ありふれない怨霊こそ世界最愛   作:白紙

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35.合流

 ライセン大峡谷に悲鳴と怒号が木霊する。ウサミミを生やした人影が岩陰に逃げ込み必死に体を縮めている。あちこちの岩陰からウサミミだけがちょこんと見えており、数からすると20人と少し。見えない部分も合わせれば40人といったところか。

 

 そんな怯える兎人族を上空から睥睨しているのは、奈落の底でも滅多に見なかった飛行型の魔物だ。〝ハイベリア〟の名で呼ばれるこの魔物、姿は俗に言うワイバーンが一番近いだろう。体長は3~5メートル程で、鋭い爪と牙、モーニングスターのように先端が膨らみ刺がついている長い尻尾を持っている。

 

 全部で6匹いるハイベリア達は、獲物の品定めをするかの如く兎人族の上空を旋回していたが、その内の1匹が遂に行動を起こす。大きな岩と岩の間に隠れていた兎人族の下へ急降下すると、空中で1回転し遠心力のたっぷり乗った尻尾で岩を殴りつけたのだ。轟音と共に岩が粉砕され、兎人族が悲鳴と共に這い出してくる。

 

 ハイベリアは「待ってました」と言わんばかりに、その顎門を開き無力な獲物を喰らおうとする。狙われたのは2人の兎人族。ハイベリアの一撃で腰が抜けたのか動けない小さな子供に、男性の兎人族が覆いかぶさって庇おうとしている。

 

 周りの兎人族がその様子を見て瞳に絶望を浮かべた。誰もが次の瞬間には2人の家族が無残にもハイベリアの餌になると想像しただろう。しかし、それは有り得ない。何故ならここには彼等を守ると契約した、奈落の底より這い出た化物達がいるのだからーーー。

 

「自分の身を顧みず、動けない子供の盾になるーーー聞いた話より大分格好良いですね?」

 

 ズドンッ!!

 

 聞き慣れぬ声からの称賛と共に飛来した突風を纏う何かが、今まさに二人の兎人族に喰らいつこうとしていたハイベリアを叩き落とした。蹲る二人の兎人族の少し手前で墜落したハイベリアの背には、何者かが剣を突き立てている。信じられない事にこの人物、飛行中のハイベリアに飛び乗ると剣を突き刺して地面に叩きつけた様だ。

 

 シャリン

 

 直後、謎の人物が突き刺さっていた剣を抜き放ち、目にも留まらぬ速さで振るう。何も斬ってはいない筈の峡谷で何故か金属同士が擦れた音が響き、一条の銀閃が空を断つ。

 

 すると、後方で何かが落ちる音が響いた。呆然とする暇も無くそちらに視線を転じる兎人族が見たものは、首を刎ねられて大量の血を吹き出しながら息絶えたハイベリアの姿。すぐ近くには腰を抜かしてへたり込む兎人族の姿がある。恐らく先の1頭に注目している間に、そちらでも別個体の襲撃を受けていたのだろう。

 

「な、何が・・・。」

 

 先程子供を庇っていた男の兎人族が呆然としながら、目の前で墜落死したハイベリアと、その背に乗った男を交互に見ながら呟いた。理屈は全く分からないが、彼がやったのだろうか。

 

 上空のハイベリア達が仲間の死に激怒したのか一斉に咆哮を上げる。それに身を竦ませる兎人族達の優秀な耳に、今まで一度も聞いたことのない異音が聞こえた。キィィイイイという甲高い蒸気が噴出するような音だ。今度は何事かと音の聞こえる方へ視線を向けた兎人族達の目に飛び込んできたのは、高速でこちらに向かってくる見たこともない黒い乗り物と、そこから身を乗り出している2つの人影。

 

 ドパンッ!!ドパンッ!!ドパンッ!!ドパンッ!!

