ありふれない怨霊こそ世界最愛 作:白紙
「さながらパンドラの箱だな。・・・さて、どんな希望が入っているんだろうな?」
「パンドラの箱だと中身の99%は災厄なんで、別の例えを所望しまーす。ダグザの大釜とか、無尽俵*1とか」
「どっちも箱じゃ無ぇな。ってか、それは今お前が欲しいもんだろ、俺もだけど」
凶悪な魔物
「あ〜、それにしてもあのトレンドモドキの果肉が恋しいぜ」
「話に出すと俺まで食べたくなるから止めてくれよ」
「食い物の話を先に振ったの社じゃねぇか!」
先程から中身の無い話をツラツラと続けているハジメと社。そこだけを見るのであれば、その様子は2人が元々居た世界に於ける、一般的な学生達の会話風景と同一と言って良いだろう。たが、彼らの手にしている武器の存在感が、そんな普遍的な日常とはかけ離れている事を静かに物語っていた。
「クソがっ、地上に戻ったら美味い飯を死ぬ程食ってやる・・・!」
「普通なら死亡フラグって言うとこなんだろうけど、迫真過ぎて何も言えんわ」
ペラペラと回り続ける口とは裏腹に、或いは同じ様に。彼らの手付きは迷い無く淀み無く、入念に動いていく。
「と言うか、だ。俺はいい加減ちゃんと風呂に入りたい。水浴びじゃ限界がある。■■ちゃんに「臭い」とか言われたら舌噛んで即座に自決する自信があるぞ俺は」
「相変わらず嫁さんの事になると早口だな、お前は・・・」
自らの内に流れる
自らが獲得した
自らの半身とも言える
その他、細かな留意点ーーー問題無し。準備完了。
「ーーーさて、行くか」
「あいよ」
全ての準備を整えたハジメと社は、
「俺は、俺達は、生き延びて故郷に帰る。日本に、家に・・・帰る。邪魔するものは、敵だ。敵にはーーー容赦しない!」
「まぁ、いつも通りと言えばいつも通りか。
各々の得物を携えて、自らの身に刻む様に宣誓するハジメと社。覚悟なら当の昔に決めているが、口に出して決意を重ねる事もまた、無駄では無いはず。口元に不敵な笑みを浮かべながら、2人は歩みを止めない。自分達を止められるものなど、何も無いと示す様に。
「・・・何も無くない?気合い入れ損?」
「ま、まだ分かんねぇだろ!?」
扉の部屋にやってきたハジメと社は油断なく歩みを進める。が、特に何事もなく扉の前にまでやって来れた。ヤル気満々で来たのにも関わらず肩透かしを食らった気分である。
近くで扉を見てみると、やはり見事な装飾が施されている様だ。そして、中央に2つの窪みのある魔法陣が描かれているのが分かる。
「こんな式見たことねぇぞ。社は?」
「俺も無いな」
ハジメと社は、王国にいた頃に学んだ魔法陣の式を思い出す。ハジメは自らの無能っぷりを補うため、社は■■の解呪に役立てるヒントが無いかを探すため、それなりに力を入れて座学に臨んでいた。無論、全ての学習を終えたわけではないが、それでも魔法陣の式を全く読み取れないというのは
「相当、古いってことか?・・・例の神代魔法とやらか?」
ハジメは推測しながら扉を調べるが、特に何かが分かるということもなかった。いかにも曰くありげなので、トラップを警戒して調べてみたのだが、どうやら今のハジメと社程度の知識では解読できるものではなさそうだ。
「仕方ない、いつも通り錬成で行くか」
「気をつけろよ、何が出てくるか分からんからな」
社が全力で扉に手をかけて押したり引いたりしてみたが、ビクともしない。なので、いつもの如く錬成で強制的に道を作る。社が注意を促す中、ハジメは右手を扉に触れさせ錬成を開始した。たが、その瞬間。
バチィイ!
「うわっ!?」
「ハジメ!?」
扉から赤い放電が走りハジメの手を弾き飛ばした。ハジメの手からは煙が吹き上がっている。悪態を吐くハジメの右手を、社がすぐさま『呪力反転』で治療していると、直後に異変が起きた。
オォォオオオオオオ!!
