ありふれない怨霊こそ世界最愛   作:白紙

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24.封印部屋の化物

「ーーー『式神調 (さん)ノ番〝比翼鳥(ひよくどり)〟』!」

 

 式神の名を呼びながら社は蠍の魔物に突撃する。社が遮蔽になりドンナーを撃てなかったハジメだけで無く、社達一行の不意を打てたはずのサソリモドキを含め、この場にいる誰よりも先んじて社が動けたのは、例によって〝悪意感知〟の影響に寄るものが大きい。

 

 技能〝悪意感知〟が持つ大きなメリットの一つに、悪意の先読みによる待ち伏せや不意打ちの看破がある。自らに向けられている悪意のみという制限はあるが、この力は敵意や害意、嫉妬、劣等感、殺意等凡ゆる悪意を感知することが出来る。その為、本来ならば悪意を持つ→行動に移すという段階を踏んで行われる敵対行動に対して、割り込みをかける事で()()()()()()()()()といった事が可能なのだ。

 

 無論、欠点は有る。先程も挙げた様に、自らに向けられた悪意しか感知出来ない事。誰かの悪意が介在しない事故等は先読みできない事。強烈な悪意が充満している場合、他の小さな悪意が読み取れなくなる事。また、社本人は未だ出会った事は無いが、武の達人が到達する様な無我の境地での攻撃は極端に読みづらくなる事等がある。

 

 だが、現状それらが当てはまる事は無い。社の持つ〝悪意感知〟は、そのまま(さそり)の魔物から先手を取る形で十全に機能を発揮した。

 

「分かれて片方はハジメに憑け!」

 

 呼び出した式神に指示を飛ばす社。〝比翼鳥〟と呼ばれた式神は真っ白な羽毛に覆われた双頭の鳩の様な見た目をしており、社の言葉に頷ずくと2つの頭を分かつ様に左右に裂けた。パッと見で痛々しさすら感じる絵面だが、式神にとっては痛くも痒くも無い様で、裂けた断面から空色の呪力が吹き出すと傷口を覆う様に翼を形作った。2つに(わか)たれた式神の片方が社の肩に、もう片方はハジメの方に飛んで行く。

 

 式神を呼び出しつつ向かって来る(てき)に対して、サソリモドキは迎撃する様に尻尾の針から毒々しい紫色の液を噴射した。高速で飛来する(十中八九毒)液に向けて、社は比翼鳥を伴いながら〝縮地〟で更に加速。毒液の下を潜る様に、触れるか否かというギリギリを倒れる位の前傾姿勢で躱す。

 

「ーーーシィッ!」

 

 減速しないままにサソリモドキの懐に飛び込んだ社は、呪力を込めた刀に〝風爪〟を纏わせて斬り付ける。狙いは大きなハサミ付きの、4本ある腕の内の1本。見た目からして硬そうな事は分かっている為、しっかりと関節を狙い斬るがーーー。

 

 ギィィン!

 

「硬っ!?」

 

 金属同士を強くぶつけ合った様な音と共に、刀は敢えなく弾かれた。生物の構造上、関節は柔らかくなっている筈なのだが、そんな常識(セオリー)は通用しないらしい。斬りつけた刀の方にも刃毀(はこぼ)れ一つ無いが、普通の日本刀なら簡単に折れていただろう。驚愕の声を上げる社だが、その隙を突く様に残る3本の(ハサミ)が獲物を切り刻まんと襲いかかる。

 

《ーーー社!》

 

「おっと。ーーーッラァ!」

 

 ドパンッ!

