ありふれない怨霊こそ世界最愛   作:白紙

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39.誰が為の刃か

「うーむ、死屍累々とはこの事か。」

 

「・・・ホントに死んでないっスよね?」

 

 ハウリア達が死体の様に地面に寝そべる姿を見て、社とアルはどうしてこうなったのかに思いを馳せていた。

 

 

 

「さて、お前等には戦闘訓練を受けてもらおうと思う。」

 

 事の発端は、ハジメのこの一言だった。フェアベルゲンを追い出されたハジメ達は、一先ず大樹の近くに拠点(と言っても、フェアドレン水晶を使って結界を張っただけの簡素な物だが)を作ったのだが、それに一段落着いたタイミングでの発言だった。

 

「俺達がハウリアの皆さんと交わしたのは、案内が終わるまで守る、と言った内容の約束です。案内が終わった後はどうするのか、皆さん考えてました?」

 

 ハジメの唐突な宣言に当然疑問を呈したハウリア達だったが、社から返ってきた台詞を聞くと沈黙してしまう。漠然と不安は感じていたのだろうが、激動に次ぐ激動で頭の隅に追いやられていた様だ。或いは、考えないようにしていたのか。

 

「まぁ、考えていないだろうな。考えたところで答えなど無いだろうしな。お前達は弱く、悪意や害意に対しては逃げるか隠れる事しか出来ない。そんなお前等は、遂にフェアベルゲンという隠れ家すら失った。つまり、俺達の庇護を失った瞬間、再び窮地に陥るというわけだ。」

 

 ハジメの言葉には一片の慈悲も無いが、それ故に全く持って正しい。冷徹な正論を聞いたハウリア族達は、皆一様に暗い表情で俯いてしまう。そんな彼等を知ってか知らずか、ハジメは更に言葉を紡ぐ。

 

「お前等に逃げ場はない。隠れ家も庇護もない。だが、魔物も人も容赦なく弱いお前達を狙ってくる。このままではどちらにしろ全滅は必定だ・・・それでいいのか?弱さを理由に淘汰されることを許容するか?幸運にも拾った命を無駄に散らすか?どうなんだ?」

 

「ーーーそんなの、認められる訳が無い。」

 

 ハジメの言葉に誰よりも速く反応したのは、アルだった。決して大きな声では無いが、それでも強い意志が込められた言葉。それに触発された様にハウリア族が顔を上げ始める。シアは既に決然とした表情だ。

 

「そうだ。ならば、どうするか。答えは簡単だ。強くなればいい。襲い来るあらゆる障碍を打ち破り、自らの手で生存の権利を獲得すればいい。」

 

「・・・ですが、私達は兎人族です。虎人族や熊人族のような強靭な肉体も翼人族や土人族のように特殊な技能も持っていません・・・とても、そのような・・・。」

 

 兎人族は弱いと言う常識がハジメの言葉に否定的な気持ちを生む。自分達は弱い、戦うことなど出来ない。どんなに足掻いてもハジメの言う様に強くなど成れるものか、と。だが、ハジメはそんなハウリア族を鼻で笑う。

 

「俺はかつての仲間の中では〝最弱〟だった。ステータスも技能も平凡極まりない一般人。戦闘では足でまとい以外の何者でもなく、故に〝無能〟と言われてもおかしくは無かった。」

 

「・・・流石に〝無能〟呼ばわりする奴は(檜山みたいなクソゴミを除き)居なかったですが。ハジメが〝最弱〟だったのは事実ですよ。」

 

 ハジメの告白と社の補足に、ハウリア族は例外なく驚愕を顕にする。ライセン大峡谷の凶悪な魔物を苦もなく一蹴したハジメが〝無能〟で〝最弱〟だったなど誰が信じられるというのか。

 

「だが、奈落の底に落ちて俺は強くなるために行動した。出来るか出来ないかなんて頭になかった。出来なければ死ぬ、その瀬戸際で自分の全てをかけて戦った。・・・気がつけばこの有様さ。」

 