突如、野太い雄叫びが部屋全体に響き渡った。ハジメと社は即座にバックステップで扉から距離をとる。ハジメは腰を落として手をホルスターのすぐ横に触れさせいつでも抜き撃ち出来るように、社は『呪力』を練り上げながら腰だめに刀を構え居合いの姿勢に、それぞれスタンバイする。
既に臨戦態勢を整えた2人。部屋に雄叫びが響く中、遂に声の正体が動き出した。
「まぁ、ベタと言えばベタだな」
「こういうお約束は要らないんだけどなぁ」
苦笑いしながら呟くハジメと社の前で、扉の両側に彫られていた2体の一つ目巨人が周囲の壁をバラバラと砕きつつ現れた。いつの間にか壁と同化していた灰色の肌は暗緑色に変色している。
一つ目巨人の容貌はまるっきりファンタジー常連のサイクロプスだ。手にはどこから出したのか4mはありそうな大剣を持っている。未だ埋まっている半身を強引に抜き出し、無粋な侵入者を排除しようとハジメの方に視線を向ける。が、その動きは今のハジメ達には鈍重に過ぎた。
ドパンッ!
凄まじい発砲音と共に電磁加速されたタウル鉱石*2の弾丸が右のサイクロプスのたった一つの目に突き刺さり、そのまま脳をグチャグチャにかき混ぜた挙句、後頭部を爆ぜさせて貫通し、後ろの壁を粉砕した。
左のサイクロプスがキョトンとした様子で隣のサイクロプスを見る。撃たれた方は勿論の事、生き残っている方も何が起きたか分かっていないだろう。状況を飲み込めず、崩れ落ちていく同胞を見つめているサイクロプスは、自らの首にも既に死神の鎌がかけられている事に気付いていない。
「ーーー『式神調
社の呼び声に『術式』が応える。光の粒子が集まり現れたのは、全長30cm弱のオコジョの様な式神。新雪の様に真っ白な体毛には、毛並みに沿う様に空色の紋様が走っており、自らの体長と変わらぬ大きさの太刀を背負っていた。
シャリン
金属同士が薄く擦れ合う様な音と共に、社の目の前で銀線が煌めいた。居合一閃、目にも留まらぬと表すに相応しい速さで、
ズルリ
数泊後。社が放った居合と
「無音・不可視の斬撃を任意の箇所に発生させるとか、チートじゃねーか」
「実際に斬る動作が必要だし、距離にも限界があるから言うほどじゃ無いぞ。俺は遠距離攻撃の手段に乏しいから、かなり重宝してるけども」
式神を撫でながら、ハジメの呟きに答える社。首下を撫でられている薙鼬は、目を細めてご満悦の様だ。
「使える様になったって言う、順転の『術式』の方はどうなんだ?」
「全く使えん。多分だが、『呪力』とは別に俺自身が強烈な負の感情を抱かなきゃ呼べないみたいだ。消耗も激しいから、何にせよ簡単には呼べないな」
「・・・成る程。さて、肉は後で取るとして・・・」
ハジメは、チラリと扉を見て少し思案する。そして、〝風爪〟でサイクロプスを切り裂き体内から魔石を取り出した。それを見た社も、自らが仕留めたサイクロプスを解体していく。互いに血濡れを気にするでもなく、二つの拳大の魔石を扉まで持って行き、それを窪みに合わせてみる。
と、魔石は窪みにピッタリとはまり込んだ。直後、赤黒い魔力光が迸ると、魔石から魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。そして、パキャンという何かが割れるような音が響き、光が収まった。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、久しく見なかった程の明かりに満たされる。
「さぁ、何が出る?」
「厄介事が起こる、に幸利の魂を賭けよう」
「グッド!って、やらせんなよ」
軽いノリのやり取りを続けながらも、2人には油断や慢心は見られない。周囲の警戒を怠らず、そっと扉を開くハジメと社。
扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっているようだ。技能〝夜目〟と手前の部屋の明りに照らされて、少しずつ全容がわかってくる。
