ありふれない怨霊こそ世界最愛 作:白紙
「なんだかな・・・」
試合前に準備体操をしつつ、突如決まった光輝との試合にやるせない気持ちになる社。香織の悪気無い発言から始まったこの一件、最初は適当な事を言ってうやむやにしようとした社。しかし誤算だったのが、メルドが光輝のワガママとも言える提案を飲んでしまった事だった。
(「同じクラスメイトの戦う姿を見せて、士気を高めたい」ね。言いたい事は分かるけど、完全にトバッチリじゃねーか、俺)
訓練施設に来たメルドは、事の顛末(と言っても光輝の駄々に近い)を聞くと試合形式での勝負を提案した。てっきりメルドが光輝を宥めるものかと思っていた社は、まさかの提案に思わず「ハァ!?」と声を上げた。
驚く社に対して、周りの生徒達を集めたメルドは
・明日から実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く事。
・騎士団随伴で、必要なものもこちらで用意するが、今までの訓練で行ってきた魔物との実戦訓練よりも危険性は高い事。
・この試合で2人の力を見せつける事で、騎士団だけで無く、クラスメイトの中でも頼れる人間がいる事を意識させ、いざと言う時に集団で動揺したり、混乱するのを防ぎたい。
等の理由を説明。
それでも渋る社だったが、メルドは「お前、こちらに来る前からかなり戦闘慣れしてただろう。少なくとも、試合中に今の光輝が暴走しても問題無く止められる位には。迷宮では俺達も最善は尽くすつもりだが、何が起こるかは分からない。どうか協力してくれないか」と言いながら頭まで下げる始末。戦える事を黙っていた後ろめたさもあり、仕方無く了承したのであった。
「おうハジメと中村!どっちが勝つか賭けようぜ!俺は社に賭ける!」
「社君一択!」
「え、なんか2人共声大きくない?と言うか、僕も社君が勝つと思うんだけど」
(聞こえてるぞ3人共。つーか、幸利と恵里はワザと天之河に聴こえる様に言って煽ってやがる。2人とも天之河の事嫌いすぎじゃね?身体張るの俺なんだけど)
10m程の距離をおいて対峙する社と光輝。それを取り囲む様に騎士団員によって結界が張られ、その外側から観戦する騎士団員と生徒達。そこにいたハジメ達3人のワザとらしい会話を聞き、ゲンナリする社。因みに幸利と恵里の大声の
「南雲君は、宮守君が勝つと思ってるんだ?」
「うん?ん・・・まぁね。間違い無く、社君が勝つ」
「そっか。じゃあ、私も宮守君に1票入れようかな?」
「ッ!?か、香織!?」
「「「ブフォッ!」」」
何時の間にかハジメの隣に陣取っていたらしい香織は、ハジメが社の勝利を確信していると知るや否や、「ハジメ君がそう言うなら私もそうする☆」と言わんばかりに社の勝利に1票を投じていた。
無論、香織のこの発言にも悪意は無い。彼女にあるのは「ハジメ君とお揃い♡」と思う程度の恋心(下心とも言う)であり、言わずもがな光輝に対して思う所など有る筈が無い。
しかし哀れかな、幼馴染みの予想だにしない裏切りを喰らい、割と深刻なダメージを受ける光輝。そこそこ悲痛な叫びとまるで飼い主に捨てられた仔犬を彷彿とさせる表情に、思わず吹き出す社と幸利、恵里の3人。それを聞いて益々怒りのボルテージが上がっていく光輝。その向かう先は勿論、社ただ1人。不毛な悪循環である。
(勘弁してくんないかな、白崎さん。マジでハジメしか見えてねーのか。・・・俺が■■ちゃん見てた時もあんな感じだったのだろうか)
ハジメの隣で楽しそうにしている香織を見て、眩しいものを見たかの様に目を細めると柄にも無く染み染みする社。今回の発端になった呟き然り、先程の不用意な発言然り、幾ら悪意が無かろうとも文句の一つも言いたくなる状況ではあるが、社自身も■■の前ではあんな感じだったのかと思うと、どうにも強く責める気にはなれなかった。
「雫ちゃんはどっちが勝つと思う?宮守君も、八重樫道場に通ってたんでしょ?」
「私?そうね・・・」
(良いぞ、雫なら空気を読んで天之河の方に着いてくれるに違いないっ!)
