ありふれない怨霊こそ世界最愛   作:白紙

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14.月下で語らう者達

 この世界において【七大迷宮】と呼ばれる有数の危険地帯がある。七大とは言うものの、古い文献等で記録が残っているだけのものも有る為、全ての所在が明らかになっている訳では無い。

 

 現状、所在が分かっているのは3か所。ハイリヒ王国の西、グリューエン大砂漠に存在している【グリューエン大火山】。大陸東側に南北に渡って広がる【ハルツェナ樹海】。ーーーそして、ハジメ達が今回挑戦することになる【オルクス大迷宮】。ハイリヒ王国の南西、王国とグリューエン大砂漠の間にある迷宮である。

 

 このオルクス大迷宮、全100階層からなると言われている大迷宮であり、階層が深くなるにつれて強力な魔物が出現するようになっている。にも関わらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測りやすい事、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。

 

 魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、この魔石は効率の良い魔法陣を作成する際の原料となる他、日常生活用の魔法具等の原動力としても使われている為、軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。

 

 因みに、良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使う。この固有魔法、詠唱や魔法陣を使えない魔物が唯一使う事の出来る魔法である。一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣もなしに放つことができる為、魔物が油断ならない存在である最大の理由となっている。

 

 ハジメ達はメルド団長率いる騎士団員複数名と共に、【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達のための宿場町【ホルアド】に到着した。新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿屋があるため、そこに泊まる事になっている。

 

 久しぶりに普通の部屋を見た気がするハジメはベッドにダイブし「ふぅ~」と気を緩めた。それを見た相部屋の社が苦笑しながら声を掛ける。

 

「オイオイ、もうお疲れかよ。そんなんで明日の訓練保つのか?」

 

「いやいや、僕くらいが普通なんだって。社君の方こそ、昨日の今日で何でそんなにピンピンしてるのさ。体力お化け過ぎない?」

 

「いやぁ、俺の場合は体質もあるからな。昨日の試合だって体力そんなに使わなかったし」

 

「・・・その台詞、天之河君に言っちゃだめだよ?」

 

 社の揶揄(からか)いに反論するハジメ。しかし続く社の言葉に戦慄すると共に、少しだけ光輝に対する同情心が芽生える。

 

 昨日の訓練は最初の試合こそ問題があったものの、それ以外は特に異常無く終了した。あの試合の後、メルドから「済まなかった社。光輝の性格を読めなかった俺のミスだ。本当に申し訳ない」と頭を下げられたが、メルドには思うところも無かった為、別に気にしていない、と言う旨を伝えた社。

 

 代わりに今回の事に関してミッチリとお説教して欲しいと依頼を出すと快く引き受けてくれた為、光輝は昨夜しっかりと絞られた様だ。その事実だけでも枕を高くして眠れたので、特に社からは言う事は無かった。・・・その無関心っぷりと言うか、眼中の無さが光輝の神経を逆撫でしている事に、社は気付かない。気付いたところで治そうとするかは甚だ怪しくはあるが。

 

「正直さー。僕のこと置いて行っても良かったんじゃない?僕ってば、現状無能オブ無能じゃん、スペ〇ンカーじゃん、初期状態の人〇羅より脆いよ?」

 

「大丈夫大丈夫、人修〇だって最後の方は最強に近いから。地母の晩餐とか、至高の魔弾とか撃てるじゃん」

 

「その領域に行くまで僕は何回パトる*1んだろうね・・・?」

 

 自分の戦闘力の無さを自虐し、今更なことを言い始めるハジメ。据え置きゲームのキャラに例えて最弱っぷりを表現するも、同じような例えで返され敢え無く撃沈。枕に顔を埋めながら、全身を投げ打つ様に脱力する。

 

 明日から挑戦する事になる迷宮だが、今回は行っても20階層までらしく、ハジメのような最弱キャラがいても十分カバーできると団長から直々に教えられた。ハジメとしては面倒掛けて申し訳ありませんと言う他無い。寧ろ、王都に置いて行ってくれてもよかったのに・・・とは空気を読んで言えなかった為ここで愚痴を溢す様にしか言えなかったヘタレなハジメである。

 

 因みに本日の遠征には光輝も参加している。昨日のやらかしを考えれば自粛や謹慎も有り得ただろうが、特に罰則等も無かったようだ。教会や王国にとっては、自分たちの面子や【勇者とその一行】の称号は思いの外重要だったのだろう。その事を考えると、ハジメの要求が通ったかは疑わしい。

