ありふれない怨霊こそ世界最愛   作:白紙

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今回は多少残酷な描写があります。


19.悪意の代償

 2度に渡る火球により、奈落へと吸い込まれる様に消えゆくハジメ。絶体絶命の友人に対して、指を加えたまま何もしないでいる、という選択肢は社には有り得ない。家族や友人達を含めた、自らの大切な人に降りかかる理不尽を打ち払う為ならば、若き『呪術師』は躊躇い無く力を振るう。

 

「戻れ■■ちゃん!ーーー『式神調 捌ノ番〝狗賓烏(ぐひんからす)〟』!!!」

 

 ■■を呼び出している間は 『式神調』を使う事は出来ない。よって■■を戻した後で、社は叫ぶ様に式神を呼び出す。〝狗賓烏〟の能力では自力で飛行する事は難しいが、高所からの滑空や減速なら問題無く(こな)せる。堕ちていくハジメに追いつけたのならば、クッション代わりになる事など造作も無いだろう。白い烏の式神が出るや否や、社は自らに風を纏わせるとすぐさま奈落の底へとダイブする。

 

「ダメダヨ、ヤシロ。アブナイヨ?」

 

「■■ちゃん!?」

 

 その寸前。呼び出していた〝狗賓烏〟が消え去り、突如現れた■■が丸太の様な腕で社を掴んで決死行を止める。呼び出しも無しに現れた相棒に驚く社だが、出て来た理由には心当たりがあった。

 

 ■■は基本的に社にだけは従順であり、不必要に力を振るう事は無い。ただし例外として、社に危機が迫っている場合には、その元凶を排除する為に自ら顕現する場合があった。今回は、社の無謀な行為が引き鉄になったのだろう。

 

「離してくれ、■■ちゃん!今此処で身体を張らなきゃ、俺はハジメに胸を張って友人だと言えなくなる!こういう時の為に俺はーーー」

 

「ワガママイッチャダメダヨ、『ネテテ』」

 

「ッ!・・ハジ・・メ・・・」

 

「モウ、ヤシロッタラ。ホントウニ、ワタシガイナイトダメナンダカラ」

 

 ■■の呪言により強制的に眠らされる社。意識が朦朧とする中で最後に見たのは、■■が自分を抱えて階段に向かう姿だった。

 

 

 

 

 

(今回の遠征は、大失敗だったな・・・)

 

 場所は【オルクス大迷宮】入り口前の大広場。生徒達を連れて何とか脱出を果たしたメルド団長は、忸怩たる思いで今回の訓練について考えていた。生徒達は皆疲労困憊であり、中には大の字になって倒れ込む者もいたが、一様に生き残った事を喜び合っていた。だが、一部の生徒ーーー未だ目を覚まさない香織を背負った雫や光輝、その様子を見る龍太郎、鈴、そして同じく目覚めぬ社を背負っている幸利や恵里等は暗い表情だ。

 

(坊主は自らの仕事を全うしたってのに、俺達騎士団がこの体たらく、か。どうしてこう、若いのが先に死んじまうのかね)

 

 受付へ報告に向かいながら、奈落に堕ちていったハジメの事を考えるメルド団長。ベヒモスと社の戦いが激しさを増す中、自ら志願してサポートを買って出たハジメに対して、当初メルド団長は難色を示した。

 

 しかし、出口の防衛に己の力は必要無い事、逆に橋の崩壊を少しでも遅らせる事が出来るのは錬成師たる自分しかいない等、冷静かつ論理的な説明を聞いた事で、無茶をしない事と危険を感じたら直ぐに逃げてくる事を条件にサポートを許したのだ。あの時の判断が間違っていたとは考えないが、それでもあの時許可を出さなければ、とは思わずにはいられない。

 

(社にも聞かなきゃならんことがある。切り札って言ってたが、ありゃ何なんだ。その辺の魔物なんぞ目じゃ無いーーー直感だが下手をすればベヒモスよりもヤバイと感じた。訓練の時からトンデモ無いとは思っちゃいたが、あんなモノが飛び出してくるとはな)

 

 次いで考えるのは社と、社が呼び出したであろう謎の存在について。ハジメが橋から()()()()()後、それを追う様に奈落に飛び込もうとした社はソレによって眠らされ、階段前まで担がれて来たのだ。警戒と共に生徒達を庇う様に前に出た騎士団だったが、謎の存在はそれを無視して幸利に社を差し出すと、煙の様に消えてしまった。よってじっくりと観察する暇も無かったのだが、ソイツが持つ余りの威容と迫力は忘れたくても忘れられないものだった。

 