部屋の中は聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって2列に並んでいた。中央付近には巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。
「何だ、あれ?」
「あん?」
最初に気づいたのは、五感に優れた社。次いで、その立方体を注視していたハジメが、何か光るものが立方体の前面の中央辺りから生えているのを知覚する。
正体を近くで確認しようとする2人。社は前方の警戒を、ハジメは扉を大きく開け固定しようとする。いざと言う時、ホラー映画よろしく入った途端にバタンと閉められたら困るからだ。しかし、ハジメが扉を開けっ放しで固定する前に、それが動いた。
「・・・だれ?」
かすれた弱々しい女の子の声だ。予想外の声にギョッとしたハジメと社は慌てて部屋の中央を凝視する。すると、先程の〝生えている何か〟がユラユラと動き出した。差し込んだ光がその正体を暴く。
「人・・・なのか?」
「・・・少なくとも口はきけるらしいな」
〝生えている何か〟はーーー人だった。
(オイ、どうするよ、社)
(正直、これは予想外だった。もっと分かりやすい
コソコソと相談しながらも、謎の少女から目を離さないハジメと社。
推定少女は上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま、顔だけが出ていた。長い金髪が某ホラー映画の女幽霊のように垂れ下がっており、髪の隙間からルビーを思わせる紅の瞳が覗いている。年の頃は12、3歳くらいだろうか。随分とやつれているものの、美しい容姿をしていることがよくわかる。無論、擬態や幻覚の可能性もあるが。
「「すみません。間違えました」」
そう言って取り敢えず扉を閉めようとするハジメと社。目配せすらせずに声と行動を合わせることが出来たのは、単に2人の心が「面倒事は勘弁して下さい」という考えで一致したからである。
「ま、待って!・・・お願い!・・・助けて・・・」
流れる様な動きでこの場を去ろうとする2人を、金髪紅眼の女の子が慌てたように引き止める。その声はもう何年も出していなかったように掠れて呟きのように小さなモノだったが、必死さだけは確かに伝わった。その声を聞き、閉まりかけ寸前だった扉の動きが
「・・・・・・・・・」
止まった扉に手をかけていたのは、ハジメ。苦虫を噛み潰したかの様に渋い表情をしたハジメは、眉間に皺を寄せて少女の方を睨んでいた。その様子を見ていた社は不思議そうな顔をするも、合点がいったのか次いで一瞬だけ薄く笑った。そしてすぐに表情を戻すと
「話だけでも聞くか?俺はどちらでも良いが」
「・・・そうだな、聞くだけならタダだ」
「お、ツンデレか?幸利とキャラ被るぞ?ん?」
「ウルセェ。ーーーオイ!」
社の
「今から幾つか質問する。それに正直に答えたなら、助ける事を考えてやっても良い」
「・・・分かった。・・・答える」
少女が埋まっている立方体に近づいて行くハジメと社。ハジメはあくまでも「考えてやる」と言っただけで、助ける事を確約したわけでは無い。が、それに気づけないほどには少女は必死だ。首から上しか動かせない様だが、それでも何とか問いに答えようとしていた。
「まず、お前は何故こんな奈落の底の更に底で封印されている?」
「・・・私を封印したのは・・・私のおじ様。・・・私、先祖返りの吸血鬼・・・すごい力持ってる・・・だから国の皆のために頑張った。でも・・・家臣の皆に・・・お前はもう必要ないって・・・裏切られた」
「・・・・・・続けろ。」
「おじ様・・・これからは自分が王だって・・・私、それでもよかった・・・でも、私、すごい力あるから危険だって・・・殺せないから・・・封印するって・・・それで、ここに・・・」
枯れた喉で必死にポツリポツリと語る女の子。話を聞きながら社が隣の様子をチラリと伺うと、ハジメの眉間には深い皺が刻まれたままだった。恐らくだが、少女の境遇に同情する気持ちと、少女を疑うべきであるという気持ちがせめぎ合っているのだろう。