 

 だが、サソリモドキの刃は社には届かない。1本目を刀で流し、2本目を蹴りで弾き、3本目を踏み台にする様に蹴って避けた社。その直後、ドンナーのレールガンがサソリモドキの頭部に直撃した。()()()()()()()()()()()()()()()()()()ドンナーの射線から離れていた社は、そのまま素早く後退してハジメと合流する。

 

「良いセンスだーーーと、言いたい所だが、あんまり効いてないな」

 

「面倒臭ぇな・・・」

 

 苦い顔で話すハジメと社。レールガンは最大威力で放てば秒速3.9kmにも及ぶ、まさしく魔弾と言って良い代物である。そんな物が頭部で炸裂したにも関わらず、〝気配感知〟と〝魔力感知〟で感知したサソリモドキは微動だにしていなかった。

 

「こういう時はーーー」

 

「ーーーゴリ押しだな」

 

 そう呟くハジメと社に向けて、サソリモドキの2本の尻尾の針が、それぞれに照準を合わせた。悪意が膨らむのを感知した社とハジメが左右に分かれたのと同時、尻尾の先端が一瞬肥大化した後、凄まじい速度で針が撃ち出された。避けようとするハジメと社だが、針が途中で破裂し散弾のように広範囲を襲う。

 

《ハジメ!》

 

《問題無ぇ!自分(テメェ)で如何にかする!》

 

 社は驚異的な脚力でもって難無く針の攻撃範囲から逃れるが、ハジメはユエを背負っている事もあり全てを回避するのは難しい。()()()()()()()()()()()()に応えながら、ハジメは迫り来る散弾を迎え撃つ。ドンナーで大半を撃ち落とし、残る細かな針を〝豪脚〟で払い、〝風爪〟で叩き切る。どうにか凌ぎ、お返しとばかりにドンナーの残弾を発砲するハジメ。

 

「シィッーーー!」

 

 ドガゴゴゴゴッ!

 

「キシャァ!?」

 

 そして、その隙間を縫う様に社が再び吶喊する。ドンナーの弾丸がどこに飛んでくるのかを最初から分かっているかの様な動きで肉薄した社は刀を腰に()くと、『呪力』による肉体強化と共に〝剛力〟を発動。そのままサソリモドキの顔面を全力で幾度も殴りつける。ドンナーの弾丸に気を取られていた蠍の魔物は予想外の攻撃に驚きの声を上げるが、ダメージが入っている様子は無い。

 

《社!》

 

《了解!》

 

 ハジメが最後の1発を撃つと同時に、社はサソリモドキから後退して距離を取る。ドンナーの連射と社の殴打に耐えきった蠍の魔物は、好き勝手された報復と言わんばかりに再び散弾針と溶解液を放とうとした。しかし、社と入れ違いにコロコロと転がってきた直径8cm程の〝焼夷手榴弾〟が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()カッと爆ぜる。〝焼夷手榴弾〟は爆発と同時に中から燃える黒い泥を撒き散らすと、サソリモドキへと付着した。

 

「流石に3000℃の炎は効くみたいだな」

 

「殴ってる時はあまりに硬過ぎて、どうしようか真剣に悩んだけどなー」

 

 サソリモドキが自らに付着した炎を引き剥がそうと大暴れしている姿を見て、呆れる様に呟くハジメと社。そんな2人を見て、ユエは息を呑み静かに驚愕していた。

 

「・・・2人とも、何者・・・?」

 

 片や、見たこともない武器で閃光のような攻撃を放つハジメ。片や、ユエをして化け物と言えるサソリモドキと真正面から殴り合える社。自分と同じ様に魔法陣や詠唱を使用せず魔法を使える事や、不自然な程に連携が取れている事等、想像を超えた事象の数々に感情表現に乏しいユエが目を見開くのも致し方無いと言えるだろう。

 

「まぁ、当然ながらタネも仕掛けもあるんだけどな」

 

「その辺は、あのサソリモドキを殺してからだ!」

 

 ユエの疑問を聞きながら、ハジメはドンナーを素早くリロードする。それが終わるのと、サソリモドキが纏っていた炎が鎮火するのはほぼ同時であった。

 

「キシャァァァァア!!!」

 

 絶叫を上げながらサソリモドキはその8本の足を猛然と動かし、ハジメ達に向かって突進して来た。4本の大バサミがいきなり伸長し大砲のように風を唸らせながらハジメと社に迫る。

