ありふれない怨霊こそ世界最愛 作:白紙
時間は少し遡って、社がハジメ達3人とトラウムソルジャーの足止めをしていた頃。騎士団の作り出した障壁は、依然としてベヒモスの突進を堰き止めていた。
ベヒモスが衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁は既に全体に亀裂が入っており、砕けるのも時間の問題だ。メルド団長も障壁の展開に加わっているが焼け石に水だった。
「ええい、くそ!もうもたんぞ!光輝、早く撤退しろ!お前達も早く行け!」
「嫌です!メルドさん達を置いていくわけには行きません!絶対、皆で生き残るんです!」
「くっ、こんな時にわがままを・・・」
メルド団長は苦虫を噛み潰したような表情になる。この限定された空間ではベヒモスの突進を回避するのは難しい。それ故、逃げ切るためには障壁を張り、押し出されるように撤退するのがベストだ。しかし、その微妙なさじ加減は戦闘のベテランだからこそ出来るのであって、今の光輝達には難しい注文だ。
その辺の事情を掻い摘んで説明し撤退を促しているのだが、光輝は〝置いていく〟ということがどうしても納得出来ないらしい。しかも「自分ならベヒモスをどうにかできる」と思っているのか、目の輝きが明らかに攻撃色を放っている。
まだ若いから仕方ないとは言え、少し自分の力を過信してしまっている様である。戦闘素人の光輝達に自信を持たせようと、まずは褒めて伸ばす方針にしたのが裏目に出た様だ。メルドとしては、社との模擬戦で上には上がいる事にも気付いて欲しかったのだが効果は無かったらしい。
「光輝!団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」
「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ?付き合うぜ、光輝!」
「龍太郎・・・ありがとな」
雫は状況がわかっているようで光輝を諌めようと腕を掴む。が、光輝はそれに取り合わない。それどころか、龍太郎の光輝を後押しする言葉に更にやる気を見せる。それをみて舌打ちをする雫。
「状況に酔ってんじゃないわよ!この馬鹿ども!」
「雫ちゃん・・・」
「心配しなくても大丈夫だ、雫に香織。俺がいる限り、何があろうとも絶対に2人を傷つけさせやしない!あの恐竜擬きも、俺が倒してみせる!」
「応、その息だぜ光輝!」
苛立つ様に声を荒げる雫に、心配そうな声の香織。が、やはり光輝と龍太郎は聞く耳を持たない。自分自身に酔いしれている自覚も無く、見当違いの声を掛ける光輝。
「〜〜〜ッ!団長さん!障壁が砕けそうになったら合図を下さい!私達で迎え撃ちます!」
「お前まで無茶言うか、八重樫!」
「無茶は百も承知です!でも、この馬鹿共は話にならない!だったらタイミングを見計らって最高火力をぶつけて、その後すぐに離脱した方がマシです!」
「・・・やむを得んか。お前達!話は聞いたな!?迷宮を無事に脱出したら全員説教だからな!覚悟しておけよ!」
「大丈夫ですメルドさん!俺ならあんな恐竜擬きもどうにか出来ます!任せておいてください!」
雫の苦肉の策を聞き、歯噛みしながらも叱責を飛ばすメルド。しかし光輝は脳内でその言葉を激励に変換し、都合の良い返答を返す。その様子を見て、思わず溜息を吐きそうになる雫とメルド。
「ーーー作戦を説明する!龍太郎と八重樫は直ぐに撤退出来る様に待機!白崎は不測の事態に備えて、何時でも障壁を張れる様に準備しておけ!光輝は最大火力の魔法の詠唱!準備が出来次第、ベヒモスの突進に合わせて結界を解く!その瞬間に魔法を放て!もしそれで仕留め切れなければ、俺を
メルドの有無を言わさぬ指示に頷く光輝達。各々が準備を進めている間も、ベヒモスの突進は止まらない。メルドが結界を解くタイミングを合わせている間に、光輝は今の自分が出せる最大の技を放つための詠唱を開始した。
