ありふれない怨霊こそ世界最愛 作:白紙
少年の手を握り走り続けていたのは、5分か10分か。時間の感覚は無く、それを考える事もできなくなるくらいに走ったハジメは当然のようにバテて倒れ伏していた。完全に日頃の運動不足の賜物である。
(無事に帰れたら、少しでもいいから体を鍛えようかなぁ・・・。アレ、これ死亡フラグ立った?いや、脂肪フラグは立ってるけど)
疲れと、ひとまずは逃げ切れたことに対しての安堵と開放感から、普段思わないような下らない考えが思い浮かぶ。と、仰向けに倒れているハジメの額に冷たいものが押し当てられる。思わず「冷たっ」と呟くと、液体の入ったペットボトルをハジメに押し付けながら笑っている少年の顔が目に入った。何時の間にか目を離した隙に、自販機か何かで飲み物を買っていたらしい。
「お茶とサイダー、どっちがお好み?」
「あー・・・お茶で」
好みを聞かれた事で、ようやく自分の
「おー、良い飲みっぷりで」
少年の口から出た悪意の無い言葉に、何となく恥ずかしくなるハジメ。チラッと少年のほうを見ると、少年はサイダーをちびちび飲みながら興味深そうな目でハジメを見ていた。ようやく息を整えて多少なりとも落ち着くことができたハジメは、少年が息一つ乱していないのに気が付く。多少なりとも汗をかいてはいるようだが、ハジメの方は滝のような汗を流している事に比べると雲泥の差だろう。無我夢中で(ハジメなりの、と頭に付くが)全力で10分近く走っていたとは思えないほどである。
「なんか、余裕あるというか、全然疲れてなさそうだね?」
「?・・・ああ、それなりに鍛えているからな。そっちは俺が自販機行くのに気づかないくらいバテてたけどなー」
ハッハッハッと笑いながらの少年の、これまた悪意のない言葉の槍。それは容赦なくハジメの心にグサリと突き刺さる。自身の体力の無さを実感し、「真面目に鍛えようかなぁ」と呟くハジメに対して、少年は面白そうに、しかし躊躇いなく核心を突く質問をする。
「で、なんでわざわざ俺を助けたんだ?」
直球で聞かれたことに対して思わず固まるハジメ。冷静になってみれば、隣にいるのは深夜の公園で全身血濡れのまま立っていた謎の少年である。ギギギ・・・と擬音が出そうになるほどにゆっくりと首を回し、少年の顔を見ると、先ほどと変わらずに興味深そうな、しかし何処か真剣みを感じさせる目でハジメを見ていた。
「自分で言うのもなんだが、血塗れの中学生って確実に通報案件だろ?あるいは、通報すらせずにそのまま関わらないようにするかだ。それ自体は別に間違っちゃいない事だと思うんだよ、誰だって自分可愛さって部分はあるだろうしなぁ。勿論だからって、お前さんのやったことは責められることじゃない、
先ほどまでとは打って変わって饒舌に語りだす少年。ハジメの行為ーーー彼の言葉を借りるならば、
そして、だからこそハジメは頭を抱えざるを得ない。なぜならそんなに深く考えて少年を助けたわけではないからだ。唸りながら考えを巡らせるハジメ。
「僕がそうしたかったから、かなぁ」
口にしたとたん、余りにも陳腐な答え過ぎてハジメ本人が苦笑した。しかし考え付かないのだからしょうがない。「善行に理由はないが、悪行には理由がある」と言う言葉を思い出すハジメ。悪行云々の下りは分からないけれど、善行に理由はない、と言う部分にはハジメは納得できた。仮に善行に理由があったとしても、それは自分がそうしたかったから、という以外に理由はないし、いらないとハジメは思ったのだから。「こんな答えでいいかな?」と言いながら、少年のほうを見ようとする、その前に。
「ブファッフハハハハハははあはははは!」
酷くおかしい事を聞いたと言わんばかりに、少年の笑い声がハジメの耳に届いた。結構真剣に考えて出した答えを爆笑で返され、恥ずかしさで顔を赤くするハジメは確信する。「この人性格悪いな」と。
ハジメが地味に怒りを溜めていると、いくらかして笑い声はやんだ。少年は未だおかしそうで、にやけ顔を隠さずにいた。しかし、そこにあったのはハジメに対する嘲笑ではなく、むしろ敬意を含んだような笑顔で。少年は心底楽しいと言わんばかりに、嬉しそうに。
「そうだよなぁ、自分がしたいからするんだよなぁ。うん、すごく共感できるわ、納得した、ありがとう」
と、真剣な声でこちらに向かって頭を下げた。
(ここまで素直に感謝されると、怒るに怒れないなぁ・・・)
ハジメの中でそこまで大きくなかった怒りが急速に萎んでいく。今までの会話の中で、自分の中にある少年に対する印象が徐々に良い方向に変わりつつあるのを感じたハジメは、ふと疑問を漏らす。
「え、じゃあなんでそんな全身血塗れの状態なの?」
それを聞いた瞬間に渋い顔をする少年。「聞いてはいけないことだったかな?」とハジメは身構えるも、少年の表情はどちらかと言えばどう誤魔化すのかではなく、どう話したらいいか迷っているような感じだった。数秒の逡巡ののち。
「まぁ、見えてるんなら問題ないだろ。お前さん、あのクチビルもどきみたいなの見えてただろ。」
と開き直ったかのようにハジメに聞く。問いというよりは、分かった上で確認のために聞いている様だった。
「うん、そうだ『オイカケッコハモウオシマイィ?』ヒィッ!?」
最悪のタイミングで
(僕はもうまともに動けない。でも彼ならまだ余裕がありそうだった。それならーーー)
もはや一刻の猶予もない、ハジメは焦るように少年に言う。
「いや、実「早く逃げて!」いやその「僕はもう動けないけど、君は大丈夫でしょ!?」あのですね、話を「僕のことはいいから、早く!」・・・」
ハジメは叫ぶが、少年は一向に動こうとしない。と言うか、呆れたような申し訳なさそうな顔をしている。焦りと混乱で何が何だか分からなくなるハジメ。少年を急かす為、慣れない怒鳴り声を出そうとして。
「いや、彼女、俺の守護霊みたいなものだからね。要は味方だよ、味方」
少年の言葉を聞いた瞬間、ハジメの思考が止まる。イマカレハナントイッタ?ミカタ?