 

 4発の乾いた破裂音が響くと同時、向かってくる人影の1つから四条の閃光が放たれた。虚空を走る閃光は仲間の死に激昂していた空中のハイベリアの内2匹をいとも容易く貫いていく。翼や胴体をぐちゃぐちゃに粉砕されたハイベリア達は、バランスを失って地面に叩き落とされてしまう。

 

 混乱の極みにいた兎人族だったが、もう一方の人影には見覚えがありすぎた。今朝方に突如姿を消し、ついさっきまで一族総出で探していた女の子の内の1人。一族が陥っている今の状況に、酷く心を痛めて責任を感じていたようで、普段の元気の良さは鳴りを潜めて思いつめた表情をしていた。何か無茶をするのでは、と心配していた矢先の失踪だ。つい慎重さを忘れて捜索し、ハイベリアに見つかってしまったのが運の尽きで、彼女を見つける前に一族の全滅も覚悟していたのだが・・・。

 

 その彼女が黒い乗り物の側面から身を乗り出して、手をブンブンと振っている。その表情には普段の明るさが見て取れた。信じられない思いで彼女を見つめる兎人族達。

 

「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~!」

 

「「「「「「「「「「シア!?」」」」」」」」」」

 

 その聞きなれた声音に、これは現実だと理解したのか兎人族が一斉に彼女の名を呼んだ。

 

「チッ、流石に運転しながらだと狙い難いな。」

 

 ハジメは魔力駆動四輪を高速で走らせながら舌打ちをする。レールガン1発でハイベリア1体を確殺出来るだけの威力はあるのだが、いかんせん高速の四輪を運転しながら身を乗り出しての射撃では命中に難がある。故に、無理に急所を狙わずに、確実に当てる事だけを考えて弾丸を放った訳である。ハジメ本人はこの結果に不満である様だが、1発も外す事なく命中させた手腕は見事と言う他無い。

 

 ここで漸く、ハイベリア達の頭に「逃走」の2文字が浮かぶ。先程まで獲物を狩っていた筈の自分達が、方法すら分からず瞬く間に半壊させられた事実。弱い魔物であればこの時点で脇目も降らず逃げていただろう。しかし、この峡谷では強者に位置していたハイベリア達は、戦うべきか逃げるべきかを一瞬だけ迷ってしまった。ーーー故にこの一瞬が、彼等の生死を分けた。

 

「遅い。」

 

 ジャララララ!!

 

 その隙を、迷いを。見逃す程社は甘くは無い。滞空するハイベリア達の下まで〝空力〟で跳び上がると、社は〝天祓〟を蛇腹刀にして振り回した。製作に使われたのが社の呪力だからか、或いは完成時の調伏によるものか。〝天祓〟は社の意思に忠実に、まるで意思持つ生物の様に動き回り、残るハイベリア達を細切れにした。

 

 断末魔の悲鳴を上げる暇すらなく、バラバラになって地に落ちていくハイベリア達。シアを襲っていた双頭のティラノモドキ〝ダイヘドア〟と同等以上に、この谷底では危険で厄介な魔物として知られている彼等が、何の抵抗も出来ずに瞬殺された。有り得べからざる光景に硬直する兎人族達。

 

「全員無事ですか?」

 

「え、ええ、この場にいる者は。何人か怪我した者も居ますが、動けない程ではありません。」

 

「左様で。」

 

 周囲を警戒しながら、兎人族の1人に確認する社。声を掛けられた男性はビクッ!と驚きながらも、迷い無く返答する。周りを見ても苦しげにしている兎人族は居ない為、どうやら全滅は免れていた様ではある。

 

「おう。ご苦労だったな社。首尾は?」

 

「死傷者・重傷者無し。怪我人も軽いのだけで問題無し。そっちもーーー・・・姉兎さんは額押さえてどうしたの?」

 

 社が現状の確認をしていると、四輪を近くに停車させたハジメ達が近づいて来る。が、アルが他の兎人族達に直ぐ様駆け寄ったのに対して、シアは額を抑えて蹲っていた。

 

「このバカウサギ、車ん中でギャーギャーうるさいわ、後ろの座席から運転席揺らすわでウザかったんでな。思わずゴム弾で撃ち抜いちまった。」

 

「Oh・・・。つーか、それで良く魔物を撃ち落とせたもんだ。義手と言い射撃の腕と言い、マジで山猫(オセロット)染みてきたな?」

 

「ハッ、良いセンスだろ?」

 

 社の賞賛にノリ良く答えたハジメ。シアに使った弾丸は、炸薬量を減らした上で先端をゴム状の柔らかい魔物の革でコーティングした非致死性弾だ。一度社相手に試し撃ちした際は、あろう事が素手で掴まれてしまったのでテストにならなかった。が、シアの様子を見るにそれなりの威力はある様だ。

