ありふれない怨霊こそ世界最愛   作:白紙

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お待たせしました。今回は独自解釈が多数あります。


20.順転と反転

 オルクス迷宮前の広場から再び迷宮内部に突入した社。勇者に勝るとも劣らない敏捷値による全力疾走は、背後からの呼び声を簡単に振り切り、他者の半端な追随を許さない。瞬く間に地下1階へと降りる階段の前に到着した社は、背後から追手の気配が無いことを確認すると、自らの術式を発動した。

 

「ーーー『式神調 ()ノ番〝 (さと)(ふくろう)〟』」

 

 社の呼び声と共に発生した光の粒子が式神の姿を作り出す。出現したのは、30cm程のアフリカオオコノハズク。梟の一種を型取ったその姿は、他の式神と同様に染み一つ無い真っ白な羽毛に覆われており、アクセントのように眼を模した空色の紋様が羽や腹を彩っていた。顔にある紋様は式神の眼を囲む様な形で描かれているせいで眼鏡をしている様にも見える。

 

「さぁ、頼むぞ悟り梟。()()()()()()()()()()()()()。気合い入れろよ」

 

 自らの肩に止まって此方を不思議そうに眺めている悟り梟に、喝を入れる様に語りかける社。その声に込められた焦燥を感じ取ったのか、はたまた最初から今の状況を理解していたのか。返事をする様に式神が一声鳴くと、描かれていた紋様が淡く輝き、次いで社の視界が変質する。すると、朧げにしか見えなかった階下がより鮮明に見える様になり、視野角に至っては人間が持つソレを遥かに超え300度近くにまで大きく広がっていた。

 

(よし、俺達が通った痕跡が見える。これを辿って行けば罠を踏む心配もないだろ。・・・さっき広場で影鰐呼び出した時にフェアスコープくすねなくても良かったな)

 

 先程、迷宮前の広場で影鰐を呼び出した際に、社は騎士団員の荷物からフェアスコープやら魔力の回復薬やらをちゃっかりパクっていた。それらの戦利品を確認しながら階下を眺める社。悟り梟の能力で強化された社の視界には、大勢の足跡や魔物との戦闘で出来た傷等、騎士団とクラスメイト達が残した痕跡が確かに映り込んでいた。

 

「さて、痕跡が消える前にちゃっちゃと向かいますか」

 

 一人呟く様に溢した社は、式神を伴って再び走り出す。トラップを気にする必要が無くなった以上、慎重に進む必要は無い。肩に式神を止めながら、社は再び走り出した。

 

 

 

 

 

 その後、特に問題が起こる訳でも無く、社は20階層にある件のトラップの前に到着していた。此処に来るまでに魔物に襲われたりもしたが、鎧袖一触と言わんばかりに全て社に蹴散らされている。ベヒモスへの直行便である大きなグランツ鉱石の前で息を整えながら、社は徐に自分のステータスプレートを見る。

 

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宮守社 17歳 男 レベル:10

天職:呪術師

筋力:400

体力:400

耐性:500

敏捷:450

魔力:100

魔耐:300

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 トラップにより転移された先でのベヒモスとの戦いは、元の世界で呪霊や妖を祓ってきた社をして激戦と呼べる物だった。それを表すかの様に、今まで1度たりとも上がることの無かったレベルとステータスは一気に上昇している。だが、刻まれていた数値を無視して、社の目は滑る様に隅々までプレートを眺める。そして、ある一箇所で社の目が止まった。

 

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技能:宿聖樹[+被憑依適性][+■■■■憑依]・呪力生成[+呪力操作][+呪力反転]・呪術適性[+■■■■■][+■■■■][+式神調]・全属性耐性・物理耐性・剣術・剛力・縮地・先読み・悪意感知・言語理解

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(今の今まで順転の『術式』が使えなかったのは、ある意味で俺が幸福である事の証明だったのかもな)

 

 首の後ろに手を当てながら、安堵と後悔が混じった様な複雑な顔で思案する社。『呪術師』にとって、『生得術式(しょうとくじゅつしき)』とは文字通り己の肉体に先天的に刻まれる才能である。通常であれば4〜6歳程で自らの『術式』を自覚し始め、感覚的に使い方を把握する事が出来る様になる。しかし逆を言えば、自らの感覚に寄ってしか理解出来ないため、そこからは手探りで何が出来て何が出来ないのかを探っていく他ないのだ。最も、古くから伝わる相伝の『術式』であれば、先代達の残した記録を頼れる場合も有るが。

 