香織に話を振られ、どちらが勝つか考え込む雫。顎に手を当てて真剣に考え込む姿を見て、これ以上天之河からヘイトを向けられたくない社は、雫に光輝の方に付いて貰おうと画策する。
(雫さーん、俺の事はどーでも良いんで、天之河の方を応援してご機嫌取っといて下さーい。このままじゃ天之河の理不尽な怒りが全部俺に向いちゃうんですけどー。・・・あれ?俺のジェスチャー通じてない?いやでも確かにこっちをジッと見てたよな?)
天之河からのヘイト回避のため、雫に向けて打算に
「ーーー私も社の勝ちに賭けるわ」
「雫サン!?」/「雫!?」
信じがたい発言が社と光輝の耳に伝わり、思わず叫ぶように雫の名を呼ぶ2人。社は自分のジェスチャーが伝わらず、あろう事か火に油を注ぐ結果になったことに対して。光輝は信頼するもう一人の幼馴染にすら見捨てられた事に対して。理由は違えど2人は愕然とした表情で固まっていた。
「・・・あれ、雫ちゃん機嫌悪い?」
「いいえ、別に(ふーん、社は、私からの応援は、いらないと。ふーん。ふ~~~ん)」
当の雫はと言うと、表面上は何事も無かったかの様に振る舞うものの、内心は社への文句で一杯だった。雫本人は当初、空気を読んで光輝に賭けるつもりではあった。が、社からの「お前の応援は要らん(意訳)」ジェスチャーにムカっ腹が立ち、意地になって社の勝利に賭けてしまったのである。ここに来て痛恨の擦れ違いが発生する社。
「宮守っ、お前何をしたっ!?」
「いや何もしてないからね!俺無罪よ!?」
「嘘をつくな!だったら何故香織も雫もお前の勝利に賭けている!?」
「知るかぁ!お前に人望無いだけじゃねーのか、この自意識過剰ちゃんめ!」
「なっ・・・!」
幼馴染み2人に裏切られた(と光輝自身は思っている)ショックから立ち直り、すぐさま社に食って掛かる光輝。お得意のご都合主義が発動し、如何やら本気で社が何かしたと思っている様子。無論、社の方は心当たりなどまるで無い為、売り言葉に買い言葉で光輝に悪態を吐く。
「お前達、試合前にヒートアップしてどうする。言いたい事があるなら、全て試合にぶつけろ」
「・・・分かりました」
「了解でーす。・・・何か急激に面倒臭くなってきた」
このまま言い争いが続くかと思われたが、メルドの取りなしにより両者共に一旦落ち着く。社は兎も角、光輝の方は納得していない様だが。場が収まったのを確認したメルドは、改めて試合内容の確認を行う。
「良いか2人とも!ルールは簡単。使えるのは自分の選んだ武器と、純粋な体術のみだ。技能の使用も可とするが、魔法等を使用した場合は反則負けとする。フィールドは騎士団員が張った結界の中のみ。戦闘不能と判断された時点で試合終了、審判は俺が行う!分かっているとは思うが、本番は明日から始まる【オルクス大迷宮】への遠征だ。明日以降に支障が出るような無茶はするなよ!」
メルドが分かりやすくルールの説明と注意喚起を行う。要するに、武器有りの喧嘩の様なものである。
「では、両者構えろ!」
「・・・宮守、武器は如何した?」
「ん?あぁ、
メルドの声と共に、半円状に張られた結界の中心で対峙する社と光輝。ふと、模造の剣を持った光輝が、社が無手である事に気付く。その事に言及するが、社は気にせず素手で戦うと告げる。事実、社の全力に耐えられる武器は訓練用の物の中には無いので正しい判断ではある。だが光輝は手加減されている様に感じたのか、ギリっと奥歯を噛み締め強く社を睨み付ける。