(・・・ハジメの
「・・・そうか、次の質問だ」
社が己を見ている事に気付かず、少女に質問を続けていくハジメ。少女によると彼女は王族であり、不死身に近い再生能力を有し、魔力を直接操る事が出来ると言う。魔力が直接操作できるならば、身体強化に関しては詠唱も魔法陣も必要ない。更に魔法適性があれば、詠唱やら魔法陣やらの下準備無しに魔法を撃ちまくる、なんて芸当も可能なのだ。正しく反則的な力と言って良いだろう。不死身の方は恐らく絶対的なものでは無いだろうが、それでも勇者すら凌駕しそうなチートである。
「・・・たすけて・・・」
ハジメと社が思索に耽る中、その様子をジッと眺めながら、ポツリと女の子が懇願する。その声を聞き、静かに目を閉じて考え込むハジメ。
当初ハジメとしては、少女を助けるつもりは欠片も無かった。こんな場所に封印されている存在なんて、どう考えても厄ネタでしか無いだろう。邪悪な存在が自らの封印を解くためにハジメ達を騙そうとしている、という可能性の方が遥かに高い。
だが、彼女の口から〝裏切られた〟という言葉が出た時、ハジメの心は確かに揺さぶられた。ハジメが今ここにいるのも、元を正せばクラスメイトの逆恨みに近い裏切りが原因だからだ。
ハジメは、自分と少女の違いを考える。方や叔父、方や他人という違いはあれど、裏切られた側であるという共通点はある。たが、真に重要なのは、その後自らに手を伸ばしてくれる人間が居たかどうかだろう。
ハジメは片目を開け、チラリと友人の方を伺う。当の社は両目を閉じて腕組みをしており、考え事をしている様だった。その表情からは何がしかの感情は読み取れない。
もしハジメが目の前の少女を見捨てる選択をしたとして、社はそれに異を唱えたりはしないだろう。隣に居る友人は、自らの家族や友人といった身内を危険に晒してまで他人を救おうとはしない男だ。それを現実的な考えと取るか、それとも冷徹・冷酷な考えだと取るかは人それぞれだろう。しかしハジメを含めた社の友人達は、そんな彼の在り方を否定しない。その考えが、過去に大切な人を失った社の後悔からくるものである事を、何となしに知っていたからだ。
ハジメは目を見開き女の子を見つめる。少女はハジメが目を開く前から、ずっとハジメを見つめ続けていた。2人が見つめあってから数十秒が経ち、先に目を逸らしたのはハジメの方だった。ガリガリと頭を掻き溜息を吐きながら、ハジメは根負けした様に呟く。
「・・・社」
「俺の感覚では、少なくとも俺達をどうこうしてやろうって悪意は感じないな」
「まだ何も言ってねぇだろ。ーーー悪りぃな」
「好きにしな。手助けくらいならいくらでもしてやるさ」
ハジメの考えは、どうやら社には筒抜けだった様だ。何も言わずに自らの背を押す様に欲しい答えをくれた友人に対して、見透かされたバツの悪さに顔を顰めながらも内心で感謝するハジメ。
そして、ハジメは女の子を捕える立方体に手を置いた。
「あっ」
女の子がその意味に気がついたのか大きく目を見開くが、ハジメはそれを無視して錬成を始めた。魔物を喰ってから変質した、ハジメの濃い紅色の魔力が放電するように迸る。
しかし、イメージ通り変形するはずの立方体は、まるでハジメの魔力に抵抗するように錬成を弾く。だが、全く通じないわけではないらしい。少しずつ少しずつ侵食するようにハジメの魔力が立方体に迫っていく。そして、それを後押しする様に、社は式神を呼び出す。
「ーーー『式神調
社が呼び出すのは、白と空色で彩られた鳳蝶。社の胸にブローチの様にくっついた式神が大きく羽を羽ばたかせると、そこから広がった鱗粉が、同じ色合いの2回り程小さな鳳蝶達に変わって行く。生まれた鳳蝶達はハジメの周りに纏わりつくと、その身に宿していた蒼色の魔力をハジメに受け渡し、解ける様に消えて行く。
「サポートはしてやるから、気張れよハジメ」
「言われなくても、やってやるよ!」
