ありふれない怨霊こそ世界最愛   作:白紙

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10.この世界の事情

 教室で魔方陣から放たれた光に包まれた社達。光が収まり目を見開いた彼らを待っていたのは、大聖堂という言葉が自然と湧き上がるような荘厳な雰囲気の広間と、そこで両手を胸の前で組んだ格好で、祈りを捧げる様に跪く30人近い人々であった。彼等は一様に白地に金の刺繍(ししゅう)がなされた法衣のようなものを纏い、傍らに錫杖(しゃくじょう)のような物を置いている。その錫杖は先端が扇状に広がっており、円環の代わりに円盤が数枚吊り下げられていた。その姿は、ゲームや小説等に於ける一分野、所謂ファンタジー物でよくある神官のような恰好を連想させた。

 

(・・・()()()()()、悪意を向けているのは誰だ?)

 

 クラスメイト達が呆然とする中、自分を含むクラスメイト全員に向けられる悪意を感知し、即座に周囲を警戒する社。自らの常人離れした五感と、自身と■■を繋ぐ証でもある悪意を感知する能力を研ぎ澄ませて周りに注意を向ける。しかし、自分達に向けられる悪意は、少なくとも彼らから発せられるものでは無いと社は感じていた。それどころか、彼らの会話に耳を澄ませば「・・・成功だ。成功したぞ!」や「彼らが我々の救いか!」等々、驚きと喜びが込められた様な声が聞こえてくる。中には「エヒト様に無上の感謝を・・・」と言いながら滂沱(ぼうだ)の涙を流す者まで居た。

 

(悪意を向けているのは彼らじゃ無い。と言うか、彼らも俺達と同じ様に、()()()()()()()悪意が向けられている?そんなことが有り得るのか?)

 

 社の周りには悪意の発生源となり得る人物は見当たらず、それどころか確認し得る全ての人間に同一の存在から悪意が向けられている様に感じた。周囲の様子と自身の感じる悪意との差異に社が疑問を浮かべていると、法衣を纏った集団の中から70代位の老人が進み出てきた。その老人ーーー老人と表現するには纏う覇気が強く、顔に刻まれた皺や老熟した目がなければ50代と言っても通るかもしれないーーーは、集団の中でも特に豪奢(ごうしゃ)(きら)びやかな衣装を纏っており、権力の高さを示すように高さ30cm位ありそうな、これまた細かい意匠の凝らされた烏帽子(えぼし)の様な物を被っていた。

 

 彼は手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、外見に良く合う深みのある落ち着いた声音で社達に話しかけた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 そう言って、イシュタルと名乗った老人は、好々爺(こうこうや)然とした微笑を見せた。

 

 

 

 現在、社達はイシュタルに案内され、10m以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。この部屋もその前に通った道も、例に漏れず煌びやかな作りになっていた。素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めた物なのだろうと分かる。恐らくは晩餐会などをする場所なのではないだろうか。上座に近い方に畑山愛子先生と光輝達四人組が座り、後はその取り巻き順に適当に座っている。社とハジメ、幸利、恵里は最後方で集まっていた。

 

「・・・社君、どう思う?」

 

「さあな。ただ、どうにもキナ臭い」

 

「異世界転移なんざ望んじゃいないんだよなぁ・・・」

 

「アハハ・・・」

 

 席に着くや否や、目の前のハジメに小声で質問される社。社が持つ悪意を感知する力を知っているハジメの「この人たちは信用できるのか?」という問いに対して、遠回しに信用できないと社は返す。ハジメの隣に座って会話を聞いていた幸利は、眉間に皺を寄せ頭を抱えながら力無く呟く。社の隣に座る恵里の笑みもどこか弱弱しげであり、瞳が不安げに揺れている。

 

 ここに案内されるまで、クラスの誰も大して騒がなかったのは未だ現実に認識が追いついていないからだろう。イシュタルが事情を説明すると告げた事や、カリスマレベルMAXの光輝が落ち着かせたことも理由だろうが。尚、教師より教師らしく生徒達を纏めていると愛子先生が涙目だった件については、誰一人として見なかった事にした。触れないほうが良い事実というものも往々にしてあるものである。

 

