ありふれない怨霊こそ世界最愛 作:白紙
ホルアドに宿泊して一夜明けた現在、ハジメ達は【オルクス大迷宮】の正面入口がある広場に集まっていた。
迷宮の入り口は、博物館の入場ゲートを思わせるしっかりした作りになっていた。受付窓口には制服を着たお姉さんが、笑顔で迷宮へ出入りする人間のステータスプレートをチェックしている。何でも戦争を控えながら国内に問題を抱えたくないハイリヒ王国と、迷宮で悪さをする者達を取り締まりたい冒険者ギルドが協力して設立したのだとか。
「何処にでも悪さする馬鹿って居るんだね〜」
「それについては同感だけど、肝心の馬鹿には聞こえない様にしなきゃ駄目だぞ恵里?」
設立理由を聞いた恵里は極めて自然に毒を吐く。その意見に同意しつつも嗜める社だったが、微妙に論点がズレていた。
「中村さんも社君もナチュラルに腹黒い事言ってるね?と言うか、2人とも余裕あるね?」
「そりゃそうだろ、何せハジメみたいな鼻くそステータスじゃねぇからなぁ、俺らは?」
「OK分かった戦争だね幸利君。元の世界帰ったら、秘蔵の〝黒髪ロングセーラー服美少女画像集 〟3ギガバイト分送ってやる」
「おい馬鹿ヤメロォ!俺のトラウマほじくり返すなや!」
案の定ハジメからのツッコミが入るが、続く幸利からの茶々入れに対しては静かに報復を宣言する。幾ら友人と言えども、許せない事はあるのだ。
迷宮を前にしても、変わらずにいつものやり取りを続けるハジメ達。雑談で良い感じに緊張を解しながら、メルド団長の後を付いていくのであった。
迷宮内部にて、隊列を組みながらそこそこの広さの通路を進んで行くクラスメイトと騎士団一行。【オルクス大迷宮】には〝緑光石〟と言う発光する特殊な鉱物が多数埋まっているらしく、迷宮の中は暗闇とは無縁である。
(さて、どのタイミングで皆と逸れるかね)
迷宮内の薄明かりに照らされながら、周囲を警戒しつつもこれからの事を思案する社。
(1番都合が良いのが、俺が迷宮内で逸れた後、皆が迷宮を出た直後に俺がいないことに気付くってのが理想なんだけど。騎士団員達が「宮守社は迷宮内で行方知れずになった」と判断出来る状況にしたいなー)
社が考えるのは、どうやってクラスメイト達と逸れるかについてである。言わずもがな逸れるタイミングも重要ではあるが、それと同じ位に社がいない事に気付かれるタイミングも重要であった。逸れてすぐに気付かれては隠れる暇も無いだろうし、遅すぎると何処で逸れたか分からず、最悪社1人を待つ為にホルアドへの滞在期間が延びかねない。
(その後は騒ぎにはなるだろうけど、王国にとって重要なのは天之河と愛子先生だけだろうし、俺が迷宮内で逸れたと分かっているなら、態々探し出したりはしないだろう。したとしても、俺1人の為に時間も労力も掛けられないだろうし、恐らくは1週間もしない内に捜索が打ち切られるーーーと思いたい。俺を狙ってる奴らも、流石に俺が死んだと聞いたら諦めるだろ。・・・諦めるよね?)
