ありふれない怨霊こそ世界最愛 作:白紙
ーーー樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いている。その有り得ない光景に、目の前の虎の亜人と思しき人物はカム達に裏切り者を見るような眼差しを向けた。その手には両刃の剣が抜身の状態で握られており、周囲にも数十人の亜人が殺気を滾らせながら包囲網を敷いている様だ。
「あ、あの私達は・・・。」
カムが何とか誤魔化そうと額に冷汗を流しながら弁明を試みるが、その前に虎の亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれる。
「白い髪の兎人族・・・だと?貴様ら・・・報告のあったハウリア族か!?亜人族の面汚し共め!長年同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは!反逆罪だ!もはや弁明など聞く必要もない!全員この場で処刑する!総員かッ!?」
ドパンッ!!
虎の亜人が問答無用で攻撃命令を下そうとしたその瞬間、ハジメの腕が跳ね上がった。銃声と共に一条の閃光が彼の頬を掠めて背後の樹を抉り飛ばし、樹海の奥へと消えていく。
理解不能な攻撃に凍りつく虎の亜人の頬に擦過傷が出来る。もし人間の様にに耳が横についていれば、確実に弾け飛んでいただろう。聞いたこともない炸裂音と反応を許さない超速の攻撃に、誰もが硬直している。
そこに、気負った様子もないのに途轍もない圧力を伴ったハジメの声が響いた。〝威圧〟という魔力を直接放出する事で、相手に物理的な圧力を加える固有魔法である。
「今の攻撃は、刹那の間に数十発単位で連射出来る。周囲を囲んでいるヤツらも全て把握している。お前等がいる場所は、既に俺のキルゾーンだ。」
「な、なっ・・・詠唱がっ・・・。」
(まぁ、初見ならそんな反応だよな。奈落で合流した時も、〝悪意感知〟無かったら蜂の巣にされてたし。)
詠唱無しで強烈な攻撃を連射出来る上、味方の場所も把握していると告げられ思わず吃る虎の亜人。それを証明する様に、ハジメは自然な動作でシュラークを抜くと、とある方向へ銃口を向けた。その先は、奇しくも虎の亜人の腹心の部下がいる場所だった。霧の向こう側で動揺している気配がする。
「殺るというのなら容赦はしない。約束が果たされるまで、こいつらの命は俺達が保障しているからな・・・唯の一人でも生き残れるなどと思うなよ。」
威圧感と共にハジメが殺意を放ち始める。あまりに濃厚なそれを真正面から叩きつけられている虎の亜人は冷や汗を大量に流しながら、ヘタをすれば恐慌に陥って意味もなく喚いてしまいそうな自分を必死に押さえ込む。
(冗談だろ!こんな、こんなものが人間だというのか!まるっきり化物じゃないか!)
恐怖心に負けないように内心で盛大に喚く虎の亜人など知ったことかと言う様に、ハジメがドンナー・シュラークを構えたまま言葉を続ける。
「だが、この場を引くというのなら追いもしない。敵でないなら殺す理由も無いからな。さぁ、選べ。敵対して無意味に全滅するか、大人しく家に帰るか。」
虎の亜人は確信した。攻撃命令を下した瞬間、先程の閃光が一瞬で自分達を蹂躙する事を。その場合、万に一つも生き残れる可能性は無いだろう。
「ーーーハイハイそこまで。ハジメも亜人の皆さんも、取り敢えず落ち着いて。俺達は貴方方に敵対する為に、態々樹海まで来た訳じゃ無いんですから。」
と、今まで
「お初にお目にかかります。私の名前は宮守社。貴方が彼等の纏め役でよろしいですか?」
「っ!?・・・ああ、そうだ。フェアベルゲン第二警備隊長の、ギルだ。」
予想外に丁寧な対応に面食らいつつも、それを顔には出さずに答えたギル。社の読み通り、ギルと名乗った虎の亜人は警備隊の隊長だった。彼等はフェアベルゲンと周辺の集落間における警備が主な仕事であり、その最中にハジメ達を見つけたのだ。
「この度は突然大勢で押しかけてしまい、申し訳ありません。ですが、我々は貴方方、ひいてはフェアベルゲンと敵対するつもりは有りません。」
「・・・何だと?」