 

 本日の朝に光輝からクラスメイトに向けた謝罪はあったものの、当然と言うべきか光輝に向けられる周りからの目線は冷ややかなものであった。特に恵里は視線だけで光輝を殺しかねない程で、その余波でトラウマを刺激された幸利の顔が青くなっていたのが印象的だった。

 

 しばらくの間、ゴロゴロしながら雑談したり借りてきた迷宮低層の魔物図鑑を読んでいたハジメと社だったが、少しでも体を休めておこうと眠りに入る事に。が、電気を消そうとした瞬間、社の「待て」と言う言葉がハジメの耳に届く。突然の発言を不思議に思うハジメに、社は部屋の出入り口の扉を指さす。その数秒後、扉をノックする音が響いた。

 

 恐らく足音か何かで訪問者のことを予期したのだろう。野生の獣を思わせる社の敏感さに、ハジメは驚きと呆れの目線を向ける。その視線に何を思ったのかドヤ顔し始めた社を無視(スルー)しつつも、突然の訪問者について思考するハジメ。少し早いと言っても、それは日本で夜更かしが日常のハジメにしてはと言うだけで、トータスにおいては十分深夜にあたる時間。怪しげな深夜の訪問者に無意識に喉を鳴らすハジメだったが、その心配は続く声で杞憂に終わった。

 

「社、起きてるかしら?八重樫雫よ。少し外で話せないかしら」

 

 なんですと?と硬直するハジメ。チラリと社の方を伺うと、彼は肩眉を上げて怪訝な様子で扉の方を見ていた。どうやら社にとっても予想外の訪問だった様だ。しかし幾許もしない内に、社は口元が裂ける様な笑みを浮かべる。

 

 さながら漫画に出てくる様な、悪役(ヴィラン)を連想させる笑みを見たハジメは「あ、絶対悪いこと考えてる。八重樫さん逃げてー!」と心の中で叫ぶも、巻き込まれるのは御免だった為、特に行動には移さず静観の構えをとる。自らの身を守る為には日和見に徹する強かさも必要であると、幸利や社との付き合いの中で学んでいたハジメ。悪影響を受けたとも言えるだろうが。

 

・・・ふむ、部屋を間違っていないかね?お嬢さん

 

「えっ、あっ嘘、し、失礼しました!」

 

(うっわぁ、僕知-らないっと)

 

 雫の呼び声に、声色をガラリと変えて他人のフリをする社。その声のクオリティは決して高くはないものの、落ち着いた老紳士の声に聞こえなくもなかった。普段の雫なら見抜けてもおかしくなかっただろうが、実地訓練を明日に控えた緊張からか、はたまた失礼を働いた動揺からか、社の悪戯に気付かず足早に去って行ってしまった。部屋から遠ざかっていく足音を聞きつつ社の方を見るハジメだったが、当の社は笑いを堪えながら悶えている始末。巻き込まれない為にも絶対に関わらない様にしよう、と自分の胸に強く誓うハジメ。

 

 そこから約数分後、今度は先程よりも強めにハジメ達の部屋の扉をノックする音が聞こえた。恐らくは雫であろうが、走ってくる足音等は聞こえなかった為、騒音で迷惑を掛けない様に周りを気遣う冷静さはあるらしい。部屋からの返答が無いと知るや、声も掛けずにドアを開けようとする雫。当然ながら鍵がかかっていた為、扉が開く訳は無い。だが、終始無言でドアノブをガチャガチャ言わせてるのは、例え誰がやっているのか分かっていたとしても、言いようの無い不安や不気味さが募る。暫くガチャガチャという音のみが響いていたが、突如ドアノブから発せられた音が止む。シンと静まり返る部屋の中ーーー。

 

「社、一旦部屋から出て来なさい?出て来るわよね?ーーーハヤクデテコイ

 

「はい只今」

 

(こっわ、八重樫さんこっわ!一連の流れが完全にホラーじゃん!)

