「・・・何処だここ?」
何時の間にか地面に横たわっていた体を起こしながら、心底不思議そうに呟く社。先程まで眠っていた様だが、今自分がいる場所には見覚えが無かった。
(あれ、俺何してたっけ。王国に拉致られて、ハジメが堕ちて、合流して、ユエさん加入して、1番下でーーーっ!!!」
寝惚けた頭で現状を思い出そうとして、すぐさま何が起きたのかを把握する社。死に体の筈のヒュドラから出現した銀の頭がユエに向けて極光を放ち、悪寒を感じたハジメと社はユエを庇うように射線に立ったのだがーーー。
(流石に〝岐亀〟で受け止めるのは無理があったか)
ユエの盾になる様に、ヒュドラの放った極光を受け止めようとしたハジメ。そんな友人を庇う様に更に前に立った社は〝岐亀〟の結界を展開した筈だが、そこから先の記憶は無かった。
(2人はどうなった?ヒュドラは?と言うか、本当にここは何処だ?)
気になる点は幾つもあるが、目下の問題は今自分が居る場所が何処なのか分からない事だろう。現在社がいるのは、ヒュドラと戦っていた100階層の部屋では無く、かと言って訪れた記憶どころか心当たりすら無い場所であった。
(・・・何処かの城の大広間、っぽいか?ハイリヒ王国の城とも、神山の大聖堂とも違う感じだな・・・)
現状を把握すべく、社は警戒しながら周囲を観察する。社が倒れていたのは、西洋の城内を思わせる煌びやかな大広間だった。豪勢なシャンデリアや美しい紋様が描かれたカーペット等、美術品に疎い社ですら一目で高価と分かる調度品が惜しげもなく使われており、豪華絢爛の一言に尽きる様相であった。
「何と言うか、シンデレラとか美女と野獣に出てきそうな城だな」
余りにもらしい城内を見て、社は呟く様に感想を漏らす。思わず口に出た言葉は、そのまま誰に聞かれる事無く消える筈だった。
「えぇ、良い趣味でしょ?これでも女の子ですもの。こういった風景に憧れがないわけじゃ無いのよ?」
「ーーーーーーーーー」
ドクン、と社の心臓が跳ね上がる程に脈打った。声の主は気付かない内に背後に立っていた様だが、そんな事を気にする余裕はとうに消えていた。何時も聞いていた、どこかノイズが混じった声では無い。片時も忘れる事は無かった生前の彼女の肉声。意識せず握りしめた拳は、力を込め過ぎて指が白くなっている。ゆっくりと、恐る恐る振り返ろうとする社。自分の後ろにいる誰かの姿を見るだけのはずなのに、その動きは緩慢極まりない。それでも彼女は急かす事無く、その場で待ち続けていた。そして。
「久しぶり、と言うのが正しいのかしらね、社?」
「・・・そうだね。久しぶり、で良いんじゃないかな、■■ちゃん」
誰よりも近く、そして誰よりも遠くに居た2人が、異世界で再会した。
「あー・・・それで、■■ちゃん?」
「あら、さっきみたいに■■って呼び捨てしても良いのよ?昔の社も可愛かったけれど、今みたいに強く名前を呼ばれるのも、必死に求められているみたいで悪くないもの」
クスクスと、柔らかな笑みを浮かべながら社を揶揄う■■。愛しい彼女の笑顔を見て色々と込み上げてくるものの、何とかそれらを振り切って社は話を進めようとする。
「えー・・・それはまたの機会にして。それで、ここは何処なんだ?」
「ここ?ここは私の生得領域の中よ。私が無自覚且つとびっきりの呪術の天才だったって、お祖父様から聞いていたのでしょう?」
「・・・まあね」
■■が死んで怨霊となり社に取り憑いた後、社の祖父は何故彼女がここまで強大な呪いになったのかを知る為に■■の血筋を調査したのだ。その結果、■■の実家は何代も前に没落した呪術師の名家である事が判明。■■は無自覚ながらも呪術師として類稀なる才能を受け継いでいたのではないか、というのが社の祖父の推察であった。
「全く社ったらすぐ無茶をするんだから。私が何とか術式で相殺したから良いものの、1歩間違えれば死んでいたのよ?本当に、私がいないとダメなんだから」