 翻って社の場合はどうか。社の肉体に現在刻まれている『術式』は、元から社に宿っていたものでは無い。社が8歳の時に怨霊と成った■■が取り憑き、そこから暫くして悪意を感知する能力と共に発現したものである。発現の仕方やタイミングに多少の想定外こそあったものの、刻まれた『術式』には強いデメリットや負荷等は存在せず、厳しい発動条件こそあれど、汎用性も高い強力と言って良い力であった。ーーー唯一つ、順転の『術式』が発動出来なかった事を除けば、だが。

 

「さて、行くかね」

 

 ステータスプレートを仕舞いながら、思考を打ち切った社は自らトラップを踏みに行く。社がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心として魔法陣が広がる。部屋全体に広がった魔法陣は輝きを増していき、部屋の中に光を満たすと再び社を罠へと誘った。

 

 

 

(流石に別の場所にランダムで転移する、なんて事は無いか)

 

 転移した後社が周りを見渡すと、其処は最初に飛ばされたのと同じ橋の上だった。違いがあるとすれば、先程のベヒモスによる急降下攻撃によって橋の一部が傷付いたままである事だろうか。

 

 そして、本来であれば欲望に駆られ罠に掛かった愚か者を抹殺すべく、今再び魔物達が召喚される。橋の両サイドに、社を挟み込む様に現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣からは無傷のベヒモスが。階段側の魔法陣からは夥しい程の〝トラウムソルジャー〟が溢れるように出現した。

 

 先刻の焼き増しの様に状況が進んでいく中、社は自らの日本刀を抜き放ちながらもその場を全く動こうとしない。そんな様子を疑問に思う事も無く、単純に距離が近かったトラウムソルジャー達が罠に掛かった哀れな愚者を切り刻まんと殺到する。しかし、そんな骸骨騎士達の事を一瞥すらせず、社はベヒモスから目を離さずに微動だにしない。そして、遂にトラウムソルジャー達の剣先が社の身体を切り裂こうとして。

 

 

 突如、社の背後から現れた巨大な黒い人骨の腕が、トラウムソルジャー達を薙ぎ払った。

 

 

 突然現れた暴威に、骸骨騎士達は何一つ抵抗出来ない。ある者は橋から叩き落とされ、またある者は衝撃で粉々にされ、黒い人骨が纏う蒼白い炎に焼き尽くされていく。片っ端から処理されて行く同族達を見て、しかし攻め手を緩める事はしないトラウムソルジャー達。ここまで力の差があれば逃げるなり恐怖するなり反応がありそうなものだが、そんな様子は見られない。アンデットとしての特性か、はたまたトラウムソルジャー達が特殊なのか。骸骨騎士達は死に対する恐怖が欠落している様だった。

 

「良い加減ウザいな」

 

 此処で漸く、社がトラウムソルジャー達の方を見る。心底呆れる様な呟きの後、社の影から別の黒い骨腕が顕現する。出てきた骨腕は魔物達に向かわずに橋に手を叩きつけると、次の瞬間蒼白い炎が噴き出した。獣が地の底を這うような動きで橋の上を駆ける炎は、社とトラウムソルジャー達とを分断する様な形で燃え上がり壁を作る。何体かの骸骨騎士達が無謀にも炎の壁を突破しようとするも、触れる先から燃え出して誰1人越えられるものは現れない。

 

 その結果を見た社は、再びベヒモスの方に目線を向ける。肝心のベヒモスはと言うと、どうやら社をーーー正確には社が呼び出した黒い骨腕を警戒しているようで、低く唸りながら何時でも突撃できる姿勢でいた。

 

「へぇ、畜生風情でもコレがお前に対する悪意から生まれたって分かるんだな?」

 

 そんなベヒモスの臨戦態勢を見て、せせら嗤いながら呟く社。普段身内や友人、或いは全く関係無い他人にすら見せる事の無い、嘲りに満ちた表情と声色。その姿は、(のろい)を持って(のろい)を制すと言う言葉通りの、一人前の『呪術師』として相応しい在り方だった。

 

「・・・本当なら、お前を無視して橋から飛び降りるのが最善なんだけどな。俺の順転術式のデメリットがどういったモノなのか、或いは周りを巻き込んでしまう可能性があるかもハッキリしない以上、お前に実験台(モルモット)になって貰う」

 

 刀を逆手に構えながら、『呪力』を精製する社。自らの内に渦巻く強烈な悪意を、否定せず拒絶せず、余す事なく『呪力』へと変換していく。そうして生み出された『呪力』は、先程のベヒモスとの撤退戦とは比べ物にならない程に練り上げられたものだった。