 

《装甲が薄い所を探すぞ!俺は上をやる!》

 

《あいよ!俺は足回りを崩してみようかね!》

 

 式神を伝った刹那のやり取りの後、ハジメは足を止めることなく〝空力〟を使った跳躍を繰り返す。一方社は〝縮地〟を挟みつつも地上から離れる事なく、文字通り地に足をつけて移動する。空中と地上、上下に分かれて移動する事により弱点を探しつつ、サソリモドキからの狙いを分散することが目的である。

 

「ーーー八重樫流剣術〝兜断ち・重ね手〟!」

 

 上下左右・所狭しと自由自在に動き回るハジメと社に対して、サソリモドキは上手く狙いを付けられないでいた。目論見通り、乱雑になってゆく攻撃の隙間を突き、社はサソリモドキを支える8本足の内の1つに八重樫流〝兜断ち〟の崩し技を繰り出す。

 

「オーーーラァッ!」

 

 メキィッ!

 

 本来であれば、兜に刺さっている状態の刀に鞘を叩き付けて無理矢理押し斬る技〝兜断ち〟。それの派生である〝重ね手〟は、鞘では無く拳を当てて殴り抜く様に斬る技である。例によって足の関節を狙った斬撃は弾かれそうになるものの、社の類稀なる膂力により峰を押された刀身が裁断するかの様にサソリモドキの足にめり込んでゆく。

 

「キシャァァア!」

 

「うおっ!?」

 

 予想外の痛みに、足を振り回す様に暴れるサソリモドキ。が、関節半ばまで刺さった刀身はそう簡単には抜けず、刀を握り締めたままの社もそれに振り回される。

 

 そうして隙だらけのサソリモドキの背に、ユエを背負ったハジメが降り立った。暴れるサソリモドキの上でなんとかバランスを取りながら、ハジメはゴツッと外殻に銃口を押し付けると、ゼロ距離でドンナーを撃ち放つ。

 

 ズガンッ!!

 

 凄まじい炸裂音が響き、サソリモドキの胴体が衝撃で地面に叩きつけられる。が、直撃を受けた外殻は僅かに傷が付いたくらいでダメージらしいダメージは与えられていない。その事実に歯噛みしながら、ハジメはドンナーを振りかぶり〝風爪〟を発動するが、ガキッという金属同士がぶつかるような音を響かせただけで、やはり外殻を突破することは敵わなかった。

 

「いい加減斬れろやーーーオラァッ!」

 

 先ほどからサソリモドキの足に突き刺さったままの刀をどうにか抜こうとしていた社だが、関節の中ほどまで食い込んだ刃は一向に抜ける気配が無い。痺れを切らした社は刀を握りながらサソリモドキの足に自分の片足を掛けると〝豪脚〟を発動。力づくで刀を抜くために、全力の蹴撃をお見舞いする。

 

 バキィッ!!

 

 岩石が砕ける様な鈍い音共に、サソリモドキの足から漸く刀が離れる。無事に愛刀を取り戻せた事に安堵する社だが、そこへサソリモドキが「いい加減にしろ!」とでも言うように散弾針を背中のハジメと足元の社目掛けて放った。

 

 すぐさまその場を離れる社とハジメ。サソリモドキの背中を飛び退いたハジメは、空中で身を捻ると散弾針の付け根目掛けて発砲する。狙い違わず、超速の弾丸は吸い込まれるようにして尻尾の先端側の付け根部分に当たり尻尾を大きく弾き飛ばすが・・・尻尾まで硬い外殻に覆われているようでダメージが無い。完全に攻撃力不足だ。

 

 空中のハジメと地上の社を、4本の大バサミが嵐の如く次々と襲う。社がサソリモドキから大きく離れたのを感じたハジメは、苦し紛れに〝焼夷手榴弾〟をサソリモドキの背中に投げ込み大きく後方に跳躍した。爆発四散したタールが再びサソリモドキを襲うが時間稼ぎにしかならないだろう。