「面目次第も御座いません」
腰に手を当てて頬を膨らませながらお説教をする■■。プンプン、と言う擬音が聞こえてきそうではあるが、見た目小学生なので迫力は皆無である。寧ろ微笑ましさすら感じるその様子に思わず笑ってしまいそうになるも、拗ねられるのも困る為何とか我慢しつつ謝る社。
「それで、何だが。ここから出るにはどうすれば良いんだ?」
「社がここから戻りたいって強く願えば出られるけど・・・もう行くの?少し位ここに居ても良いんじゃないかしら。ここに居る間は、現実では殆ど時間が経たないの。暫くは2人っきりでゆっくり過ごせるわよ?」
「・・・・・・・・・非常に、非常に魅力的な提案なんだけれども!普段なら間違い無く飛び付いているはずだけれども!ーーー今はダメだ。友人が今もきっと戦っている。それなのに、俺だけが美味しい思いなんて出来ない」
蠱惑的な笑みを浮かべる■■からの提案を、断腸の思いで断る社。最初に短くない間があったのはご愛嬌である。何せ9年ぶりの再会であり、今にも飛び上がりたい程には浮かれているのだから。それをしないのは、単にハジメ達の事が気掛かりだからである。
社にとって最も大事で大切なのは、間違い無く■■である。だが、優先すべき事態を見誤るつもりも社には無かった。今ここで■■の提案に乗る形で自らの欲望に従ってしまえば、ハジメ達を見捨てる事になってしまう。目の前にいる大切な人をみすみす死なせる様な事は2度としないと、社は呪術師になると決めた時に誓ったのだから。
「・・・そう。社らしい、と言えば社らしいのかしら。ーーーねぇ、社。もし、彼等を助ける手段があるって言ったら、どうする?」
「そんな方法あるのか!?教えてくれ■■ちゃん!俺に出来る事なら何でもするから!」
社の言葉に納得した様な声を出した■■は、すぐに悪戯っ子の様な笑みを浮かべると予想外な事を言い出した。予想だにしない言葉を返されて、思わず食い気味に答える社。
「簡単よ。私との契約を切れば良いの」
「却下。論外だね」
「・・・え?」
「嫌だよ、そんな方法。俺にとっては考える価値すら無い」
迷う事無く、躊躇う事無く。何を当たり前の事を、と言わんばかりに断言した社。種類は異なれど、今まで笑みしか浮かべてなかった■■の表情がここに来て初めて大きく変わる。驚愕と困惑が入り混じった顔の■■とは対照的に社の表情は特に変化しておらず、それが余計に■■の混乱を助長していた。
「・・・今の私達は昔に約束した『ずっとずっといっしょにいる』って『縛り』で繋がっているの。私には才能があったけど当時の社は呪術師として未熟だったし、何よりも『縛り』として貴方の同意を得た訳じゃ無いから、この縛りは不完全な物なのよ。怨霊になっている私ならともかく、今この場にいる私と社、両者の同意が有ればこの契約は破棄出来る。そして、今まで私達が一緒にいた期間に溜め込んだ呪力の全てを使えば、あんな蛇如きは一蹴出来るわ。だからーーー「■■ちゃん何か誤解してないかな」・・・?」
理解を促す様に、或いは未練を断ち切る様に。分かりやすく、伝わり易く説明を続けていた■■の言葉を、社は優しく遮った。自分の想いが少しでも伝わる様にゆっくりと、しかし確かな意思を込めて、社はずっとずっと伝えたかった本心を打ち明ける。
「俺は別に■■ちゃんに取り憑かれた事を、唯の1度も不幸だなんて思った事は無いよ。それは今も昔も、そしてこれから先の未来でも変わらない。もし■■ちゃんと俺が離れる時が来るとすれば、それは■■ちゃん自身が心底俺から離れたいって思った時だけだよ。・・・■■ちゃんは今、俺から離れたいって思うかい?」
「・・・それは」