 

 『呪力』とは負の感情を変換して得られるエネルギーである。故に、憎悪や憤怒等の激情に駆られれば、当然『呪力』も湯水の様に湧き出すのだ。それは、大切な友人の危機を齎らした怨敵を前に、怒り心頭な社も例外では無い。が、しかしそれだけが理由でも無い。社の『呪力』がより洗練されたものになった一番の理由は、社が自らに宿る『術式』を正しく理解した上で、他者に悪意を向ける事を肯定した事にある。

 

 社は基本的に他者に悪意を向けない。それは社本人が「無駄に他人に意識を割く位なら身内を優先する」と考えている事もあるが、それ以上に「悪意を向ける事で■■が相手を呪ってしまう」事態を避ける為である。その甲斐あってか、現在に至るまで■■が無差別に誰かを呪う事は無かったが、それは同時に社が順転の『術式』を発動出来ない事を意味していた。

 

 通常、『呪術』とは『生得術式』に『呪力』を通す事で発動する異能の事を指す。自らに刻まれた法則に則り明確な形で発動する異能は、『呪力』の種類、即ち(マイナス)(プラス)のどちらを通すかによって効果が変わる。この時、通常の(マイナス)の『呪力』で発動する『術式』を〝順転(じゅんてん)〟の術式、『呪力反転』で生み出した(プラス)の『呪力』で発動する『術式』を〝反転〟の術式と呼ぶ。そうして発動する順転と反転の『術式』は、基本的に『術式』の根本を覆す物にはならない。が、元となるエネルギーが正反対の為に、効果が対になる様な、若しくは真逆の性質を持つ能力になるのだ。

 

「ーーー『術式』解放。『呪想調伏術(じゅそうちょうぶくじゅつ)』」

 

 社の『生得術式』ーーー今の今まで反転の術式しか発動出来ないというイレギュラーのせいで知り得なかった事であったがーーー正式名称『呪想調伏術』の根本は〝『呪力』と特定の感情を材料に式神を創り出す〟事。反転の術式である『式神調』は、社と特定の相手が〝()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()〟術式。そして、順転の術式は社が敵に向けた〝()()()()()()()()()()()()()()〟術式である。

 

(・・・何だかんだ理屈をつけたが、俺が此奴を痛めつけて苦しめて殺したいだけか。自分がここまで激情家だとは思わなかった)

 

 そして今、社は初めて順転の発動条件を満たした。生涯初とも言える激情と悪意でもって、自らと自らの周囲に仇成す害悪を呪い祟り殺す為、社は正しく『呪術師』としての力を開花しようとしていた。

 

「ーーー術式、順転」

 

 そして、ついに『術式』が発動する。詠唱と共に大きく広がった自らの影に向けて、社は手にしていた刀を突き刺す。すると、影ごと社を包み込む様に蒼白い炎が立ち昇った。先程放ったモノとは規模も熱量も段違いの焔は、炎の壁越しにトラウムソルジャー達を焼き尽くし、熱を使う筈のベヒモスすら怯ませるものの、如何言う訳か橋には欠片も延焼する様子は無い。そして、蒼い焔の中から巨大な漆黒の骸骨が、這い上がる様に顕現した。

 

「『怨嗟招来(えんさしょうらい)』ーーー焦熱(しょうねつ)阿防(あぼう)羅刹(らせつ)馬鬼(ばき)!!」

 

 最初に出て来たのは、人間で言う頭蓋骨の部分。平均的な頭蓋骨よりも3回り以上は大きい頭には2対の角が側頭部から生えており、眼窩や口から蒼白い炎が漏れ出している。続いて現れた上半身も、通常のサイズとはかけ離れたサイズであったが、それ以上に目を引くのが3対6本ある腕だろう。そして肋骨の内部、丁度人間で言う心臓部に、一際輝く蒼い焔の塊が輝いていた。最後に現れた下半身だが、そこはそもそも人の形を成していなかった。腰から下、本来であれば足が続く部分に、さながらケンタウロスの如く、首の無い馬の骨格が繋がっていたのだ。

 

 完全に顕現した式神が前足を掲げる様に挙げながら、歓喜の産声を上げる。その声に込められているのは、漸く誕生出来た事に対する感謝か、或いは自らに相応しい生贄を殺す事が出来るという暗い喜びによるものか。

 

「さぁ、リベンジマッチだ。出来る限り苦しませてから死なせてやるよ!!!」

 

 刀を影から抜きつつ放った社の声に、喜びの雄叫びを上げる式神。半人半馬の鬼神は目の前の獲物を縊り殺さんと、歓喜の叫びと共にベヒモスに吶喊した。

 

 

 

 自らに突進して来る敵に対し、ベヒモスが取った行動は全力での迎撃だった。眼前にいるのは、間違い無く自分の生命を脅かす事が出来る存在である。魔物としての本能が告げたその事実を疑う事無く、ベヒモスは頭部を赤熱させると同時、猛烈な勢いで黒き骸骨に突進する。その様子を見た式神も、怯むどころか寧ろ望むところだと言わんばかりに更に加速。そして遂に、橋の中央付近で両者が衝突する。

 

 グルァァァァァアアアアア!!