幾ら将来有望な存在であろうとも、未だ半人前の域を出ない人間が迷宮内に単独で逸れた事が知られれば、生存は絶望視されるだろう。遺体や遺品が無いことを不審に思われる可能性も、魔物などに食い荒らされる事を考えればゼロに近い。魔族との戦争中である今、死人1人に人員を割ける余裕は王国側にも無い事は分かり切っている為、捜索も早期に打ち切られるだろうと社は予想していた。
(上手く逸れた後は、迷宮内に潜伏して捜査の目を掻い潜りつつ、単独で攻略に挑むと。最悪
やらなければいけない事は多いが、兎にも角にも先立つ物は必要である。当面の間はレベリングと資金稼ぎを目的にしようと考えていた社であったが、通路を進んだ少し先に開けた場所が見えた事で思考を打ち切る。
進んだ先にあった広間は、ドーム状の大きな場所で天井の高さは7、8m位ありそうだ。物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てくる。
「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出てもらうからな、準備しておけ!あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」
メルドの言葉と共に、向かってくるラットマンを迎撃する光輝、雫、龍太郎の前衛3人。その後ろに後衛として待機していた香織、鈴、恵里も魔法を発動する為の詠唱を開始した。
(皆結構動けてんなー。雫は最初、ネズミの気持ち悪さに引き攣ってたっぽいけど、今は動きに問題無いし。手に馴染まない剣で良くやるわ。他2人も迷いが無い。才能有るのか指導者が良いのか。・・・両方か)
前方での闘いを見て、人事の様に思う社。ラットマンと呼ばれた魔物は、一言で言えば「二足歩行のマッチョネズミ」である。控えめに言っても気持ち悪いとしか言えない為、雫を筆頭に女子は顔を引き攣らせてていた。
が、その程度で前方3人の動きに変調は生まれない。光輝は王国から与えられたアーティファクト〝聖剣〟を振るい、ラットマンを数体纏めて屠っている。
龍太郎は天職〝拳士〟を活かす為に、アーティファクトである籠手と脛当てを付け、どっしりと構えながら見事な拳撃と脚撃で敵を後ろに通さない。その姿は皆の盾となる重戦士を思わせる。
雫は〝剣士〟の天職持ちであり、刀とシャムシールの中間のような剣を使っている。実家である八重樫流の抜刀術を振るっており、剣を抜き放つと一瞬で敵が切り裂かれていく。慣れない武器であろうに、剣を振るう動きは洗練されており、騎士団員をして感嘆させるほどである。
「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ―― 〝螺炎〟」」」
そして、後衛3人の準備が整う。三人同時に発動した魔法〝螺炎〟は、文字通り螺旋状に渦巻く炎を生み出し、ラットマン達を燃やし尽くす。炎が収まる頃には、ラットマン達は全滅していた。
「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」
(・・・何か余裕過ぎないだろうか。これ抜け出す隙見つけるのも大変じゃね?)
生徒の優秀さに苦笑いしながらも、気を抜かないよう注意するメルド団長。その声を聞きつつ、無事に皆から逸れる事ができるか心配になる社であった。
その後特に問題が起きる事も無く、交代しながら戦闘を繰り返して順調に階層を下げて行く一同。社も途中で狼の様な魔物や、出来損ないの猿の様な魔物を相手取ったが、文字通り一蹴して終わった。そして現在、20階層に辿り着いた一行は小休止を挟んでいた。
「よし、今から休憩に入る!ここに降りてくる際も言ったが、ここから先は複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。くれぐれも油断するなよ!ーーーカイルとイヴァンは団員を何人か連れて、斥候して来てくれ。〝フェアスコープ〟を忘れるなよ!それ以外の団員はこいつらと一緒に休憩だ!」
生徒達と騎士団員に向かって声を張り上げるメルド団長。〝フェアスコープ〟とは、魔力の流れを見る事でトラップを検知する道具である。迷宮内のトラップは致死性の物も存在しているが、その殆どが魔法によって発動する為、一行が安全に進むのに半ば必需品と言っても良い。
メルドの良く響く声を聞きつつ、ハジメと幸利に近付いて行く社。2人は先程まで魔物と戦闘していた様で、社に気付くと手を挙げて反応する。
「順調そうだな2人とも。ハジメも何だかんだ戦えてるじゃないか」
「本当に何とか、だけどね。僕が戦うのなら、僕の強みを生かすしかないから」
「謙遜するこたねーだろ、騎士団員も感心して見てたぞ?まぁ、動けなくした相手に死の黒髭危機一髪してる訳だから、絵面は惨いがな」
「相変わらず酷い例えを出すね!?合理的と言ってくれないかな!」