社の言葉に、酷く動揺した様子の■■。先の言葉通り、社は■■に憑かれた事をただの一度も不幸であると感じたことは無かった。『ずっとずっといっしょにいる』ーーー幼稚で未熟だった頃の自分達が、それでも自分たちなりに本気で心から守りたいと誓った約束。死んで怨霊となって尚、その約束を守り続けてくれた■■に対して、社が喜ぶ事はあっても悪感情など抱く筈も無かった。
「だったら、その案は無しだ。それよりも1つ、今の会話で試したい事が出来たんだけど、良いかな?」
「・・・?何かしら?」
口ごもる■■にそう言って、社は思い付きの仔細を話す。だが、説明を進めるたびに■■の顔は険しくなっていった。
「・・・・・・出来る出来ないで言えば可能でしょうね。上手くいけばこの状況も打開できるかもしれないわ。でも、私は反対。そんな事をしたら、怨霊の私が何をするのか全く予想出来ないのよ?最悪貴方は死ぬーーーいや、死ぬより酷い目に合うかもしれない。それでも、本気でやるつもりなの?」
■■の言う通りこれから社が行おうとしているのは、常人であれば自殺に等しい暴挙と言って良いものであった。確かにある意味では理に適った行動なのかもしれないが、得られるリターンに対して背負うべきリスクがまったく釣り合っていなかった。そんな大博打を自身の命を賭けてまでする価値があるのかと、■■は社に問いかける。
「勿論。■■ちゃんは知ってるとは思うけどさ。俺は俺が死ぬよりも、何も出来ずに身内が死ぬ方が怖いんだ。目の前で大切な誰かが死ぬ事に比べたら、自分の命を賭けた方がまだマシなのさ」
そんな■■の不安や心配を笑い飛ばす様に、社は自分の想いを語る。■■が目の前で事故に合い死んだあの日、社は自分が何も出来なかった事を強く深く悔やんでいた。当時10にも満たない子供になにが出来たのかと口にするのは簡単だったが、しかし社はその言葉で自身を納得させられなかったのだ。
幸い(と言って良いかは意見が分かれるであろうが)■■は死して尚社の下に戻ってきてくれたが、こんな奇跡は2度も起こらないだろう。もしまた似たような事が起きたら?それが自分にとって大切な人だったら?ーーーそう考えてしまった社が力を求めて『呪術師』となったのは、当然の帰結だったのだろう。
「・・・もう。それを言われたら私は何も言えないじゃないの」
「アッハッハ、ゴメンね■■ちゃん。ーーー名残惜しいけど、もう行かなきゃ」
恨みがましく拗ねる様に呟く■■。そんな子供らしい姿を見た社は笑いながら謝ると、別れを切り出した。時間はほとんど経過してないとは言え、これ以上ハジメ達を待たせるわけにもいかない。
「ーーーそれじゃあ、またね■■ちゃん」
「ーーーええ、また会いましょう、社」
お互いに再開の言葉を残し、社の体が透ける様にして消えてゆく。数秒もしない内に社は消え去り、後に残ったのは■■唯1人。
「あら、今更のこのことやってくるだなんて、一体どういう了見かしら?」
否。■■がそう呟いた瞬間、大広間の雰囲気が一変する、
煌びやかだった筈の城内が、鍍金が剥がれ落ちるが如く変性する。豪勢な作りだったシャンデリアが、罅割れて今にも崩れ落ちそうなほどにボロボロになっていく。美しいかったカーペットは血や泥の様な染みで彩られ、壁に掛けられていた絵画は見るも無残に朽ち果てる。美しく磨かれていた床や壁は錆び塗れの廃墟の様な色合いに様変わりし、美しかった大広間は1分も立たずして亡霊や怪物の住処と言うに相応しい様相に変化していた。だが、その程度の変化はまだ可愛い方であった。
「ヤシロォ!ドコニイルノ!?ヤシロォ!!」
「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!!!!」
周囲の変化が霞む程の呪詛と共に、虚空より2体の怪物が現れる。出現した一方は、今も社に取り憑いている特級怨霊としての■■。そしてもう一方は、先程社と話していた生前の■■と瓜二つの、しかし纏う雰囲気だけが決定的に異なる鏡写しの様な姿の■■。