 

 訂正、社の行為は結構な怒りを呼んでいた。静かな、それでいてドスの聞いた雫の言葉に思わず即答する社。ハジメも、叫び声をあげなかった自分を褒めてやりたいと思うほどにはビビっていた。おもむろに立ち上がり、覚悟を決めたような足取りでドアの前に向かう社。その後ろ姿に、覚悟を決めて粛々と処刑台に上がろうとする罪人を連想するハジメ。

 

「さて。ここじゃ何だから少し出ましょうか。ーーー異論は無いわね?」

 

「はい勿論です」

 

 観念した様にドアを開けた社に、何事も無かったかの様に声を掛ける雫。社の体が遮蔽になっている為、ハジメからは扉の前に立っているであろう雫の姿は見えないし、声に関しても平時と変わらぬ様には聞こえる。が、間違い無く雫はキレているとハジメは確信していた。社が諦め悪く抵抗する事無く、敬語のままなのが良い証拠だろう。

 

「ああ、そうだ、南雲君?」

 

「ハイッ、何でしょうか、八重樫さん!?」

 

「何で南雲君まで敬語?まぁ良いわ。少ししたら香織が来ると思うから、悪いんだけど少し相手してあげてね。頼んだわよ?」

 

「ハイッ勿論でーーーハイ?え、何て?」

 

 社が部屋から出て行き、扉が閉まった直後。緊張の糸が切れた瞬間を見計ったかの様なタイミングで、ハジメを呼ぶ雫。思わず敬語になるハジメだったが、伝えられた内容が予想外過ぎて思わず硬直してしまう。

 

 頭の中を疑問符が埋め尽くす中、2人分の足音が遠ざかって行くのを聞いてようやく我に帰るハジメ。詳細を聞こうとドアを開けてみるも既に2人はおらず。何が何だか分からないハジメの口から出た「なんでやねん・・・」と言う弱々しい言葉が廊下に虚しく響いていた。

 

 

 

 

 

「いやはや、友達想いで大変結構ですな、雫さん?」

 

「仕方無いわよ、親友が不安がって居たんだもの。背中を押してあげたって罰は当たらないわ。何か文句でも有るのかしら?」

 

「いいや、至極最もかつ素敵な考えだと思うぞ。唯、そういう男前な事を誰にでもやるから、過激な義姉妹(いもうと)ができるんじゃないかなー、と」

 

「・・・言わないで頂戴。私も好きで作った訳じゃないんだから」

 

 社が部屋から連れ出された後。雫に案内された社は、(おもむろ)に口を開いて雫を揶揄い始めた。面白がる様なその言葉についムッとなり、強めに言い返す雫だったが、返された肯定的な台詞で拍子抜けし、直後の鋭い指摘で非常に痛い所を突かれてしまう。義妹達に対して思うところが無いではないので、多少の沈黙の後に何とか言葉を絞り出した雫。

 

「いや、今はそんな事どうでも良いのよ。私が言いたいのは「その前に聞きたい事が一つ有るんだけど」・・・何よ」

 

「何で俺は雫の部屋に案内されたの?」

 

 気を取り直して本題に入ろうとする雫の出鼻を挫く様に社の声が割り込み、ある種当然とも言える疑問を口にする。言葉通り、社が案内されたのは雫と香織の相部屋であり、現在は香織が居ない為、社と雫の2人きりである。

 

「別に深い意味は無いわ。唯、周りに誰も居ない状態で、社に聞きたい事があっただけだから」

 

「・・・成る程」

 

 社の問いに、これと言った意味など無いと答える雫。だが、雫の表情は固く、口調からも真剣味が感じられた為、社の方も姿勢を正して真面目に聞く態勢に入る。テーブルを挟んでお互いが向かい合う様に椅子に座る中、先に口を開いたのは雫だった。

 

「昨日の試合中、光輝が言ったでしょう。社のステータスが一切上がっていない、って。それがどうしても気になって、ステータスとかレベルが上がらない理由をメルドさんに聞いてみたのよ。そうしたら、理由は色々あるけれど根本的な原因は経験値が足らないからだ、って。社はあの試合の後、レベルは上がったの?」

 

「いいや、レベルもステータスも上がっていない」

 

 雫の口から出たのは、社のステータスについての話題だった。意外な話題だと思いつつも何となく先が読めた社は、雫の質問にも正直かつ淀み無く答えていく。そんな社からの返答を聞いた雫は、渋い顔になりながらも更に言葉を続けていく。

 

