【完結】僕らの英雄王   作:たあたん

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突貫

 

 番組までは五日間ある。その間、昼夜を問わず"新生・爆心地プロデュース"(切島命名)が行われた。身振りや表情といった基本的な所作から、討論の発言要旨など具体的な検討に至るまでが詰められていく。とはいえ勝己は教師の仕事があり、活真も事務所との送迎やメディア対応の業務があるためほとんどは切島とのマンツーマンだ。いや、彼も現場に出られない所長に変わってパトロールや応援要請への対応をこなしているのだが、いつ休憩しているのか。

 出久が訊くと、こんな答えが返ってきた。

 

「アイツと一緒にやってくって決めた時点で、その辺はあきらめてんだ。ま、キツイけど楽しいぜ。他人にオススメはできねーけどな!」

 

 にかっと笑う切島の笑顔は、太陽のようにまぶしい。勝己のどこにそこまで入れ込んだのか……いや、出久にだってわかるのだ、本当は。彼の鮮烈な姿はこの男よりずっと早く、他ならぬ自分こそがいちばんよく見ていたのだから。

 

 

 *

 

 

 

 切島鋭児郎の慢性的な苦労は万人に労われるべきものである。いや、実際サラリーマンを中心に彼を評価する声は多い。気難しい爆心地に長年仕え、陰に陽にそのフォローをする姿は甲斐甲斐しくも涙ぐましいものなのだ。

 それについてはいったん置いておくとして、周囲に苦労をかけることに定評のある王様は今、二重生活という突発的苦労を味わっていた。

 

「緑谷せんせー!今日の授業難しくてよくわかんなかったー!」

 

 放課後の職員室にて。まったく臆する素振りもなく入室してくる女子生徒を前に、大嫌いな幼馴染の名で呼ばれた勝己は密かに嘆息した。

 

「……少しは恥じらいなさい。で、どこがわかんないの?」

 

 「女みてーな喋りしやがって」と内心出久を罵りつつ、訊く。出久が自分を演じてみせると啖呵を切ったのだ、負けてはいられない。

 

「えーとねー、ここー」

「あー、ここはな……」

 

 適当に解説すること五分、女子生徒は「わかったー!先生さんきゅー」と満足げに帰っていった。本当にわかったのだろうか、怪しいものである。

 と、白魚のような手がデスクにさりげなく粗茶を差し入れてきた。

 

「お疲れ様でした、緑谷先生」

「ああ……どうも」

 

 親しげに笑みを向けてくるこの女教師、確か南といったか。それなりに付き合いや関心のある者を除いては"モブ"でひと括りにしてしまう勝己だが、期間限定とはいえ職場の同僚たちである。渋々ではあるが、その顔と名前は努めて一致させた。無論、生徒たちのことも。短期間でここまで人のパーソナルデータを頭に叩き込んだのは人生でこれが初めてではなかろうか。

 

「あの子の成績、今年になってから上がり始めてるんですよ。緑谷先生のおかげですね」

「……いや別に、フツーに仕事してるだけです」

 

 素っ気なく返しつつ、書類をまとめて鞄に仕舞う。帰宅……ではない、教師が生徒より早く学校を出るなど普通はありえない。

 

「じゃ、行ってきます」

 

 最低限の辞令とともに職員室を出ようとすると、ちょうど敷居のところで教頭と鉢合わせた。

 

「ああ、緑谷先生。これから宇佐見くんのところですか?」

「ええ」

「……担任ですから行くなとは言いませんが、くれっぐれもご自身の身の安全最優先で!……お願いします」

「……わかってます、じゃ」

 

 それはほとんど生返事のようなものだった。ただでさえ女子生徒への対応に時間を取られてしまったのだ、一分一秒も惜しい。

 その背を見送りつつ、教頭は不愉快……というよりむしろ不可解と言いたげな表情を浮かべていた。

 