(何方にせよ、今はゆっくりと休ませてやるべきだ。坊主に向けて放たれた魔法の件もあるが、それはまた後日だな)

 

 ハジメに向けて放たれた都合2回の火球。1度だけならまだ誤爆の可能性はあったが、2回、しかも同じ種類の魔法ともなると、同一人物による故意の可能性は非常に高くなるとメルド団長は考えていた。仮に犯人がいるとして、どんな事情があるのかすら分からないが、白黒ハッキリ付けねばならないだろう。受付で報告を終えたメルド団長は今後について考えを纏めながら、広場にいる生徒達と騎士団員達に指示を下そうとして。

 

 

 

 その瞬間、自らの死を錯覚する程の殺意が向けられた。

 

 

 

「ッ!?!?!?」

 

 驚愕と僅かな恐怖で真っ白になった頭脳とは正反対に、今まで培った経験と勘がメルド団長の肉体を淀み無く動かした。ハイリヒ王国騎士団長になるまでに磨き上げられた戦闘技能は、ベヒモスとの戦闘で消耗していた事実を感じさせずに剣を抜き放つと、殺気の主人に対して反射的に構えを取らせた。

 

「・・・社?」

 

 が、剣を向けた先にいたのは棒立ちの社だった。困惑の声を上げるメルド団長だったが、恐らく先程目が覚めたばかりで状況が飲み込めていないのだろうと判断。何にせよ、このままにする訳にはいかない為、一応構えを崩さないままに社と会話を試みる。

 

 が、突如何処からか出現した黒いナニカが、絡みつく様にメルド団長の身体を縛りつけた。

 

「なっ!?」

 

 再び驚きの声を上げるメルド団長。いきなり現れたソレの正体は、深淵を思わせる漆黒に染められた複数の人骨の腕だった。メルド自身の影から出てきた奇怪な腕に何とか抵抗しようとするものの、ぴったりと纏わり付くように固定された人骨はピクリとも動かない。唯一無事な首から上を動かして辺りを見ると、同様に抵抗しようとしていた騎士団員達も影から這い出た骨腕で身動きを封じられていた。

 

「っオイ、社!これはお前の仕業か!?何故こんな事をする!」

 

 このままでは埒が開かないと、社を問い質すメルド団長。しかしその声は全く届いていない様で、社はこちらを見向きもしないままにゆっくりと歩き始める。人骨によって身動きが封じられている騎士団員と、社から放たれる憎悪や殺意等が綯い交ぜになった悪意により声一つ上げられないクラスメイト達を他所に社は歩き続け、とある生徒の前で立ち止まった。そして、へたり込んでいた()()に対して、告げる。

 

「何故ハジメに火球を撃ち込んだ、檜山」

 

 その一言に、生徒達と騎士団員達の間に深い沈黙が降りた。社が振り撒いた恐怖によるものでは無く、言葉の意味が理解出来ない故の困惑から来る静けさ。誰一人として、社の発言の真意や意図を汲み取る事が出来ていなかった。

 

「・・・はぁ?何言ってんだ宮もーーーギャアァアアァァア!?」

 

 が、その静寂もすぐに破られた。否定の言葉が出るや否や、影から這い出た黒い骨腕が檜山の右足首を掴み、握り潰したのだ。余りの痛みに絶叫を上げる檜山だが、追加で出て来た骨腕が口を塞ぐ様に突っ込まれ、声を無理矢理に抑えた。突如として行われた凶行に、しかし誰も悲鳴一つ上げられない。社から放たれる殺意が目に見えて増したからだ。

 

「俺の持つ技能〝悪意感知〟は、基本的に俺に向けられる悪意のみを感知するもので、他の人間に向けられる悪意を感知する事は出来ない」

 

 痛みと恐怖で涙を流す檜山。何とか逃げ出そうと藻搔くものの、影から這い出た骨腕が檜山を掴んで離さない。そんな足掻きを知ってか知らずか、再び訪れた沈黙を破る様に唐突に社が口を開いた。いきなりの説明に、恐怖で思考停止していた生徒達と騎士団員は面食らう。

 

「でも、何事にも例外があってな。「ソイツを殺したい!」って思わず行動に移すくらいに強い悪意なら、他人に向けられたものでも感じ取れるんだよ。もう、ここまで言えば分かるだろ?ハジメに向けられた2発の火球には、お前の悪意が込められていたんだよ、檜山」

 