 

《どうするんだ、コレ。控えめに言ってクソゲーでは?》

 

《・・・試してないのは腹、目、口か。どうにかしてその辺りを狙うしかねぇ》

 

 式神越しに通信しながら、辟易するように話すハジメと社。今の所サソリモドキを手玉に取れてはいるものの、2人の攻撃は未だ決定打には至っていない。このままではジリ貧になるのは目に見えている為、なんとか現状を打破する案を考えようとする。ーーーその瞬間、サソリモドキからの悪意が膨れ上がるのを社が感知した。

 

《ヤバいのが来るぞ!!》

 

《チィッ!》

 

 社の警告によりハジメが構えるのと、今までにない程のサソリモドキの絶叫が響き渡ったのはほぼ同時であった。強い怒りが込められた絶叫が空間に響き渡ると、突如周囲の地面が波打ち、轟音を響かせながら円錐状の刺が無数に突き出してきたのだ。

 

「クソがっ!」

 

 〝縮地〟で兎に角距離をとろうとするハジメと社。だが、社はまだしもユエを背にしているハジメの負担は大きい。いずれ避け切れなくなる事を悟ったハジメは悪態を吐きながら〝空力〟で空中に逃れようとするが、背後から迫る円錐の刺に気がつき、ユエを庇って身を捻ったため体勢が崩れてしまう。ドンナーと〝豪脚〟でどうにかいなすが、そんなハジメの視界の端で、サソリモドキの散弾針と溶解液の尻尾がピタリと照準されているのが見えた。

 

 思わず顔が引き攣るハジメ。次の瞬間には、両尻尾から散弾針と溶解液が空中の標的を撃墜すべく発射されるだろう。ソレを見たハジメは、防ぎ切れないと覚悟を決めるーーーその前に。()()()()()()()()()()()()

 

 〝空力〟で溶解液を躱すと、ハジメは()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。標的は己に迫りくる数十本もの針ーーーでは無く、強固な甲殻の間、僅かな隙間から覗くサソリモドキの目である。目標は今、此方に狙いを定めていた為に身動きが取れないでいる。当てるなら、今しか無い。

 

 ドパンッ!

 

 今まで何度も聞いた、自らの愛銃の咆哮。極限の集中から放たれた魔弾は、主の定めた狙いに忠実な軌道で怨敵を食い破るべく突き進みーーー寸分違わず命中した。

 

「グゥギィヤァアア!?」

 

 若き錬成師による決死の弾丸は、蠍の魔物に確かな痛打を与えた。それを証明する様に、サソリモドキの絶叫には明確な苦悶の響きが含まれている。そうして快挙を成し遂げたハジメだが、その身には当然の代償が迫っていた。

 

 本来であれば、回避出来ないと直感した時点でハジメは防御を固めるべきだっただろう。ドンナーと手で覆う様に急所を守り、魔力の直接操作で身体を限界まで強化すれば、無傷とまでは言わないものの重傷程度で被害は抑えられた筈だ。そして、その程度ならば〝神水〟を使えば容易に回復できる。しかし、無防備な状態で針を喰らうとなれば話は別。この攻撃は、急所に当たればハジメですら殺しうる。

 

 確かにサソリモドキには今日1番のダメージを与えられただろう。だが、その代価が死では割に合わない。「肉を切らせて骨を断つ」と言えば聞こえは良いが、勢い余って骨まで断たれてしまっては元も子もない。ハジメは、判断を間違ったのだ。ーーーただし、それはあくまでハジメが1人であれば、の話だ。

 

 ドンナーを放った姿勢のまま空中で無防備を晒すハジメ。数秒も立たず、その体には数多の針が突き刺さるだろう。子供でさえも簡単に想像できる未来に、ユエは思わず目を瞑る。だが、ハジメの目は見開かれたまま、恐怖の色に染まる様子はまるで無い。何故ならば、その両目には既に自らを救うために駆ける友の姿が映り込んでいたから。