 

「うぅ~、私の扱いがあんまりですぅ。待遇の改善を要求しますぅ~。私もユエさんみたいに大事にされたり、社さんみたいに仲良くしたいですよぉ~。」

 

 しくしくと泣きながら抗議の声を上げるシア。シアはハジメに対して恋愛感情を持っているわけではない。ただ、絶望の淵にあって〝見えた〟希望であるハジメを不思議と信頼していた。全くもって容赦のない性格をしているが、交わした約束を違えることはないだろうと。しかも、ハジメはシアと同じ体質である。〝同じ〟である事は、それだけで親しみを覚えるものだ。そして友情か愛情かの違いはあれど、ハジメはやはり〝同じ〟であるユエと社を大事にしている。少なくとも、この短時間でも明確にわかるくらいには。正直、シアは3人の関係が羨ましかった。それ故に〝自分も〟と願ってしまうのだ。

 

 ボロボロになった衣服を申し訳程度に纏い、額を抑えながら足を崩してシクシク泣くシアの姿は実に哀れだった。流石にやり過ぎた・・・とは思わず、鬱陶しそうなハジメは宝物庫から予備のコートを取り出し、シアの頭からかけてやった。これ以上、傍でめそめそされたくなかったのだ。反省の色が全くない。

 

 しかし、それでもシアは嬉しかったようである。突然に頭からかけられたものにキョトンとするものの、それがコートだとわかるとにへらっと笑い、いそいそとコートを着込む。ユエとお揃いの白を基調とした青みがかったコートだ。ユエがハジメとのペアルックを画策した時の逸品である。

 

「も、もう!ハジメさんったら素直じゃないですねぇ~、ユエさんとお揃いだなんて・・・お、俺の女アピールですかぁ?ダメですよぉ~、私、そんな軽い女じゃないですから、もっと、こう段階を踏んでぇ~。」

 

 モジモジしながらコートの端を掴みイヤンイヤンしているシア。それに再びイラッと来たハジメは無言でドンナーを抜き、シアの額目掛けて発砲した。

 

「はきゅん!」

 

 衝撃で仰け反り仰向けに倒れると、地面をゴロゴロとのたうち回るシア。「頭がぁ~頭がぁ~」と悲鳴を上げている。だが、流石の耐久力で直ぐに起き上がると猛然と抗議を始めた。きゃんきゃん吠えるシアを適当にあしらっていると兎人族がわらわらと集まってきた。

 

「シア!お前も無事だったか!」

 

「父様!」

 

 真っ先に声をかけてきたのは、濃紺の短髪にウサミミを生やした初老の男性だった。はっきりいってウサミミのおっさんとか誰得である。社の懸念*1は正しかった。シュールな光景に微妙な気分になっていると、その間にシアと父様と呼ばれた兎人族は話が終わったようで、互いの無事を喜んだ後にハジメの方へ向き直った。

 

「ハジメ殿と、社殿で宜しいか?私はカム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか。しかも、脱出まで助力くださるとか・・・父として、族長として深く感謝致します。」

 

 そう言って、カムと名乗ったハウリア族の族長は深々と頭を下げた。後ろには同じように頭を下げるハウリア族一同がいる。

 

「まぁ、礼は受け取っておく。だが、樹海の案内と引き換えなんだ。それは忘れるなよ?それより随分あっさり信用するんだな。亜人は人間族には良い感情を持っていないだろうに・・・。」

 

 シアの存在で忘れそうになるが、亜人族は被差別種族である。実際、峡谷に追い詰められたのも人間族のせいだ。にも関わらず、同じ人間族であるハジメ達に頭を下げ、しかも助力を受け入れると言う。それしか方法がないとは言え、あまりにあっさりしているというか、嫌悪感のようなものが全く見えない事に疑問を抱くハジメ。だがカムは、それに苦笑いで返した。

 

「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから・・・。」

 

 その言葉にハジメは感心半分呆れ半分だった。1人の女の子のために一族ごと故郷を出て行くくらいだから情の深い一族だとは思っていたが、初対面の人間族相手にあっさり信頼を向けるとは警戒心が薄すぎる。というか人が良いにも程があるというものだろう。

 