「その余裕がいつまで持つかな!俺はここでお前に勝って、香織と雫の目を覚まさせてみせる!」
「余り強い言葉を遣うなよ。ーーー弱く見えるぞ」
「ッ!宮守ぃ!!」
(あっヤベ、ついネタに走っちまった。しかも天之河には通じて無いし。あ、ハジメと幸利が腹抱えて爆笑してる。他にも何人か・・・おや、白崎さんにも通じてるとは意外。ハジメの影響かね)
高らかに声を上げ、社から勝利を奪うと宣言する光輝。台詞だけなら間違い無く悪に立ち向かう正義の勇者そのものである。が、社の方はと言うとイマイチやる気が出ずボンヤリしていた所に、振りかと思える程の絶妙な発言を聞いた事で思わずネタで返してしまう。
社が我に帰った時はすでに遅く、ネタ発言の通じなかった光輝は盛大に煽られていると思い込み、今にも斬りかからんとする勢いでマジギレしていた。因みに元ネタのわかるハジメ達と一部クラスメイトは堪え切れずに爆笑していた。その笑い声が更に光輝の怒りを呼んだのは言うまでも無い。
「メルドさん!開始の合図を!」
「やれやれ・・・。2人とも準備は良いな?それではーーーはじめ!」
「いくぞ、宮守!」
試合開始を急かす光輝に、呆れながらも合図の準備を行うメルド。何も言わないのは言っても無駄だと分かっているからか、それとも光輝では社に勝てないと分かり切っているからか。2人が頷き返したのを確認し、メルドが試合開始の合図をする。直後、動いたのは光輝だった。
訓練用の剣を構えて、真っ直ぐ社に向かう光輝。両者の間には10m程しか無い為、1秒も掛からず社に肉薄する。振るう技は、何のてらいもない上段からの唐竹割り。シンプルではあるが、
「ーーーはぁっ!」
「・・・」
一度避けられた程度で止まる光輝では無い。両手で剣を振り下ろした状態から即座に片手持ちに切り替えると、回避した社を追う様に今度は逆袈裟に切り上げる。が、その時既に社は後退しており、光輝の刃が届かぬ場所に居た。
「ーーー八重樫流剣術〝水月〟ッ!」
「おっと、と」
体制を整えた光輝は、先程よりも一段速度を上げて再び距離を詰める。先程避けられたことを意識して深く強く踏み込みながら、八重樫流の剣術〝水月〟を放つ。右手に持った剣で胴薙ぎを一閃、直後に左手に剣を持ち替えての逆胴薙ぎと往復する様に振るうも、これもまた紙一重で社には届かない。
一瞬で行われた攻防に、息を呑むクラスメイト達。体術だけとは言え思っていた以上にハイレベルな動きに、騎士団員達も感嘆の唸り声を上げる。
「お前さん、騎士の剣を学んだのか。良くもまあ、半月足らずでそこまでモノに出来たな」
「当然だ。お前達が読書なんかに耽っている間、俺は努力を欠かさなかった!何の努力もせず、
「きゃーあまのがわくんこわーい(棒)」
「人を馬鹿にするのもいい加減にしろよ!もう手加減はしない!覚悟しろ!」
光輝の剣筋や体捌きに八重樫流以外の色が混じっているのに気付く社。注意して見ると、如何やら騎士団の剣術を取り入れた様だった。半月以下という短い期間にしては破格と言って良い程にサマになっている姿を見て、素直に感心する社。
一方の光輝はと言うと、社の褒め言葉を当然の様に受け止めた挙句、勘違いも甚だしい言葉を発するが、社の人を小馬鹿にする言い方に怒り心頭。手加減無用とばかりに意気込むが、社は気にした様子はない。
「これで終わりだ宮守!〝縮地〟!」
業を煮やした光輝は、遂に技能を使用する。技能名〝縮地〟。魔力を脚部に集中した後、解放する事で爆発的な初速を得る技能である。
