幼馴染だが、こればかりはどうにもならない。

 

「現状は何をするにもリスクが高すぎます」

「放っておいたって同じだろ!」

「繰り返しになりますが落ち着いてください。脳波が極端に乱れるのも危険です」

「ッ!………」

 

 半ば脅しのようなことを告げられ、黙り込む勝己。ギリギリと歯を食いしばりながら、であるが。

 

「とにかく、今後は心静かに生活することを心がけてくださいボンバーマン、金剛寺さん」

「……もうそれでいいわ」

「………」

 

 訂正する気力も、なかった。

 

 

 *

 

 

──丸山田歯科医院長、丸山田山岳51歳。帝都歯科大学卒業後、父親が経営する丸山田歯科に入り、十年前に父親の死去により院長就任。独身で、趣味はゴルフと食べ歩き。最近の悩みは高血圧。宗教及び思想的な背景はないが、投資で失敗し多額の借金を抱えていた。ところが失踪と前後して、借金はすべて返済された──

 

 むなしい検査結果を抱えて施設を出たところで、以上のような報告が轟のもとに入ってきた。返済の原資はいわば"成功報酬"だろうと、轟は推察する。この金の流れを追えば、首謀者が捜査線上に浮かんでくるかもしれない。

 

 というわけで、警視庁に戻るこの警察官僚とはいったんお別れだ。別に護衛がほしいわけじゃない、傍にいられたって迷惑だ──とは、勝己の言。だがいつもの減らず口も流石に張りがなかった。

 

「進展があれば逐一報告する。じゃあな」

「あ……轟!」

 

 呼び止めたのは切島だった。立ち止まった彼にぐっと詰め寄り、その右手を握りしめる。

 

「おめェが頼りだ、頼んだぜ……!」

「………」

 

「ああ、任せろ」

 

 フッと笑みを浮かべて、轟はそう応えた。笑顔らしい笑顔を見るのは、おそらく初めてのこと。

 去っていく彼の背中を見送り、踵を返す。活真はともかく、当事者たる幼馴染ふたりは明らかに消沈している。入れ替わりの解除がすぐになせないどころか、文字通り爆弾を抱えていると知ってしまったのだ。無理もない。

 

「さぁてと!犯人のほうは轟に任せて、俺らは帰って作戦会議といこーぜ!」

 

 切島が自分自身も含めた全員を鼓舞しているのを悟ってか、活真も努めて明るい声を出す。

 

「そうですね。どう足掻いても時間は過ぎていくんですし、身の振り方のプランを考えないと」

 

 出久はNo.1昇進を狙う現役No.2プロヒーロー、勝己は中学教師として、事件解決まで生きていかなければならないのだ。落ち込んでいても、何も始まらない。

 

 

 *

 

 

 

 と、いうわけで。

 

「緑谷さん、生放送の討論番組があります」

「へぁッ!!?」

 

 唐突な告知に、出久はソファーからずり落ちそうになった。

 

「いつ!?」

「来週です」

「なんでもっと早く言わないの!?」

「それまでには元に戻れそうだったので……見通しが甘くてごめんなさい」

 

 そんな、悪戯のバレた幼児ばりに素直に謝られてしまうと、何も言えなくなってしまう出久である。

 

「……討論って、誰と?」

「今人気のヒーロー三名、あと社会問題の専門家一名だそうです。詳しくはこちらを」

 

 渡された資料の一枚目にプロヒーロー及び専門家なる人物の略歴が記載されている。専門家は当然存じ上げないとして、ヒーローたちの名前も見たことがあるようなないような、程度のもの。昔の自分ならこんなこと、絶対にありえなかったのだが。

 

「問題はその四名、全員どこかで爆心地に批判的な発言をしていることです」

「つまり……アンチってこと?」

「程度の差はありますが」

「けっ、どいつもコイツもクソザコばっかだわ」

 