「普段の訓練で上がらないならまだしも、昨日の試合でステータスが上がらないのはおかしいでしょう。昨日の試合、少なくとも光輝は本気だったわよ?それこそ躊躇無く魔法を放つ位には。それなのにレベルが上がらないのは、あの程度じゃ練習にすらならないってことよね?・・・今思えば、貴方と仲の良い人達も妙に落ち着いてたわよね。南雲君も清水君も貴方の勝利を疑わず、光輝の魔法を防いだ事にも驚かず、一欠片も心配していなかった。恵里も心配こそすれど、それ以外に関しては南雲君達と同じく貴方の勝利を信じていた。でしょう?」

 

「そうだな、大体はお前さんの言う通りだ。それで?何が聞きたいんだ?」

 

 普段の様子からは信じられない様子で、捲し立てる様に言葉を繋げる雫。未だ声を荒げてはおらず自制も効いているようだが、それが崩れるのも時間の問題だろう。一つ一つ確認するかのような雫の問い掛けを全て肯定し、まどろっこしいと言わんばかりに自分から本題に切り込む社。雫とは対照的な、普段通りのある種飄々とした態度でいる姿を見て、自らを落ち着かせるように瞑目した雫はキッカリ10秒後、遂に本命の問いを投げかける。

 

「社。貴方、私に何を隠しているの?」

 

(・・・何を隠している、ねぇ。隠し事してると断定してんのか。まぁ、事実だけど)

 

 静かな、しかしハッキリとした輪郭の声で、雫の口から言葉が吐き出される。それを聞き、今度は社が静かに瞑目する。社の隠し事は大きく2つ。1つ目が、自らの体質や■■の存在等を筆頭とした【呪術関連】の秘密。もう1つが、現在社が企てている【()()()()()()()()()()()】。雫が聞いているのは、前者の【呪術関連】の秘密だろう。

 

(何時かはバレると思ってたけどなぁ。まさかこのタイミングでぶっこんで来るとは)

 

 自らのうなじに手を当てながら、雫相手にどこまで話すべきかを考える社。王都からの脱出に関しては、前々から考えていた事ではあった。王国の権力者達からも悪意が向けられる様になり、自分の身が危険に晒されるのも時間の問題となった為に、近い内にタイミングを見計らって王都を出ようと考えていたのだ。そのため今回の遠征は渡りに船であり、訓練のどさくさに紛れて行方不明を装い、社は一旦王都から離れようと画策していた。

 

(脱出云々は止められるのが目に見えてるし、理由も説明出来ないから話す選択肢は無いとして。問題は、『呪術』の事を話すか否か。話す場合は、どこまで話すか・・・)

 

 王都脱出の件については、理由を説明したところで状況が進展する訳でも無く、寧ろ関係の無い友人達を巻き込んでしまう可能性が高くなってしまう為、社としては話すのは論外だろう。そうなると、考えるのは『呪術』関連の事情を話すか否かであるが。

 

(安全だの裏の事情に巻き込まない為だってのも、コッチに拉致られた時点で今更感あるし。何よりもここでシラを切って突っぱねんのは不義理が過ぎるしなぁ・・・)

 

 考え事を続けながら、目を開けて雫の方を伺う社。当の雫は先程の問いからずっと黙りこんだまま、しかしこちらから目だけは離さず微動だにしていなかった。誤魔化す事など許さない、と言わんばかりの視線は、しかし何処か悲しげな、懇願(こんがん)するかの様に見えるのは社の気のせいだろうか。

 

「(・・・友人にこんな目させてる時点で俺が悪いか)分かった、俺の隠し事を話そうか。流石に全部は話せないけど、それでも良いか?」

 

「!!・・・ええ、勿論よ」

 

 観念して自身の抱える秘密を話す事を決意する社。流石にすべてを打ち明ける事は出来ない為、それも含めて確認を取るが雫は気にしていない様だった。社がこうも簡単に秘密を打ち明けようとするのが意外だったのか、その顔には喜色と驚きが浮かんでいた。先程までピクリとも動かなかった体も急にソワソワし始め、それに合わせてポニ―テールも揺れている。お預けされた犬か、と中々に酷い感想が浮かぶ社だが、怒られるのは目に見えているため口には出さない。

 

「それじゃ今から盗聴・盗撮防止の結界を張る。無害だから気にすんな。ーーー『闇より出でて闇より黒くその穢れを禊ぎ祓え』」

 

 社が詠唱と同時に呪力を練り上げると、頭上から黒い液状の膜が部屋を包む様に広がっていく。幾らもしない内に、黒い膜は2人のいる部屋を球状にすっぽりと包み込んでしまった。