 

 

 

 

 

「ーーー無茶苦茶すんなぁ、オイ!」

 

 サソリモドキが空中にいるハジメに狙いを定めた瞬間、ハジメの意図を式神越しに知った社はすぐ様反転。ハジメのフォローをする為に、地面から突き出る槍の中を突き進む決意をする。

 

 〝比翼鳥〟の持つ能力は「他者との意識の同調」。2羽に分たれた〝比翼鳥〟が憑いた者の間では、目を合わさずとも声を聞かずとも、相手が何をしたいのか何を伝えたいのかが瞬時に分かる様になるのだ。

 

 使用する者同士の相性によってどれだけ深く同調出来るかが決まる為、誰に対しても使用出来る訳ではないが、極まれば五感を含んだ全ての感覚すら共有出来る能力。自らの背を預ける程に信頼し合っているハジメと社が、その前提をクリアしていない訳が無い。

 

 地面から飛び出してくる槍を、避けながら飛び越えながら、社はハジメに向かって駆け続ける。サソリモドキはハジメを狙うのに集中している様で、先程よりも槍の発生は緩やかになっていた。

 

 今まで使っていた『呪力』による身体強化を、魔力と『呪力』の両方を使用した強化に切り替える社。爆発的な強化が見込めるものの、肉体的に頑健な社でさえ「シンドイ」と溢すほどに反動が大きい為、使用のタイミングを見計らっていた切り札。奈落に堕ち性格が変質して尚、自分に命を託してくれた友人の信頼に応える為に、社は躊躇いも無く使用を決断する。

 

「ッーーー!!」

 

 ミシミシと、体の内側から軋みを上げる音がする。怪我に強い筈の肉体が、痛みに悲鳴を上げている。走り続ける脚は負荷に耐え切れず、皮膚が裂けて血塗れになって行く。しかし、社がその程度で止まる様な事は無い。自分の身体が人一倍強く産まれたのは、大切な誰かを助ける為なのだと。そうでなければこの身体に価値は無いと言わんばかりに、社は加速し続ける。ーーーそして。

 

「ッだぁぁぁあああ!!!」

 

 ハジメとユエに針が突き刺さる、刹那すら超えた須臾の間。地上から跳躍した社が〝空力〟を使用して2段ロケットの如く更に加速。 針散弾の攻撃範囲から2人を抱えて脱出する事に成功した。

 

「・・・私達、無事?」

 

「喋ると舌噛むぞ、ユエさん!」

 

 何が起こったのか分からず、目をパチクリするユエ。そんな彼女に注意しながら社は綺麗に着地、2人を抱えたままサソリモドキから距離を取る。幸いにして目を撃たれたサソリモドキは痛みに悶えている様で、暫くは余裕がありそうだった。その隙にと『呪力反転』を使用して自らの治療をする社。

 

「〜〜〜イッテェェ・・・。無茶振りしすぎじゃねぇかな、ハジメ」

 

「出来たんなら、無茶振りじゃねぇな。ーーー助かった、相棒」

 

「・・・調子良いねぇ、お前さんも」

 

 身体中の痛みに顔を顰めながらも文句を言う社だが、ニヒルな笑みを浮かべたハジメから返された軽口を聞き、満更でも無い様に笑っていた。そんな2人の様子を見ていたユエがポツリと零す。

 

「・・・どうして?」

 

「あ?」/「うん?」

 

「どうして逃げないの?どうしてそこまで出来るの?」

 

「「・・・・・・・・・」」

 

 言葉足らずではあるが、ユエが何を言いたいかは2人には理解できた。自分を置いて逃げれば助かるかもしれない、その可能性を理解している筈なのに、彼等は逃げる事をしない。それどころか、闘いの中でハジメは自らの命を躊躇無く託し、社はそれに確かに応えた。そんな強く固く、目を焼く程に眩しい信頼関係を、ユエは殆ど目にしたことが無かったのだ。そんな驚きや羨望が混じった問いに対して、ハジメと社は互いに顔を見合わせて黙り込む。