先程までとは比べ物にならない程の加速を得た光輝は、勝負を終わらせようと再び真正面から社に突っ込む。高速の踏み込みと八相の構えから繰り出すのは、
「ーーー八重樫流体術〝流転〟」
「何っ!?」
「取り敢えずボディに1発だ。加減するから歯ぁ食いしばれよ、天之河?」
「ーーーグゴッ!?」
瞬間。突きを躱されて無防備となった光輝の腹に、社の強烈なボディブローが炸裂。至近距離で爆発が起きたと錯覚する様な、腹部を突き抜けんばかりの衝撃と痛みに耐えられず蹲る光輝。
「これで1ダウン先取だな。・・・何で皆して静かなの?」
「オメーらの動きが非常識過ぎて目で追えねぇーんだよ!何したのかサッパリだよ俺らは!解説しろ解説ゥ!!」
「僕もまさか
光輝を沈めた後、ふと周りが静かになっている事に気付く社。不思議そうに周りに聞くと、幸利からは怒鳴り声、ハジメからは全てを諦めた様な声でそれぞれツッコミが入る。どうやらクラス一同を代表した意見らしく、他の生徒達も「そうだそうだ」と言わんばかりに頷いている。
「あー・・・まあ、天之河も立てない様だし説明するか。やった事は単純。天之河が〝縮地〟を使って突きを放ったから、俺はそれを避けてボディブローしただけだ。で、それが出来た理由も単純。俺も〝縮地〟は使えるから、何となくどの位加速するかが分かるというのが1つ。それと、天之河も俺も八重樫流を習ってたから、構えとか重心から技を予測出来るんだよ。後は突っ込んで来た時にタイミングを合わせて、避けながら
無論、それだけが理由では無い。社の持つ技能である〝悪意感知〟によって、光輝の攻撃のタイミングを図る事が出来た事。社が己自身に課した『動作の直前に技名を口にする』縛りによる
「なんか怪物でも見た様な目で見てるけどな、今俺がやった
「ちょっと社!なんでそんな余計な事言うのよ!」
「俺だけ人外扱いは悲しいだろ、道連れだ道連れ。それに実際問題、雫にとっても難しい事じゃ無いだろ?なんせ
「それは、まぁ、何回か見れば出来るだろうけど・・・って、何で皆して私の事もそんな目で見るのよ!?」
「ハッハッハ、俺とお揃いだなぁ雫」
「アンタのせいでしょうが、社ぉー!!」
クラスメイト達から信じられないものを見た様な目を向けられた社は、先程ジェスチャーをスルーされた恨みからか、
「・・・まだだ、まだ終わってないぞ、宮守!」
「ありゃりゃ、まだ立てたか。手加減し過ぎたか?」
社と雫がコント染みた言い争いをしてる中、ようやく立ち直った光輝が試合の再開を叫ぶ。多少はふらついてはいるものの、足取りは危なげなく、目に宿る意思と光も全く衰えた様子を見せない。その様子を見たメルドも続行の許可を出し、試合が再開される。
「さっきは油断したが、今度はそう上手くいくとは思わないことだな!ーーーセイッ!フッ!ハァッ!」
再び社に突撃を敢行する光輝。最も今度は完全な
「(対応力高いと言うか、無駄にスペック高けーなー、天之河。・・・そうだ)ーーーうおっ!?」
「ーーー貰ったぁ!!」
光輝の才能に感心しながらも、繰り出される剣技を避けつつ隙を探ろうとする社。が、光輝の絶え間無い剣舞を避け続けた結果、遂に体勢を崩してしまう。振るわれる剣を無理矢理避けようとして、上半身を後ろに思いきり倒す様な姿勢になった社に躊躇無く、剣を上段から振り下ろす光輝。
「ーーーなんてな。ォラァッ!」
ガギンッ!!