 

「ーーー『式神調 (きゅう)ノ番〝(くゆ)(きつね)〟』」

 

 『帳』が無事に下りたことを確認した社は、次いで自らに宿る『術式』を発動させる。呼び出されたのは、全身が真っ白な体毛で覆われた狐であった。〝(くゆ)(きつね)〟と呼ばれた式神は、体長70cm、尾長40cm程のアカギツネを思わせる姿をしており、紅白の注連縄(しめなわ)を首輪の様に巻き、手足と尻尾には立ち上る煙を思わせる青い紋様が描かれていた。色々と特徴的な点は多いが、その中でも最も目を引く点は、自身の体長と同じ位の大きさの金色の煙管(きせる)を背負っている事であり、火皿*2の部分からはうっすらと白い煙が漂っていた。

 

「悪意も害も(けむ)に巻き、良き者だけが観る事叶う」

 

 社の詠唱に応える様に式神が一鳴きすると、背負った煙管の火皿から煙が噴き出した。瞬く間に部屋の中を満たす煙だったが、特に匂いがする訳でも無く、咳き込む事も息苦しくなる事も無い。

 

「これで準備完了だ。・・・お前さんの事は信用も信頼もしているけど、今から話す事は他言ーーーオイコラ雫」

 

「えっ!?いや、えっと、別に何も見てないわよ!?」

 

 念の為にと『帳』と式神の二重の防止策で準備を終え、いざ本題に入ろうとした社だったが、あらぬ方向を見たまま動かない雫に気付き声を掛ける。当の雫はと言うと、雑な誤魔化しをしつつも先程から目線が変わっていない。その視線の先には、座り込んで首を傾げる〝(くゆ)(きつね)〟の姿が。どうやら雫の可愛い物好きな部分に刺さるモノがあった様だ。眉間にシワを寄せて、ため息をつく社。

 

「・・・日を改めた方が良いか?」

 

「・・・・・・・・・いいえ、今話しましょう。その代わり、後で撫でさせて」

 

(今めっちゃ悩んだなコイツ)

 

 真面目(シリアス)な空気はいつの間にか死に絶えた様だった。式神とは言え、真っ白でツヤの有る毛並みと黒色で愛くるしい粒らな瞳を持つ狐、というのは可愛い動物を好む人間にとっては垂涎モノかもしれないが、それにしたって限度が無いだろうか。どちらにせよ、先程の重苦しい雰囲気は消え去っていた。

 

「話を戻そう。結論から言えば、俺は元の世界にいた時からこんな風に『呪術師』をやっていた。隠していたのは、言ったところで信じられないだろうと思っていた事と、万が一にも俺達の事情に雫を巻き込みたくなかったからだ」

 

「・・・そう。南雲君達は知ってたのよね?」

 

「あいつらに関しては順序が逆なんだよ。友人になってから『呪術師』の事を知ったんじゃ無くて、『呪術』関連の事件に巻き込まれる形で俺との付き合いが始まったんだ」

 

「最初から全部知っていて、友達になったって事?」

 

「大正解。それと一応言っとくけど、この事でハジメ達を責めんなよ?黙っててくれって言ったのは俺だからな。文句なら俺に言いな」

 

「別に言わないわよ。黙ってた理由も、まぁ、理解出来るものだったしね」

 

「そりゃ良かった。因みに仕事の内容は、俗に言う幽霊とか妖怪とかをしばき倒したり、呪いの品物とかを壊す事とかだな。中々に身入りはイイぞ?」

 

 グダグダになりそうな雰囲気を振り払う様に、自らの事情を語る社。簡潔な説明ではあるが、社本人から説明された事で雫の方も多少の納得はした様だった。

 

「それで、他に何か質問はあるか?今の内に聞きたい事は聞いてみな。答えられるかは分からないが」

 

「なら1つだけ。どうして『呪術師』なんてやっているの?細かい事は知らないけど、社があれだけ戦えるのは『呪術師』が相応に危険な仕事だからでしょ?そんな仕事を、何故?」

 

「あー・・・。それはだな・・・」

 