ゲラゲラと笑いながら無駄に高い語彙力を駆使した例えを繰り出す幸利に対して、微妙に言い訳がましいツッコミを入れるハジメ。酷い言い様ではあるが、身動き一つ取れない状態にした魔物を死ぬまで串刺しにしたり、トゲの生えた落とし穴を作って串刺しにしたりと、確かに分かりやすい例えではある。新米錬成師はヴラド・ツェペシュ顔負けだった様だ。
「てゆーか、幸利君は僕のこと笑えないでしょ!?魔物同士で争わせて同士討ちさせてたし、最後の方は共食いまでしてたよ!見た目だけで言ったら完全に悪側じゃん僕ら!?」
「それこそお前、相手が勝手に争って減ってくれるんだから、そっちの方が合理的じゃねーか」
ハジメのツッコミに悪びれず答える幸利。幸利が適正を持つ闇属性の魔法は、洗脳や暗示等といった精神に作用する魔法であった。幸利はそれを利用して魔物の動きを鈍らせたり、同士討ちを引き起こしたりしていたのだ。
「つーか、悪側云々言ったら社にも問題あるだろーが。何で態々魔物の手足を千切り飛ばしてんだよ?」
「アレはやられた方も一瞬何が起こったか分かって無かったと思うよ・・・」
戦慄した様な目を社に向けるハジメと幸利。クラスメイト達が各々の武器を持つ中、社は自分に合った武具やアーティファクトを選ばず、未だ無手のままでいた。無用な心配である事は分かっていた2人だったが、一応念の為にと社が迷宮内の魔物と戦う所を見守っていた所、社の蹴り1発で魔物の腕が千切れ飛ぶのを目撃。友人の脳筋っぷりに唖然としたのだ。
「いやほら、メルドさんも魔石の回収を意識しろって言ってたじゃん?俺が普通に殴ったら、最悪体内で砕いちゃうかも知れないからな。それならいっそ、動けなくなる様に手足とかの末端を攻撃するのが1番だろ?」
「それで実際に出来んのがおかしいンだよ!つーか、シレッとサイコな事言ってんじゃねーよコエーな!」
「僕らの友達が想像以上にサイコパスゴリラだった件について」
「揃いも揃ってなんつー言い草だ!?」
幸利とハジメからのあんまりな言葉に傷付き、声を荒げる社。社の考えも正しくはあるのだが、いかんせん合理的に過ぎると言うか、人によっては冷徹なまでの効率主義にも見えてしまう。現に社の戦いーーーを通り越して屠殺と言っても良いーーーを見ていたクラスメイト達は引いていた。
無論これにも理由はある。社が元の世界で祓ってきた霊や妖怪、呪具と言うのは程度の差はあれど悪辣なモノが多かった。それ故、「敵と見做した相手に情けや容赦を持つべきでは無い」と言う考えが社の中には自然と根付いているのだ。勿論ハジメを筆頭とした社の友人達はその辺りに理解はある為、本気で言っている訳では無い。が、流石に何も言わずにスルーする事も出来なかった様だ。
「大丈夫だよ社君。
「恵里・・・。俺の味方はお前さんだけだよ・・・」
(・・・ダチが目の前で洗脳一歩手前の刷り込みされてるんだけど、如何するべきだと思う?つーか、中村も抜け目ねぇな)
(死にたくなきゃ下手な事言わない方が良いと思うよ。戦争と恋愛に於いては凡ゆる手段が許容される、とも言うしね)
肩を落とす社に、いつの間にか背後にいた恵里が優しく声を掛ける。地獄に仏、と言うのは大袈裟だろうが、それでも味方がいた事に気を持ち直す社。その様子を見ていたハジメ達は、各々思う所はあるものの特に何かを言う事も無く口を噤む。誰だって馬に蹴られて死ぬ趣味は無いのだ。
恵里に慰めらている社を見ていたハジメだったが、ふと前方を見ると香織と目があう。どうやら先程から此方を見ていた様で、「見守ってるよ」と言わんばかりに微笑んでいた。
ーーー昨夜、社が雫の部屋に案内されていた時。入れ違いになる様に香織はハジメの部屋を訪れていた。その時に紆余曲折有ったものの、香織はハジメの事を〝守る〟と宣言し、その言葉通りに今もハジメを見守っていた。昨夜のことを思い出し、なんとなく気恥ずかしくなり目を逸らすハジメ。若干、香織が拗ねたような表情になると、それを横目で見ていた雫が苦笑いして小声で話しかけた。
「香織、なに南雲君と見つめ合っているのよ?迷宮の中でラブコメなんて随分と余裕じゃない?」
からかうような口調に思わず顔を赤らめる香織は、すぐさま怒ったように雫に反論する。
「もう、雫ちゃん!変なこと言わないで!私はただ、南雲くん大丈夫かなって、それだけだよ!それに雫ちゃんこそ宮守君の方チラチラ見てたでしょ!」
「・・・何の事かしら?」
「またまた、とぼけちゃって。今日は今朝から機嫌良かったし、昨日の夜に宮守君と何をしゃべってたのかな~?」
「・・・黙秘権を行使するわ」
ワイワイキャッキャと姦しい様子の雫と香織。そんな様子を横目に見ていたハジメは、ふと視線を感じて思わず背筋を伸ばす。ねばつくような、負の感情がたっぷりと乗った不快な視線だ。
その視線を感じたのは、今が初めてという訳では無かった。今朝から度々感じていたものであり、視線の主を探そうと視線を巡らせると途端に霧散する。朝から何度もそれを繰り返しており、ハジメは良い加減うんざりしていた。
(何なんだろう、めんどくさいなぁ。僕、何かしたかな?無能なりに頑張っている方だと思うんだけど。・・・もしかしてそれが原因?「調子乗ってんじゃねぇぞ!」的な?・・・いや、でも社君が何も言ってこないし、気にするようなものじゃないのかな?)