光輝が剣を振り下ろす直前。体勢を崩していた社が、一瞬で上半身を起こして右足で前蹴りを繰り出した。
「防げよ天之河。ーーーもう1発、ボディ!」
「ぐっ、このーーーグゴあぁっ!?」
文字通り無防備となった光輝に、宣言通り本日2度目のボディブローを放つ社。その言葉に反応し咄嗟に左腕で腹を守りつつ、弾かれた右手の剣で上段からカウンターを狙おうとする光輝。だが、防御される事を見越していたのか、社のボディブローは先程よりも体重の乗った強烈なものであり、光輝の腕の防御を容易くぶち抜いて1撃目と同じ所に突き刺さった。反撃する暇なく崩れ落ちて悶絶する光輝と、その様子を見下ろし満足げに頷く社。
「うむ。これで2ダウンだな。・・・なんか今度は鬼を見る様な目で見られてるんだけど」
「社君は、プロレスラーのヒール役って知ってる?」
「端的で分かり易い説明をありがとうハジメ。でも今欲しいのはその言葉じゃないかなー」
「何言っても無駄だぞハジメ。あんな曲芸染みた蹴りが出来る奴が人間なワケがねぇ。多分、新種の生物だろ。学名は、ヤシロ・ヤシロ・ヤシロとかだ」
「ニシローランドゴリラの学名*1っぽく言うのは止めろや幸利。スープレックスすんぞ」
「お、俺は暴力には屈しねぇぞ!」
社の容赦ないボディブロー2連発に、社と仲の良い数名を除き若干引き気味の生徒達。悪党扱いに納得のいかない社だったが、ハジメの的確な例えにより若干気落ちする。尚、直後に放たれた幸利の罵倒には、プロレス技での報復を誓った模様。学校に居た時の様な猫被りをするつもりは現状社には全く無い。その為少しずつではあるが、クラスメイト達に社の本性がバレ始めていた。
「・・・まだ、まだだ。まだ、終わるわけにはいかないっ・・・」
「おー、強化無しとは言えそこそこ本気で打ったのに。ガッツあるな、天之河」
ハジメとのやり取りの直後、光輝が剣を杖に再び立ち上がる。足は小鹿の様に震え息も絶え絶えであるが、目に宿る意思と光は全く衰えていない。こう言う所は勇者っぽい奴である。
「ここでっ、お前に、負ける、訳には、いかないんだ、宮守ぃ!」
「いや、熱くなんのは良いけどこれ練習試合だよ?何で、【瀕死の重体にも関わらず、魔王に立ち向かう勇者】みたいな構図になってんの?本番は明日以降だぞー」
懸命な様子で社に立ち向かおうとする光輝。しかしあくまでこれは試合である。明日には遠征と言う本番を控えており、言ってしまえばこの試合は前座に過ぎない。従って、残念ながら頑張りどころが違うと言わざるを得ない。光輝本人も諦めない自分に酔いしれている様な雰囲気がある為に、何処か滑稽な様子が拭いきれない。龍太郎等を始めとした熱血漢からの受けは悪くない様だが。
「ーーーメルドさんっ、続きを、お願いします」
「・・・。ヤバいと思ったら、すぐに止めるからな。社も済まないが頼めるか?」
「・・・ここまで来たら、最後までやりますよ」
光輝の頑なさに、これで最後だと念押しするメルド。申し訳無さそうなメルドに、社も諦めと共に最後まで付き合おうと腹を括る。3度、開始の宣言がなされる。
「ーーー今度はこちらからだ、なぁっ!」
「なっ!?」
再開直後。『呪力』によって強化した脚力で、瞬時に光輝との距離を詰める社。ここに来て初めて自分から攻めに行く社に対し、光輝はこの特攻を予想していなかった様で、社は完璧に先の先を取る形になった。
「俺は負けない、負けら「ボディ!」ッーーー!?」
社の速攻に動揺しつつも、決意を口にする事で自らを鼓舞し迎撃の構えを取ろうとする光輝。が、光輝の声を遮る様に、突如社も声を上げる。先程も聞いたその宣言に、都合2回のボディブローが脳裏にフラッシュバックした光輝は、反射的に胴体を守る構えをとってしまう。そしてーーー。
ゴシャッ!!