 全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。生のメイドである。地球産の某聖地にいるようなエセメイドや、外国にいるデップリしたおばさんメイドではない。正真正銘、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドである。

 

 こんな状況でありながらも思春期男子の飽くなき探究心と欲望は健在で、クラス男子の大半がメイドさん達を凝視している。最も、それを見た女子達の視線は氷河期もかくやという冷たさを宿していたのだが。

 

(・・・メイド達からも俺達に対しての悪意は感じない。どころか、俺達や他の神官達と同じように悪意が向けられている)

 

 社もまた怪しまれない程度にメイド達を観察していた。が、分かるのは先程と同じ様にメイド達にも同一の悪意が向けられているという事だけであった。社にとっては前例のない事態に頭を悩ませていると、隣と上座の方の2ヶ所からプレッシャーのようなものを感じ、思わずそちらに振り向く社。

 

 すると()()()()()()()()()()()()()()、いつも通りのニコニコ顔で、しかし目だけが笑っていない恵里の笑顔だった。社が気づかぬうちに、椅子ごとこちらに体を寄せていたようだ。お互いの顔が非常に近づいており、社の視界には恵里の顔しか映っておらず、恵里の方もまた同様だろう。目を逸らすなど許さないとばかりに、恵里の手が社の顔に添えられており、2人の鼻が触れるまで10㎝程しか無く、それも徐々に近づいているような気がする。

 

社君てば、何を見ていたのカナ。僕に教えてちょうだい?

 

「メイドの中に怪しい奴がいないか見てただけです。決して下心があった訳では御座いません。メイド萌えはハジメだけです」

 

「ちょっ、余計な事言わなーーーヒィッ!!?」

 

 恵里の有無を言わせぬ迫力と言動に、思わず敬語になりながら即答する社。自らに降りかかる冤罪を晴らす為とは言え、友人の性癖すら簡単に暴露する始末である。予想外の流れ弾を喰らい反論を試みたハジメだったが、突如背筋に感じた悪寒に叫び声を上げてしまう。チラリと悪寒を感じる方へ視線を向けると、なぜか満面の笑みを浮かべた香織がジッとハジメを見ていた。ハジメは目と口を閉じて、何も見なかった事にした。

 

「・・・そっか、ゴメンね社君。ちょっと勘違いしちゃった」

 

 社の言葉か態度に思う所があったのだろう。納得した様に手を離し、謝罪する恵里。社も「気にすんな」と返すと、もう一つのプレッシャーの出所を探す。すると上座の方に居た雫が、親の仇を見つけたとでも言わんばかりに社の方を見ていた。雫の隣に座っていた鈴の顔色が悪いのは、決して異世界なんて場所に飛ばされた不安だけが原因ではないだろう。何となく「面白そうだな」と言う思いつきで手を振ってみる社だが、雫の表情に変化は無い。それどころかプレッシャーが増したようにも感じる。哀れ、鈴の顔色が更に酷くなったのは言うまでもない。

 

 さて、どうしたもんかな、と社が考えていると、全員に飲み物が行き渡るのを確認したイシュタルが話し始めた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 そう言って始めたイシュタルの話は実にファンタジーでテンプレで、どうしようもないくらい勝手なものだった。簡単に要約すると、

 

・この世界の名はトータス。

・トータスには大きく分けて3つの種族があり、それぞれ人間族、魔人族、亜人族である。

・人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きている。

・人間族と魔人族が何百年も戦争を続けており、魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していた。

・戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていなかったが、最近になりそのバランスが崩れつつある。

・原因は魔人族による魔物の使役。

・通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形の事を総称して魔物と呼び、それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣である。ただ、この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないらしい。

・魔物は使役できても、せいぜい1、2匹程度であるという常識が崩され、人間族側の〝数〟というアドバンテージが無くなったことで、人間族は滅びの危機を迎えている。

との事。正直、知ったこっちゃない、と言うのが社達4人の意見である。

 

「貴方方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。恐らく〝エヒト様〟は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。貴方方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、〝エヒト様〟から神託があったのですよ。貴方方という〝救い〟を送ると。貴方方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