「どうしても何も、ねぇ。貴女じゃ社を殺しかねないじゃないの」
「ーーーーーーーーー!」
「ハッ、よく言うわね。社を殺しかけた前科もある癖に、まだ自分が好かれてるとでも思っているのかしら。頭の中お花畑なの?・・・怨霊の私もさっさと戻りなさい。社が呼んでるわよ」
「ホントォ!?ワカッタァ!」
社に必要とされていると聞くや、先程まで泣き喚いていたのが嘘の様に嬉々として大広間から消え去る怨霊。その様子を見て溜息を吐く■■だが、気を取り直してもう1人の■■のほうに向き直る。その顔には嘲笑や侮蔑等、分かり易く負の感情が浮かんでいた。
「貴女も怨霊の私の様に聞き分け良くなってくれないかしら。正直、貴女の顔を見るのも嫌なのよ」
「ーーーーーーーーー!!」
「五月蝿い、消えろ。社はお前の物じゃない。お前如きが口にするのさえ烏滸がましいわ」
「ーーーーーーーーー」
スウ、と最後に何かを呟いた■■が消え去る。美しかった面影は消え去り、怖気の走る様な姿に変わってしまった大広間の中で■■だけが変わらず佇んでいる。
「・・・フン、貴方が何を思おうとも全て無駄よ。ーーーそれにしても、本当に社ったらお馬鹿さんなんだから」
先程まで■■に向けていた悪意が嘘の様に、穏やかな親愛を込めた笑みと声で■■が囁く。
「過去の私が本当に何も知らないまま、無意識で社を縛ったと思っているのかしら。自らの才能に無自覚なままだったら、きっと貴方の事も呪ってしまっていたわよ?」
それは社も社の祖父も知り得ない、■■だけが知り得る真実。
「私の両親も血族も古臭くてカビの生えた、何の役にも立たない塵芥ばかりだったけれど。私を才能溢れる身体に産んでくれた事だけは感謝しても良い気分ね。社のお祖父様は私の術式を『条件付きの術式模倣』と考えていた様だけど・・・流石に本当の術式までは見抜けなかったみたいね」
社に聞こえないと確信しているのか、或いは聞こえてしまっても良いと考えているのか。声色から彼女の内心を伺う事は出来ない。
「フフフ、社ってば格好良くなってたなぁ・・・。私のために、だなんてあんな事言われたらーーーメチャクチャにしてやりたくなるじゃない。それとも、もしかして分かっててやってたのかしら?」
クルクルと、ご機嫌な様子で1人踊る様に回る■■。その顔には、見る物全てを蕩かす様な魔性の笑みが浮かんでいた。
「また、近い内に会いましょうね、社」
願望の様にも断言する様にも聞こえた呟き。それが果たされるかどうかは、今は誰にも分からなかった。
「ぐぅっ・・・ここ、は・・・」
うめき声と共に目を覚ました社。■■の生得領域からは無事に戻って来れた様だが、未だ周囲の状況を把握しきれてはいない。ハジメ達がどうなったかを知る為に、ボヤけた視界のまま体を起こそうとするがーーー。
「痛っ!?やっぱ怪我して・・・うっわグロッ」
身体に走る激痛の原因を探ろうとした社の目に飛び込んで来たのは、酷く焼け爛れた己の右半身だった。ヒュドラの放った極光に対して、半身になり右腕を突き出す様にして結界を張ったからだろう。熱傷深度で言えば文句無しのⅢ度。「痛い」だけで済んでいるのは、社が人一倍頑健である事だけが理由では無いだろう。深い火傷は、痛みや温度を感じ取る感覚受容器すら焼くのだから。
特に酷いのは、やはり突き出した右腕の指先から二の腕にかけて。火傷を通り越して半ば炭化しており、辛うじて原型を留めている程度だった。感覚も完全に死んでおり最早肘から先は無いも同然、通常なら再起すら不可能だろう。
(こりゃヒデェや。・・・ハジメ達は何処だ?)
怪我の確認もそこそこに周りの様子を伺う社。今現在社がいるのは、ヒュドラが現れた部屋の壁に程近い場所だった。どうやら極光を食らった衝撃で大きく吹き飛ばされた様で、そのまま気を失っていたらしい。
ズガガガガガッ!