社の言葉を聞き困惑するギル。ハジメ達の目的が、亜人を奴隷にするため等の自分達を害するものだと思っていたからだ。ギルを初めとした警備隊の面々は、魔物や侵入者から同胞を守るというこの仕事に誇りと覚悟を持っていた。その為、ハジメ達の目的次第ではここを死地と定めて身命を賭す覚悟もあった。もしフェアベルゲンや集落の亜人達を傷つけるつもりなら、自分達が引くことは有り得ない、と不退転の意志を持って。
「私達の目的は、樹海の深部にあると言う大樹の下ーーー貴方方が〝ウーア・アルト〟と呼ぶ樹の下に行く事です。私達は七大迷宮の攻略を目指して旅をしているのですが、その内の1つがハルツィナ樹海の〝大樹〟にあるのではと目星をつけたのですよ。ハウリア族は、そこまでの案内役の為に雇ったのです。」
だが、その覚悟も社の言葉を聞いて、より深い困惑に変わってしまう。〝大樹〟は亜人達にしてみれば、言わば樹海の名所のような場所に過ぎない。神聖視はされているものの大して重要視はされていない為、目的と言われても納得出来ないのだ。
「〝大樹〟だと?何を言っている?七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ。」
「いえ、その点がそもそもおかしいのですよ。大迷宮というのは〝解放者〟達が残した試練なのです。亜人族ならば簡単に樹海の深部へ行けると言うのであれば、樹海自体は試練になってはいない。樹海だけが大迷宮と言うのはおかしいんです。そして、そう断じる理由がもう1つ。樹海の魔物は大迷宮に居るものとしては、弱過ぎるんです。少なくとも【オルクス大迷宮】の深部にいた魔物とは比較にならない程に。故に、私達は本当の大迷宮を探す為に〝大樹〟の下へと向かいたい、と言う訳です。」
「・・・・・・。」
社の話を聞き終わって尚、虎の亜人は困惑を隠せなかった。社の言っている事が分からないからだ。解放者とやらも、迷宮の試練とやらも、樹海の魔物を弱いと断じることも、【オルクス大迷宮】の深部というのも・・・聞き覚えの無い事ばかりだ。普段なら〝戯言〟と切って捨てていただろう。
だがしかし、今この場において適当な事を言う意味は無いのだ。圧倒的に優位に立っているのは社達の方であり、言い訳も丁寧な対応も必要無いのだから。本当に亜人やフェアベルゲンには興味が無く大樹自体が目的なら、部下の命を無意味に散らすより、さっさと目的を果たさせて立ち去ってもらうほうが良い。
ギルはそこまで瞬時に判断した。しかし、彼等程の驚異を自分の一存で野放しにするわけには行かない。この件は完全に自分の手に余るという事も理解している。その為、ギルは社に提案した。
「・・・お前達が国や同胞に危害を加えないというなら、大樹の下へ行く位は構わないと俺は判断する。部下の命を無意味に散らすわけには行かないからな。」
その言葉に、周囲の亜人達が動揺する気配が広がった。樹海の中に侵入して来た人間族を見逃すという事が異例だからだろう。
「だが、一警備隊長の私如きが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前の話も、長老方なら知っている方もおられるかもしれない。お前達に本当に含むところが無いと言うのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ。」
冷や汗を流しながら、それでも強い意志を瞳に宿して睨み付けてくるギルの言葉に、社とハジメは少し考え込む。虎の亜人からすれば限界ギリギリの譲歩なのだろう。樹海に侵入した他種族は問答無用で処刑されると聞く。今も、本当は社達を処断したくて仕方ないはずだ。だが、そうすれば間違いなく部下の命を失う。それを避け、且つ社達という危険を野放しにしないためのギリギリの提案。
〝社、どうだ?〟
〝俺達を騙そうとするなら悪意が増す筈だが、そんな反応は無い。恐らく本心からの提案だ。いやはや判断が早いと言うか、果断な事で。〟
〝・・・そうか。なら決まりだな。〟