「神意よ!全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ!神の息吹よ!全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ!神の慈悲よ!この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!」
「行くぞお前達!ーーー3、2、1、今だ!」
「ーーー〝神威〟!」
何度目かも分からない障壁とベヒモスとのぶつかり合いの後、再び突撃しようとベヒモスが数歩後退した瞬間にメルドが合図を出す。それと同時に障壁が消え去ったのを確認した光輝は、自らの最強魔法を解き放つ。
詠唱と共にまっすぐ突き出した聖剣から極光が迸る。先の天翔閃と同系統だが威力が段違いだ。橋を震動させ石畳を抉り飛ばしながら、光の柱がベヒモスへと直進する。放たれた光属性の砲撃は、轟音と共にベヒモスに直撃した。光が辺りを満たして白く塗りつぶし、激震する橋に大きく亀裂が入っていく。
光輝は莫大な魔力を使用したようで肩で息をしている。先ほどの攻撃は文字通り光輝の切り札であり、残存魔力の殆どが持っていかれた様だ。
「これなら・・・はぁはぁ」
「ぃよっしぃ!流石にやったよな!?」
「ーーーいいや。撤退だ!」
倒した手応えが有ったのか、疲労しながらも満足気に呟く光輝と一足早く喜ぶ龍太郎。そんな2人を諫めようとする雫だったが、それを遮る様にメルド団長が撤退を指示する。信じられない様な目でベヒモスがいた方向を見る光輝達。徐々に光が収まり、舞う埃が吹き払われたその先には、光輝達を嘲笑うかの様に無傷のベヒモスがいた。
低い唸り声を上げ、光輝を射殺さんばかりに睨んでいる。と、思ったら、その直後スッと頭を掲げた。頭の角がキィーーーという甲高い音を立てながら赤熱化していく。そして、遂に頭部の兜全体がマグマのように燃えたぎった。
「ボケッとするな!逃げろ!」
メルド団長の叫びに、漸く無傷というショックから正気に戻った光輝達が身構えた瞬間、ベヒモスが突進を始める。そして、光輝達のかなり手前で跳躍し、赤熱化した頭部を下に向けて隕石のように落下した。
咄嗟に横っ飛びで回避する光輝達前衛組。直撃を避ける事には成功したものの、着弾時に起きる凄まじい衝撃波が彼等を飲み込もうとする。
「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さずーーー〝聖絶〟!!」
メルドの指示で予め準備していた香織が新たに結界を作り出す。先程メルド達が張った障壁と同じものが、再び光輝達を包み込む様に広がる。だが、暴風のように荒れ狂う衝撃波は容易く結界を割り砕き、光輝達を襲った。多少は威力を殺せたようだが、それでも減衰しきれなかった衝撃波を浴びて吹き飛ぶ光輝達。
「ぐぅっ・・・。皆無事!?」
「応!俺は何とかな!」
「私も大丈夫!それよりも光輝君とメルドさん達が!」
ボロボロになりながらも、何とか立ち上がり周りを確認する雫に、応える様に立ち上がる龍太郎と香織。香織の結界に加えて、騎士団員が庇ってくれた為にこの3人は比較的軽症であった。
が、その代償に彼等を庇ったメルドと騎士団員3人、そして魔力を殆ど使い果たした状態で最前線にいた光輝は、衝撃波をもろに喰らってしまい満身創痍。呻き声しか上げられない状態だった。
「・・・龍太郎、光輝達と一旦退がれる?」
「はぁ?何を「答えて!」そりゃ出来る出来ないで言えば出来るけどよ」
「なら、香織と協力してメルドさん達と一緒に退避して。私が殿を受け持つわ」