 淡々と語られる、しかし余りにも壮絶な内容にハウリア族達の全身を悪寒が走る。一般人並のステータスという事は、兎人族よりも低スペックだったという事。その状態で自分達が手も足も出なかったライセン大峡谷の魔物より遥かに強力な化物達を相手にして来たと言うのだ。最弱でありながら、そんな化け物共に挑もうとした精神の異様さにハウリア族は戦慄する。自分達なら絶望に押しつぶされ、諦観と共に死を受け入れるだろう。長老会議の決定を受け入れたように。

 

「お前達の状況は、かつての俺と似ている。約束の内にある今なら、絶望を打ち砕く手助けくらいはしよう。自分達には無理だと言うのなら、それでも構わない。その時は今度こそ全滅するだけだ。約束が果たされた後は助けるつもりは毛頭ないからな。残り僅かな生を負け犬同士で傷を舐め合ってすごせばいいさ。」

 

 それでどうする?と目で問うハジメに、ハウリア族達は直ぐには答えられなかった。理屈の上では、自分達が強くなる以外に生存の道が無い事は分かる。だが、そうと分かっていても、温厚で平和的、心根が優しく争いが何より苦手な兎人族にとって、ハジメの提案はまさに未知の領域に踏み込むに等しい決断だった。ハジメの様な特殊な状況にでも陥らない限り、心のあり方を変えるのは至難なのだ。ーーーそれでも、やはりと言うべきか。真っ先に答えを出したのはハウリア姉妹だった。

 

「やります。私に戦い方を教えてください!もう、弱いままは嫌です!」

 

「ーーー姉サンに同じく。何も出来ないのは、もう嫌なんで。」

 

 樹海の全てに響けと言わんばかりのシアの大きな叫びと、静かだが確かに届いたアルの宣誓。好対照な2人の宣言には、このまま何も出来ずに滅ぶなど絶対に許容出来ないと、強い意志が込められていた。

 

 不退転の決意を瞳に宿したシアとアル。その様子を唖然として見ていたカム達ハウリア族は、次第にその表情を決然としたものに変えて、1人、また1人と立ち上がっていく。そして、全てのハウリア族が立ち上がったのを確認すると、カムが代表して一歩前へ進み出た。

 

「ハジメ殿、社殿・・・宜しく頼みます。」

 

 言葉は少なく。だが、そこには確かに、襲い来る理不尽と戦おうとする意志があった。

 

「分かった。覚悟しろよ?あくまでお前等自身の意志で強くなるんだ。俺達は唯の手伝い。途中で投げ出したやつを優しく諭してやるなんてことしないからな。おまけに期間は霧が晴れるまでの10日だ・・・死に物狂いになれ。待っているのは生か死の二択なんだから。」

 

 ハジメの言葉に、ハウリア族は皆、覚悟を宿した表情で頷いた。

 

 

 

 

 

「・・・それで、この有り様かー。」

 

「南雲の兄サンも、大分スパルタっスね。」

 

 現在の時刻は、訓練開始から3日後の夕暮れ。疲労困憊でぶっ倒れているハウリア達と彼等を介抱するアルを見て、どうしたもんかと溜息を吐いた社。正直な話、ハウリアの訓練は順調とは言えなかった。

 

(・・・筋は悪くない。身体能力に秀でた亜人族なだけあって、動き自体にはキレがある。ハジメが作ったナイフの扱いも、初心者にしては上々だった。)

 

 ハジメと社が最初にハウリアに仕込んだのは、武器を持った上での基本的な動きだった。社は八重樫道場で培った経験を元に、ハジメは奈落の底で数多の魔物と戦い磨き上げた〝合理的な動き〟を、それぞれハウリアに叩き込んたのだ。ハウリア族の強みは、索敵能力と隠密能力。最終的には奇襲と連携に特化した集団戦法を身につければ良い、と2人は考えていた。だが、訓練開始から2日目にして、大きな問題にぶち当たったのだ。

 

(魔物を殺せば酷く悲しみ、虫や草花を気にして思う様に動けない・・・ハウリアの人達の情の深さを舐めてたかね。)

 

 予想以上にハウリア達の動きが良かった事で、ハジメと社は早めに実戦経験を積ませる事にした。ハウリア達が死なない程度の魔物をけしかけて、戦わせたのだ。一応結果から言えば、彼等は魔物の討伐に成功した。したのだが・・・。