友人から今も送られてくる、言葉以上に雄弁な手助け。それに応える様にハジメは更に魔力をつぎ込む。詠唱していたのなら六節は唱える必要がある魔力量だ。そこまでやってようやく魔力が立方体に浸透し始める。ハジメは受け取った魔力と共に、自らの魔力を更に立方体に上乗せする。七節、八節、そして今、九節分を超えた。それでもまだ、ハジメは魔力を流すのを止めない。
「・・・きれい」
目の前の光景に見惚れ、思わず溢してしまう少女。自らの戒めを解かんとする深紅の魔力と、それを後押しする紺碧の魔力、そしてそれらが混ざり合い生まれた桔梗色の光は、暗かった筈の部屋全体を綺麗に染め上げていた。暗く深い奈落の底で尚、闇に呑まれるどころか、寧ろ焼き尽くしてやると言わんばかりに一等力強く輝く紅と蒼の光は、少女が今まで目にしてきたどんな豪華な装飾や宝石よりも美しく見えた。どんどん輝きを増す紅と蒼の光に、女の子は目を見開き、この光景を一瞬も見逃さないとでも言うようにジッと見つめ続けた。
そして漸く、立方体に明確な変化が現れる。女の子の周りの立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていく。
「もうちょいだ、ハジメ!」
「応!」
それを見たハジメと社は、更に強く魔力を流し始める。今や彼等自身が紅と蒼、それぞれの輝きを放っていた。正真正銘、全力全開の魔力放出。脂汗を流しながらも、2人が諦める様子は無い。そして、遂に。
「・・・ありがとう」
震える声で小さく、しかしはっきりと告げられた声が、封印を打ち破った事をハジメと社に伝えるのだった。
「・・・どういたしまして」
地面に座り込み、肩で息をしながらぶっきらぼうに答えるハジメ。この行いは正しかったのか、或いは取り返しのつかない事をしてしまったのか、今のハジメ自身には見当もつかない。
ハジメは横にいる少女の方を見る。少女はもう2度と離さないと言わんばかりにハジメの手を握りながら、此方をジッと見ていた。無表情ではあるが、感極まっているのは目を見れば分かる。その様子を見ていると、不思議と助けたのは間違いでは無いと思えてしまう。
ハジメが学んだ知識が正しければ、吸血鬼族は数百年前に滅んだはずだ。彼女がその時代の存在ならば、それだけ長くこの場所にいた事になる。仮に彼女が嘘をついていて何らかの罪を犯していたのだとしても、それだけ長い間1人孤独に封印されていたのだとしたら、もう十分だろう。
「・・・名前、なに?」
ハジメがそんな事を考えていると、女の子が囁くような声で尋ねる。そういえばお互い名乗っていなかったと苦笑いを深めながら、ハジメは答える。
「ハジメだ。南雲ハジメ。それでこっちはーーーなんで後ろ向いてんだお前は」
「社。宮守社だ。よろしく。後、俺にはハジメと違って全裸の少女をガン見する趣味は無いからなぁ?」
ハジメの疑問に、呆れ半分揶揄い半分で答える社。それを聞いた少女は、思わず自分の体を見下ろしてしまう。まごう事無くすっぽんぽんだった。大事な所とか丸見えである。それを見たハジメは、すぐ様自らの外套を手渡す。
「ハジメのエッチ」
「・・・」
「やったなハジメ、美少女の罵倒だぞ。お前さんにとっちゃご褒美ーーー待て、ドンナーをこっち向けんな撃鉄を起こすな音で分かるから」
外套をギュッと抱き寄せ、上目遣いでポツリと呟く少女。何を言っても墓穴を掘りそうなのでノーコメントで通すハジメだが、続く社の減らず口には銃でもって黙らせた。やはり暴力、暴力は全てを解決してくれる。
社は未だ後ろを向いており、少女には一瞥もくれていない。恐らくはフィアンセへの義理立てなのだろう。「相も変わらず身内には誠実な奴である」と思うハジメ。
「・・・名前、付けて」
いそいそと外套を羽織り終えた少女が、不意にハジメに伝える。少女の身長は140cm程しか無いため、外套はブカブカである。
「は?付けるってなんだ。まさか忘れたとか?あと、良い加減こっち向け、社」
「あいよー。・・・あれか、心機一転する為に改めて名前を変える、とかそんな感じかい」