龍太郎に指示しながら剣を構える雫。現在ベヒモスはめり込んだ頭を抜き出そうと踏ん張っている為、僅かながら猶予は有る。が、その後どうなるかは火を見るより明らかだ。今も香織が必死に光輝達を治療してはいるが、恐らくベヒモスの復帰には間に合わない。ならば、雫の取れる選択肢は一つ。身を挺して時間を稼ぐ事のみだろう。
震える手をどうにか押さえながら、不退転の決意で挑もうとする雫。しかしここで、香織の治療を受けてどうにか喋れる様にはなった勇者が口を挟む。
「ゲホッ、ゴホッ、無茶だ!。雫だけで何とかなるわけないだろ!?俺も一緒に「光輝は黙ってなさい!!!」ーーーッ!?」
今までに無いくらいに強い口調で光輝を怒鳴る雫。鬼気迫る様子の幼馴染みに気圧されて、光輝は思わず言葉を失ってしまう。
「・・・怒鳴ってごめんなさい。でもこうするしか無いわ。龍太郎、もし私に万が一があったら、後は頼むわ。ーーーさぁ、行って」
後ろを振り返る事無く、淡々と光輝達に告げる雫。こうしている間にも、ベヒモスは頭を抜け出そうと藻搔いており、最早一刻の猶予も無い。
「・・・分かった。但し、光輝達を逃したら必ず戻ってくる。それまで絶対死ぬんじゃねぇぞ!」
「オイ、龍太郎!?止めろ、降ろせ!雫だけ置いて行くなんてできない!」
光輝を背負って待避の準備をする龍太郎。メルドや騎士団員達も何とか話せるまでは回復した様だが、今だ逃げるのすら難しい。それまでは、雫1人だけで戦う必要があるだろう。
(こんな所で死を覚悟するハメになるなんて、とんだ災難ね。私が死ねば少しは光輝もマトモになってくれるかしら?・・・無理ね)
剣を握り締めながら、益体も無いことを考える雫。手足の震えは、疲労によるものだけでは無いだろう。今にも叫び逃げ出したい気持ちを、震える両手で頬を叩いて無理矢理捻じ伏せる。
自らの半生とも言える八重樫流剣術の構えを取りながら、目を詰むって深く深く肺に空気を送り込む。身体の中の無駄な力みや、恐怖等の邪魔な感情を丸ごと出し切る様に息を吐く。狙うのは、ベヒモスの頭が抜けた瞬間。此方を認識する前に速攻をかける、言わば先の先を取る一撃。
腰を落とし、何時でも切り込める様に構えながら機を伺う雫。数秒の後、橋からミシミシと嫌な音を立てて、遂にベヒモスの頭が抜ける瞬間が訪れる。それに合わせる様に覚悟を決めた雫が、ベヒモスに吶喊する。
「待った、
ーーーよりも早く。吹き荒ぶ風の音と共に、雫の耳に背後からの声が届く。予想だにしなかった、しかし無意識に待ちわびていた声に、思わず硬直してしまう雫。そんな彼女と入れ替わるかの様に、白い烏を連れ添って、
先程の上空からの一撃により地面に埋まっていた頭を、漸く抜き出す事が出来たベヒモス。隕石と見紛うばかりの落下攻撃は、大きな衝撃波を生み出し辺りを一掃したが、未だ
奇しくも雫が狙っていたのと同じく、相手の行動を許さない先の先を取る一撃。直前まで視界の塞がれていたベヒモスが反応し切れない速度とタイミングで放たれた蹴りは、ベヒモスを確かに怯ませたもののその顔には傷一つ付けることは無い。
然もありなん、勇者の全力の一撃にすら傷付かなかった肉体の持ち主である。幾ら『呪力』と式神による強化があったとしても、痛打を通すのは社とて至難の技。先程の不意を突く強襲も、
「ーーー『
故に社は
真正面から攻めても埒が開かない事は、先程の巨大な光の柱を無傷で凌いだ姿を見た時から分かっていた。仮に効いていたとしても、
先程の不意打ちも、ダメージを期待したものでは無い。ベヒモスの意識に空白を作り、続く本命を確実に撃ち込むための布石。思惑通りに隙を作ったベヒモスの顔面に向けて、社は『呪力』で強化した貫手を放つ。狙うのは一点、ベヒモスの眼球である。
ーーーゾブリ。
「爆ぜろ!」
水気のある生肉を潰した様な音と共に、生暖かい感触が社の右腕を包み込む。人によっては生理的な嫌悪感を免れ無いだろう感覚を無視し、間髪入れずに叫ぶ社。その瞬間、ベヒモスの目を貫いた社の右腕が
キィィィン!!!
