ありふれない怨霊こそ世界最愛 作:白紙
「最近さー、日記を書き始めたんだよ」
高校の昼休み。人気のない空き教室で2人の友人達と昼食をとりながらノンビリしゃべっていた最中。ふと思い出したかのように、僕の向かい側に座っていた
ーーー
あの日、どうしても店舗限定品付きのゲームが欲しかった僕は、対象となる店舗を幾つも回っていた。自分の中に存在する、サブカルに対する溢れんばかりの情熱と
ある種当然ともいえるその代償に対して焦った僕は、両親に弁解の電話を入れると(遅くなった理由に対して、納得と「気をつけて帰ってこい」の声だけで許してくれるあたり、理解ある良い両親を持ったなと我ながら思う)、両親を心配させないため、そしてあわよくば帰ってからのゲーム時間確保のために帰路についた。
幸いにして、終電までにはある程度時間の余裕があり、現在地から駅までの道のりは頭の中に入っていたので迷うことは無かった。無かったのだけれど、丸々1日使って、諦めかけていた目当てのものを手に入れた喜びは、僕の中で予想以上に大きくなっていた。膨れ上がった喜びは、僕を一刻も早く家に帰らせるために、頭の中の地図を無責任に信じ切り、その
自らの感情に従うまま、僕は1つ目の横道をさっさと抜け去り、2つ目の一方通行の道を早歩きで通り、3つ目の寂れた小さな公園の中を走り去ろうと足を踏み入れ、そしてーーー血濡れで佇む社君を見つけたのだった。
草木も眠る丑三つ時ーーーにはまだ早いが、帰宅のために公園を通って
(・・・いやいやいや、確かに全身真っ赤に染まっている様に見えるけど、だからと言って血だと決まったわけじゃーーー)
と思考した直後、夏特有の生ぬるい風に乗った
その悪臭の原因となっているであろう少年の背丈はハジメよりも頭一つ分高いくらいで、体格はがっしりとまではいかなくとも引き締まっており、何か運動でもして鍛えているかのように見えた。服装は、血濡れで分かりずらかったが、半袖Yシャツに、おそらくは黒色であっただろうスラックスを履いていたため、もしかするとハジメと同じような、下手すると同年代の学生かもしれない。
少年は先ほどからハジメがいるのとは別の方向ーーーハジメには子供たちが遊ぶための砂場しか見えなかったーーーを身動き一つ取らず見つめていた。そのためこちらには気づく様子も無い。顔は見えなかったが、肩より少しだけ先に伸ばした髪をうなじのあたりでまとめて緩く一本止めにしていた。
(って、冷静に観察している場合じゃない!)
今まで遭遇したことのない非常事態により、数秒呆けながらも観察を行っていたハジメの意識がようやく回復。何とか冷静さを取り戻すことに成功する。が、そのせいで新たな疑問と問題が浮上してしまう。
(・・・この人の全身の血は他人のもの?それとも自身から流れたもの?)
ここでハジメの生来の優しさが足を引っ張ってしまう。ハジメ自身には自覚があまりないが、見ず知らずの他人の心配を心からできる人間は少ない。ましてや体を張るなんて尚更だろう。しかしハジメは出来る、
(普通に考えれば、本人の血じゃない可能性のほうが高いんだよなぁ)
ハジメのサブカル知識の中には、人間が失血死する血液の量も入っている。少年の体に付いている血液量は、失血死の限界ギリギリを優に超えている様にハジメには見える。よって、他人を傷つけ害して、その返り血を浴びたままここにいる、というのは可能性の高い推測だろう。少年自身が流した血液である、というよりもよほど説得力はある。しかし、それでも、
(・・・声をかけてみよう。見た感じ凶器は見当たらないし、ヤバそうなら大声を上げて逃げよう)
関係のない他人を見捨てるという選択が出来ないのが南雲ハジメと言う人間だった。ハジメと血濡れの少年との距離は10m弱。右手に持った荷物をしっかりと握りしめ、いつでも通報できるように、携帯の入ったポケットに左手を突っ込む。そして万が一のために逃げる方向を確認し、幾度か深呼吸。そして、声を掛けようと口を開く直前ーーー
目の前を「唇に目と人間の手足がついている」としか形容できない生物が横切った。
(・・・?・・・・・・!?!?!?)