長い間幽閉されていたのなら記憶喪失もあり得ると聞いてみるハジメだったが、女の子はふるふると首を振る。そして、社の口から出た予想には、首を縦に振って答えた。
「とは言ってもな・・・。オイ、社も何か考えろや」
「オイオイ、彼女の期待する様な目が誰に向いているのか、態々俺が口に出さなければ分からないかね?ん〜〜〜?」
「ウッゼェ・・・」
社の言葉通り、女の子は期待するような目でハジメを見ている。社の事を後でシバくと心中で誓いながら、ハジメは少しだけ考える素振りを見せる。数秒の沈黙の後、ハジメは彼女に〝ユエ〟と言う名を告げた。
「ユエって言うのはな、俺の故郷で〝月〟を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、お前のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな・・・どうだ?」
自らに告げられた名前を数度口にしていた少女だが、思いのほかきちんとした理由があることに驚いたのか、パチパチと瞬きする。そして、相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうに瞳を輝かせた。
「・・・んっ。今日からユエ。ありがとう」
「・・・応。取り敢えず「悪いがゆっくりとお喋りする時間は無いみたいだ」ーーー何?」
ハジメの言葉を遮りながら、刀を構える社。その目線を追う様にハジメが上を見上げると、天井から這い出る様に何かが産まれようとしていた。
「離れるぞ。ユエさんはお前が担げ。俺が前に出る」
「分かった!」
神水を飲みながら、体勢を整えるハジメと社。3人が準備を整えてその場から離れたのと、真上から何かが降って来たのはほぼ同時だった。
ハジメ達が直前までいた場所にズドンッと地響きを立てて降りたった魔物は、パッと見ではサソリの様な見た目をしていた。体長は5m程、4本の長い腕に巨大なハサミを持ち、8本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして2本の尻尾の先端には、恐らくは猛毒付きの鋭い針がついていた。
「部屋に入った後も〝気配感知〟はしていたよな?」
「ああ。それに引っ掛からず、今になって引っ掛かるって事は、コレの狙いはユエさんだろうな」
蠍の魔物を見据えながら、簡単に確認を取るハジメと社。2人の推測通り、このサソリモドキはユエの封印を解いた後に出てきたのだろう。それが意味するのは、コレがユエを逃がさないための最後の仕掛けである事、そして、ユエを置いていけばハジメ達は逃げられる可能性があるということだ。それに気付かない2人では無い。
目の前の蠍からは、明らかに今までの魔物とは一線を画した強者の気配を感じる。まず間違い無く、ベヒモス程度では話にならない程の強さだろう。自然2人の額には汗が流れた。
ハジメは腕の中のユエをチラリと見る。彼女は既に覚悟を決めている様で、凪いだ水面のような瞳が何よりも雄弁に彼女の意思を伝えていた。これに答えられなければ、男が廃る。
「上等だ。・・・殺れるもんならやってみろ」
「ま、いつもとやる事は変わんないよなぁ」
普段と変わらぬ調子で、しかし殺意だけを研ぎ澄ませながら構えを取るハジメと社。此処まで来ておいて引き下がる、という選択肢は今の2人には無い。
「これ飲んだらしっかり掴まってろ!ユエ!」
ハジメは一瞬でポーチから神水を取り出すと、ユエの口に突っ込んだ。全開には程遠いだろうが、手足に力が戻ってきたユエはギュっとハジメの背中にしがみつく。ユエを担ぎ直したハジメは、ホルスターからドンナーを抜き放つ。
ギチギチと音を立てながらにじり寄ってくるサソリモドキ。その異様に怯む事無く、2人は不敵な笑みを浮かべながら宣言した。
「邪魔するってんなら・・・殺して喰ってやる」
「良いね、過激だ。ーーー此奴を喰えば、次はどんな技能が増えるかね?」