「なんだか雰囲気変わりましたよね、緑谷先生」

「ええ……」

「今にして思えば、最初に宇佐見くんの家に行ったあとから変だったかも……ドライになったというか、なんというか」

「まさか頭を打ったせいで?」

「さあ……でも検査で異常はなかったって言ってましたよね」

 

 実際には異常ありまくりである。無論、頭を殴打されたせいではないが。

 

 

 *

 

 

 

 一方の勝己は、親身な同僚や上司の態度にかえって苛立ちを深めていた。自分の身の安全が最優先──聞こえはいいが、その行き着く先が事なかれ主義なのではないか。自分が義務教育を受けていた頃を思い出しても、そんな、顔のない連中ばかりが浮かんでは消え去っていく。とはいえ人という字だ腐ったミカンだ云々と熱弁を振るうロン毛の男性教師だの、逆に真っ黒なロングワンピース姿で目覚めを強要してくる悪魔の女教師だのが身近にいてもそれはそれで面倒極まりなかったに違いない。勝己には自身の見定めた一本道があり、その道を塞ぐものはすべて邪魔者でしかない。石ころひとつ、転がっていることが許せない。

 

 ともあれ学校を出た勝己は、そのまま付近の路肩で待機させていた車に乗り込んだ。運転席の活真が「お疲れ様です」と声をかけてくるのはもう、様式美のようなものだ。

 

「生徒さんの家に行くのでよろしいですか?」

「ああ」

 

 住所を伝え、車を発進させる。活真のドライブは実に快適でよろしい、轟などは運転が荒くてかなわなかった。

 と、国道に合流したあたりで運転手が口を開いた。

 

「新生・爆心地プロデュースですが、今のところ順調に進んでますよ。緑谷さんの一挙一動も様になってきました」

「……その新生うんたらかんたらはやめろや。キショイわ、響きからして」

「といっても、僕らの間では定着してしまってますし」

 

 事もなげに言う活真は、幼少の頃と比べて図太くなったと思う。柔和な振る舞いは変わらないが、妙に芯が強く己を曲げないところは誰かにそっくりだ。それでも腹が立つどころか比較的甘くなってしまうから不思議だった。

 

──そういえば、その"誰か"とは随分仲良くなったようである。

 

「活真、おまえデクと何話した?」

「なんのことですか?」

「とぼけんなや。あのクソ元ナード、あんだけ意地張ってたくせに急に前向きになりやがった。なんか吹き込んだろ」

「吹き込んだなんて。ただ少し、昔話をしただけですよ」

 

 "昔話"という単語だけでいつ何時のことを指しているか察してしまった勝己は、ひとつ舌打ちを洩らした。

 

「余計なお節介だったらごめんなさい。でも少なくとも僕にとって、爆心地はNo.1になってほしいヒーローなんだってことを知ってもらいたかったんです」

「……あー、そうかよ。わーったわーった」

 

 前述の通り、活真を強くは叱れない。間違いなく善意からくる行動であり、結果として実益にも繋がっている。それを受け入れきれない心が、狭量なだけで。

 ただ、

 

「それだけか?」

「え?」

「デクの野郎、"世間は狭い"とかなんとかぬかしてたよなァ?」

 

 活真の肩が露骨に強張るのを見て、出久は後部座席から身を乗り出した。

 

「ちょっ、危ないです。ちゃんと座っててください」

「座ってほしけりゃ教えろや。活真クンはど~んなお話したのかなァ、ン?」

「………」

 

 口をつぐもうとする活真だったが、爆豪勝己という男はどこまでもしつこい。相手が根をあげるまでとことん粘るのだ。残念ながら活真は、出久ほど意地っ張りでもなかった。

 

「……実はその、姉さんのことで」

「真幌がどうかしたかよ」

「はい……ああ、言っていいのかなあ」今更悩みつつ、もう止まれない。「緑谷さん、姉のことご存知だったんです。いや、ご存知どころか……」

 