(・・・・・・・・・やっっっべぇ。カムさんもカムさん以外からも、一切合切微塵も悪意を感じない。〝悪意感知〟が壊れたーーーいや、アルさんだけは若干警戒してるっぽいのが分かるから、異常がある訳じゃーーーああ、でもそれも薄まってきてる!?マジで?嘘だろ?あれ、これ万一兎人族を見捨てる展開になった時の事も考えたら、下手に他者間の『縛り』入れない方が良い?ここまで疑いを知らないなら、俺達を裏切るなんてしないだろうし・・・いや、流石にそこまで考えんのは強か通り越してクズ過ぎる。イヤでもーーー。)

 

 一方の社はと言うと、絶賛混乱中だった。この世界に来てから1番の驚き様と言えばその驚愕ぶりが如何程のものか伝わるだろうか。社の経験上、人間とは大なり小なり悪意を持つものである為、悪意を向けられる事について悩んだ事は無かった。それが他人であれば尚の事である。・・・幾ら他人とは言え、悪意を向けられて平然としていられる事自体、社が呪術師向きである(イカれてる)事の証左ではあるが。

 

 閑話休題(それはともかく)、良くも悪くも向けられた悪意を感知する事が常だった社にとって、これだけ大勢の人間が居るのにも関わらず感知できる悪意が絶無なのは初めてと言って良い体験であった。得意の猫被りで表情こそ変わらないものの、内心では動揺しっぱなしである。

 

「えへへ、大丈夫ですよ、父様。ハジメさんは女の子に対して容赦ないし、対価がないと動かないし、美少女の顔を傷モノにする様な酷い人ですけど!約束を利用したり、希望を踏み躙る様な外道じゃないです!ちゃんと私達を守ってくれますよ!」

 

「はっはっは、そうかそうか。つまり照れ屋な人なんだな。それなら安心だ。」

 

 シアとカムの言葉に周りの兎人族達も「なるほど、照れ屋なのか」と生暖かい眼差しでハジメを見ながら、うんうんと頷いている。ハジメは額に青筋を浮かべドンナーを抜きかけるが、意外なところから追撃がかかる。

 

「・・・ん、ハジメは(ベッドの上では)照れ屋。」

 

「ユエ!?ーーーええい、このままグダグダしてる暇はねぇんだ!さっさと行くぞお前ら!オラ、社も突っ立ってないで早く行くぞ。」

 

「お?おう。そうだな。ハジメはツンデレだからな。これがデフォルトだから皆さん慣れて下さい。」

 

「何でお前は脈絡無くバグってんだよ!お前まで壊れたら収拾つかないだろうが!」

 

 余りの自由さに頭を抱えるハジメだったが、何時までもグズグズしていては魔物が集まってきて面倒になるので、堪えて出発を促した。目指すはライセン大峡谷の出口である。

 

 

 

 

 

 ウサミミ42人をぞろぞろ引き連れて、ハジメ達は峡谷を行く。当然、数多の魔物が絶好の獲物だとこぞって襲ってくるのだが、ただの一匹もそれが成功したものはいなかった。例外なく兎人族に触れることすら叶わず、接近した時点で頭部を粉砕されるか、首を跳ね飛ばされるかのどちらかである。

 

 乾いた破裂音と共に閃光が走り、金属が擦れる音が響けば銀閃が煌めく。気がつけばライセン大峡谷の凶悪な魔物が為す術なく絶命していく光景に、兎人族達は唖然とし、次いでそれを成し遂げている人物であるハジメと社に対して畏敬の念を向けていた。

 

 もっとも小さな子供達は総じて、そのつぶらな瞳をキラキラさせて圧倒的な力を振るう2人をヒーローだとでも言うように見つめている。

 

「ふふふ、ハジメさん。チビッコ達が見つめていますよ~手でも振ってあげたらどうですか?」

 

 子供に純粋な眼差しを向けられて若干居心地が悪そうなハジメに、シアが実にウザイ表情で「うりうり~」とちょっかいを掛ける。額に青筋を浮かべたハジメは、取り敢えず無言で発砲した。

 

 ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!