「ーーーグギャァァアアアアア!?!?」
社の右腕から爆音が発せられると同時に、増幅された振動波が放たれる。振動波は社の腕を伝うと、ベヒモスの目を潰し、鼓膜を破り、更には頭全体を破砕せんと広がっていく。想像を絶する痛みなのだろう、何をしても効く様子の無かったベヒモスが悲痛な叫び声を上げていた。
「(・・・致命傷には程遠いかよ、何つータフさだ。マトモにやる方が馬鹿を見そうだな) 『式神調
「ーーーハッ!?そ、そうね!早く戻らないとね!?」
「?お、おう」
痛みに暴れるベヒモスに巻き込まれない様に距離を取った社は、冷静にベヒモスを観察するとダメ押しに〝燻り狐〟を召喚する。呼び出された〝燻り狐〟は背負っていたキセルから目眩しの煙を大量に吹き出し、未だ痛みに悶えているベヒモスを包み込んだ。それを確認した社は、何故か顔を真っ赤にしながら呆けていた雫を回収して、そのまま香織達のほうに向かったのだった。
「あのベヒモスが痛みに苦しんでいるとは・・・。本当にお前達は
「やるじゃねーか宮守!助かったぜぇ!!」
香織の元に退がってきた社達に向けて、治療中のメルドと龍太郎が称賛の声を掛ける。言い方もテンションもまるで異なるが、どちらも喜色を隠せていない。香織の治癒も順調に進んでいる様で、騎士団員達も戦えはしないまでも自力で歩く事は出来そうだった。
「俺の攻撃が通用しなかったベヒモスに、どうやって?宮守、お前は一体何をしたんだ?」
「・・・光輝?」
そんな中、1人俯きながら静かに社に問い掛ける光輝。何処か非難する様な、或いは疑う様な響きの言葉に違和感を感じた雫は、訝しげに光輝の名を呼ぶ。が、それを無視したのか、あるいは聞いていないのか。相変わらずに光輝は社の方を見ている。社は光輝から、小さいが確かな悪意を向けられているのを感じ取った。
「・・・お前さんが何を言いたいのかは知らんけども。一言で言えば、目をえぐり抜いた後の傷口に、ダイナマイト突っ込んで火を付けた様なもんだ。人間で言えば最低でも、眼球破裂で耳ん中グッチャグチャ、オマケに重度の
「・・・いや、そこまで詳細な説明は要らないです」
「うっわマジか。そりゃ泣き叫ぶわな」
「・・・少しベヒモスに同情するわ」
光輝から向けられる悪意を無視して質問に答える社だったが、それを聞いて光輝達地球組は全員揃って唖然とする。あのベヒモスが痛みで苦しむ程なのだから、相当な事をした筈であると分かってはいたのだが、実際に聞いてみると想像するだけでも痛くなりそうだった。現に光輝は思わず敬語になり、香織は痛みを想像したのか顔が青くなっていた。
「ーーーでも、ベヒモスを殺すには全く足りない。頭を思いきり揺さぶってやったから、今はまだ大丈夫だろうが。その内アイツはまた立ち上がるだろうな」
しかし、続く社の言葉によって再び緊張が走る。人間であればまず間違い無く命に関わるであろう傷を、ベヒモスは痛みでのたうち回るだけで済ませているのだ。振動波でも内部を破壊し切れないほどに頑丈だったのか、それとも傷を無視出来るほどに耐久力があるのか、若しくは両方か。何れにせよ、このままではベヒモスを再び相手にしなければならない。オマケに怒り狂っている、と言う単語が頭につくのだ。
「なので
「っ無茶よ!社だけを置いていけるわけないでしょ!私も残るわ!」
「えー、それを雫が言うのかよー?さっきお前さんも殿してたじゃん。あれって自分から立候補したんじゃないの?」
「それは・・・」
社の呆れた様な言い草に、言葉に詰まる雫。どうにかして反論しようと言葉を探すうちに、ある程度まで回復したメルド団長が確認する様に社に問う。
「・・・俺達は命を掛けて、お前達を守る義務が有る。今なら十分には戦えなくても、お前達の盾になる位なら出来るだろう。それでも、やると言うのか?」
「勿論。何も考え無しに言ってる訳じゃ無いですよ?今までは周りを巻き込む可能性があったんで呼べませんでしたが、アイツに対抗出来そうな手段がーーー正真正銘の切り札があります。なので、その辺も考慮した上で、ご判断下さい」
社の迷いの無い答えを聞いて、メルド団長は静かに瞑目して逡巡する。と、その時、一際大きなベヒモスの咆哮が響き渡る。先程までの痛みに苦しむ鳴き声では無い。自らに傷を与えた者を鏖殺せんとする、怒りに満ちた叫び。もう、迷っている時間は無い。
「・・・やれるんだな?」
「バッチリ任せて下さいな」
茶目っ気すら感じさせる言い方とは裏腹に、社の瞳には決意が満ちていた。退避する面々が暗くならない様に、努めて明るく振る舞おうとする社の気遣いを感じ取ったメルド団長は、フッと笑みを浮かべる。