 社が語った内容に、メルド団長等の犯人の存在を確信していた一部を除いた全員が唖然とした。誰も彼もが、その事実を信じられていない。ハジメが人畜無害のお人好しである事はクラスメイト達にとっては周知の事実であり、とても恨まれる様な人間で無い事もまた知られている。今回に至っては自分達を守る為に身体を張った、まさしく功労者と言っても過言では無い人物。そんな相手を、ワザと奈落に突き落とす様な真似をする人間がいる事が信じられないのだろう。

 

「し、知らない!俺は何も悪くーーーァアァアァァァア!!!」

 

「分かってないな、檜山。俺が聞いてるのは、やったやらないの話じゃあ無いんだよ。何故やったのか、だ。俺が知りたいのはそれだけなんだよ。ーーーそれとも、手足の1、2本引き千切らなきゃ分からないか?」

 

 問いの答えを聞く為か、社の指示も無しに一人でに骨腕が檜山の口から離れた。が、ここに来て尚知らないと言い張った檜山の、今度は左足首が砕かれる。ゴリッ、という固い物が無理やり磨り潰される様な音から一拍して、先程以上の絶叫が響き渡る。だが、再び骨碗が口を塞ぐ事で檜山の叫び声を抑え、それを見た社は顔色一つ変えずに諭すように問い掛ける。無機質かつ平坦、(およ)そ感情の乗っていない声と口調ではあるが、社の表情はまさしく幽鬼染みたものであった。

 

「アイツがーーー南雲の野郎が悪いんだ!アイツが、アイツが俺の白崎に、香織に色目を使うから!だから、自分の立場を分らせてやっただけだ!」

 

 そして、今にも呪い殺されそうな程の殺気と本気の脅迫に、ついに檜山が折れた。

 

 

 

(何であんな少しばかり成績が良いだけのキモオタが、宮守にくっ付いて周るだけの金魚の糞が、白崎に構われてるんだよ・・・!)

 

 元の世界に居た時から檜山は気に食わなかった。ハジメが香織に目をかけられていた事も、クラスメイトがそれを咎めなかった事も。何故自分より下の奴が好かれているのか、何故周囲の人間はそんなヤツらを生暖かい目で見ているのか。檜山には到底理解出来なかったし、する気も無かった。

 

 だから、己の正しさを認めさせる為に、教室では大声で()()してやっていた。それなのにハジメは聞く耳持たないどころか、社の背中に隠れて檜山達を鼻で笑う始末。何一つとして許せる事等無かった。

 

 故に、此方の世界で自分が力を手に入れて、ハジメが無能であった事は檜山にとっては当然の事だった。ざまあみろ、と心中で嘲笑う檜山だったが、しかし気分が晴れる事は無かった。

 

 せっかく自分達が善意で稽古(と本人達が思っているだけのリンチ)を付けてやろうとしても、必ずと言っていい程にハジメは誰かと行動を共にしていた。挙げ句の果てには最弱の癖に自主練すらせず図書館に篭る始末。

 

 そして、トドメとなったのがホルアドの町で宿泊していた時の事。ネグリジェ姿の香織がハジメの部屋に入って行った時、檜山の不満は最高潮に達した。

 

 その場で行動に移さなかったのは、人目を気にしたからだ。自分が正しい事をしている自覚はあるが、この場で騒ぎを起こせば誰に何を言われるか分からない。期を待つ事にした檜山だが、その時は予想以上に早く訪れた。

 

 自らのミスが招いた、全員を死地へと誘うトラップ。それを乗り越える為にベヒモスを足止めする魔法の準備をしている最中、ハジメを見つめる香織が視界に入った瞬間、檜山の中の悪魔が囁いたのだ。今ならば気付かれない、と。

 

 そして、檜山は躊躇無く悪魔に魂を売り渡した。バレないように絶妙なタイミングを狙って誘導性を持たせた火球をハジメに着弾させたのだ。しぶとい事に、1発では仕止めきれず2発打つ事になったが、流星の如く魔法が乱れ飛ぶあの状況では、誰が放った魔法か特定は難しいだろう。まして、檜山の適性属性は風だ。証拠も無いし分かる筈が無い。

 

 そうして檜山は自分が正しいと思う事を成したつもりだった。こうして皆の前で自らの行いがバレるまでは。

 

 

 

「ア、アイツが悪いんだ!雑魚のくせに、少しばかり活躍したからって、ちょ、調子に乗るから!俺は間違って無い、白崎のためだ!あんな雑魚に、もう関わらなくて良い様にな!俺は間違って無い!」

 