 

「ああ、どうか罪深い私を許しくれぇ~。」

 

「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!それでも私はやるしかないのぉ!」

 

 と、こんな感じで魔物を殺すたびに、無駄に壮大なーーー具体的には火曜サスペンス的なーーードラマが生まれていた。それに加えて道端に草花や虫を見かけると、いちいち踏まない様に歩幅や進路を変える始末。生死がかかった瀬戸際で〝お花さん〟だの〝虫さん〟だのに気を遣うのは、割と正気の沙汰では無い。

 

 当然、その光景を見せられたハジメはキレた。それはもう烈火の如くブチキレた。ドンナーの銃撃(一応、非致死性のゴム弾を使用)をハウリアや草花にばら撒き、兎人族特有の精神から叩き直す事にしたのだ。ご丁寧に〝ピッー〟音混じりの暴言を放つハー◯マン方式で。その結果、出来上がったのが社の目の前の惨状だった。

 

(多分このままなら、10日後にはそれなりの出来になってる筈。でも、その時にハウリアの人達に良心が残っているか分からないしなぁ。)

 

 兎人族特有とも言える呆れる程の情の深さを、社自身は好ましく思っていた。彼等からすれば家族を大切にするのは当然の事なのだろうが、しかしそれを当然と思えるところに、社は敬意にも似た感情を抱いていた。

 

(それにハート◯ン方式は、()()()()()()()がな。効果的と言えば、効果的なんだろうが。・・・取り敢えず、今は治療が先決か。)

 

「ーーー『式神調 (じゅう)ノ番 〝反魂蝶(はんこんちょう)〟』」

 

 気を取り直した社が、術式を発動する。詠唱と共に呼び出された〝反魂蝶(はんこんちょう)〟が鱗粉を撒き散らすと、それが多数の小さな鳳蝶に変わり、倒れ込んだハウリア達に群がってゆく。

 

「善き者には祝福を、悪しき者には(あがな)いを。」

 

 社が呟くと同時、ハウリア達に止まっていた鳳蝶達が空色に輝き始めた。鳳蝶達に込められた正の呪力が解き放たれ、傷だらけの身体と精神(こころ)を癒してゆく。

 

「・・・・・・・・・。」

 

(スッゲー眼力。気になるのは分かるけども。)

 

 その様子を食い入る様に見ているのがアルだった。ハウリア達に指導する傍らで、社はアルに対して呪術に関する基本的な知識を教えていた。その中でも彼女が食い付いたのが、『術式』と『呪力反転』についてだった。

 

(妹さんも術式持ちっぽいが、何か根が深そうなんだよなぁ・・・。ゆくゆくは自分の術式とも向き合わなくちゃならないだろうし、マジでどうしようか。)

 

 社がそう判断した理由は、呪術の説明をしていた時の出来事にあった。『術式』について説明した時にアルから悪意を感知したのだが、その向き先が問題だった。アルから感じた悪意は、あろう事か()()()()()向けられていたのだ。自己嫌悪、或いは自己憎悪だろうか。彼女自身、自らに宿る力を好ましく思っていないのかもしれない。

 

「おお?何か元気が湧いてきますな。この蝶は社殿が?」

 

「・・・ええ。横になったままで大丈夫ーーー待って皆さんもしかして反魂蝶見えてます?」

 

 一旦思考を打ち切り、起きあがろうとしたカムを静止した社は、焦った様に周りのハウリア達に聞く。正の呪力を浴びてある程度活力を取り戻した彼等は、社が取り乱す様を不思議に思いながらも全員首を縦に振った。

 

(ハウリア達に会ったばかりの頃は、見えていなかった筈。・・・まさか、訓練で死ぬ様な目に遭ったからか?)