「まさか、お前に命を預けることになるとはな。・・・必ず生きて返ってこい。ーーー頼んだぞ!」
「Sir,yes,sir!」
最後まで調子を崩さない社に、再び笑みを浮かべながらメルド達は退避して行く。が、唯1人。雫だけはその場から一歩も動く様子が無い。社に背を向ける事無く、俯いたまま黙って立ち尽くしていた。
社を置いて行く事に強い抵抗が有るのだろう。理性ではそれが正しいと分かっていても、行動に移せないでいる。何時もは大人びた幼馴染みの珍しい姿は、社には玩具を強請ってその場から動かない小さな子供の様に見えた。
「・・・昨日の夜、俺が『呪術師』をやってるのは誓いを守る為だ、って話はしたよな。照れ臭くて言わなかったんだが、実はもう一つ理由がある」
「・・・?」
何の脈絡もなく、いきなり始まった社の話を不思議に思ったのか、漸く雫が顔を上げる。その顔は今にも泣き出してしまいそうな
「世の中なんてままならない事ばっかりだ。理不尽で不平等な現実だけが、平等に降りかかる。それを全部どうにかしようなんて思わないし、する義理も義務も余裕も無い。他人が如何なろうと、俺には関係無いしなぁ」
ベヒモスの方から目を離さないまま、背中越しに語りかける様に話す社。これから死地に向かうとは思えない程に穏やかな声は、しっかりと雫の耳に届く。
「でも、それでも。そんな理不尽が俺の身内に降りかかるのだけは許せないんだ。そんなありふれた不平等が俺の身内に襲い掛かった時、迷わずに立ち向かえる様に、理不尽を打ち払える様に。俺が『呪術師』になったもう一つの理由がそれなんだ。その身内の中には、家族とか友人とか、勿論雫も入っているんだ。ーーーだから、俺に守らせてくれよ。なぁ?」
「っ!!・・・バカ」
「そうとも馬鹿だとも。だから、行け。此処は任せろ」
社の言葉が終わるとともに、雫はようやく退避を始める。足音が遠ざかっていくのを聞いた社は、依然煙に包まれたままのベヒモスから目を離さずに、式神を呼び出す。
「『式神調
式神は社の指示に頷くと、そのまま社の影に潜って行く。それを見届けた後、社はこれからについて思案する。
(はてさて、格好つけたは良いものの、俺1人じゃかなりキツイんだよなー。『式神調』じゃ全く火力が足んないし。
前を見据えたまま、頭の中で愚痴を零す社。現在『式神調』で呼び出せる式神は10種類。どれも実用性の高いものではあるが、いかんせんベヒモスを相手取るには火力が足りないのだ。
「ま、グチグチ言ってもしゃーないか。サンキュー影鰐」
影鰐が自らの影から上がって来たのを見て、思考を打ち切る社。社の目の前に広がった2m程の影は、影鰐の能力によって立体化し、立ち上がる様に変形した。出来たのは、1m程の柱が2本。片方に日本刀が、もう片方にはリングケースが、それぞれの柱に収まる様に入っていた。
社はリングケースを開け、中から指輪を取り出す。そして躊躇い無く左手の薬指に指輪を嵌めた。
「あれだけ大見得切っといて、直ぐに君に頼るなんて情けない限りなんだけど。どうか、また俺に力を貸してくれないか」
左手で刀を抜き放ちながら、社は静かに語り出す。薬指にはめた指輪を、右手で愛おしそうに撫でながら。優しく、穏やかに、慈しむ様に。親愛を込めた声でお願いをする社。
「ーーーイイヨ、ワタシタチハ、ズットズットイッショダモノ」
「ーーーああ、ありがとう」
そして、虚空から返事が返って来る。勘の良い者なら直ぐに確信出来るだろう。この声の持ち主は間違い無く尋常ならざるモノ。更に言えば、生あるものにとっての害悪足り得る、人ならざるモノであると。
しかし社は気にも留めない。それどころか、返ってきた言葉を噛みしめるかのように微笑んでいた。そしてそこに、大きな咆哮が響き渡る。纏わり付く煙を叫び声で振り払い、遂にベヒモスが復活した。
社が潰した左目を初めとして顔からは血が流れ出しているが、傷自体は深く無いだろう。それどころか、自らをこの様な目に合わせた敵を血祭りに上げんと猛り狂っている。
そんなベヒモスの姿を見ても、社が動じる事は無い。社には最愛のパートナーがいるからだ。自らの愛刀を構えながら、社は高らかに自らのフィアンセを呼び出す。
「行くよ、■■ちゃんーーーッ!」
「エェ、モチロン!ーーーウフフ、アハハハハハ!サァ、アーソビーマショー!!」
決してありふれる事は無いであろう最恐のタッグが、ベヒモスに向かって突撃した。