 

「何を今更。ちっとばっかし強い敵が現れたぐらいで見放すほど落ちてねぇよ」

 

「俺はハジメが助けたいって言うから手伝ってるだけだが。まぁ、半端に諦めるくらいなら最初から助けてないわな」

 

 やがて2人が口にしたのは、そんな言葉。ハジメも社も経緯は異なれど、敵との戦いでは情けも躊躇も容赦も持たないと決めている。闇討ち、不意打ち、騙し討ち、卑怯や嘘等、使えるものは何でも使う主義である。

 

 だが、好き好んで外道に落ちたい等とは思ってはいない。通すべき仁義くらいは弁えている。弁えることが出来ている。社にとっては家族や友人、そして■■の存在が己のブレーキになっている。一方でハジメが手離しかかっていたそれらを思い出させたのは、取り戻させたのは、他ならぬ社とユエである。

 

 ユエがハジメに己を預けると決意したその時に、下したハジメの決断こそが、ハジメが外道に落ちるか否かのターニングポイントだった。そんな友人の下した決断を社が汲まない筈が無い。だからこそ、ここで助けたユエを見捨てるという選択肢は2人には無い。

 

 ユエは、2人にーーー特にハジメに言葉以上の何かを見たのか納得したように頷き、いきなり抱きついた。

 

「お、おう?どうした?」

 

「お?お?」

 

 状況が状況だけに「いきなり何してんの?」と若干動揺するハジメ。社の方はと言うと、何故だか目をキラキラさせてその様子を見ている。何時までサソリモドキが悶えたままか分からない以上、早く戦闘態勢に入らなければならない。だが、そんなことは知らないとユエはハジメの首に手を回した。

 

「ハジメ・・・と社・・・信じて」

 

 そう言ってユエは、ハジメの首筋にキスをした。

 

「ッ!?」/「ヒューッ、やるねぇ」

 

 否、キスではない。噛み付いたのだ。驚くハジメと、口笛を吹いて賑やかす社。因みに社がここまで余裕なのは、ユエから悪意を感じない事とは別に、他にも理由があるのだが今は割愛しよう。

 

 ハジメは、首筋にチクリと痛みを感じると共に、体から力が抜き取られているような違和感を覚える。咄嗟に振りほどこうとしたハジメだったが、ユエが自分は吸血鬼だと名乗っていたことを思い出し、吸血されているのだと理解する。

 

 〝信じて〟ーーーその言葉は、きっと吸血鬼に血を吸われるという行為に恐怖、嫌悪しても逃げないで欲しいということだろう。或いは、ハジメと社の様な信頼関係に憧れたのか。

 

 そう考えてハジメは苦笑いしながら、しがみつくユエの体を抱き締めて支えてやった。一瞬ピクンッ、と震えるユエだが、更にギュッと抱きつき首筋に顔を埋める。どことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか。その光景をニヤニヤと笑いながら見ていた社だが、不意に真剣な表情に戻るとサソリモドキの方を見る。

 

《ハジメ》

 

《ああ、任せろ》

 

「キィシャァアアア!!」

 

 サソリモドキの咆哮が轟く。どうやら目を失った痛みから回復したらしい。ハジメですら感じられる殺意と共に、再び地面が大きく波打った。こちらの位置は把握しているようで、片目を失っているにも関わらず正確に槍が此方に向いている。サソリモドキの固有魔法なのだろう。周囲の地形を操ることができるようだ。

 

「だが、それなら俺の十八番だ」

 

 ハジメは地面に右手を置き錬成を行った。周囲3m以内が波打つのを止め、代わりに石の壁がハジメ達3人を囲むように形成される。周囲から円錐の刺が飛び出しハジメ達を襲うが、その尽くをハジメの防壁が防ぐ。一撃当たるごとに崩されるが直ぐさま新しい壁を構築し寄せ付けない。どうやら錬成速度はハジメの方が上の様だ。錬成範囲は3mから増えていないので頭打ち、刺は作り出せても威力はなく飛ばしたりも出来ないが、守りにはハジメの錬成の方が向いているらしい。