 

 基本的に、呪力に纏わる現象は一定以上の呪力を保持した者でなければ認識出来ないが、幾つか例外も存在する。その内の1つが、生命の危機に瀕する事だった。自身に死が近づく事で、そう言ったモノが認識出来る様になる例がある、と社は祖父から聞かされていた。

 

(ハウリアの人達、耐えられるかなぁ。時間が無いから、ハジメのやり方は間違っちゃ無いんだけど。)

 

 反魂蝶による治癒を続けながら、周囲を観察する社。ハウリア達の顔色は先程よりも大分マシになってはいるものの、どこか不安そうな表情を隠せないでいた。

 

「戦うのは、まだ怖いですか?」

 

「っ!?・・・ええ、情け無い限りですが。」

 

 社にいきなり話を振られ、驚きながらも言葉を返すハウリアの青年。その手にはハジメ作のナイフが、所在なさげに握られていた。手が僅かに震えているのは、疲労だけが原因では無いだろう。

 

「・・・少し、練習をしましょうか。」

 

 チャキ

 

 そう言って社は、立ち上がると刀を抜いて青年に突きつけた。何の説明も無いままに始まった社の行動に、周囲のハウリア達は目を白黒させる。

 

「今の俺を、貴方を狙う帝国兵に見立てて下さい。俺を放っておけば、貴方は殺されるか、はたまた捕らえられて奴隷にされるでしょう。さぁ、貴方はどうしますーーーいや、どうするべきでしょう?」

 

 社の言葉を聞き、目の前の青年の顔が歪む。如何に争いを好まない兎人族と言えど、何をすべきかは分かる。立ち上がり、目の前の帝国兵(やしろ)を打倒すれば良いのだ。ここ数日の訓練で、既にやり方は教わっているのだから。

 

「・・・成る程。やはり、立ち上がる事すら出来ませんか。」

 

 だが、青年には出来ない。ナイフを持つ手だけでなく、立ち上がろうとする足すらも小刻みに震えていた。目の前に居るのは、魔物では無く人間である。兎人族(じぶんたち)と同じ姿形をしたモノを殺すのは、真っ当な倫理観があれば多大なストレスが生じる。変わると誓ったとは言え、心優しいハウリアには未だハードルが高かった。

 

「では、こうすれば如何でしょう。」

 

「・・・何、を・・・?」

 

 呟いたのは、誰だったのか。少なくとも、その場にいた社以外の全員の心中を代弁してはいただろう。青年も、周りのハウリア達も、アルすらもが。社の行為に目を疑った。社が刀の切先を、ハウリアの子供に向けたからだ。

 

帝国兵(おれ)が狙うのが、貴方では無くこの子だった場合。貴方は、どうするべきでしょう?」

 

 社が再び、青年に問い掛ける。刃を向ける先が異なった以外は、先程と全く変わらない状況。殺気は微塵も無い為、恐らく本気でない事は分かる。だが、社の真意を理解出来る者はおらず、重苦しい沈黙が降りる中で、やはり誰一人動く事は儘ならない。

 

「・・・ああ、やはり。」

 

 ーーー否。酷く酷くゆっくりとした、非常に緩慢な動きで、社の目の前に居た青年が立ち上がる。手足の震えは止まらず、歯の付け根からはガチガチと音が鳴っている。額からは冷や汗を流し、握ったナイフは不安定に揺れて切先を社に向ける事すら叶わない。しかし、それでも、目だけは。涙を滲ませながらも、しっかりと社を捉えていた。

 

「・・・俺が強くなりたいと力を求めたのは、凡そ9年前。俺が8歳位の頃でした。」

 

 刀を鞘にしまいながら、いきなり語り始めた社。突然の身の上話に、ハウリア達の頭には疑問符が浮かんでいる。

 

「当時の俺には、既に他者を癒す力がありました。この力を使って、家族の怪我を治す事もありました。調子に乗っていたつもりは無かったけれど、家族の力になれるのは純粋に嬉しかった記憶があります。ーーーでも、そんな力があっても、目の前で1番大切な人が死んだ時、俺は何も出来なかった。」

 

 何でも無い様に語られる話に、ハウリア達が息を呑む。峡谷の魔物を軽々と斬り伏せ、熊人族の長老すらも歯牙にかけなかった人物の原点(オリジン)は、想像以上に重い物だった。

 