〝念話〟で確認をとったハジメと社は、この場で亜人達を殲滅して突き進むメリットと、フェアベルゲンに完全包囲される危険を犯しても彼等の許可を得るメリットを天秤に掛け、後者を選択した。大樹が大迷宮の入口でない場合、更に探索をしなければならない。そこまで見越すなら、フェアベルゲンの許可があった方が都合が良いだろう。最終的に敵対する可能性も大きいが、しなくて済む道があるならそれに越したことはない。人道的判断ではなく、単に殲滅しながらの探索は酷く面倒そうだからだ。
「・・・承知しました。くれぐれも、先の言葉を余さず伝えて下さいね?」
「無論だ。ザム!聞こえていたな!長老方に余さず伝えろ!」
「了解!」
虎の亜人の言葉と共に、気配が一つ遠ざかっていった。ハジメはそれを確認すると、構えていたドンナー・シュラークを太もものホルスターに納める。あっさり警戒を解いたハジメに訝し気な眼差しを向ける虎の亜人達。中には、〝今なら!〟と臨戦態勢に入っている亜人もいるようだ。だがーーー。
ヌルッ
「駄目ですよ、折角話が纏まったんですから。伝令の方が戻って来た時に、貴方方が全滅しているのを見せたいなら話は別ですが。」
人の良さそうな笑みと丁寧な口調のまま、今度は社から『呪力』が吹き出した。亜人達は明確に『呪力』を認識出来てはいないが、それでも脅威は感じとれるらしく再び周囲に緊張が走る。ハジメの〝威圧〟とは異なる、歪で悍ましさすらある圧力は、亜人達をその場に釘付けにするのに十二分の役割を果たす。
「・・・いや、やめておこう。だが、下手な動きはするなよ。我らも動かざるを得ない。」
「ええ、勿論です。」
包囲はそのままだがようやく一段落着いたと分かり、カム達にもホッと安堵の吐息が漏れた。だが、彼等に向けられる視線はハジメ達に向けられるものよりも厳しく、居心地は相当悪そうである。
しばらく重苦しい雰囲気が周囲を満たしていたが、そんな雰囲気に飽きたのか、ユエがハジメに構って欲しいと言わんばかりにちょっかいを出し始めた。それを見たシアが場を和ませるためか、単に雰囲気に耐えられなくなったのか「私も~」と参戦し、苦笑いしながら相手をするハジメに、少しずつ空気が弛緩していく。敵地のど真ん中でいきなりイチャつき始めた(亜人達にはそう見えた)ハジメに呆れの視線が突き刺さる。
「・・・何か、緊張感無くてすみませんね。彼等は何時もああなので、余り気にしないでいて下さい。」
「・・・・・・いや、問題無い。」
居た堪れなくなった社は、警備隊長の亜人に思わず謝ってしまう。職務に忠実故に、自分達の様な爆弾を見張らなければならないと思ったら、何故かイチャつき始めたのだからあんまりと言えばあんまりだろう。警備隊長の方も何か言いたげな間はあったが、それでも平静を保っていたのは流石と言えた。
亜人達が伝令をとばしてから1時間と言ったところか。調子に乗ったシアが、ユエに関節を極められて「ギブッ!ギブッですぅ!」と必死にタップし、それを周囲の亜人達が呆れを半分含ませた生暖かな視線で見つめていると、急速に近づいてくる気配を感じた。場に再び緊張が走り、シアの関節には痛みが走る。
霧の奥から、数人の新たな亜人達が現れた。中でも目を引くのが、彼等の中央にいる初老の男だろう。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌には幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。彼は、森人族ーーー所謂エルフなのだろう。ハジメと社は、彼こそが〝長老〟と呼ばれる存在なのだろうと当たりをつける。
(・・・妹さんがあのエルフに敵意を向けた?知り合い・・・にしては、凄い中途半端な悪意だな。)
と、ここで社の〝悪意感知〟が、アルから推定〝長老〟のエルフに向けた悪意を感知する。知り合いに向けるとするなら大きいが、敵に向けるとするなら小さい、非常に半端な悪意だ。表情を変えないままアルを見る社だったが、当の本人は特に反応を見せない。
「ふむ、お前さん達が問題の人間族かね?名は何という?」
「ハジメだ。南雲ハジメ。で、こっちがーーー。」
「・・・社。宮守社です。貴方は?」
話を振られ、思考を打ち切った社。ハジメの言葉遣いに、周囲の亜人が長老に何て態度を!と憤りを見せる。社が丁寧だから余計に目立つのだろう。それを片手で制すると、森人族の男性も名乗り返した。