 喚く様に自身の正しさを力説する檜山。その顔には社への恐怖はあっても、反省や後悔等ありはしない。何故ならば事実がどうであれ、檜山の主観(を通り越して妄想・妄言と言って良いだろう)では真実ハジメは悪だから。香織の恋心が誰に向かっているかも、自分達の忠告が唯の嫌がらせであり独りよがりであった事も、それが周りにどう映っていたのかも理解せず、する気も無いのだ。自分がした事を隠そうとしている時点で、悪い事をしていますと言っている様なものなのだが、その矛盾にすら気付かないし、気付けない。

 

 檜山の話を聞き、呆然とする面々。ある者は檜山の狂気に顔を真っ青にし、またある者は怒りで拳を握り締めている。今、香織が気絶したままだったのは、この場にいる誰にとっても幸運だっただろう。もし話を聞いていたのなら、檜山を殺すか自死するか、或いは両方の手段を取っていただろうから。

 

「もう、良い」

 

「ヒ、ヒヒヒ、俺は悪くない、悪くーーーアァァァアァアアア!?!?」

 

 ブツブツと壊れた呟く檜山の両手首を、新たに影から湧き出た骨碗が握り潰した。三度叫びを上げる檜山だったが、今度は顔全体を覆う様に無数の骨の手が張り付いた。

 

「本当ならお前を散々に痛ぶってから殺してやりたいんだが、生憎と時間が惜しい。ーーーだから、取り敢えずお前にもハジメと同じ目にあってもらおうか」

 

「ヒッ、や、やめ、やめてくーーーギャアァアァアァァァアアアアァァァアアア!!!?!?!!

 

 社の宣言にただならぬ物を感じたのか、顔色を変えて許しを乞う檜山。だが、それを言い終わるよりも早く、檜山の全身を覆う様に抑えていた骨腕が燃え始めた。炎色反応により生まれる色とはまた異なる蒼白い炎は、黒色の骨を燃やさずに檜山だけを焼いている。生きたまま焼かれ、血を吐かんばかりに叫ぶ檜山とは対照的に、壮絶な光景を生み出した張本人である社は無表情のままだ。

 

 やがて一人でに炎が消えると、そこには全身焼け爛れた檜山が横たわっていた。不思議な事に服は全く燃えておらず、しかし肉体には余すところなく火傷を負っている。特に酷いのは頭であり、髪は燃え尽き、顔には元の面影等残っていなかった。余りの惨さに口を押さえて蹲る生徒もいる中、驚くべきはここまで焼けて尚、檜山が息をしていた事だろう。

 

「さて。聞こえているかは分らないが、俺は今からハジメを迎えに行く。正直望みは薄いかもしれないが、それでも諦めるわけにはいかないからな。ーーーもし、ハジメが遺体で見つかったのなら、今度こそお前を殺してやる。自分の焼け爛れた顔を見る度、火傷の痛みを感じる度にその事を思い出せ」

 

 事実上の死刑宣告にも等しい言葉を残し、踵を返す社。ケジメをつけた為か一応は落ち着きを取り戻した様で、先程までの憎悪と殺気は嘘の様に鳴りを潜め、それに連鎖するかの様に黒い人骨は消え去った。悪意の重圧から解放された生徒達が安堵の息を吐く中、社はメルド団長に話を切り出す。

 

「単刀直入に聞きます。ハジメのために捜索隊は出ますか?」

 

 同一人物とは思えぬ程の豹変ぶりに騎士団員達が戸惑う中、それを気にせずメルド団長に核心を突いた質問をする社。その問いの意味を正確に理解したメルド団長は一瞬目を見開くと、すぐに瞑目した。数秒後に帰って来たのは「上申はするが、十中八九出ない」という答えだった。

 

「そうですか、ではこれで」

 

「待て、社!何処に行くつもりだ?」

 

 元々期待していなかったのだろう、社は絞り出す様に返された答えにも顔色一つ変えず、淡々とした様子で広場を離れて行く。〝影鰐(かげわに)〟を呼び出して自らの影から刀を取り出し、迷いの無い足取りで向かう先は迷宮の入り口。それを見て何をするのかを薄々察しながらも声を掛けるメルド団長。

 

「何って、そりゃ迷宮にハジメを助けに行くだけですが。あぁ、力尽くで止めるなんて考えはしないでくださいね?もし邪魔をするならーーー■■ちゃん」

 

「ナァニ、ヤシロ?」

 

 メルド団長達に釘を差すため、社は少しだけ■■を顕現させる。現れたのは完全顕現時の姿に墨を塗りたくって黒一色にした様な、影絵を思わせる姿だった。サイズも2回りほど縮んでおり、若干社よりは小さいか、と言ったところ。しかし、纏う雰囲気や『呪力』に(かげ)りは見られない。凡ゆる悪意を無理矢理人型に押し込んだ様な悍しい姿の怨霊を目にして、固まった様に動けなくなるメルド団長達。だが、社はその反応に見向きもせず「何、ちょっと呼んだだけさ」と、怪物に話しかける。労わる様に気安く話す社を見て、今度は別の意味で驚愕する面々。