社から躊躇無く放たれたのは、シンプルな右ストレート。綺麗なフォームから最速で出たそれは、腹部の防御に気を取られていた光輝の無防備な顔面を真っ直ぐに捉えた。拳をモロに喰らい吹っ飛ぶ光輝と、殴り抜いた姿勢のまま固まっている社。
メルドが「勝負有り!」と叫び周囲を囲む結界が解除されると、いち早く香織が飛び出し光輝の治療を行う。呆気ない決着に周りが静寂に包まれる中、試合を見ていた数名が口を開く。
「・・・社?」
「何も言うな雫。俺もまさか決まるとは思わなんだ」
雫の口から社の名が呼ばれる。その一言には、社が勝利した喜びや決着への呆れ、光輝に対する同情と情け無さ等、様々な感情が綯い交ぜに込められていた。その色々な意味で深く重い一言に、社は思わず言い訳染みた事を言い出す。
「社君、もしかして最初から狙ってた?」
「いや、決まれば良いなー位だからね?まさかこんなチープな手に引っ掛かるとは予想外だったが」
気まずい沈黙が続く中、ハジメからの質問に話を逸らすかの様に嬉々として乗っかる社。一々宣言通りにボディブローをしていたのは最後の一撃への布石ではあったが、ここまで綺麗に決まるとも思っていなかった、と言うのが社の偽り無き本心である。光輝のご都合主義はこういうところでも発揮される様だ。
「大丈夫。勝てば官軍だよ、社君」
「フォローありが・・・フォロー?まあ、サンキュー恵里。あと笑い過ぎだろ幸利ィ!いや、気持ちは分からんでも無いけど!」
「ギャハハハハハアハハハハ、だって、おっま、こんなオチがあるかぁ!ブフーハハフハハハ!」
ニッコニコと擬音が聞こえてきそうなほどにとても良い笑顔の恵里から出たフォロー?を受け取りつつ、幸利の笑い声にツッコむ社。当の幸利は光輝が吹っ飛んだ瞬間からずっと笑い転げている。余程ツボに入ったのだろう、未だに笑い声が止まる様子は無い。
「ま、前座はお終い、今日はここま「宮守ぃ!」うそん」
取り敢えず、1名を除き無事に試合が終わった事にホッと息を撫で下ろす社。が、今1番聴きたく無い人間の声を聞き、思わず変な声が出てしまう。嫌々ながらも声のした方を向くと、ぶん殴られて気を失っていたはずの光輝が立っていた。鼻から血が垂れた跡があるものの、特に腹や顔を庇う様子も無い為、香織に治療された後なのだろう。何故だか憎しみに満ちた目でこちらを見ているが、社に心当たりは無い。無いったら無いのである。
「おう、お早いお目覚め「宮守!お前がこんな卑怯な手を使うというなら、こっちにも考えがあるぞ!」うーん、面倒臭い」
一応、声を掛けてみる社だが、光輝は酷く興奮した様子で
ーーー次の瞬間、光輝から強い悪意が向けられるのを感知する。
「・・・何のつもりだ、天之河?」
「黙れ!お前の様な卑怯な奴は、俺が許さない!万翔羽ばたき、天へと至れーーー〝天翔閃〟!」
「ーーー馬鹿が」
先程までの見るからに怠そうな雰囲気をかき消し、表情を引き締める社。経験則で光輝が何をしようとしているのか感づいてはいるものの、一応確認のために問いかけてみる。一方の光輝はと言うと社の問いにも聞く耳を持たず、それどころか魔法の詠唱まで始める始末。光輝の持つ剣が光を纏い、輝き始めたのを見たメルドが「っよせ、光輝!」と叫ぶが間に合わない。光輝によって大上段から振り下ろされた剣から、剣が纏っていた光自体が斬撃となって社に放たれた。
光輝の行った突然の暴挙に、反応が出来ないクラスメイト達。先程まで生徒達を守っていた結界は、試合終了の時点で消滅している。光輝の放った曲線を描くような光輝く極太の斬撃は、未だ動けず叫び声すら上げられない生徒達を切り裂き、最悪死傷者が出る惨事をひき起こすだろう。ーーー斬撃と生徒たちの間にいる社が避ければ、だが。
(避けるのは論外、逸らすのも真上以外には無し。殴って止めてもいいが、失敗した時に周りを巻き込むリスクが大きい。ーーー何よりも後ろにはハジメ達がいる、絶対に巻き込めん。・・・あークソ、『術式』隠してたのにこんな形でバラす事になるとか、恨むぞ天之河)
光輝が喚き出した時から、既に対処方法を考えていた社。幾つか方法を検討するも、
「ーーー『式神調