「家族の為ならば、立ち上がれるし刃も握れる。それ自体はとても素晴らしい事だと思います。でも、それでも。それだけでは駄目なんです。自身に迫る危機に立ち向かえないまま、死を迎えてしまった時。1番辛いのは死んだ本人なのかも知れませんが・・・1番悲しむのは、きっと置いてかれてしまった人達なのだと俺は思っています。貴方の家族は、貴方の死に何も思わない人ですか?」

 

「ーーーいいえ。僕の家族は、皆優しいですから。きっと、僕が死ねば悲しむと思います。」

 

 社の問いに、明瞭な声で明確な否定を返した青年。いつの間にか、彼の身体から震えは消えていた。

 

「なら、戦う事を厭わない事です。自分を傷つける相手に立ち向かえ無いのなら、自分が傷つく事を嘆く家族の為に戦って下さい。自分の死に立ち向かえ無いのなら、自分の死に悲しむ家族の為に戦って下さい。それでも尚、誰かを傷つけるのが怖いのであれば・・・家族の為以外には刃を振るわないと、自分と家族に誓って下さい。そうすれば、もし道を間違えたとしても、貴方の家族がきっと貴方を引き戻してくれる筈です。ーーー大丈夫、きっと貴方達なら出来ますよ。」

 

「・・・何故、そこまで断言出来るんですか?」

 

 社の優しくも自信に満ち溢れた言葉を、青年は信用出来ない。いや、正確には信じられないのは己自身の方であるが。死の淵まで追い詰められて尚、戦う事を選べないかも知れないと自身を卑下する青年を見て、社は思わず苦笑してしまう。

 

「そりゃ、断言出来るに決まってるでしょう。ーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「ーーー!覚えて、いたんですか。」

 

「勿論。あの時貴方に〝格好良い〟と言ったのは、お世辞ではありませんとも。」

 

 社の言葉に、目を見開いた青年。シアが信用したという理由のみで、社達を信用した事。アルが暴走しかけた際に、誰も彼女に悪意を向けなかった事。シアが原因で長老衆から死刑を言い渡された時、誰1人として彼女を責めるハウリアが居なかった事。そのどれもが、社の精神(こころ)に良い意味で衝撃を与えてきた。だが、1番最初に社がハウリアと言う種族に興味を持ったのは、目の前の青年が一族の子供を迷わずハイペリアから庇うのを目にしたからだった。

 

「貴方達は、既に家族を喪う辛さを知っている筈です。ともすれば、自分が死ぬより辛いと言う方も居らっしゃるかも知れません。だからこそ、貴方達は戦わなければならないんです。他の誰でも無い、喜びも悲しみも等しく分け合える様な、大切な家族の為に。自分が流す血では無く、家族が流す血を止める為に。自分が流す涙では無く、家族が流す涙を減らせる様に。もし、貴方にそれが出来るのならば。きっと貴方が流す血も涙も、貴方の家族が拭ってくれる筈です。もう一度、言いましょうか。ーーー大丈夫、貴方達ならきっと出来ます。貴方達は、決して1人では無いのですから。」

 

 社の言葉に促される様に、ハウリア達は自分の周囲を見やる。性別も年齢も体格もバラバラで、共通するのはウサミミと濃紺の髪位だろうか。否、シアやアルも含めれば、その2点すらも崩れるだろう。だが、そんな事を気にしない一族であるのは、他でも無いハウリア達が1番分かっている。

 

「さて。話をしてる間に治癒も終わった事ですし、明日も早いですから、今日はもう休んだ方が良いでしょう。泣いても笑っても後7日。悔いの無い様に、頑張って下さいね。」

 

 反魂蝶を戻した社が、ハウリア達に背を向けて立ち去って行く。自分達から遠ざかる社の背を見つめていたハウリア達の目には、戦う事への怯えが消えつつあった。

 

 

 

 

 

「中々の名演説だったじゃねぇか。」

 

「うっわ、聞いてたのかよ。良い趣味してんなー。」

 

 ハウリア達からは少し離れた場所に作られた寝床で、合流したハジメと社。ニヤニヤと笑う口元とは裏腹に、放たれた言葉に皮肉げな響きは無かった。ハジメとしては本心から褒めているのだろうが、それはそれでむず痒い為社は皮肉で返すしかない。