 

「今この場で俺と■■ちゃんが全力で暴れますので。メルド団長としてはそれは困りますよね?でしたら、ここは大人しく引いて下さいな。俺の事は適当に死んだ事にしてくれて良いので。・・・それでは」

 

 言いたい事は全て言った、とでも言う様に社はメルド団長達に背を向けて再び歩き始める。何とか説得しようとする騎士団員達だが、社に寄り添う様に憑いている化け物のせいで下手な事が出来ない。その場にいた誰もがそのまま社を見送るしかなかった。

 

 

 

「ちょっと待ってくれないかな、社君?」

 

 

 

 ーーー唯1人を除けば、だが。

 

「・・・恵里」

 

「あーっと、勘違いしないでほしいんだけど、僕は止める気は無いよ?」

 

「何?」

 

 社が何か言おうと口を開くよりも早く、恵里は自分の考えを伝える。出鼻を挫かれた社は訝しげに恵里の方を見て、無言で話の続きを促す。

 

「フフフ、社君がこういう時頑固なのは分かっているつもりだよ。こう見えても長い付き合いだしね。だから、僕からの提案は1つだけ。ーーー僕も一緒に連れてってよ」

 

 恵里の口から予想外の発言が飛び出す。それを聞き、一部の生徒達から息を呑む声が聞こえる中、眉を潜めて恵里を見つめる社。その眼差しから目を逸らさずに、恵里は自分の発言の意図を説明する。

 

「前までなら、僕は唯の足手まといだったから社君の仕事を何も手伝う事は出来なかったけど、今は違う。魔法も多少は使える様になったし、皆には隠していたんだけど、実は降霊術の方も形になる程度には使える様になってるんだよね」

 

 そう言いながら恵里は魔法を発動させる。恵里の持つ杖から青白い光が灯ると、周囲を囲む様に半透明の魔物が姿を現した。陽炎の様に揺らめく姿は所謂オーソドックスな幽霊を連想させる物であり、恵里の言葉が嘘でない事を証明していた。

 

「今なら多少は力になれると思うんだ。無論、これで満足するつもりはないよ?もっともっと強くなれる様に頑張るし、何なら社君の言う事には全部従うから。社君からのお願いなら僕はーーー私は何だって聞いてあげる。だから、どうかな?私も連れてってくれないかな?」

 

 呼び出した霊達を消しながら、恵里は社に問い掛ける。軽い口調とは裏腹に、かなり重い内容の発言。自らの全てを差し出すとでも言わんばかりの、最早懇願にも近い提案を聞き、瞑目しながら考える社。いっそ永遠に近い時間が流れるのでは、と錯覚しそうな程に静寂が満ちている中、1分程で社が目を開く。

 

「ーーーーーー済まん、恵里」

 

「あ・・・」

 

 社の謝罪と同時に、一瞬だけ現れた■■が『呪言』を飛ばす。「ネムレ」と言う言葉通りに気を失い、ゆっくりと崩れ落ちる恵里を支える様に抱きとめた社。■■を戻した後数秒間恵里の顔を見つめた社は、壊れ物を扱う様に丁寧に抱き抱えると、広場にいた鈴達の方に向かう。

 

「これは俺の我がままだから、恵里は巻き込め無い。俺の言える事じゃないけど、恵里を頼んだ、谷口さん」

 

「宮守君・・・。わかったよ、恵里の親友である鈴に任せといて!」

 

「社、私は「雫は白崎さんのこと見てろ。親友なんだろ?」その言い方はずるいわ・・・」

 

 鈴に恵里を託し、一緒にいた雫にも有無を言わせず後を任せると、社は再び迷宮の入り口に向かおうとする。奈落に落とされた親友(ハジメ)をたった1人で救おうとするその背中に、もう1人の親友から声が届く。

 

「社ォ!テメェこんだけ自分勝手しやがるんだから、絶対に帰って来いよ!途中で死んだりなんかしたら一生呪ってやるからなこのバカチンがぁ!」

 

「アッハッハ、このツンデレめ。ーーー任せろ」

 

 親友からの不器用な激励を受け、振り返らずに手を挙げて答えた社は、今度こそ自分の歩みを止めるものは無いと走り出す。背後から聞こえる自らを引き止める声を無視して、迷宮入り口の受付も飛び越えて。大切な友人を連れ戻すために、再び社は迷宮に突入した。

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