「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さん達の要求は聞いているのだが・・・その前に聞かせてもらいたい。〝解放者〟とは何処で知った?」
「?〝解放者〟ですか?私達が〝解放者〟の事を知ったのは、オルクス大迷宮の奈落の底にある、オスカー・オルクスの隠れ家でですね。」
目的などではなく解放者の単語に興味を示すアルフレリックに、違和感を覚えながらも返答する社。一方、アルフレリックの方も表情には出さないものの内心は驚愕していた。何故なら〝解放者〟という単語と、その一人が〝オスカー・オルクス〟という名であることは、長老達と極僅かな側近しか知らない事だからだ。
「ふむ、奈落の底か・・・聞いた事が無いがな・・・証明できるか?」
或いは亜人族の上層に情報を漏らしている者がいる可能性を考えて、社に尋ねるアルフレリック。証明しろと言われても、すぐ示せるものは自身達の強さくらいだ。難しい顔で首を捻るハジメと社にユエが提案する。
「・・・ハジメ、魔石とかオルクスの遺品は?」
「ああ!そうだな、それなら・・・。」
ポンと手を叩いたハジメは〝宝物庫〟から地上の魔物では有り得ないほどの質を誇る魔石を幾つか取り出し、アルフレリックに渡す。
「こ、これは・・・こんな純度の魔石、見たことがないぞ・・・。」
アルフレリックも内心驚いていてたが、隣の虎の亜人が驚愕の面持ちで思わず声を上げた。
「後は、これ。一応、オルクスが付けていた指輪なんだが・・・。」
そう言ってハジメが見せたのはオルクスの指輪だ。アルフレリックは、その指輪に刻まれた紋章を見て目を見開いた。そして、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐く。
「なるほど・・・確かに、お前さん達はオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが・・・よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな。」
アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族達だけでなく、カム達ハウリアも驚愕の表情を浮かべた。虎の亜人を筆頭に猛烈に抗議の声が上がる。それも当然だろう。かつて、フェアベルゲンに人間族が招かれたことなど無かったのだから。
「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ。」
アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。しかし、今度はハジメの方が抗議の声を上げた。
「待て。何勝手に俺達の予定を決めてるんだ?俺達は大樹に用があるのであって、フェアベルゲンに興味はない。問題無いなら、このまま大樹に向かわせてもらう。」
「いや、お前さん。それは無理だ」
「何だと?」
あくまで邪魔する気か?と身構えるハジメに、むしろアルフレリックの方が困惑したように返した。
「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは10日後だ。・・・亜人族なら誰でも知っているはずだが・・・。」
アルフレリックは「今すぐ行ってどうする気だ?」とハジメと社を見た後、案内役のカムを見た。ハジメと社は聞かされた事実にポカンとした後、アルフレリックと同じようにカムを見た。そのカムはと言えば・・・。
「あっ。」
正に今思い出したという表情をしていた。ハジメの額に青筋が浮かび、社はうなじを手で抑えながらため息をついた。
「「カム(さん)?」」
「あっ、いや、その何といいますか・・・ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか・・・私も小さい時に行った事があるだけで、周期は意識してなかったといいますか・・・。」