(っ!あの柱の裏か!ヤバいな、時間が無い)
直後、何かを削る様な音が部屋に響く。音の発生源を辿ると、ヒュドラの銀頭が1本の柱に向けて次々と光弾を撃ち出していた。恐らくあの柱の裏にハジメとユエが退避しているのだろうが、あの様子では柱を削り切るまで1分と保たないだろう。
「ーーー■■ちゃんっ!来れるか!?」
「ナァニ?ヤシロ」
社の呼び声に間髪入れず顕現する怨霊の■■。危機的な状況であろうとも、いつもと変わらずに自分の呼び声に応えてくれる■■の声を聞いて、自らの焦燥感が収まっていくのを感じる社。
(思えば何時だって、■■ちゃんは俺に応えてくれた。彼女がいなきゃ俺はとっくの昔にくたばっていただろうしなぁ。・・・そんな俺が■■ちゃんを信じないってのは、嘘だろ)
過去に幾度も呼ばれた■■は、何時だって社の期待を裏切る事は無かった。偶に予期せず顕現した事はあれど、それだって社を危機から守る為だ。ならば、己だけは真摯に■■を信じるべきだと、社は改めて決心する。
「■■ちゃんに『大事なお願い』があるんだ」
「・・・?」
過去を思い出しながら、社は覚悟を決めるーーー否、覚悟は当の昔に決まっていた。自分にとっての原点を思い返しながら、社は決定的な一言を伝える。
「もう一度、約束して欲しいんだ。『ずっとずっと一緒にいよう』って」
「ーーーーーーーーー」
それは、9年前にした誓いの言葉。微笑みながらプロポーズしてくれた■■に、社が返した精一杯の答え。そして、その言葉こそが今の今まで社と■■を繋いでいた鎖でもあった。
生得領域で■■に語った社の思い付きとは、自身と■■を繋ぐ『縛り』の更新である。■■の言葉通り、2人を繋いでいた『縛り』は様々な理由から不完全な物であった。当時の社が呪術師として未熟であった事もそうだが、他者間の縛りは両者の明確な同意があってこそ成り立つものである。社は『ずっとずっといっしょにいる』誓いを、『縛り』であるとは意識せずに約束した為に『縛り』自体が不完全な物になってしまっていたのだ。
そんな不完全極まりない『縛り』が何故成立していたのかと言えば、それこそ■■の才覚が並の術師を寄せ付けぬ程に隔絶したものであったということなのだが・・・。ともかく、今現在結ばれている不安定な『縛り』は■■の才能あってこその物である。社はこれを今一度明確に『縛り』として結びなおそうとしていた。
もし『縛り』を正しく結べたのであれば、生まれるメリットは計り知れない。不安定だった社と■■の繋がりが健常化するのであれば、■■は呪術をより効率的に、効果的に振るうことが出来る様になるだろう。不完全な『縛り』を保つために割かれていた■■の才能も解放され、今度こそ十全な力を思う存分発揮出来る筈だ。
だがそれ以上に、今回行う『縛りの更新』には多大なデメリットが付きまとう。正常な『縛り』を結ぶということは、社と■■の結びつきがより強く深くなる事を意味する。唯でさえ呪いの塊と言って良い怨霊、それも特級を冠する程の存在に憑かれる事が肉体にどれほどの影響をもたらすのか。今までは社が持つ依り代としての特性と頑健さでどうにかなっていたかもしれないが、今後どうなるのかは全くの未知数と言って良いだろう。だと言うのにーーー。
「・・・ホントニ?イイノ?」
「勿論。この場を打開出来る様な力が欲しいとか、そういう下心も有るけれど。一番の理由は、俺が■■ちゃんと一緒に居たいからさ」
恐る恐るといった様子で聞き返す■■に苦笑しながら答える社。ヒュドラを倒すだけであるなら、不安定な『縛り』を破棄した上で溜め込んでいた呪力を使うのが最も安全で賢い選択なのだろう。しかしその選択は■■との別離を意味してもいる。いずれ必ず訪れる結末であろうとも、社には今はまだその選択は選べない。少なくとも己の都合で■■を切り捨てるような真似だけは絶対にしないと、社は固く己に誓っていた。
「ーーーウレシイワウレシイワウレシイワ!!!ヤシロガズットズットイッショニッテ!!!ズットズットイッショニイラレルッテ!!」
「あぁ、そうだ。俺達は、ずっとずっと一緒だ」
歓喜に震えながら、歓びの声を上げる■■。子供の様にはしゃぐ彼女を宥める様に、社もまた誓いの言葉を繰り返す。そして。
「エェエェーーーワタシタチハズゥットズゥット、イッショダヨ?」
その言葉と共に■■の体が崩れて液状化していく。輪郭がボヤけ徐々に泥々になっていく姿は、さながらグロテスクなスライムを連想させる。そして、体積の半分程が蠢く粘液になったところで、突如■■は社の体に覆い被さる様に降りかかった。側からは捕食にも見えるだろう行為を、しかし当事者の社は声一つ上げる事無く目を瞑って静かに受け入れた。