「見てくれは、まぁ、少しばかり怖いかもしれないけどね」
(・・・少し?)
思わず出かけた言葉を飲み込み、疲れた体に鞭打ちつつも、2人(?)の様子を見る。どうやら本当に仲間の様で、見た目とは裏腹に楽しそうに会話をしていた。
『■■、チャントデキタヨォ、ホメテホメテェ』
「あぁ、勿論だ。こっちにおいで」
ーーー僕は、きっとこの光景を、何時までも忘れることは無いだろう。創作物の中でしか見られないような光景。人間と異形が、お互いがお互いを心から信頼し慈しむ様に、目の前の相手しか見えないとでも言うように抱き合っている姿。傍から見れば少年の体が、異形の腕でそのままへし折られてもおかしくはないのに。少年の背中は「そんなことは絶対に起こりえない」と何よりも雄弁に語るようで。異形のほうも、少年から向けられる愛情を微塵も疑わないように、抱き合いながら、されるがままに頭を撫でられていた。一歩間違えれば、ただでは済まない事態になるだろうに。2人の逢瀬に負の想像や感情は微塵も存在せず。只々お互いに向けて注がれる慈愛だけがあるように見えた。そんな光景を、僕はただじっと見ていたーーー。
「何だ、ずっとこっち見てたのか。物好きな奴め」
数分後、異形は満足したのか、少年の影に溶け込むようにして消えていった。掛けられた言葉にハッと意識を取り戻したハジメ。
「彼女って言ってたけど。いったいどういう関係なの?」
無神経だな、と思いつつも聞いてしまうハジメ。しかし分かっていても聞いてみたくなったのだ。あの、見た目恐ろしい異形に対して何故、他人であるはずの自分でさえもわかる程に、あそこまで慈愛を注げるのが。何故異形側もそれを疑いもせず当然の様に受け入れているのかを。自分のデリカシーの無さに怒られることを覚悟するハジメだが、思いのほかあっさりと少年は答えてくれた。ーーー特大級の爆弾発言で。
「彼女は、■■ちゃんは、俺の大切なーーー
守護霊であるとか味方であるとか、今もって状況を理解しきれていなかったハジメ。何か聞こうとするも、そもそも何を聞けばいいのか分からず。とりあえず最も気になった守護霊さん(仮)との関係を聞いた矢先に帰ってきた
「はああぁぁぁぁーーーーーーーーー!?!?!?!?!?」
本日最大の叫びと共に、ハジメは気を失ったのだった。
・・・懐かしいなぁ、もうあれから2年と少しも経つのか。結局あの後、気を失ったままの僕は社くんに抱えられ(ついでに僕の荷物も回収され)、社君の祖父の家でお泊りすることになった。
あの時は本当に大変だった。朝起きたら全く身に覚えのない部屋で、リアル「知らない天井だ」状態だったし。僕の両親には、社君がうまく説明してくれたから、説教は免れたけど、その代わり両親は、「ハジメがお泊りする位仲が良い友達がいる!」と半狂乱状態だったし。何故か当時できたばかりだったらしい社君の義理の双子の妹ちゃんたちには、社君越しにジト目で警戒されてたし。そしてその後、色々と
僕たちの出会いについて回顧していると、社君は「日記に書くことないから、なんかネタ提供してくれない?」と言い始めた。もう一人の友達である
我ながら冴えているのでは、と思いつつ口に出して聞いてみると、社君は目から鱗とでも言わんばかりに驚いていた。「その発想は無かった」とは、社君本人の弁。・・・僕らの前だと結構抜けてるとこあるよね、社君。
その後、素晴らしい発想への感謝の印にと、僕たち2人はジュースをおごってもらった。 「気前がいいじゃねーか」と、お礼を言いながら炭酸ジュースをあおる幸利君と、遠慮がちにイチゴ・オレを口にした
「ふざけんなコノヤロー!」と罵倒する幸利君を尻目に、いつの間にか教室に戻る準備をしていた社君は即座に逃走。抜け目ないなぁ、と思いつつも、2人の友達との付き合いがこれからもずっと続くといいなぁ、と予鈴のチャイムを聞きながら僕は思った。
日常は崩れるけど友達付き合いは続くからヘーキヘーキ