しどろもどろになって必死に言い訳するカムだったが、ハジメとユエと社のジト目に耐えられなくなったのか逆ギレしだした。
「ええい、シア、アル!それにお前達も!なぜ、途中で教えてくれなかったのだ!お前達も周期のことは知っているだろ!」
「なっ、父様、逆ギレですかっ!私は父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきりちょうど周期だったのかと思って・・・つまり、父様が悪いですぅ!」
「や、アタシはてっきり義父さん話してると思ってたんだケド。」
「アルの言う通りですよ、僕達も、あれ?おかしいな?とは思ったけど、族長があまりに自信たっぷりだったから、僕たちの勘違いかなって・・・。」
「族長、何かやたら張り切ってたから・・・。」
逆ギレするカムにシアが更に逆ギレし、他の兎人族達も目を逸らしながらさり気なく責任を擦り付ける。心優しい種族とは一体何だったのだろうか。
「お、お前達!それでも家族か!これは、あれだ、そう!連帯責任だ!連帯責任!ハジメ殿、罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします!」
「あっ、汚い!お父様汚いですよぉ!1人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてぇ!」
「族長!私達まで巻き込まないで下さい!」
「バカモン!道中の、ハジメ殿の容赦のなさを見ていただろう!1人でバツを受けるなんて絶対に嫌だ!」
「あんた、それでも族長ですか!」
亜人族の中でも情の深さは随一の種族といわれる兎人族。彼等はぎゃあぎゃあと騒ぎながら互いに責任を擦り付け合っていた。情の深さは何処に行ったのか・・・流石シアの家族である。総じて残念なウサギばかりだった。
「・・・えっと、ウチの家族が重ね重ねスミマセン。」
いつの間にかハウリア達から離れていたアルが、ハジメ達に小さく謝罪する。相変わらず包帯で表情は見えないが、それでも心底申し訳無さそうにしているのは分かる。青筋を浮かべていたハジメだが、アルの殊勝な態度と言葉に溜飲を下げるーーー訳も無く。
「・・・ユエ。妹ウサギ以外だ。」
「ん。」
「え?」
ハジメの呟きに、一歩前に出たユエがスっと右手を掲げた。名指しされ呆気に取られたアルを除き、ユエに気がついたハウリア達の表情が引き攣る。
「まっ、待ってください、ユエさん!やるなら父様だけを!て言うか、アルはいつの間にそちらに!?お姉ちゃん達を見捨てるのですか!?」
「や、取り敢えず謝っただけ何だケド・・・。流石に申し訳なくて・・・。」
「はっはっは、アルもいつの間にか世渡り上手になったな!皆も見習うと良い!」
「何が見習うと良いだぁ!原因は族長じゃないか!」
「ユエ殿、族長だけにして下さい!」
「僕は悪くない、僕は悪くない、悪いのは族長なんだ!」
喧々囂々と騒ぐハウリア達を他所に、ユエは薄く笑うと静かに呟いた。
「〝嵐帝〟」
「「「「「アッーーーー!!!」」」」」
天高く舞い上がるウサミミ達の悲鳴が、樹海に木霊する。同胞が攻撃を受けたはずなのに、アルフレリックを含む周囲の亜人達の表情に敵意はなかった。むしろ、呆れた表情で天を仰いでいる。彼等の表情が、何より雄弁にハウリア族の残念さを示していた。
フェアベルゲンに向けて、濃霧の中を虎の亜人ギルの先導で進んで行く。ハジメとユエ、社、ハウリア族、そしてアルフレリックを中心に周囲を亜人達で固めて既に1時間ほど歩いている。どうやら、先のザムと呼ばれていた伝令は相当な駿足だった様だ。
しばらく歩いていると突如、霧が晴れた場所に出た。晴れたといっても全ての霧が無くなったのではなく、一本真っ直ぐな道が出来ているだけではあるが。よく見れば、道の端に誘導灯の様に青い光を放つ拳大の結晶が地面に半ば埋められている。そこを境界線に霧の侵入を防いでいる様だ。ハジメが青い結晶に注目していることに気が付いたのか、アルフレリックが解説を買って出てくれる。
「あれはフェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は〝比較的〟という程度だが。」