 

「・・・ごちそうさま」

 

 ハジメが錬成しながら防御に専念していると、ユエがようやく口を離した。どこか熱に浮かされたような表情でペロリと唇を舐めるユエ。その仕草と相まって、幼い容姿なのにどこか妖艶さを感じさせる。髪は艶やかさを、肌は潤いと赤みを取り戻している。一連の変化は、正しく蛹からの羽化、と言う表現が当てはまるだろう。先程までとは別人と言われてもおかしく無いほどに、ユエは美しく変貌していた。

 

 徐に立ち上がったユエは、サソリモドキに向けて片手を掲げた。同時に、その華奢な身からは想像もできない莫大な魔力が噴き上がる。彼女の魔力光なのだろう、染み一つ無い黄金色が暗闇を薙ぎ払った。神秘に彩られたユエは、魔力色と同じ黄金の髪をゆらりゆらゆらと靡かせながら、一言呟いた。

 

「〝蒼天〟」

 

 その瞬間、サソリモドキの頭上に直径六、七メートルはありそうな青白い炎の球体が出来上がる。直撃したわけでもないのに余程熱いのか悲鳴を上げて離脱しようとするサソリモドキ。

 

 だが、奈落の底の吸血姫がそれを許さない。ピンっと伸ばされた綺麗な指がタクトのように優雅に振られる。青白い炎の球体は指揮者の指示を忠実に実行し、逃げるサソリモドキを追いかけ・・・直撃した。

 

「グゥギィヤァァァアアア!?」

 

 サソリモドキがかつてない絶叫を上げる。目を射抜かれた時以上の、泣き叫ぶと言っても良い悲鳴だ。着弾と同時に青白い閃光が辺りを満たし何も見えなくなる。ハジメと社は腕で目を庇いながら、その壮絶な魔法を唯々呆然と眺めた。

 

 やがて、魔法の効果時間が終わったのか青白い炎が消滅する。跡には、背中の外殻を赤熱化させ、表面をドロリと融解させて悶え苦しむサソリモドキの姿があった。

 

「アレで死なないのか。・・・いや、当然か」

 

「アレくらいで死ぬ様じゃ、ユエの封印を守る番人なんて出来ねぇだろうな」

 

 摂氏3000℃の〝焼夷手榴弾〟でも溶けず、社の殴打や斬撃を弾き、ゼロ距離からレールガンを撃ち込まれてもビクともしなかった化け物の防御を僅かにでも破ったユエの魔法を称賛すべきか、それだけの高温の直撃を受けて表面が溶けただけで済んでいるサソリモドキの耐久力を褒めるべきか、ハジメと社としては悩むところである。

 

 ふと背後からトサリと音がした。ハジメが驚異的な光景から視線を引き剥がしてそちらを見やると、ユエが肩で息をしながら座り込んでいる姿があった。どうやら魔力が枯渇したようだ。

 

「ユエ、無事か?」

 

「ん・・・最上級・・・疲れる」

 

「はは、やるじゃないか。助かったよ。後は俺達がやるから休んでいてくれ」

 

「ん、2人とも頑張って・・・」

 

「アイアイマム。本日のMVPはユエさんかー」

 

 ハジメは手をプラプラと振りながら、社は軽く返事をしながら〝縮地〟で一気に間合いを詰める。サソリモドキは未だ健在で、外殻の表面を融解させながら、怒りを隠しもせずに咆哮を上げ、接近して来る2人に散弾針を撃ち込もうとする。

 

《防げよ、社!》

 

《あいよ!》

 

 ハジメは素早くポーチから〝閃光手榴弾〟を取り出し頭上高くに放り投げる。次いでドンナーを抜き、飛んできた散弾針が分裂する前に撃ち抜いた後、電磁加速させていない弾丸で落ちてきた〝閃光手榴弾〟を撃ち抜き破裂させた。