 

 オオオォォォォオオオオオ!!

 

 衝突時に起こる轟音と衝撃波をかき消す様に、ベヒモスと鬼神の咆哮が響き渡る。あまりの高熱に真っ赤を通り越して半ば白みを帯び始めたベヒモスの頭部を、式神は暗い蒼色の焔を纏った4本の腕で受け止めていた。

 

 ベヒモスの突進を抑えながら、残る2本の腕を大きく振りかぶり殴り掛かろうとする式神。しかしベヒモスも同じ事を考えていたのか、前脚を器用に片方だけ構えると、鬼神目掛けて殴り掛かろうとしていた。

 

 直後、再び轟音が響く。ベヒモスと鬼神、お互いがお互いの拳目掛けて全力で殴り合ったのだ。ベヒモスの大樹を思わせる剛腕と、鬼神の焔を纏った2本の豪腕。ぶつかり合った両者の腕には、しかし傷一つ付く事は無い。膂力自体は互角なのだろう。両者一歩も引かぬまま、鍔迫り合いの如く拳同士を押し合っていた。

 

 ピシリ、と式神とベヒモスの足元からヒビの入る様な音が聞こえる。2体の踏ん張る力に橋が耐えられず、放射状にひび割れる様に橋に小さくない亀裂が入ったのだ。このままであれば、先程と同じく橋が崩れ落ちるのも時間の問題だろう。しかし、橋の崩落なぞ知った事かと言わんばかりに2体は変わらず押し合いを続けていた。

 

「俺は眼中に無しか?結構、結構。ーーー目ぇ覚める位キツイのくれてやるよ」

 

 そして、その均衡を崩すべく『呪術師』が動く。式神を遮蔽(しゃへい)にして、ベヒモスの死角から潜り込む様に移動する社は、右腕に纏った蒼白い焔を握り込む様に拳を作ると、ベヒモスの頭部側面に回り込んで構えを取る。そこで漸く社に気付くベヒモスだが、もう遅い。

 

「オーーーラァァ!!!」

 

 腰を落とし半身を向けながら、ベヒモスとは反対方向に右手を引き絞る様に引く、正拳突きの変型の様な構え。そこから1秒にも満たないタメの後、ベヒモスの顎をカチ上げるアッパーカットが突き刺さった。

 

 ドゴムッ!!

 

 グギャアァア!?!?

 

 激情により過去最高に漲る『呪力』を、全身に隈無く廻らせて限界まで肉体を強化。そうして放たれた拳もまた、類を見ない程に強烈な一撃として機能した。無防備な顔面を殴られたベヒモスは、確かな痛みと共に一瞬だけ意識を飛ばされる。

 

 その隙を、鬼神は見逃しはしない。主人(やしろ)の活躍により力が緩んだ瞬間、式神は打ち上げられたベヒモスの頭に、組んだ両手を叩きつける様に振り下ろした。俗にダブルスレッジハンマーと呼ばれる技により、今度は橋に顔面を叩き付けられるベヒモス。

 

 上下に振り回される様に打ちのめされたベヒモスだが、未だ致命傷には程遠い。忌々しい敵に報復せんと体を起こそうとするが、社はそれを許さない。自らの持ち手ごと蒼く燃え上がる刀で、ベヒモスの右手を地面に縫い付ける様に突き刺したのだ。

 

「これで、終わりだ」

 

 突き刺さった傷口から、刀を伝って蒼白い焔が噴き出す。右脚を貫かれ焼かれる痛みにベヒモスが悶え、社を排除する為に動こうとするが、それは叶わなかった。

 

 ズガンッッッ!!!