 

「あわわわわわわわっ!?」

 

 ゴム弾が足元を連続して通過し、奇怪なタップダンスのようにワタワタと回避するシア。道中何度も見られた光景に、シアの父カムは苦笑いを、ユエは呆れを乗せた眼差しを向ける。

 

「はっはっは、シアは随分とハジメ殿を気に入ったのだな。そんなに懐いて・・・シアももうそんな年頃か。父様は少し寂しいよ。だが、ハジメ殿なら安心か・・・。」

 

 すぐ傍で娘が未だに銃撃されているのに、気にした様子もなく目尻に涙を貯めて娘の門出を祝う父親のような表情をしているカム。周りの兎人族達も「たすけてぇ~」と悲鳴を上げるシアに生暖かい眼差しを向けている。

 

「いや、お前等。この状況見て出てくる感想がそれか?」

 

「・・・ズレてる。」

 

 ユエの言う通り、どうやら兎人族は少し常識的にズレているというか、天然が入っている種族らしい。それが兎人族全体なのかハウリアの一族だけなのかは分からないが。

 

「・・・・・・あの。」

 

「うん?どうかしたの妹さん?」

 

 一行の先頭でハジメ達がカルチャーギャップを感じている中、最後尾に居る社にアルがおずおずと話し掛ける。社も余り興味を持たなかった為触れはしなかったが、思えばこの少女も中々に謎の多い存在だった。この世界では初となる、社でも感知出来る程の呪力の持ち主である事。他の兎人族の女性とは異なり、徹底的に露出を避けた服装をしている事。頭の包帯の隙間から覗く、()()()()()毛髪。そして、それら全てを当然の様に受け入れている他の兎人族達。逐一挙げればキリが無い位にはツッコミ所は多かった。・・・ハジメ達3人は全く気にしていなかったが。

 

「腹芸とか出来ないんでストレートに聞くんですケド。肩に止まってるソレって、一体何なんスか?」

 

 疑問の声と共に鋭い眼差しが向けられたのは、社の肩にいた〝薙鼬(なぎいたち)〟と〝(さと)(ふくろう)〟だった。が、真剣な様子のアルとは違い、式神達は呑気に欠伸をしたり不思議そうに首を傾げたりとマイペース極まりない。その様子を見て、若干気勢を削がれた様子のアル。

 

「別に答えるのは構わないんだけど、もう少し具体的な内容を言ってくれるとありがたいかな。何でそんな質問をしたのかーとか、その辺りを。」

 

「・・・単純な、興味本位です。アタシと姉サン以外、その動物?がハッキリ見えなかったんで。他の皆は全く見えなかったり、ボヤけて見えたりとまちまちだし。」

 

(・・・やっぱりか。式神達ーーーと言うか、呪力全般が関わる現象を確実に知覚出来るのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()だけ。・・・これ元の世界に戻ってからも絶体面倒臭い事になるな。)

 

 アルの話を聞き、自分の推測が当たっていた事を知る社。元の世界に於いては、一定以上の呪力を持たなければ見えなかった筈の式神達。だが、この世界で元々魔力を持っていた人間達と、此方に来てから魔力に目覚めたクラスメイト達は、式神の存在をさも当然の様に知覚していた。もし、元の世界に戻っても変わらずに認識出来てしまうのなら、恐らく厄介な事になるだろう。

 

(呪霊・・・は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。問題は怨霊とか高位の妖やら土地神やらに目を付けられた場合か。魔力の有無が彼等の目にどう映るか分からないが、()()()()()()()()もあるし・・・碌な事にならないだろうなぁ。)

 

「・・・大丈夫っスか。何か頭痛そうにしてますケド。」

 

「ん?あぁ、大丈夫。気にしないで、こっちの話だから。」

 

 アルの心配そうな声で我に返った社は、先の事を考えてもしょうがないと気を取り直す。どうあれ、元の世界に帰る方法を見付けなければ話にならないのだから。

 

「で、式神(コレ)についてだったっけ。コイツらは式神。俺が持ってる『術式』から生み出された、『呪術』だ。」

 

「・・・呪・・術・・・?」

 

 アッサリと、何でも無い様と言わんばかりに返された言葉に、掠れた声で鸚鵡返しをするアル。表情は包帯で隠されたままだが、その上からでも分かるほどに呆然としていた。その様子を知りながらも、敢えて言葉を続ける社。

 

「そう。人が持つ負の感情から生まれる負のエネルギー。それらを総じて『呪力』と言うんだけど、その『呪力』を『術式』に流して発動する力を『呪術』と呼ぶんだ。『術式』は基本的には生まれながらにして持つ物だから、効果は千差万別なんだけどね。で、俺の場合はコイツらの様な『式神を創り出す』事に特化した『術式』を持っている訳だ。・・・ついて来れてる?」