 イシュタルはどこか恍惚とした表情を浮かべている。おそらく神託を聞いた時の事でも思い出しているのだろう。恵理が小声で「キモッ」と嫌そうに呟き、それを聞いて吹き出しそうになる社。イシュタルによれば人間族の9割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。

 

「・・・完全にアウトだな」

 

「役満、いや厄満じゃねーかよ」

 

「誰が上手いこと言えって言ったのさ、幸利君」

 

「アハハー、この爺頭パーだね」

 

 ハジメと社達が呆れるように小声で呟く。恵里に至っては毒を隠そうともしなかった。〝神の意思〟を疑い無く、それどころか嬉々として従うのであろうこの世界の歪さに、社達4人が言い知れぬ危機感を覚えていると、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。

 

「ふざけないで下さい!結局、この子達に戦争させようって事でしょう!そんなの許しません!ええ、先生は絶対に許しませんよ!私達を早く帰して下さい!きっと、ご家族も心配しているはずです!あなた達のしていることは唯の誘拐ですよ!」

 

 ぷりぷりと怒る愛子先生。彼女は今年25歳になる社会科の教師で非常に人気がある。150cm程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒の為にとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、その何時でも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。〝愛ちゃん〟と愛称で呼ばれ親しまれているのだが、本人はそう呼ばれると直ぐに怒る。なんでも威厳ある教師を目指しているのだとか。

 

 今回も理不尽な召喚理由に怒り、ウガーと立ち上がったのだ。「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる・・・」と、ほんわかした気持ちでイシュタルに食ってかかる愛子先生を眺めていた生徒達だったが、次のイシュタルの言葉に凍りついた。

 

「お気持ちはお察しします。しかし・・・あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に押しかかっている様だ。誰もが何を言われたのか分からないと言う表情でイシュタルを見やる。

 

「ふ、不可能って・・・ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

「先ほど言った様に、貴方方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

 

「そ、そんな・・・」

 

 思わず叫んだ愛子先生だったが、イシュタルの言葉を聞くと打ちのめされた様に呟き、脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。

 

「うそだろ?帰れないってなんだよ!」

 

「いやよ!なんでもいいから帰してよ!」

 

「戦争なんて冗談じゃねぇ!ふざけんなよ!」

 

「なんで、なんで、なんで・・・」

 

 パニックになる生徒達。が、比較的ではあるがハジメ達は落ち着いていた。

 

 勿論、全く問題無しとまではいかなかった。しかし、社との出会いで魑魅魍魎(ちみもうりょう)と関わった経験が、非日常に対しての耐性を着けていた為、恐慌状態にはならなかったのだ。またハジメや幸利はオタクであるが故にこういう展開の創作物は何度も読んでいる。それ故、予想していた幾つかのパターンの内、最悪のパターンではなかったので他の生徒達よりは平静を保てていた。因みに、最悪なのは召喚者を奴隷扱いするパターンだったりする。

 

(この糞ハゲ、俺達を利用する気満々の癖に無茶苦茶悪意を向けてくるんだけど。しっかし、ずっと感じている悪意はコイツのものでも無いのか)

 

(うわぁ、「なぜこの餓鬼どもはエヒト神に選ばれたという栄光を喜べぬのだ」みたいな目をしてる。完全に狂信者染みてるなぁ)

 

 誰もが狼狽える中、イシュタルは特に口を挟むでもなく静かにその様子を眺めていたが、悪意を感じ取れる社と元々観察眼に優れるハジメは、その目の奥に込められている侮蔑の感情を見逃さなかった。

 

 

 

 結局、最後にはイシュタルに乗せられる形で、光輝がカリスマを遺憾なく発揮。それに賛同したクラスメイト達によって、愛子先生の奮闘空しく、全員で戦争に参加することになってしまった。彼らは皆、本当の意味で戦争をすると言う事がどういうことか理解してはいないだろう。これも、崩れそうな精神を守るための一種の現実逃避と言えるかもしれない。

 

 戦争参加の決意をした以上、ハジメ達は戦いの術を学ばなければならない。この世界に呼ばれ規格外の力を潜在的に持っていると言っても、元は平和主義にどっぷり浸かりきった日本の高校生だ。いきなり魔物や魔人と戦うなど不可能である。