 答えに詰まる社。雫としては自分が気になった事を何となく聞いてみただけではあるのだが、この問いは社が抱える問題ーーー社本人は、自分以外に呪いの矛先が向かない限りは特に問題無いと思っているーーーの中でも最も重要かつ大切な部分を突くものであった。己の根幹、原点と言っても過言では無い存在の事を話すかどうか。互いの喋り声が消え、音が消えた部屋の中。数十秒の思案の後、社はゆっくりと口を開く。

 

「小さい頃にさ、誓いをしたんだ。」

 

「・・・誓い?」

 

 嫌なら言わなくても良いわーーーと言う言葉が喉から出掛かっていた雫だったが、社の発言を聞くとそれを飲み込み、鸚鵡(おうむ)返しする様に呟く。

 

「そう、誓い。年齢だとか手段だとか、後悔はしないのか、本当に出来るのかとか、そう言ったどうでも良い事は全部二の次にして。当時の俺は、心の底から望んで誓いを交わしたんだ」

 

 そう語る社の表情は、友人達の中でも最も付き合いの長い雫をして見た事が無いものだった。学校で猫被りしている時の真面目な表情(かお)でも無く、友人達と心底楽しそうに馬鹿をやっている時の表情(かお)とも違う。小さい頃を思い出した懐かしさと、未だ心の底に残っている寂寥感。そして、その2つを上回る程の慈愛の感情。それらが綯い交ぜになった様な社の表情を見て、自分自身にも理解出来ない位に酷く動揺する雫。そんな雫に気付かずに、社は言葉を続ける。

 

「その誓いを守る為にはどうしても必要な事がある。それは俺にしか出来ない事で、同時に俺がやらなくちゃいけない事でもあって。そして何よりも俺がやりたい事なんだよ。極論、俺はその為だけにこの力を磨いてきた。これから先、何があろうともこの誓いだけは守らなきゃならないから。その為に、俺は『呪術師』なんてやってるのさ。」

 

 言葉を言い終わる頃には、社からは先程までの表情は消え去っていた。その代わりに浮かんだのは、あらゆる迷いを振り払い何があっても諦めないと己自身に誓う様な、決意に満ちた表情であった。またしても見た事の無い表情を見て、先程とはまた違う理由で動揺する雫。

 

「細かい部分は言えないけど、まぁそんな感じだ。何かフワッとした説明で悪いな。ーーー何か顔赤くないかお前さん?調子悪い?」

 

「・・・いえ、大丈夫よ、気にしないで」

 

 先程までの雰囲気は消え、いつも通りの口調に戻った社。その声に我に帰ると、動揺を押し殺し何とか言葉を返す雫だったが、正体不明の動悸が収まる事はなく、顔の赤さも隠し切れてはいなかった。そんな雫を心配そうに見ていた社だったが、ふと思いついた様に話題を変える。

 

「そういや、白崎さんは何時頃戻るか分かるか?」

 

「香織?多分、後30分位したら帰って来るんじゃないかしら?」

 

「そうか、なら丁度良いか。ーーー『呪力反転』」

 

 社の急な話題転換を不思議に思うも、隠す事でも無いので正直に答える雫。それを聞き納得すると、社は手を雫に向けて呟く。すると社の手から、空色のボンヤリとした光が放たれ、雫を包み込む。急な出来事に驚く雫だったが、光を浴びても不快感や痛みはなく、寧ろ暖かさや心が落ち着きを取り戻すのを感じる。

 

「これも、『呪術師』の力?」

 

「その通り。まぁ、これが出来る『呪術師』はかなり少ないらしいけどな。体調悪くてもこれで楽になる筈だから、白崎さんが戻って来るまではこうしてるか」

 

「・・・ありがとう、社」

 

 雫の御礼に「気にすんな」と答える社。そうして再び雑談を続ける2人。香織が部屋に帰ってくるまでの間、雫達の部屋から話し声が途絶えることは無かった。

 

 尚、自分達の部屋に戻った社は開口一番「ヤったか!?」と言いながら、親指を人差し指と中指に挟み込み握り拳を作ったので、ハジメに枕を思いっきり投げられた。

 

*1
死ぬの意。元ネタはとあるゲームの、ゲームオーバー時の演出の事。アニメ「フランダースの犬」最終回で、ネロとパトラッシュが連れていかれるシーンに酷似していた為にこの名が付いた。元ネタのゲーム自体の難易度が高い為、割とよく見る(死ぬ)。

*2
刻み煙草を詰める部分。紙巻き煙草で言うと、火をつける先端部に当たる。

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