 勝己の暴言はいったん聞こえないふりをして、出久は資料を睨んだ。現場で針の筵になったとして、その実は他人に対する非難である。怖くはない。

 問題は、それに対するリアクションでヒーロー爆心地を演じきりつつ、視聴者に良い印象を与えられるかだ。

 

「なあ……そのことなんだけどさ、無理に出演()ることねーんじゃねえか?」

「!」

 

 切島が心配顔を浮かべている。

 

「この前の会見で爆心地株はがっつり上がったしよ。ここは世間にバレるリスクを少しでも減らすのも手だと思うんだ」

「………」

「どう思う、爆豪?」

 

 勝己は何も答えない。じっと虚空を睨む表情は、彼にしては珍しく葛藤があるのだと付き合いの長い切島にはわかった。

 

「しかし、万が一を考えて現場で活動するわけにもいかない以上は……なんらかの露出は続けないと」

 

 やんわりと反論する活真。ヒーローは人気商売でもある以上、話題性がなくなるだけでも人心は離れる。つまり来るビルボードチャートでの一位は危うくなる。それもまた、まごうことなき事実だった。

 

 決断の主体たる爆豪勝己までもが悩んでいる今、合議の場は沈黙に支配されるかと思われた。──だが、"彼"が口を開いた。声をあげたのだ。

 

「……僕、やってみようと思う」

「!」

「もちろん、かっちゃんが良いならだけど」

 

 まっすぐな視線に対し、勝己は胡乱な目つきでもって応えた。

 

「……何、企んでやがる?」

 

 そう言い放たれるのも、不本意ながら想定の範疇ではあった。切島でさえ、出久の変心に驚いている様子なのだ。

 

「そうじゃない。……ただ、このままじゃ駄目だって思ったんだ。No.1になろうってヒーローが……いや、ヒーロー爆心地がこんな卑劣な陰謀に負けるなんてことあっちゃいけない。だから!……だから今、僕にできることをしたいんだよ」

「……ッ、」

 

 勝己の双眸に、一瞬強烈な憤懣が滲んだ。昔と異なるのは、彼が忍耐というものを知ってしまったことか。

 

「……事務所(ここ)でテキトーに所員の相手してンのとはわけが違う、テレビカメラの前で、"ヒーロー爆心地"を演じきれると断言できんのか?言っとくが、この前のアレはてめェであって俺じゃねえ。あんなのはもう二度と認めねえ」

「爆豪おめェ、そんな言い方……」

 

「──わかってる」

 

 己の功績を否定されるような物言いにも、出久は鼻白むことはなかった。

 

「次はちゃんと、きみらしい姿を世間に示そうと思う」

「それができるってのか、てめェに?」

「……100パーセント完璧に演じるのは無理だろうね。でも、僕が考えるきみ、そして切島さんや活真くんが実際に見てきたきみ……揃えばきっと、生きたヒーロー爆心地になると思うんだ」

 

 自分だけの力でなく、勝己を傍で支えてきた者たちの力を合わせれば。そう宣言する出久を、秘書の青年もまた援護した。

 

「爆心地、ここは一度緑谷さんに……いや、我々全員で力を合わせてみませんか?今はここにいる四人、バクゴー事務所のメンメンなんですから」

「……おまえ、」

 

 勝己は思わず出久を睨んだ。そんな、本当に幼い頃にだけ無邪気に語っていたようなことを活真が知っているはずがない。どこぞで……おそらくは科警研に向かう途中の車内でか、出久が昔話をしたのだろう。

 

「力を合わせて、か。そうだな、それなら上手く行く気がする……いや、上手く行かせてみせるぜ!」

 

 慎重論を唱えていた切島までもが転向する。己のプライドと実益の秤が揺らいでいた勝己には、大きな一撃だった。

 そして、

 

「……どーせ出演()ンのは揚げ足取りしかできねークソゴミどもだ。……ンな連中に負けたら、承知しねえぞ」

「……!」

 

 勝己の与えた言葉に──出久はおよそ三十年ぶりに、笑顔の花を咲かせたのだった。

 

 

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