 

「・・・えっと、一応・・・?」

 

「そっか。・・・それで、他に聞きたい事はある?」

 

「・・・じゃあ、1個だけ。さっき『呪力』は負のエネルギーだって言ってましたケド。アタシには、その式神()達が負のエネルギーから生まれた様には見えないんスよね。」

 

(・・・へぇ。)

 

 アルの的を射た質問に内心で感嘆する社。予想ではもう少し混乱するかと思っていたが、それに反してアルは冷静に話を理解していた。頭の回転や飲み込みの速さは、社の思う以上に良い方らしい。

 

「その通り。実は『呪力』には2種類あってね。通常の(マイナス)の呪力とは別にもう一つ、(プラス)の呪力が存在している。コイツらは、(プラス)の呪力で出来た存在だ。」

 

 そう言って、式神を撫でる社。首元を指で擽られた〝薙鼬(なぎいたち)〟は、身じろぎしながらも甘える様に社の指に擦りよる。確かにこの光景を見れば、式神達が(マイナス)の呪力から生まれたとは到底思えないだろう。

 

「『術式』は(プラス)(マイナス)、どちらの呪力を流すかで効果が変わる。まぁ、『術式』の根本から逸れる様な能力にはならないけどね。・・・後は(プラス)の呪力であれば、怪我とかを治せたりするーーー」

 

 ゾルゥッ

 

「ーーーそれ、本当ですか。」

 

 不意に。アルから感じられる呪力が、目に見えて増加した。今の今まで上手く蓋をされていたのであろう力が、アルの感情の昂りにより耐え切れず噴き出したのだ。濃密な深緑色の呪力は、辺りに漏れ出し目に見えぬ圧となって放出される。

 

「・・・ああ、本当だ。自分の体だけだったり、他人の体も治せたりするかは人それぞれだけどな。それよりも、周りの子達が怖がってるぞー妹さん。」

 

「ッ!?あ、えっと、その・・・皆、ゴメン。ちょっと、興奮した。・・・社サンも、スミマセン。すこし頭、冷やして来ます。」

 

 社の声にすぐ様我を取り戻したアルは、バツが悪そうにして一行から距離を取る。先程溢れていた呪力は嘘の様に収まっており、峡谷を再び静寂が包み込む。

 

「アルも社さんも大丈夫ですか!?」

 

「何があった、社。」

 

「・・・無事?」

 

 先程の圧を感じてか、先頭に居たハジメとユエ、シアが社の下に集まって来た。傍目には分かり難いが、ハジメとユエは何時でも戦える様な体勢だった。

 

「おや、3人とも。騒がせてスマンね。ちょっと気になることがあったから、彼女の質問に答えてたんだけど、どうやら驚いちゃったみたいでね。姉ウサギさんには悪いけど、妹さんのフォロー頼めるかい?」

 

「了解です!任せて下さい!」

 

 社の端的な説明とお願いを直ぐ様理解したシアは、そのままアルに向けて突撃して行った。体よくシアから距離を離す事に成功した社に、ハジメとユエは〝念話〟で事情を聞く。

 

〝妹の方は大丈夫なのか。〟

 

〝正直分からん。自分の力に無自覚っぽい感じと、それとは別に変な違和感があったから、(ワザ)と色々話して反応を見たんだが・・・『術式』も未知数な上、呪力量も予想以上だった。今は無意識に制御出来てるんだろうが・・・アレが暴走したら、最悪兎人族は全滅するかもな。〟

 

〝姉妹共々、仲良く爆弾を抱えていた訳か。それで?〟

 

〝え?何が?〟

 

〝・・・どうするの?〟

 

〝・・・・・・。〟

 

 ユエの問いに沈黙した社。2人が聞いているのは、具体的な方策ーーーでは無い。いざその時が訪れた際に、社がどうしたいかを聞いているのだ。ハジメ達が請け負ったのは「樹海を案内して貰うまで、ハウリア達の命を保証する」事。それ以降にどうなろうが知ったこっちゃ無い、と思うのは今のハジメ達なら自然な考え方ではある。だが、それを分かったうえで尚、2人は聞いているのだ。社はどうしたいのか、と。