「なるほど。そりゃあ、四六時中霧の中じゃあ気も滅入るだろうしな。住んでる場所くらい霧は晴らしたいよな。」
どうやら樹海の中であっても街の中は霧がないようだ。10日は樹海の中にいなければならなかったので朗報である。ユエも霧が鬱陶しそうだったので、2人の会話を聞いてどことなく嬉しそうだ。
「・・・社の力に、似てる?」
「うん?・・・ああ、もしかして
ユエの言葉に思い当たった社は、掌に纏わせる形で『呪力反転』を行う。見比べて見ると、確かにフェアドレン水晶が放つ光と、社の放つ
「・・・霧にも、効く?」
「いやぁ、流石に効かないかな。別に霧が消える訳じゃ無さそうだしね。」
ユエの問いに苦笑気味に返す社。
「おー!空色に光って綺麗ですね!」
「・・・コレが、前に言ってた
と、ここでハウリア姉妹が話に入ってくる。魔力持ちか呪力持ちかの違いはあれど、社の呪力を明確に認識出来る2人は、社の手に宿る空色の光を興味深そうに見ていた。
「コレって触っても大丈夫ですか?」
「うん?ああ、大丈夫「では失礼します!」・・・話は最後まで聞こうね、姉ウサギさん。」
社が言い切る前に、シアは掌を躊躇なく
「何かポカポカする気がーーーおお!?さっきユエさんに吹っ飛ばされた時の傷が治っていきます!?」
「・・・そうだね。後、声がデカいかな。」
シアを注意しながら、社はさり気無く周囲の気配を探る。今の話を聞いたであろう、幾人かの亜人達が反応していたからだ。
(治癒能力持ちは、亜人達にはやっぱり貴重か。フェアベルゲンで難癖つけられないと良いんだが。)
「ああ、スミマセン社さん。ほら、アルも如何ですか?暖かくてホッコリしますよ。」
「・・・・・・・・・。」
無言。シアの声に応える事なく、しかしゆっくりと手を翳そうとする動きだけが、アルが話を聞いていた事の証左だった。社の掌で淡く揺らめく空色の光が、包帯巻きのアルの掌を優しく照らす。包み込む様な温かな光に触れ、アルの目が揺らぎーーー。
「■■■ーーー■■■■。」
ズオゥッ
「ーーーは?」
「・・・え?」
アルが何かを呟いた直後。社が手に纏っていた
(今、何が起きた?状況だけを見るなら、妹さんが何かしたっぽいが・・・悪意は全く感知出来なかったから、故意では無い、か?)
「・・・妹さん?」
「・・・っ。あ・・・違・・・ア、アタシは・・・そんな、つもり、じゃ・・・。」
「アル!?大丈夫ですか!?しっかりして下さい!」
(・・・事故の方かよ。しかも妹さん的には
社の目に映ったのは、酷く怯えた様子のアル。瞳は焦点が合う事無く揺らめいており、伸ばしていた筈の腕は小刻みに震えている。そして何よりも顕著なのが、アルの纏う呪力。徐々に漏れ出している深緑色の呪力は、ともすれば噴火寸前の火山すら思わせる。妹の異変に気づいたシアが声を掛けるが、それも耳に届いていない様だ。
(この感じだと、暴走するかは五分五分か。術式にもよるが、あの時感じた呪力量を考えれば、俺達以外は全滅しかねないな。)
『呪力』とは感情から生み出されるエネルギーである。その為、精神が不安定であれば、それに引っ張られる形で呪力も不安定になるし、術式の発動も覚束無くなる。その上、社の見立てが正しければ、アルは自分の術式の掌握すら出来ていない。こんな状態で術式が暴発でもすれば、ハジメとユエと社の3人以外全滅するだろう。無論、暴走したアルも含めて。
(仮に俺達3人以外が全滅したとして、まず間違い無く長老殺しの嫌疑は俺達に掛かる。ここまで来てそれは流石にメンドイ。それに何より、暴走して死んだ妹さんは
自分の身内を最優先する社の思考が、いっそ冷酷と言って良い解答を弾き出す。呪術師の怨霊化を防ぐ最も簡単な方法の1つが、呪力を込めた攻撃による殺害だからだ。今後の事も考えるのならば、今ここでアルと言う不発弾を処理してしまうのも、案としては有りだろう。
「姉ウサギさん、そのまま妹さんを支えて。ーーー『呪力反転』。」
だが、社はそれを選ばない。シアに指示を出しながら、社は即座に『呪力反転』を行使する。手に纏っていたのとは段違いの量の