深々と溜息を吐くハジメ。昨夜の香織が言っていた嫌な予感というものを、ハジメもまた感じ始めてはいた。が、悪意を感じ取れるはずの社からの言葉が無かった為、大したものでは無いのだと気にしないことにした。
・・・ハジメは重要な事を失念していた。社が鋭敏に感じ取れるのは「社自身に向けられる悪意」であって、「第三者に向けられる悪意」には鈍感である事。加えて社自身にも未だ自覚が無い事ではあるが、この世界に向けられている悪意が強すぎるせいで、社の感覚がマヒしている為に「第三者に向けられる悪意」に輪をかけて鈍くなってしまっており、ハジメが感じる悪意に気付くことが出来ていないのだ。
ハジメと社の間で致命的なすれ違いが起こったまま探索が続行され、遂に20階層の一番奥の部屋にたどり着く一行。この部屋は鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。この先を進むと21階層への階段があるらしい。そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりである。神代の魔法には、一瞬で長距離を移動出来る転移魔法の様な便利な魔法もあったらしいが、現代においてはそんな便利なものは存在しないので来た道を引き返して地道に帰らなければならない。若干弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横並びの隊列を崩し、縦列で進む一行。
すると、先頭を行く光輝達やメルド団長が立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。
「擬態しているぞ!周りをよ~く注意しておけ!」
メルド団長の忠告が飛んだ直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は褐色となり、2本足で立ち上がると胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。
「ロックマウントだ!2本の腕に注意しろ!豪腕だぞ!」
メルド団長の声が響くと共に、光輝達が前に出る。飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。
龍太郎の人壁を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。その直後。
「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」
部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。
「ぐっ!?」
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体は無いものの硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。それをまんまと食らってしまった光輝達前衛組が一瞬硬直してしまった。
ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。非常に見事な砲丸投げのフォームである。投げられた岩は咄嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、香織達へと迫る。
香織達も向かってくる岩に怯む事無く、準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが心もとないからだ。しかし、発動しようとした瞬間、香織達は衝撃的光景に思わず硬直してしまう。
なんと、投げられた岩もロックマウントだったのだ。空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて香織達へと迫る。その姿は、さながらル○ンダイブだ。「か・お・り・ちゃ~ん!」という声が聞こえてきそうである。しかも、妙に目が血走り鼻息が荒い。香織も恵里も鈴も「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまった。
「ーーーあら、よっと!」
ドゴンッ!