 

「大丈夫でしたかアル!?何か不安な事でもありましたか!?お姉ちゃんに何でも相談して良いんですよ!?」

 

「や、何でも無いから大丈夫。少し驚いただけ「いーえ!こう言うときのアルの大丈夫は信用出来ません!」何でそんな張り切ってんの圧がクソ強何だケド。」

 

 社の視線の先では、シアがアルを強引に構っていた。あんな風に詰め寄られればウザがられても仕方ないとは思うが、アルの方は呆れつつも満更でも無い様子だった。アルの呪力に圧倒されていた周りの兎人族達も、その姿を見て安堵の溜息を吐く。

 

(周りの兎人族の誰1人として、妹さんに悪意を向けてはいなかった。恐れも嫌いもせず、ただただ純粋に彼女を案じていた。・・・こんな人達が居るんだな。義妹(あの子)達にも、こんな家族が居ればーーーいや、栓無い事か。俺や爺さん達がこんな家族になれば良いんだから。)

 

 思い出すのは、双子の義妹(いもうと)である真理(まり)有理(ゆうり)。紆余曲折を得て引き取った彼女達には、ハウリア達の様な家族は居なかった。それに比べればシア達は恵まれているーーーなんて、絶対に言わないし思わないが。それでも義妹(いもうと)達には、ハウリア姉妹の様に笑っていて欲しいと思う社。

 

〝・・・ま、やるだけやってみるさ。ハジメだって、ハウリアの人達に樹海を案内させた後、そのままハイさよならするつもりは無いんだろ?〟

 

〝勘違いすんな。そこまで面倒見てやるのが契約だと思っただけだ。それにそうでもしなきゃ、またウザウサギが付き纏うに決まってるからな。〟

 

〝何て純度の高いツンデレ。過去最高では?〟

 

〝・・・ベットの上以外でも、照れ屋?〟

 

「よーし!喧嘩だなお前ら!そこに直れバカども!」

 

「え、何いきなり叫んでんの、コワッ。情緒不安定?それとも更年期?小魚食べよ?」

 

「ーーーコロス。」

 

「オイ待て待ってそれ実弾ーーーうおっマジで撃ちやがったぁ!?」

 

 本来ならば絶望しか無いはずの峡谷で、騒がしい叫び声が響き渡る。予想以上の大所帯となりながら、ハジメ達は和気あいあい?と出口目掛けて進むのであった。

*1
社の「ウサミミ付いてる人達がみんな美形とは限らん。(要約)」発言が元。詳しくは12.模擬戦参照。




色々解説
・社の口調について。
見知らぬ相手、若しくは他人の場合:基本的に丁寧語で、言い回しや口調は柔らかい。同年代の場合、丁寧語(ですます口調)は抜ける。愛子先生含むクラスメイト達や、シアとアル含む兎人族が該当。

親しい相手(女性)の場合:言い回しは柔らかいが、歯に絹着せぬ言葉や揶揄い混じりの言動が増加。恵里や雫等が該当。(ユエも該当するが、歳上でありハジメの彼女枠でもある為、少しだけ口調が丁寧。)

親しい相手(男性)の場合:言い回しは雑。隙あらば揶揄い、ツッコミと悪態が飛び交う。ハジメと幸利が該当。

・他者間の『縛り』
自身に課す『縛り』と異なり、他者間の『縛り』は破った際に明確な(ペナルティ)が発生する。(自身に課す『縛り』の場合は、破ったとしても『縛り』で得ていた力を失ったりするだけ。)
発生する(ペナルティ)の内容は様々で、『縛り』を結んだ当人に害が発生する場合もあれば、身内や家族、所属する団体を巻き込む形で発生する場合もある為、基本的に破る事は非推奨。

・今作の『呪霊』について。
本作の世界観は「ありふれ」原作をベースに、呪術廻戦の設定が一部反映される形になっています。当然2つの原作とは大小様々な差異が生まれているのですが、その中でも大きな差異の1つとして()()()()()()『呪霊』の数と質が本来よりも低くなっています。それどころかトータスには『呪霊』は()()()()()()()()。無論どちらにも理由はあるので、その辺りの事情はおいおい本編で説明されます。と言うか、ありふれアフターを読めば分かるのですが、ありふれ世界の地球も割と大概と言うか、魔境です。

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