(・・・成る程、消えるんじゃ無くて、根刮ぎ持っていかれる感じか。ーーーだが、この程度なら問題無い。)
内心で呟いた直後、社は更に『呪力反転』の出力を上げた。呪術師としては異質であろう、『呪力反転』を最も得手とする社に生み出された荒れ狂う程の
社の狙いは2つ。
「・・・あ、れ・・・?」
「お、意外と速く落ち着いた。大丈夫かい、妹さん?」
実時間で30秒程経った頃。起こり得る危険性に反して、実にアッサリと正気を取り戻したアル。呪力も落ち着いたところを見るに、暴走の危険性も今はもう無いだろう。
「・・・えっと、アタシ「アル!元に戻ったんですね!良かった!」オグゥッ!?ねえざ、ぐるじぃ、ぐびが。」
「その調子なら大丈夫そうだ。ーーーお騒がせしました!案内を再開して下さい!」
シア達ハウリアにもみくちゃにされるアルを見た後、社は前方に声を張り上げた。呪力を認識出来はしないものの、何かが起こった事を感じ取った亜人達が警戒態勢を取っていたからだ。
警戒しつつも、社の言葉を聞いて案内を再開する亜人達。その中でただ1人、アルフレリックだけが鋭い眼差しでハウリア達を見つめていたのだった。
そうこうしている内に、眼前に巨大な門が見えてきた。太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っており、其処に木製の10mはある両開きの扉が鎮座していた。天然の樹で作られた防壁は高さが最低でも30mはありそうだ。亜人の〝国〟というに相応しい威容を感じる。
ギルが門番と思しき亜人に合図を送ると、ゴゴゴと重そうな音を立てて門が僅かに開いた。周囲の樹の上から、ハジメ達に視線が突き刺さっているのがわかる。人間が招かれているという事実に動揺を隠せないようだ。アルフレリックがいなければ、ギルがいても一悶着あったかもしれない。恐らくその辺りも予測して長老自ら出てきたのだろう。
(中々の数の敵意だ。俺達は世界レベルで関係無いってのに、嫌な話だ。)
感知出来た悪意の数に、若干辟易する社。だが、そんな鬱屈した想いを吹き飛ばす様な光景が目の前に広がった。門の先には直径数m級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。人が優に数十人規模で渡れるであろう極太の樹の枝が絡み合い、空中回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも20階くらいありそうである。
ハジメ達3人がポカンと口を開け、その美しい街並みに見蕩れていると、ゴホンッと咳払いが聞こえた。どうやら、気がつかない内に立ち止まっていたらしくアルフレリックが正気に戻してくれたようだ。
「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」
アルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。ハジメ達はそんな彼等の様子を見つつ、素直に称賛した。
「ああ、こんな綺麗な街を見たのは始めてだ。空気も美味い。自然と調和した見事な街だな。」
「ん・・・綺麗。」
「ハイリヒ王国の王宮なんて比べ物にならない位に素敵ですね。」
掛け値なしのストレートな称賛に、そこまで褒められるとは思っていなかったのか少し驚いた様子の亜人達。だが、やはり故郷を褒められたのが嬉しいのか、皆、ふんっとそっぽを向きながらもケモミミや尻尾を勢いよくふりふりしている。
ハジメ達はフェアベルゲンの住人に好奇と忌避、あるいは困惑と憎悪といった様々な視線を向けられながら、アルフレリックが用意した場所に向かったのだった。
色々解説
・社が途中でハジメと亜人達の仲裁に入った理由
簡単に制圧出来るくらいには実力の差があったが、戦闘になればハウリアを巻き込む可能性があったのと、戦闘になった際に「此方側は話し合おうとしたが、問答無用で攻撃されたので仕方無く反撃した」と建前だけでも言い訳を作っておくため。最初から話し合いをしなかったのは、所謂「怖い警察、優しい警察」的なあれそれ。砲門外交はいつの世も効果的である。
・呪力の中和