非常に鈍い音と共に、香織たちに向かっていたロックマウントの顔面が蹴り抜かれる。技能〝悪意感知〟によって岩に擬態していたのを見抜いた社が、後方から飛び出して後衛組とロックマウントとの間に割って入ったのだ。
左足を軸にした、流れる様な上段回し蹴りによって撃ち落されたロックマウント。地面を這いつくばりながらもピクピクと痙攣している間に、社は追撃でしっかりと頭を踏み抜く。ゴキリッ、という太い棒をねじ切った様な音がして、ロックマウントが動かなくなったのをしっかりと確認する社。
「恵里達は無事「ありがとう社君!」ーーーうおっと。危ないな、恵里」
念の為に後衛組に声を掛けようとした社が振り向くよりも先に、恵里が社の背中に抱き着いた。いきなりの事に多少驚きながらも、前方への警戒を緩める事無く恵里に対応する社。
「すまんな社、助かった。」
「いえいえ、俺がいなくともメルドさんが切り捨ててたでしょう?」
「はっはっはっ、それはそれ、だ。お前たちも、想定外の事が起こったからと言って詠唱を止めてちゃいかんぞ?」
メルドに叱られてシュンとしながら謝る香織達。だが、迫りくるロックマウントは相当気持ち悪かったらしく、恵里以外は顔が青褪めていた。
その後は「香織達をよくも怖がらせたな!」と微妙にズレた勘違いでキレた光輝が、模擬戦でも使った魔法〝天翔閃〟を発動。残りのロックマウントを一掃して幕引きとなった。戦闘が終わった後、当の光輝は「崩落の危険も考えず魔法をぶっ放すな!」とメルド団長の拳骨を食らっていたが。
「天之河君ってば、社君が僕達を助けた事に嫉妬して、思わず張り切っちゃったのかなぁ?可哀想に、いくら頑張っても香織ちゃんも雫ちゃんも振り向いてくれる筈無いのに。哀れだなぁ、ウフフ」
「恵里さんや。俺の背中にしがみついたままブツブツ言うのはやめておくれ。正直怖い」
メルド団長のお叱りにバツが悪そうに謝罪する光輝と、それを慰めている香織達を眺める社と恵里。社は光輝に対しての興味関心が0の為、何をしていようが関係を持たない、と言うのが基本方針である。が、恵里の方はそうでもない様で、社に表情が見えないのを良い事に悪どい笑みを浮かべながら光輝を嘲笑していた。
と、その時。ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。
「・・・あれ、何かな?キラキラしてる・・・」
その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。
「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」
グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなものらしい。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれ、求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとか。
(求婚ねぇ。■■ちゃんから貰った指輪につけるのもーーーいや無しだな。■■ちゃんから貰った物に手を入れるとかしたくないし)
「社君?今誰の事考えてたの?」
「うぇ?いや、別にーーー痛い痛い抱き着いた腕を絞めこまないで!?」
婚約の際の贈り物と聞き、即座に■■と指輪について連想する社。だが、恵里の心を読んだかのような問いと、抱き着くように回された腕がキリキリと社の腹を締め上げる痛みで現実に引き戻される。地味な痛みに抗議の声を上げる社だったが、不貞腐れたかのように恵里は聞こえないフリをしている。
「素敵・・・」
社達がじゃれ合っている間、メルドの簡単な説明を聞いていた香織は、頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。もっとも、雫ともう一人だけは気がついていたが・・・。
「だったら俺らで回収しようぜ!」
そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。メルド団長が慌てて静止の声を掛けるが、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。檜山を止めようと後を追いかけるメルド団長。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。
「団長!トラップです!」
「ッ!?」
しかし、メルド団長も、騎士団員の警告も一歩遅かった。檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。
「くっ、撤退だ!早くこの部屋から出ろ!」
メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが、間に合わない。部屋の中に光が満ち、一行の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。次いで、ドスンという音と共に地面に叩きつけられた。
「(油断しすぎたな、まさか俺たち全員を巻き込む規模のトラップがあるとは思っても無かった)・・・大丈夫か、恵里」
「イタタ。ありがとう社君」
転移後も体勢を崩すことなく着地し、すぐさま周囲を警戒する社。後ろで尻餅をついていた恵里に手を貸しつつ周囲を見渡すと、クラスメイトのほとんどは尻餅をついていたが、メルド団長や騎士団員達、光輝達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。
どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしい。現代の魔法使いには不可能な事を平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ。
一行が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと100mはありそうだ。天井も高く20mはあるだろう。橋の下は川など無く、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。
橋の横幅は10m位はありそうだが、手すりどころか縁石すら無く、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。社達はその巨大な橋の中間におり、橋の両サイドにはそれぞれ奥へと続く通路と上階への階段が見える。それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばした。
「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」
雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。しかし、迷宮のトラップがこの程度で済む訳も無く、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは1体の巨大な魔物が出現する。
(あ、これシャレにならん位ヤバい奴だ)
社の直感が即座に警鐘を鳴らすと同時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。
――まさか・・・ベヒモス・・・なのか・・・。