 

 しかし、その辺の事情は当然予想していたらしく、イシュタル曰く、この聖教教会本山がある【神山】の麓の【ハイリヒ王国】にて受け入れ態勢が整っているらしい。

 

 王国は聖教教会と密接な関係があり、聖教教会の崇める神ーーー創世神エヒトの眷属であるシャルム・バーンなる人物が建国した最も伝統ある国ということだ。国の背後に教会があるのだからその繋がりの強さが分かるだろう。

 

「・・・神が実在してる上に、国家と宗教がズブズブに繋がってるってヤバいよね?」

 

「言うなハジメ。俺は何も聞いちゃいねぇ」

 

「諦めろ幸利。現実は非情だ」

 

 現在ハジメ達がいる聖教教会は【神山】の頂上にあるらしく、そこから下山してハイリヒ王国に行くため、聖教教会の正面門を目指して移動しているハジメ達。その道中でイシュタルの話からサラリと出たヤバい事実を聞き逃さなかったハジメが、恐る恐る社と幸利に問いかける。反応は違えど2人共しっかりと話を聞いていた様で、現実逃避を始める幸利を、社が諦観を抱きながらも諭していた。

 

 なんとなしに戦前の日本を思い出すハジメ。政治と宗教が当然の様に密接に結びついていた時代。日本だけで無く、世界の歴史を見ても存在していた結び付きは様々な悲劇を齎した。だが、この世界はもっと歪かもしれない。なにせこの世界には異世界に干渉できる程の力を持った超常の存在が実在しており、文字通り〝神の意思〟を中心に世界が回っているからだ。

 

 

 

 凱旋門もかくやという荘厳な正面門を潜ると、そこには雲海が広がっていた。高山特有の息苦しさなど感じていなかったので、おそらく魔法で生活環境を整えているのだろう。ハジメ達は太陽の光を反射してキラキラと煌めく雲海と、透き通るような青空という雄大な景色に呆然と見蕩れた。

 

 クラスメイト達の反応を見た、どこか自慢気なイシュタルに促されて先へ進むと、柵に囲まれた円形の大きな白い台座が見えてきた。大聖堂で見たのと同じ素材で出来た美しい回廊を進みながら促されるままその台座に乗る。

 

 台座には巨大な魔法陣が刻まれていた。柵の向こう側は雲海なので大多数の生徒が中央に身を寄せる。それでも興味が湧くのは止められないようでキョロキョロと周りを見渡していると、イシュタルが何やら唱えだした。

 

「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん。ーーー〝天道〟」

 

 その途端、足元の魔法陣が燦然さんぜんと輝き出した。そして、まるでロープウェイのように滑らかに台座が動き出し、地上へ向けて斜めに下っていく。どうやら、先ほどの〝詠唱〟で台座に刻まれた魔法陣を起動した様だ。この台座は正しくロープウェイなのだろう。ある意味、初めて見る〝魔法〟に生徒達がキャッキャッと騒ぎ出す。雲海に突入する頃には大騒ぎだ。

 

 やがて、雲海を抜け地上が見えてきた。眼下には大きな町、否、国が見える。山肌からせり出すように建築された巨大な城と放射状に広がる城下町。ハイリヒ王国の王都だ。台座は、王宮と空中回廊で繋がっている高い塔の屋上に続いているようだ。

 

(・・・これが魔法か。もし、この力を学べるのであれば。或いは■■ちゃんの呪いもーーー)

 

(演出家だなぁ。この反応も狙ってやってるのなら、やっぱり一宗教の頂点に立つ人間は一味違うのかな?)