 活真から事の次第を聞き出した勝己は、たしかに驚きはしたものの、同時にいいことを聞いたと人の悪い笑みを浮かべた。何かを企んでいる表情。緑谷さんごめんなさいと、活真は心のうちで合掌した。

 

 

──そうこうしているうちに、目的の家が見えてきた。

 

 

「緑谷先生……!この前は息子が大変、申し訳ありませんでした……!」

 

 呆気にとられる勝己の前で、土下座せんばかりの謝罪を披露したのは宇佐見夫妻……つまり駿の両親だった。父親のほうはごく普通の中年サラリーマンという風体だが、汗だくでいるあたり会社から飛んで帰ってきた様子だ。まあ、好感をもつというほどでないにせよ嫌いなタイプではない。息子を引きずり出せない甘さはこの際やむをえまい。

 

「ア゛ァ……ゲホ、ゴホン!……お気になさらず」

「あ、ありがとうございます……あの、そちらの方は?」

 

 恐縮しつつも、勝己にくっついてきた童顔の青年を胡乱な目で見るふたり。ぴしっとスーツを着こなしてはいるが、若すぎて教師には見えないのだろう。実年齢としてはそんなこともないのだが。

 

「教育実習生です」

 

 涼しい顔をして、勝己は嘘をついた。そもそも"緑谷先生"のふりをしているのだ、この程度造作もない。

 

「島乃と申します」

 

 名乗りつつ、活真が一礼。これで駿の両親はなんとなく納得したようだった、ちょろい。

 

 

「あー……駿くん、緑谷、です。この前来た、担任の」

 

 開かない扉の前で、ぎこちなく声をかける。中からはうっすらゲームのBGMが漏れてくる。

 

「こ、この前のことさァ……怒ってないから、今度はちゃんと話しないか……?」

 

 当然のごとく返事はない。彼の両親もこの前の反省から少し離れたところで様子を見守っているような状況だ。

 それでも勝己は表面上はにこやかに、内心はじりじりとした苛立ちを抱えつつ声をかけ続ける。──デクなら、きっとそうするだろうから。

 

 しかし彼の涙ぐましい努力に対して、子供というものはどこまでも残酷だった。

 淡々と流れていた、もはや気にもとめられなくなっていた音楽が、突然意味をなさない凄まじい爆音となって牙を剥いたのだ。

 

「!!?」

 

 その被害は当然、部屋の一番そばにいた勝己が強力に受ける羽目になった。鼓膜を伝って脳が揺さぶられ、たまらずよろめく。

 

「ッ、大丈夫ですかばく……緑谷先生」

「……ああ……」

 

 俯いていた勝己が、おもむろに顔を上げる。そうして露になった表情を目の当たりにして、活真……いや、この場にいる全員が思わず息を呑んだ。

 

 勝己は、笑みを浮かべていた。口が裂けたように大きく吊り上げられ、かっと見開かれた楕円形の翠眼は数少ない白い部分に血のすじが現れている。

 

「……人が下手に出てりゃあ調子こきやがって……──おい活真ァ!」

「あ、はい」

「秘密道具その23だ!!」

「……わかりました」

 

 指示を受けた活真は、やや心配そうな表情を浮かべつつも鞄から"秘密道具その23"とやらを取り出した。木の持ち手に、ごつい金属の塊がくっついた割りとよく見るオブジェクト。

 

「秘密道具って、それトンカチでは?」

 

 駿の父親が、至極まともな突っ込みを入れる。

 

「まあ、そうとも言う」

「そ、そんなもの使ってどうする気ですか!?」

 

 ぶちギレた大の男がトンカチを持ち出す姿など、よからぬ想像を掻き立てるに決まっている。サスペンスドラマだったら百パーセント血を見る場面だ。

 

「安心しろ、ケガはさせねえよ」

 

 そう応じて、ニヤリと笑う。安心できる笑顔では微塵もないが、そのままなぜか階段を下りていく彼を止めることはできなかった。

 

 

 *

 

 