社の呼び声と共に光の粒子が現れ、即座に形を成していく。集まった光から顕現したのは、全長50㎝程の全身真っ白な、小さな
「あらゆる害意は
社が前方に手を突き出して、詠唱と同時に『呪力』を込めると社の周りでプカプカと浮いていた岐亀、正確には岐亀の背う祠が呼応するように空色に光り出す。すると、社が付き出した手の先に、社を簡単に覆い隠す程の大きさの正六角形の結界が現れる。結界は淡い空色の平面で厚みは殆ど無い様に見えるが、社は全く動じずにそのまま光の斬撃を結界で受け止める。
社の結界と光の斬撃が衝突した瞬間、閃光と弾ける様な音が発生すると共に、周りから悲鳴が上がる。どうやら先程まで呆けていたクラスメイト達が、ようやく事態を把握したらしい。恵里や雫からであろう、悲痛な声で社の名を呼ぶ声も聞こえた。
拮抗が続いたのは、たったの数秒。目の眩む光と耳をつんざく様な音が続いた後、耐え切れず押し負ける様に光輝の放った斬撃は消え去った。後に残ったのは、光の刃によって抉られた地面と、衝突前と同じ構えの社。ーーーその前に張られた薄空色の結界は、依然として健在であった。
「社君!」/「社!」
光の刃が消え去り数秒後。社の名を呼ぶ声と共に、背後で見ていた恵里と雫が駆け寄る。その顔には心配の色がありありと浮かんでおり、必死になって「怪我は無い?痛い所は?」「誰か救急車ーーーは無い!か、香織ー!!」等と矢継ぎ早に口に出す。その様子を見て、自分たちが助かったことを自覚出来たのだろう、周りのクラスメイト達から歓声が上がる。
心配そうな恵里と雫の相手をしつつも、結界を消す事無く油断せずに光輝の様子を見る社。その体には傷のようなものは見当たらず、結界にも
「・・・っ宮守。今のは何ーーーガッ!」
「そりゃこっちのセリフだよ、天之河。俺はともかく、周りの人間巻き込むところだったんだぞ?ああ、言い訳は聞いてない。今のお前の言葉には何一つ価値が無いからな」
結界を解除、念の為に式神を出したままで光輝に近づく社。へたり込み俯いていた光輝は、自分に被さる人影に気付き顔を上げると、そこでようやく社に気付く。すると、今までの意気消沈っぷりが嘘の様に消え、再び社に食ってかかろうとする光輝だったが、胸ぐらを掴まれて持ち上げられ、身動きが取れなくなる。怒髪天を突くと言う表現、正にその通りであろう。友人を巻き込まれそうになった事で、社は完全にブチ切れていた。
「ーーーいっぺん頭冷やせや、このボケナスがぁ!!!」
今日1番の大声と共に放たれた、これまた今日1番の威力と言っていい社の拳。死なない程度にーーー本当に死なないだけで、後は如何なろうが知らんと言わんばかりにのみーーー加減されただけの拳打は、治されたばかりの光輝の顔面を綺麗に捉えた。地面を蹴った力が下半身から伝わり、腰の捻りで増幅され、そのまま胴、肩、腕と加速する様に拳に収束していく。全身で生み出した力が余すところ無く伝わる様な、およそ理想的と言って良い力の発生と伝達。そこに駄目押しとして『呪力』による肉体強化が加わった事で増幅された欧撃の威力は、殴られた天之河がきりもみ回転しながら吹っ飛ぶほどであった。
数m吹っ飛び、地面に擦られながら漸く止まった光輝。倒れ伏した姿勢からピクリとも動かず、完全にダウンしている。光輝の暴走に巻き込まれそうになった恨みは大きい様で、それを見て更に歓声を上げるクラスメイト達。その声を聞いてようやく溜飲が下がった社は、踵を返して自分を心配してくれた友人達の方に向かうのだった。
色々解説
・八重樫流体術〝流転〟
本作オリジナル体術。姿勢とか摺り足とか視線の誘導とかを組み合わせて、滑る様に移動したと相手に見せかける技。どっちかと言うと裏の八重樫流の技に近い。
・『動作の直前に技名を口にする』縛り
呪術に於いて、自分に制限や制約を課すことで、術式の出力を上げる事を『縛り』と言う。今回出た『動作の直前に技名を口にする』縛りは、相手に自分の次の行動をバラすリスクを背負う事で、技の技量や動きのキレを上げている。劇的な効果は基本望めないが、嘘を言ってもペナルティは無いし、寧ろ嘘か本当かの部分に駆け引きを生む事ができるので、ぶっちゃけ出し得な部分はある。