セレブリャコーフはレルゲンに引き抜かれ、少佐に昇進のうえ総務部に配属された。彼女は士官課程で参謀コースを取っていなかったが、人手不足は否めない。レルゲンの秘書という形でねじ込まれた。
もちろん他の隊員も、士官学校の教官、国境警備隊の隊長など、順当に出世が決まった。上司であるターニャは鼻が高い。
セレブリャコーフは珍しくぐずって反抗したものの、レルゲンと二人がかりでなだめすかし、納得させた。なぜかターニャとセレブリャコーフが文通をすることになったが、ターニャにとって筆を執るという行為は別段億劫ではない。
そして、ターニャはいま、人事部にいる。
「次の方、どうぞ」
部下の人事に関する意見具申の的確さと、人事部への理解の深さが評価された。軍縮に伴う失業者の増加に対応するため新設された相談室を任されたのだ。
ターニャにとって人事は昔取った杵柄だ。なんなら前世の死因まで人事がらみなのだから笑えないが、なんにせよ人事は得意中の得意分野だった。
軍人の多くはプライドが高い。その割に民間で働く能力は高くない。これはターニャが軍人を低く見ているのではなく、単に職業訓練を受ける機会が兵役によって損失されていたという事実、そして軍人という責任が重く激務の職業に従事してきたことがアイデンティティを構築するレベルのプライドを生む事実をのみ示す。
よって、そのプライドを傷つけない程度に職業訓練、資格取得を推進する必要がある。これはターニャが論文で記した提言でもある。
現在、急ピッチで新たな訓練校を準備しているが、和平条約が締結された以上、軍縮を凍結するわけにはいかない。そこで、ターニャが彼ら彼女らを一時的な公共事業へと回しているのだ。
「どうぞ、お座りください。ああ、敬礼は不要です。中央軍砲兵隊に籍を置いてらした、なるほど。適性テストでの物理学や数学の成績も非常に高いですね。当然、火薬の扱いにも慣れてらっしゃる……。どの職場でも引く手あまたですが、なかでも私からはこれらの募集を紹介できます。いかがですか? ええ、持ち帰ってご検討ください。疑問点がございましたらいつでも人事局雇用促進課へ」
最初は面接の場にもかかわらず敬礼したり第二〇三航空魔導大隊を賛美したりする者が多く、ターニャも困惑したが、次第に慣れてきた。ターニャの私的な見解だが、人事とは高度な流れ作業なのだ。面接者の情報と人事の情報を組み合わせ、最適の箱に入れる。それだけだ。
「次の方、どうぞ」
しかし、流れ作業に徹していたために油断ができた。
発砲音。続いて、右肩に焼けるような感覚。
「――死ね、ラインの悪魔! ド・ルーゴ将軍に栄光あれ!」
痛みに悶えたことが幸いして二射目、三射目は外れた。
涙にぼやける視界の向こうで、女が笑っている。狂気的な三日月を口とし、目を血走らせ、復讐心と愛国心に震えている。
恐ろしかった。ただただ、ターニャ・フォン・デグレチャフは恐怖を感じた。
誰かが女を取り押さえるのを見ながら、鈍った感覚を総動員して、傷を止血した。前線で戦っていたころ、これほど痛みを感じたことがあっただろうか。どこかで冷静なターニャがアドレナリンによる痛覚の麻痺だと指摘したが、そんなことは聞いていなかった。
なぜか、ターニャの脳裏に名も知らない義勇軍の小娘が浮かんだ。彼女も狂気的だった。戦っていた時、ターニャは彼女に感じるひりついた感覚を敵としての脅威判定によるものだと思い込んでいた。しかし、どうやらあれは恐怖だったらしい。
恐怖。恐怖。恐怖。
覚えまいとしてきた、殺した敵兵の顔が無数に浮かんでくる。ターニャを地獄へ引きずりおろそうと、ターニャを足場に地獄から抜け出そうとしているのだ。
ターニャの胸の奥で、何かが折れる音がした。