 

 自分の部屋の中、宇佐見駿は三角座りの状態でうずくまっていた。彼のそばにはゲームのコントローラーや、読みかけの漫画が転がっている。

 

「………」

 

 走ることが、何より好きだった。全力で、風を切って。それで食べていけるかどうかは別にしても、自分は一生走り続けるのだと信じて疑わなかった。

 

 それが、現実はどうだ。誰が悪いのでもない、ただの不運な巡り合わせ。そんなもののために自分はもう、元のようには走れないと宣告されてしまった。

 

(外に出て、どうなるっていうんだ)

 

 そこにはもう、自分の大切だったものは何ひとつないというのに。

 そんなこともわからず、大人たちは自分を引きずり出そうとする。そのたびに腹の奥に憤懣のマグマが渦巻いていく。頑なになる。今の彼には、優しげな猫なで声など逆効果でしかなかった。

 

──そういえば、部屋の外が妙に静かだ。

 

 ゲームの音量を限界まで上げて拒絶を示したのが、そんなに効果的だったか。安堵が半分、自分でもよくわからない、もやもやした気持ちが半分。それが"失望"と名付けうるものと知るのは、少しばかり未来の話になる。

 

 いずれにせよ、今の彼にそんな猶予はなかった。部屋の外が静まりかえるのと入れ替わるようにして、カーテンの閉め切られた窓からコツコツと音がしたからだ。

 

「え……?」

 

 最初は風によるものだと思った。しかし音は断続的に続いている。──何かが、叩いている?

 

 駿は勘の悪いほうではない。廊下が唐突に静かになったことと相俟って嫌な予感を覚えつつも、人間の本能ゆえ確かめずにはいられなかった。そうでないことを心のうちで祈りつつ、恐る恐るカーテンに手をかけ……開け放つ。

 

 

「コンニチハァ……駿ク~ン?」

「ヒィイイイイイッ!!?」

 

 果たして、そこにいた。ガラス一枚隔てて、担任教師を名乗る青年というには厳しい年齢の童顔男が。トンカチを片手に。

 

「ほォら、鍵開けようなァ?」

「ひっア……ああ……!」

 

 もはや言葉も発することができず、後ずさりすることしかできない駿。恐怖に覆われたその表情を愉快そうに見下ろしながら、勝己はゆっくりとトンカチを振り上げた。

 

「開けねえなら、ガラス叩き割りまーす。5、4……」

「!!?」

「さあん、にい、いーち……」

 

 翠眼がかっと見開かれる。──このひと、本気だ。そう悟った瞬間、駿は慌てて窓際ににじり寄った。

 

「や、やめて!あける、あけるからあ!?」

 

 ガラスを叩き割られてはたまらない。かちゃりと鍵を外すや、力いっぱい窓が開け放たれた。

 

「よォ……このクソガキ、散々手間取らせやがって……」

「あ、あ……」

 

 靴だけはベランダで丁寧に脱いでおきながら、堂々とテリトリーに侵入してくる男。尻餅をついたまま震える駿に、やおら迫ってくる。

 

「今度こそ()()()()しようなァ、駿クぅン?」

「────」

 

 トンカチ片手に浮かべられた笑みを目の当たりにした瞬間、駿の味わう恐怖は最高潮に達した。

 

 

「うわぁあああああああッ!!」

「!?」

 

 悲鳴とともに、およそひと月ぶりに部屋から飛び出してきた息子。まともに会話もないような状態だったにもかかわらず胸に飛び込んでくる、半べそで。

 

「駿、どうした!?駿!」

「大丈夫!?」

「ひっ、ヒィィ……!」

 

 怯えきった駿の視線の先に、その対象の姿が現れる。

 

「おい、逃げんな……」

「く、来るなあっ」

「!?」

 

 

「こんなヤバい先生がいる学校……絶対行きたくない……!!」

 

 頭をトンカチで殴られたような衝撃が、勝己を襲った。

 

 

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