 

 三度、轟音が響く。社が刀を突き刺す前から動いていた式神は、自らの前脚を高く大きく掲げる様に上げていた。そして、社の刀から蒼白い焔が吹き出した瞬間に、全体重をかけてベヒモスの頭に脚を振り下ろしたのだ。ベヒモスに勝るとも劣らない膂力と体重の持ち主からの全力の踏み付け。半端な合金程度なら容易く砕くその一撃は、橋を大きく震わせ、大きな亀裂を作り出し、ベヒモスの頭を半ばまで埋め込んでいた。 

 

 角が折れ、頭も1/3が潰されたベヒモス。この状態でも尚、息があるのは驚くべき事だろう。しかし、その強靭な生命力も今となっては苦痛が長引くだけで、ベヒモスには不利益しか(もたら)さない。まだ死んでいないだけのベヒモスに向けて、式神が攻撃を再開した。

 

 そこからは一方的であった。抵抗どころか身動き1つ取れないまま倒れ伏すベヒモスに対して、鬼神は躊躇無く殴り掛かる。頭を、腕を、肩を、背を、殴り、燃やし、貫き、踏み付け、打ち据える。鬼神の暴れ方は、社の憎悪がそのまま乗り移ったが如く、一切の情け容赦が無かった。当初はベヒモスも何とかしようと足掻いていたものの次第に動く事すら出来なくなり、叫び声も弱弱しく、打撃音に掻き消される程までに小さくなっていった。

 

 オォォォオオォォオオオオオ!!!

 

 一方的な蹂躙から暫くして、怨敵を散々痛ぶって満足したのか鬼神が勝利の雄叫びを上げる。と、同時にその体が透けていき、陽炎の如く消え去ってしまった。後に残ったのは、頭が潰れ上半身が血だるま且つ襤褸雑巾のベヒモスと、戦いの余波でヒビ割れた橋。そして、酷く消耗している社だけだった。

 

(糞キッツいな・・・。まさかここまで『呪力』を喰うとか予想出来なかった。ベヒモスを倒せたのは良いが、燃費悪過ぎて笑えて来る)

 

 ハァー、ハァーと荒く息を吐きながら、周囲を確認する社。ベヒモスはどうやら完全に事切れているらしく、ピクリとも動かない。また、トラウムソルジャーを呼び出す魔法陣もいつの間にか発生していなかった。一定の数を倒したからか、時間制限か、或いはベヒモスを倒したからか。何れにせよ、一息付けるのは間違いなさそうだ。

 

「ーーー『式神調 (じゅう)ノ番 〝反魂蝶(はんこんちょう)〟』」

 

 倒れる様に座り込みながら、社は反転術式を発動する。出て来るのは、両手の平程の鳳蝶(あげはちょう)。人間1人の顔を覆える程の式神の両翅(りょうはね)は、例によって白地に空色の紋様が描かれている。

 

「善き者には祝福を、悪しき者には(あがな)いを」

 

 社が詠唱すると、肩に止まっていた式神が淡く輝く。するとその周囲から、反魂蝶と同じ色合いで2回りほど小さい鳳蝶が大量に湧き出した。数十匹は下らない鳳蝶の群れは、現れたと同時にベヒモスに集まっていき、遂には死骸を覆い尽くす程になった。白と空色が混じり合いながら淡く光る光景は、見るものに幻想的な美しさすら感じさせるだろう。

 

 が、しかしここで異変が起きる。集まった鳳蝶達がベヒモスの死骸から何かを吸い始めたのだ。それと共に鳳蝶達の輝きは徐々に増していくが、反対にベヒモスの死骸からは体温や生気等の、命の残り香とも言うべきものが急速に失われていく。やがて鳳蝶達がベヒモスの死骸から離れると、そこに残ったのはベヒモスだったものの搾りかすーーー木乃伊(みいら)とでも言うべきモノであった。

 

 ベヒモスを吸い殻にした鳳蝶達は、今度は社に向かって羽ばたくが、当の本人はそれを全く気にした様子は無い。そして遂に社の周りに鳳蝶達が纏わり付くが、ベヒモスの時とは異なり、鳳蝶達の光が社に集まり始めたのだ。先程までは顔色も悪く息も絶え絶えだった社だが、その光を浴びると顔に血色が戻り呼吸も安定していく。

 

 鳳蝶達は光を放ち終えると、1匹また1匹と役目を終える様に消えていく。そして最後の1匹が消え去る頃には、社の体調はベヒモス戦前と変わらぬ程に回復していた。

 

「予定よりも時間食っちまったが・・・。頼むから生きててくれよ、ハジメ」

 

 そう呟きながら、社は反魂蝶を戻して狗賓烏を呼び出す。橋の縁から深い深い奈落の底を眺めながら、社は風を纏うと躊躇無く暗闇へのダイブを決行した。

 

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