 

「キィシャァァアア!?」

 

 眼前で放たれた突然の閃光に、悲鳴を上げ思わず後ろに下がるサソリモドキ。だが、片目を潰された影響か、目視には余り頼っていなかった様で、光に塗りつぶされた空間でも何とかハジメ達の気配を探し当てようとしていた。

 

 しかし、いくら探してもお目当ての気配は無い。サソリモドキが2人の気配を見失い戸惑っている間に、ハジメはサソリモドキの背中に着地する。

 

「キシュア!?」

 

 声を上げて驚愕するサソリモドキ。それはそうだろう、探していた気配が己の感知の網をすり抜け、突如背中に現れたのだから。ハジメは〝気配遮断〟により閃光と共に気配を断ち、サソリモドキの背に着地したのだ。

 

 赤熱化したサソリモドキの外殻がハジメの肌を焼く。しかし、そんなことは気にもせず、表面が溶けて薄くなった外殻に銃口を押し当て連続して引き金を引いた。本来の耐久力を失ったサソリモドキの外殻は、レールガンのゼロ距離射撃の連撃を受けて、遂にその絶対的な盾の突破を許す。その結果に焦ったサソリモドキは、自分が傷つく可能性も無視して2本の尻尾でハジメを叩き落とそうとする。

 

「おっと、そいつはやらせない。」

 

 ハジメと同じ様に〝気配遮断〟を使っていた社が、刀で薙ぎ払う様に尻尾を斬り裂く。ユエの魔法によって焼け爛れていた外殻を貫き、浅く無い手応えと共に2本の尻尾が斬り払われる。

 

「これでも喰らっとけ!」

 

 その隙にハジメはポーチから取り出した〝手榴弾〟をドンナーで開けた肉の穴に腕ごと深々と突き刺し、体内に置き土産とばかりに埋め込んでおく。ハジメの腕が焼け爛れるがお構いなしだ。そして、サソリモドキに攻撃される前に2人は〝縮地〟で退避した。サソリモドキが離れていくハジメ達に再度攻撃しようと向き直る。が、もう遅い。

 

 ゴバッ!!

 

 そんなくぐもった爆発音が辺りに響くと同時に、サソリモドキがビクンと震える。動きの止まったサソリモドキとハジメ達が向き合い、辺りを静寂が包む。やがて、沈黙を破る様にサソリモドキがゆっくりと傾き、そのままズズンッと地響きを立てながら倒れ込んだ。

 

「指差()確認、ヨシ!」

 

「ヨシ!」

 

 ハジメと社はピクリとも動かないサソリモドキに近づき、頭に刀を突き刺したり、口内にドンナーを突き入れて2、3発撃ち込んでからようやく納得したように頷いた。現場猫宜しく、態々指差し確認までする念の入れようである。「止めは確実に!」というのは2人に共通したポリシーだった。

 

「ハジメ」

 

「応」

 

 パァン!

 

「「Yeah!」」

 

 難敵を打ち倒した喜びにハイタッチを交わすハジメと社。2人が振り返ると、無表情ながらどことなく嬉しそうな眼差しで女の子座りしながらハジメ達を見つめているユエがいた。迷宮攻略がいつ終わるのか分からないが、どうやら頼もしい仲間ができたようだ。

 

「案外、ハジメの例えは当たってのかね」

 

「・・・かもな」

 

 パンドラの箱には厄災と一握りの希望が入っていたという。社の言葉により自分がこの部屋に入る前に出した例えを思い出すハジメ。中々どうして、己の言葉は的を射ていたらしい。そんなことを思いながら、ハジメは社と共にゆっくりと彼女の下へ歩き出した。 




〝兜断ち・重ね手〟・・・本作オリジナル技であり、八重樫流剣術の技の1つ。技の詳細に関しては本文に書いた通りであるが、社の膂力では普通の日本刀は簡単に折れてしまう為、実質呪物化した刀専用の技になっている。
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