 

 因みに、今この場にユエは居ない。シア専属の教師として、魔法の訓練をしているからだ。亜人でありながら魔力持ちの上、直接操作も可能なシアは、知識さえあれば魔法陣を構築して無詠唱の魔法が使える筈だからだ。時折、霧の向こうからシアの悲鳴が聞こえるので特訓は順調の様だ。

 

「しっかし、大分ハウリアに入れ込んでるじゃねーか。情でも移ったか?」

 

「それは否定出来ない。この世界に来てから碌な人間に会ってなかったからな。まさか、あそこまで家族想いな一族とは思わなかったんだよ。」

 

 シアの年頃の娘さんとは思えない汚い必死な悲鳴をBGMに、ハジメの問いを素直に肯定する社。ハイリヒ国王を始めとした王国の上流階級しかり、教皇イシュタルを筆頭とした聖堂教会の信者達しかり。誰も彼もが社達が自分達の為に戦う事を当然と捉え、元の世界から無理矢理拉致されてきた事に関しても罪悪感の欠片すら無かった。リリアーナ王女等を含めた極々一部の貴族や、メルド達騎士団員はその限りでは無かったのは救いだったが、もし彼らの様な存在が居なければ社はもっと手段を選ばなかっただろう。

 

「前々から、お前はそう言うのに弱かったしな。例の義妹達も、そんな感じで引き取ったって話だったか。・・・重ねたか?」

 

「ハジメにはバレバレか。理由の半分はそれだな。」

 

「・・・半分は?」

 

 ハジメの言葉に図星だった社は、諦めた様に両手を挙げた。だが、ハジメは片眉を上げると訝し気に社を見る。暗に残りの理由を話せと言っているのだろう。

 

「ハジメは【フルメタル・ジャケット】って映画知ってるか?」

 

「あ?あぁ、ハートマ◯軍曹が出てるやつだろ?」

 

「なら話は早い。じゃあ、軍曹のオチについても知ってるな?」

 

「あ?そりゃ、お前・・・・・・ああ。」

 

 いきなり映画の話を振られて困惑したハジメだったが、続く台詞に漸く納得言ったと声を漏らす。社の懸念が理解出来たからだ。

 

「成る程。俺がハウリア達に()()()()()()()()()()()()()()()と考えたのか。映画の中の軍曹の様に。」

 

「そこまでは言わんし、実際戦って負けるとも思ってないけどな。ただ、万が一暴走しかけた時、彼らの中にブレーキを作っといた方が良いと思ったんだよ。」

 

 映画【フルメタル・ジャケット】は、アメリカとイギリスの合作映画であり、ベトナム戦争を題材とした所謂戦争映画と言われるジャンルにあたる。ハートマ◯軍曹は作中では非常に厳しい訓練教官として描かれているのだが、彼の最期は狂ってしまった自らの教え子による銃殺だった。

 

「軍曹は教え子に殺され、下手人である教え子もその後を追う様に自決。教え子がイカれたのは軍曹だけが原因じゃ無いが、軍曹に全く原因が無いわけでもない。流石にハウリアがああなるとは思っちゃ無いが、念には念をと言うやつさ。・・・余計だったか?」

 

「いや、俺もやり過ぎた時の事は考えてなかった。気を遣わせて悪かったな。」

 

「その辺はお互い様だろ。ーーーで、話は変わるが、姉ウサギさんはどうなのよ?」

 

「魔法は今んとこダメダメだとよ。ただーーー・・・。」

 

 互いに苦笑し合うと、気になっていた事を話し合うハジメと社。3日目の夜はこうして静かに更けていくのだった。尚、余談ではあるが。次の日の朝の訓練から、ハウリア達が情け無い叫び声を上げる回数は少しだけ減ったとか。

 

 

 

 

 

「そういや、お前良く【フルメタル・ジャケット】なんて知ってるな。アレ結構古い映画だろ。」

 

「ああ、例によって幸利に誘われて映画鑑賞会してた。海外のB級サメ映画2、3本見た後だったから、情緒が死ぬかと思った。」

 

「食い合わせ考えろよ・・・。」

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