身長は一四六センチだった。軍の健康診断を受けた日から三センチも伸びている。これは明確な成長であり、進歩だった。
にもかかわらず、ターニャは歓喜できなかった。帰宅してからエーリッヒは落ち着かない様子だ。仕事で問題があったわけではない、心配はいらないと口にするが、目は泳ぐし汗を拭いてばかりいる。
そして、決心したと言わんばかりに息を吐いた。少し怖かった。
「ターニャ、話がある。座ってくれ」
向かい合って、また沈黙が続いた。よほど言いづらいことなのだろう、ずっと眼鏡を拭いている。エーリッヒは困ると眼鏡を拭く癖があるのだ。ターニャはそれをよく承知していた。しかし、彼の思案を邪魔するのもよくないと判断して、静かに待った。
「……私は、君に謝らねばならない」
血が抜けていくように体温が下がっていくのを感じた。
何かが終わる。終わってしまう。
「君の気持ちには気づいていた。好いてくれているのだろうと思う。それが親愛ではないこともわかる。しかし――」
「待って、ください」
ターニャは頑張って笑顔を作ろうとした。頬を和らげて、眉を緩めて。しかし、力を抜くと涙がこぼれてきて、それがひどく情けなかった。
この日が来るとわかっていたはずなのに。
「せめて、伝えさせてください。……あなたが好きです」
膝の上に置いた手を強く握った。
「今この瞬間も私を傷つけまいと尽力してくださる優しさも」
この関係が始まったのは、包丁で己が胸を突こうとするターニャを彼が止めてくれたときだった。あの日から、ターニャは彼のもとで変化し、今の姿に至った。
「仕事熱心でどんなことにも手を抜かない真面目さも」
初めて会ったときからずっと彼は職務に忠実だった。ターニャの世話をすると宣言して一緒に暮らしはじめてからも、彼はあらゆることに努力を向けていた。
「ちょっとおっちょこちょいで勢いが勝ってしまうところも」
ターニャが初潮を迎えた朝、彼は大いに慌てふためいていた。もちろん、ターニャを心配してくれてのことで、とても嬉しかったが、つい笑ってしまった。
「私と一緒に暮らすというだけの理由で何も言わないのに禁煙してくれたことも」
帝国軍人の倣いで彼も喫煙者だったが、次第に彼の軍服から煙草の匂いが抜けていくことで、禁煙していることに気づいた。いい機会だから、となんでもないようにそれを認めた。尊敬するとともに、胸が高鳴った。
「笑顔のぎこちなさも」
表情筋が機能していないのか、彼の笑みはぎこちなかった。一緒に暮らすうちに和らいだが、ターニャはぎこちない笑みも、穏やかな笑みも好きだった。
「あなたのいいところ、悪いところ、かっこいいところ、情けないところ、全部好きです」
もう涙が止まらないのは仕方がないと思った。最後の時間をしゃくりあげて過ごしたくないと思って、言葉を紡ぐことと、呼吸することに専念した。怖くて仕方がなかったが、彼から目をそらすことだけはしなかった。それほどまでに彼が、エーリッヒ・フォン・レルゲンが好きだった。
「あなたは、私にぬくもりをくれた。冷たい歯車だった私がこうして人間をできているのは、あなたがいたからです。ありがとう、ございました。あ、あなたの、健康を……ずっと、想っていますから……」
ああ、だめだった。
結局、最後は声にならなかった。ターニャは悔しかった。己の弱さが憎かった。好きな人に最後の笑顔を見せられない、これほど悔しいことがあろうか。
彼が椅子から立ち上がった。世界から色が消える、そんな音がした。
「――早合点で泣かないでくれ、馬鹿者」
突如としてぬくもりに包まれて、ひゅ、とターニャの喉から情けない音が出た。
少し乱暴なくらい強く抱きしめる手。それが幻覚でないことを、エーリッヒの声が示した。
「君が好きだ。努力家なところも、勤勉なところも、甘え上手なところも、照れ屋なところも、抱え込みがちなところも、口が悪いところも、大きな瞳も。知らなかった君を知るたびに、愛おしさが増していった。正直に言う、かつて私は君が怖かった。今、君を知った私は、君に恋をしている」
きっとこれは夢だ。
わかっていながら、ターニャは頬をつねらなかった。せめてもう少し、あとで絶望するとしても、浸っていたかったのだ。
「なかなか伝えられなかったのは、年の差で君に苦労をかけるのではないか、病で弱った君につけ込んだのではないかと杞憂したためだ。しかし、覚悟した。いかなる艱難辛苦も、君となら乗り越えられる」
この先を聞いたら戻れなくなる。わかっているはずなのに、ターニャは耳を傾けていた。
「愛している、ターニャ」
見上げれば、彼の顔がすぐそばにあった。困っていて、悩んでいて、しかし一生懸命で、真剣な表情だった。見つめるのが怖くて、逃げ出すことはできなくて、ターニャは背伸びをした。
硬い唇だった。