 

 魔法という未知の力を目の当たりにし、〝この力を自分の物に出来れば〟と考える社。焦りは禁物であると分かってはいても、自らの悲願が叶うかもしれないと考えると、どうにも落ち着かない。一方、社よりも冷静に周りを見ていたハジメは、皮肉げに素晴らしい演出だと笑った。雲海を抜け天より降りたる〝神の使徒〟という構図そのままである。ハジメ達のことだけでなく、聖教信者が教会関係者を神聖視するのも無理はない。

 

 自分達の帰還の可能性と同じく、世界の行く末は神の胸三寸なのである。徐々に鮮明になってきた王都を見下ろしながら、ハジメは言い知れぬ不安が胸に渦巻くのを必死に押し殺し、とにかくできることをやっていくしかないと拳を握り締め気合を入れ直すのだった。

 

 

 

 王宮に着くと、ハジメ達は真っ直ぐに玉座の間に案内された。教会に負けないくらい煌びやかな内装の廊下を歩く。道中、騎士っぽい装備を身につけた者や文官らしき者、メイド等の使用人とすれ違うのだが、皆一様に期待に満ちた、あるいは畏敬の念に満ちた眼差しを向けて来る。ハジメ達が何者かある程度知っているようだ。

 

 ハジメと社達が最後尾をゆっくりと付いて行くと、美しい意匠の凝らされた巨大な両開きの扉の前に到着する。その扉の両サイドで直立不動の姿勢をとっていた兵士2人がイシュタルと勇者一行が来たことを大声で告げ、中の返事も待たず扉を開け放った。イシュタルはそれが当然というように悠々と扉を通る。光輝等一部の者を除いて生徒達は恐る恐るといった感じで扉を潜った。因みに社は一部の者に入っている。

 

 扉を潜った先には真っ直ぐ延びたレッドカーペットと、その奥の中央に豪奢(ごうしゃ)な椅子ーーー玉座があった。玉座の前では覇気と威厳を纏った初老の男が立ち上がって待っている。その隣には王妃と思われる女性、その更に隣には10歳前後の金髪碧眼の美少年、14、5歳の同じく金髪碧眼の美少女が控えていた。更にレッドカーペットの両サイドには左側に甲冑や軍服らしき衣装を纏った者達が、右側には文官らしき者達がざっと30人以上並んで佇んでいる。玉座の手前に着くとイシュタルはハジメ達をそこに止め置き、自分は国王の隣へと進んだ。そこで、おもむろに手を差し出すと国王は恭しくその手を取り、軽く触れない程度のキスをした。

 

(はーい、これで神>教皇>王の図式が成り立ちましたー。気分はどうかな、ユッキー?)

 

(神は死んだ!もういない!)

 

(シャレになってないよ幸利君。というか意外と余裕あるね?)

 

(うーん、創作とかでよくある暗黒郷(ディストピア)もの染みてきたねー)

 

(不吉なこと言わないで、中村さん。僕もそう思ったけど)

 

 それを見た社達4人は、王よりも教皇の方が立場が上であると確信する。これで自動的に国を動かすのが〝神〟であることが確定し、からかうように小声で幸利に話を振る社。その言葉を聞き、やけくそ気味にネタに走る幸利と、不吉な、それでいて決して可能性の低くないことを言う恵里に対して、ハジメが冷静にツッコミを入れていく。

 

 そこからは唯の自己紹介だ。国王は名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃をルルアリアというらしい。金髪美少年はランデル王子、王女はリリアーナという。後は、騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がなされた。ちなみに、途中、美少年の目が香織に吸い寄せられるようにチラチラ見ていた事から香織の魅力は異世界でも通用するようである。

 

 その後、晩餐会が開かれ異世界料理を堪能した。見た目は地球の洋食と殆ど変わらなかった。偶にピンク色のソースや虹色に輝く飲み物が出てきたりしたが非常に美味だった。ランデル殿下がしきりに香織に話しかけていたのをクラスの女子や一部男子がやきもきしながら見ているという状況もあったが。

 

 何故か一部の女子は「このままで良いの!?」と言いたげな目でハジメを見ていたが、心当たりの無いハジメは首を傾げるだけであった。むしろハジメとしては、もしや矛先が殿下に向くのではとちょっと期待していた。と言っても、10歳では無理だろうが・・・。

 

 王宮ではハジメ達の衣食住が保障されている旨と、訓練に於ける教官達の紹介もなされた。教官達は現役の騎士団や宮廷魔法師から選ばれた様で、いずれ来る戦争に備え、今の内に親睦を深めておけと言う事だろう。こうして表面上は穏やかに、晩餐会の時間は過ぎてゆくのであった。

 

 

 