ハジメ本日2回目の
謎生物の大きさは、大きく見ても30㎝は無いだろう。体長の半分が赤く瑞々しい唇でできており、上唇を丁度3等分した際の当分線上に人間の眼球が1対乗っている。手足は肌色で10㎝程。人間とそっくりな造形であり、手は唇の端、いわゆる口角についており、足は目と同じように、下唇の3等分線上についている。身も蓋もないが、一言で言うなら某妖怪アニメに出てくるメダ〇の親父の唇バージョンが近いだろうか。それがテクテクときれいな姿勢で歩いてくるのである。ぶっちゃけすさまじくキモイ。
(いやいやいやその造形と体格でバランス崩さずスムーズに歩けるとかすごすぎでしょキモいけど!どうやってバランスとってるんだろう中身どんな何だろう凄いなぁキモいけど!)
先ほどまでの覚悟は遥か彼方へと消え、声を出さないようにと慌てて口元を抑えつつも、目の前の唇親父(仮)に対しての興味と興奮が隠せないハジメ。すると、唇親父(仮)がどうやらハジメに気づいたようで、お互いの目と目が合う形に。数秒の間見つめあう2人(1人と1体?)。
(・・・あれ?ここからどうしよ「お前さんそこで何してんの?」ーーーッ!)
ハジメが唇親父(仮)と見つめあっている間に、血濡れの少年はこちらに気が付いたようだった。こちらを訝しげに見ている少年の顔には、中学生特有の幼さが残るものの、鋭い目つきと掛けられた縁無し眼鏡によるものか、子供っぽいという印象はなかった。首から上に血液がかかっておらず、髪や眼鏡から水滴が滴っているのを見るに、どうやらハジメが来る前に、既に公園の水飲み場で血を洗い流していたらしい。
(どうしよう、なんて答えよう。正直に「お怪我はありませんか」というべきか、それとも黙ってここから逃げようか、いやここまで喋れるのだからそこまで酷い怪我ではないのかなだったら逃げてしまってもーーー)
ここからどうすべきか真剣に考えつつも、目の前の少年と唇親父(仮)の両方が気になりすぎて、
「お前さん、このクチビルもどきが見えてるのか」
驚き半分関心半分の声で問われるハジメ。その言葉に疑問を持つ前に、うなずき肯定の言葉を掛けようとして、
上空から飛来したナニカに、唇親父(仮)が潰された。
「唇親父(仮名)がっ!?!?」
空から落ちてきたナニカのせいで舞い上がった砂埃を浴びながら叫ぶハジメ。そのせいで無駄に咳き込みつつも、目を凝らし唇親父(仮名)がいたところを見る。砂埃の晴れた先には、血だまりとともに、異形としか言えないような
体長は
(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!!)
本日3回目にして最大の驚きは、同時に最高の恐怖をハジメに齎した。目の前にいる
ーーーしかし目を閉じる直前。ハジメの目には
(・・・今なら逃げられる?)
ハジメの心中に文字通り希望の火が灯る。
(そんなわけない、都合のいい考え方はやめろよ僕っ・・・!)
自分が狙われていない、という事実に安堵して腰が抜けそうになるのを歯を食いしばって耐えるハジメ。
(「どうなるか分からない」じゃない!絶対碌なことにならないに決まってるだろ!)
事ここに至って、ハジメの心中にあるのは、血濡れの少年に対する心配であった。
もし相手が
しかし今回はその手段が使えない。猛獣相手に頭を下げても、そのまま食いつかれ、貪られるだけである。では、戦って勝つというのはどうか?成程、単純明快でこれほどわかりやすい手段は無いだろう。実行も実現も不可能であるという点に目をつぶれば完璧な作戦であった。それではどうするか。
(考えろ考えろ考えろ、僕と彼がどうやってここから逃げ切るか!)
ハジメの頭の中で思考がぐるぐる回り、考えを巡らせる。集中し研ぎ澄まされていく思考は、次第に頭の中で、混乱や恐怖といった感情に割かれていた脳の
もしハジメが一人だけでこの
(後は野となれ山となれ、だ・・・!)
先ほど、血濡れの少年に声を掛けようとした時よりも深く深呼吸をする。逃げるための考えを整理し、公園の出口を確かめた。首を振ることで、残った恐怖心と迷いを振り切る。覚悟を決めた時には、ハジメはもう、最初に感じた独特の鉄臭さを感じなくなっていた。そしてーーー
「っ、わああああああああああああ!!」
少年と
「え、何、どういう状況?」
困惑の声を上げる少年。「そんな事は僕が聞きたい」という言葉をハジメは飲み込み、
「今は兎に角・・・逃げるんだよォォォーーーーーーーッ!」
叫びながら逃げるハジメ。見知った漫画のセリフが出てきたのは、目論見が成功したことに対する興奮からか、それともつかの間の安堵から来る無意識によるものか、どちらにせよ本人に自覚はなさそうである。
ハジメ達が逃げて行くのを、不思議そうに、何もせずに見ていた
『オイカケッコガシタイノォ?イイヨ?アーソビーマショー』
納得の声と共に、