 晩餐が終わり、生徒達には各自一室ずつ部屋を与えられた。案内された豪奢な部屋の中、天蓋付きのベッドに寝転び、1人考えを整理する社。

 

(・・・確認できただけでも、全ての人間に同一の存在から悪意が向けられていた。俺たちは勿論、王族達や国の高官・貴族達、果ては騎士団員、文官、使用人に至るまで、誰一人例外は無し)

 

 今日だけでハイリヒ王国の主な貴族や重鎮、聖教教会の要職に出会った社達だったが、その中には社の探す悪意の持ち主は居なかった。それどころか、皆一様に同じ存在から悪意が向けられているのが確認できる始末だ。

 

(消去法だが、この悪意の持ち主として1番可能性が高いのはこの世界の神だ。〝エヒト神〟とやらか、〝魔人族の崇める神〟か。感じる悪意は1種類だけだが、どちらもロクでもなさそうだしなぁ。)

 

 社は自分以外に向けられる悪意の感知は不得手であり、よほど大きな悪感情でなければ察知することが出来ない。それなのにこの世界に来てからは、自分以外に向けられる悪意を感知し続けている。社自身の悪意感知能力がこちらの世界に来て強化されたという可能性も無くは無いが、それにしては強化された手ごたえのようなものも無い。

 

 となると、社自身信じがたい事ではあるが、ここまでの悪感情を抱くことのできる強大な存在がいることになる。現状の社の知識では、そんな存在は〝エヒト神〟と〝魔人族の崇める神〟以外存在しない。〝魔人族の崇める神〟は名前すら分かっていないが、自分達を戦争の道具にしようとする時点で〝エヒト神〟は邪神も同然だろう。

 

(そう言えば、この世界で『術式』は使えるのか?・・・今のうちに試すか)

 

 考え事を続ける社だったが、ふと自らの『術式』がこの世界でも使えるのか、という疑問を思い浮かべる。自身の生命線であるにも関わらず、ウッカリ忘れていた事に自分で呆れる社。

 

「さて、どうなるか。ーーー『式神調(しきがみしらべ) (よん)ノ番〝影鰐(かげわに)〟』」

 

 社が『呪力』を練り上げ式神の名を呼ぶと、それに応えるかのようにどこからともなく光の粒子が集まってくる。集まった粒子は徐々に形を成していき、数秒後、魚のような式神が宙を漂いながら姿を現した。

 

 〝影鰐(かげわに)〟と呼ばれた式神は子供の頭位の大きさで、全身が白く染められており、部分部分に空色の線で紋様が描かれている。胴体部分は一般的な魚類の姿を模してはいるが、頭は寧ろガビアルのような鰐に近い。「鰐の頭を持つ魚」と言うのが最も近い表現だろう。唯、黒いつぶらな瞳と、サイズがサイズであるために威圧感は全く無く、動かなければ子供用の人形と言ってもいい位には可愛らしさがあった。

 

 すり寄ってくる〝影鰐(かげわに)〟を撫でながら、社は自身の影に触れる。すると、社の手が影の中に沈み込む様に消えていく。そのまま躊躇無く手を突っ込み、二の腕の途中辺りまで沈ませる社。

 

(指輪はある。呪いを移している刀もある。・・・日記もある。大丈夫そうだな)

 

 影の中に収納していた物を確認する社。制約は幾つかあるが〝影に実体を持たせて操る異能〟こそが〝影鰐(かげわに)〟の持つ能力である。より正確に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、であるが。社はこの異能の応用で、自身の影を収納スペースとして扱っていた。

 

 一通りの確認をした後、社は影の中から日記と筆記用具一式を取り出す。

 

(・・・これからどうなるかは分からないが、この世界の技術があれば、きっと■■ちゃんの事もーーー)

 

 思い出されるのは、自分達を呼び出す事となった原因である教室で発動した魔方陣の光。そして神山からハイリヒ王国に向かう際に見た〝魔法〟。異世界への不安は尽きないが、それ以上に自らの願いを叶えることが出来るのでは、という期待値のほうが高い社。我ながら現金であると思いながら、日記に出来事を書き記していくのであった。

 

 尚、次の日に日記を見直して、書かれていた内容に軽く自己嫌悪したのは言うまでもない。

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